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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
地の封印
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0-36:人は移ろい、数ある道を進み行く

【0-36:人は移ろい、数ある道を進み行く】


 ガタゴトと音を立て、街道を一台の馬車が進む。引いているのは正確にはホルスという馬より一回り大きな生物だが、役割はほぼ同じだ。速さでは劣るものの体力のあるホルスの牽く馬車は、主に長距離移動や大型車による運搬に使われる。今回戦士達がこれを選んだのは、ドライの町への行程と八人乗れる車の牽引に堪えられる移動手段が必要だったからだ。ツヴァイの町に行く時は諦めた手段だったが、今回はまた事情が異なる。

 ドライの町へはホルスの馬車でも五日の道程、そして雪深い山間部にあるおかげで装備がかさむ。徒歩など考えただけで憂鬱になるし、そもそも体力の無い者には厳しい。転移魔法の基準点はセドナにしか作れず、彼女が馬も徒歩も無理となれば、馬車を用意した方が後のためにもなると満場一致で決まったのだった。


「外の様子は?」

「今のところ異常なし。まあ、三人も外に居るんだから見落としはしないでしょ」

 クレスが中から顔を出し、御者台のジャンへ声を掛ける。二頭のホルスから目を離さないまま答えたジャンに了解の意を告げ、自分でも辺りの様子を窺ってからクレスは中に戻った。

 ジャンの言った外の三人とは、敵襲に備えて騎馬で着いて来ている者たちのことだ。全員が馬車に乗ると、一度に移動するには大人数であるのに加えて荷物もあるので、更に大きな馬車が必要になる。それよりはと別に馬二頭を用意したのだった。

「フィリオン! そっちの様子はどうだ!?」

 ジャンが右後方へ向かって声を張り上げる。すると駆ける馬の足音が一つ速くなり、追い着いたフィリオンが御者台の横を併走させ始めた。

「異常無し。ライも調子良さそうだぞ。良い馬が借りられたから」

同じく馬車の右側を走るライオネルをちらりと振り返り、報告するフィリオンの顔は笑っていた。ライオネルの表情は未だ大きく変わらないものの、普段より活き活きとした雰囲気は伝わってくる。順調に精神の安定を取り戻しているようだ。

 そもそもホルスと馬を簡単に用意できたのはライオネルが尽力したからだ。アインの町の牧場は以前から彼の能力を高く買っており――競馬の一件で気に入られたことが一番大きいが――よく手伝いに呼んでいた。おかげで今回飼育している四頭を貸してほしいという要望もすんなり通り、滞り無く遠征の準備を進められたのだった。

「二つ返事で大事な家畜を貸してくれたのもだけど、ライの変化を『今日は機嫌が良いな』で済ませたのも驚いたよ。本気だと思う?」

「見てないから知らないけど、ライの反応からして本気で言ってたんだろ。あの無愛想によく怯まないなと思ったら、常に不機嫌な奴扱いしてたとか! いや俺は好きだね、そういう楽天的な奴ら」

「たまに俺が手伝いに行っていただろう? その時もやり辛くないかとか、冷たいこと言っていないかとか聞いてみたんだ。そしたら八つ当たりされたことは無いって答えるから妙だとは思ったんだよ」

「何だったか、『人間は苦手だけど動物は好きだから癒されに来てたんだろ?』だったか? いやもう、その言葉はもっと早く聞いておきたかったな。そしたらまた付き合い方が変わってただろうに」

 そう言うジャンは、陽気な牧場の青年がライオネルに抱いていた印象がなかなか面白かったらしく、話を聞いて以来何度か彼をからかう材料にしている。町の人は魔物相手に容赦なく剣を振るう姿など見ていないし、関係が変われば見方も変わるのだろう。元の性格に戻って、どう接すれば良いのかと気まずそうだった彼の迷いを、斜め上の誤解で吹き飛ばしてしまった。


 新しい町へ向かうにあたって、良い形で一つの問題が解決出来たのは幸先が良い。

(ドライの町は獣人の町らしいからな。シャルロッテから聞いたこともあるし、先にライのことが片付いたのは丁度良かった。……あっちもこっちも不安定になられちゃたまらない)

ジャンは緩んだ表情を密かに引き締め、あくまで表面上は軽く、フィリオンに戻るよう促す。

「じゃあお兄ちゃんが張り切りすぎないようにしっかり見張っておけよ、弟くん」

「それ、俺が下なのか……」

「だってお前、どう見ても心配性な兄じゃなくて兄貴が大好きな弟だからな。嫌ならもう少し大人になれよ。ゴウと一緒になって格闘ごっこなんかしてないで」

「だから昨日の手合わせは俺のせいじゃないって。……はあ、俺もう戻るからな」

双子と呼ばれて不満げながらも、フィリオンは了承してまた見張りに戻って行った。彼が弟である理由を、最初にそう呼んだエルヴィラも教えるつもりはない。あからさまな隠し事を抱えている上に、どこか「兄」を気にし過ぎている彼は、ある意味でもっと厄介だ。

(話すべき時はちゃんと自分で見極めてくれよ。でないとまた兄貴を泣かせることになるぞ。……さて左の様子は、っと)

 普段のジャンならここまで面倒は見ない。それでも元の世界に帰るためには、年下の彼らの努力が必要だ。彼個人にとっては精神面のサポートなど面倒なだけだが、指揮を執る側としては無視できないので、こうして柄にも無く親交に気を遣っていた。慣れない作業に凝った肩を解しつつ、ジャンはもう一人の外を走っている仲間を呼んだ。


 最初に外の三人、と言った中にジャンは含まれていない。借りて来た二頭の馬で駆けているのはフィリオンとライオネル。そしてもう一人、文字通り外を「走っている」。

「何だ? 敵ならさっきから遠すぎてこっちに気づいてるかも怪しいヤツしかいねぇぞ」

「それなら良いけど。……シルバ、お前それ疲れないの?」

涼しい顔で横を走るシルバを、ジャンが呆れ気味に気遣う。本当は二人で充分だったのだが、シルバはどうしても走ると言って聞かなかったので、結局好きなようにさせているのだ。ツヴァイの町から出発してかれこれ三時間ほど経過しているのだが、獣人の体力は底無しなのだろうかと思うほどには疲れた様子を見せない。

「乗りモンなんざ使うぐれぇなら、ビーストモードでも何でもやって走り続けてやらぁ!」

「お前、やっぱり乗り物酔い――」

「しねぇっつってんだろ!」

(……するんだな)

馬車に乗りたくない理由は自分の方が速いからだと主張しているが、頑なで必死な拒絶に裏の理由をみな察している。もしかしたら、疲労も見せたら馬車に乗せられると、頑張って隠しているのかもしれない。

「言っておくけど、これ以上は無理だと判断したら縛ってでも乗せるからな」

「ふざけんな、殺す気か!」

「大丈夫、アイリスに酔い止めは調合しておいてもらったから」

「だから、乗りモンに頼んのが嫌なだけだっつってんだろ。ゼッテェ酔うワケじゃねぇからな!」

 無理矢理中に押し込むという宣言に、明らかに青褪めて反論しているあたり、皆の推察は正しいのだろう。

 ぎゃんぎゃんと吠える声に、魔物はおろか動物も寄り付かなくなったのは言うまでもない。


―――――――――――


「外が騒がしいな。野生動物の群れでも来ているのか」

「……ジャンがシルバをいじめてるだけみたいだよ」

 入口近くに座っていたクレスが外の騒ぎを聞きつけ首を傾げる。アイリスがそっと仕切り布をめくって見えたものを報告すると、納得して立ち上がりかけた姿勢を元に戻した。遠吠えも聞こえた気がしたが、特に問題が起こっていないなら確認しなくとも良いだろう。

 と、その時車体が大きく上下に揺れて、膝立ちしていたアイリスの身体が跳ね上がった。布の向こうに飛び出しかけた彼女をゴウが慌てて引っ張り、椅子代わりの毛布に突っ込む。一連の流れを見てセドナが溜息を吐いた。

「元が荷馬車とはいえ、この揺れは辛いですね。シルバが嫌がるのも分かります」

人が乗ることを想定していないのと、しっかりした作りだが少々古めであるので、乗り心地ははっきり言って悪い。アイリスの薬を事前に服用していなければ、確実に何人かは酔いに敗れていた。

「でもこれが一番マシだったのさ。他は小さすぎるかもっとボロくてねぇ。かなり値切って広さだけは確保したんだから文句言うんじゃないよ」

 馬車の調達を担当したエルヴィラにとっては、ここしばらく修羅場だったのだ。クロスヴェルトは馬車の需要自体がそもそも少ない。一から作ってもらう時間は無かったので、ツヴァイの町を出入りする商人に掛け合って古い物を譲ってもらったのだ。資金はこれまでの稼ぎを貯めていたが、それでも大きな買い物だった。処分や修理にかかる費用が浮くのだからと、大幅に安く売ってもらえたのはエルヴィラが粘りに粘って交渉したおかげだ。


「一番モンク言ってるのシルバだぞ。オレはちゃんと薬も飲んだからな。すっげー苦かったけど」

「美味しく出来なくてごめんね。やっぱり私の調合じゃ頼りないから飲んでくれないのかなぁ……」

 毛布の中にアイリスと共に埋もれたまま、ゴウが得意げに言う。反対にアイリスの方はシルバのあまりの拒絶ぶりに少し落ち込んでいた。彼は飲んでも乗らないと酔い止めの薬を断ったのだが、飲めば酔わないという説得も退けられて、作成者としては信用の無さが悲しかった。

 暗くなってしまったアイリスに、周囲は慌ててフォローに入る。この世界に来てすぐの頃しょっちゅう彼女を泣かせてしまったため、今でも悲しげな顔をされると、何もしていなくとも罪悪感に苛まれるのだ。もはや条件反射になっている。

「きっと怖がってるだけだから、明日また説得してみようよ。僕たちが元気な姿を見せれば、シルバも大丈夫だって分かってくれるよ」

「そうかな……でも効かなかったら悪いし……」

「その時は寝ていてもらおう。明日は僕とクレスが外だから、もっと広く使えるしね」

「そうだね。……うん、今日の夜にもっと良いのを作るね! あと睡眠薬も」

弱気になりやすいが、その分切り替えも早い。エドウィンの優しい励ましにやる気が出て来たようだ。本人が聞けば震え上がりそうな計画を二人で立てているのを横目に、クレスが密かに身構えていたのを解き、気づいていたセドナが苦笑して言う。

「大丈夫ですよ。始めに比べてアイリスも強くなりましたから。魔術の方も上達していますし、教えている私としては嬉しい限りです」

 そう、召喚されてすぐの頃を思えば、アイリスは皆の中で一番成長していた。複数人での戦闘経験が無かった彼女は援護の判断が当初覚束なかったが、今では指示が無くとも動けるようになった。苦手だった攻撃系の魔法も、威力や精度が上がって来ている。

「しかし、なぜ体力作りが素振りなのですか? 別に走り込みでも良いでしょうに」

少し前から始めたアイリスの素振り訓練は、セドナにとっては疑問の的だった。どうもクレスに指導を受けながら行っているようだが、戦闘中に杖を振り回すことなど滅多に無いのだ。

「えっと、それは、その……」

 アイリスは思わぬ質問に口籠る。そこには答えづらい事情があるのだが、何と言って誤魔化せば良いか思いつかない。そうして視線を彷徨わせているうちに、代わりにクレスが教えてしまった。

「最初は剣を習いたいと言ってきたのでな。さすがに剣士向きではないから、間を取っての素振りだ」

「剣を? なぜまたそんなものを」

「あの……別に、大した理由じゃなくて……」

クレスの話で事情を知らなかった面々が驚き、アイリスが恥ずかしそうにぼそぼそと呟く。揺れる馬車の音に掻き消されないぎりぎりの声量で、彼女は躊躇いがちに想いを話し始めた。


「私ね、元の世界でも守られてばかりで、こっちに来てからもいつも皆の後ろに隠れてるでしょう? 私だってセドナやエルヴィラみたいに戦いたいの。この前までのライだって、私にだけは『自分の身は自分で守れ』って言わなかったんだよ。それって、私は一人じゃ何も出来ないみたいで、それで……」

 それはどこにでもあるような、取るに足らない劣等感。いつも優秀な者に囲まれて、誰も言わずとも自己評価だけは下がってゆく。今までただ一人を除いては、面と向かって彼女の弱さを指摘してこないのだ。それを言えば彼女を傷つけると気遣う優しさに、いつまでも甘えたくはないのに。

 アイリスは焦っていた。このままでは足手纏いだと自覚している。だが何を変えれば良いのか分からない。

 その迷いを表すように、大きな青紫の瞳は揺れている。そこに水の膜が張るのを幻視して、エルヴィラはそっと問うた。

「攻撃魔法じゃ駄目だったのかい? 言っておくけど、アタシのカットラス一本だってそこそこ重いよ」

「うん、分かってる。クレスもすぐには無理だって言ってくれたから。でもね、でも、魔法だけじゃ足りないかもしれないでしょ? 属性も向いてないし……」

アイリスも攻撃手段が無い訳ではない。だが彼女は癒しの風属性と守りの水属性で、自然と他属性の魔法が弱くなりがちだった。特に攻撃魔法とは相性が悪い。

「アイリスなら上級の魔法だって使いこなせますよ。属性や種類を絞れば剣よりよほど早く習得できるはずです」

「魔法は頑張るけど、でも……。治癒魔法の分の魔力を残そうとしていつも抑え目にしちゃうし、それだとセドナみたいには使えなくなっちゃうから」

 だから、と続けるアイリスの言葉には、戦うことへの強い想いが表れていた。魔法で満足できないのは、既に優れた魔術師(セドナ)が居るからか。剣を求めて、違うと諭されても諦めきれなかったのは、前で戦う女性(エルヴィラ)を見てしまったからか。彼女ではなくクレスに頼み込んだのは、強さの象徴(ゆうしゃ)だからか。

 行動の裏に覗く羨望を見るに、庇護される立場への自己嫌悪は相当根深い。


 しかしクレスが止めたように、アイリスの理想は少しばかり実現が難しい。何せ選ぼうとした手段は彼女に不向きで、たとえ時間を掛けても望む通りになるとは思えない。

「他者の判断する適性が絶対ではない。だが、君の場合は迷走してしまっているように思える。もう少し己と向き合ってから、それでもと言うのなら私は剣を授けよう。……今は自分に出来ることを見つめ直すと良い」

 クレスが了承しないのは、変わりたいと願うアイリスが焦って失敗しないようにと、もう一度考えさせるためだ。本当に望むならその時はと言われ、アイリスはまだ少し未練はあるものの、今は引き下がることにした。小さく頷いた彼女に、ゴウが毛布の中から首を伸ばす。

「でも強くなりたいっていうのは間違ってねーだろ? だったらオレは手伝うからな!」

ニッと笑ってそれだけ言うと、再び亀のように潜り込んだ。じっと座っていられないので遊びながら話しているが、彼の助けたい気持ちは本物だ。もぞもぞ動く茶色い塊へアイリスは礼を言って、次に聞こえたエドウィンの声にそちらを振り向く。

「きっとアイリスにしか出来ないことがあるよ。僕が教えてあげられることは少ないけれど、全く無いわけじゃないように」

柔らかく微笑みながら、エドウィンは抱えていた盾をそっと撫でた。これで仲間を守りながら、表面に刻まれた細かい傷の分だけ、彼は怪我もしてきた。そしていつもアイリスが手当てをしてくれる。治療は彼女にしか出来ないことだが、それ以外にもきっとあるはずだ。

 ゴウがエドウィンの前へ這って行き、興味津々で尋ねる。

「エドの教えられることって何だ?」

「うーん、例えば……世界は四角いときもある、とか」

「ゼンゼン意味分かんねー。地図のことか?」

「たぶん違うかな。人によって、世界の形は変わるってこと」

二人の会話はそのまま終わらない質疑応答に発展していく。それを聞き流しながら、アイリスは膝を抱えて考えていた。みな彼女を想って言葉を掛けてくれる。それに応えることができるだろうか。

(私に出来ること……私にしか出来ないこと……。皆の助けになれたら、いいな)

 横髪に結わえたリボンにそっと触れる。アイリスの瞳の色とは真逆もよいところの臙脂(えんじ)色。恐怖の対象でありながら、安心を与えてもくれた色だ。

(私が自信を持てたら、怖がらずに目を合わせられるよね。あの人にも立ち向かえるようになるよね。そうしたら、きっと)

 本当の意味で、ひとを助けられるようになるのだろう。

 治癒師だからと守られてきた自分が、今度は皆を助ける番だ。そう決意して、ただ傷を治すだけではない役割を、アイリスは馬車に揺られながらひたすらに考え続けた。


【Die fantastische Geschichte 0-36 Ende】


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