0-33:父と息子
前話から番号が跳んでいますが、時系列ではなく公開順番なのでお読みいただく上で支障はありません。
以前の第32部分【0-32:異世界の戦士たち】は導入編の最後(第6部分)に移動しました。
【0-33:父と息子】
アインの町から〈大楔石の祭殿〉へと通じる小道は、途中緩やかな傾斜の丘を通る。丈の低い草が生い茂る斜面では、平時は町の子供たちが元気に駆け回り、今は一人の少年が寝そべっていた。大の字に転がる彼は飛ぶ鳥にも宙を舞う落ち葉にも興味を向けることなく、ただ茶色の瞳にじっと空を映している。
「捜したぞ、ゴウ。こんな所で何やってるんだ?」
足元から聞こえてきた声に、ゴウは上半身を起こした。見れば、下からフィリオンが登って来ているところだった。その横にシルバも居る。
「なんとなく転がってんだ。むしろ何で捜してたんだ?」
「……遠征の前に手合わせしようって言ったの、ゴウだぞ」
「あっ! 忘れてた!」
きょとんとしたゴウに、やれやれといった顔でフィリオンが指摘する。完全に頭から抜けていたことは、張本人の姿が無い段階で予測済みだ。
明日の朝、戦士たちはドライの町へ向けて出発する。手合わせは先に済ませた方が良いだろう、ということでこの日に約束していたのだが、言った当人が忘れて出掛けてしまったので、こうしてフィリオンが捜しに来たのだった。
慌てて立ち上がろうとしたゴウを制し、フィリオンがその横に座る。休む態勢に入った彼へ、ゴウではなくシルバが不満の声を上げた。
「いいさ。時間はあるから少しのんびりしてからにしよう」
「おい……俺まで引っ張って来といて始めねぇのかよ」
「俺もなんとなく転がってみたくなったんだ。シルバもここに座ったらどうだ? 結構眺めも良いぞ」
シルバは手っ取り早くゴウを見つけるために駆り出されたのだが、急ぐ必要は無かっただろうという抗議は聞き流されている。先ほどのゴウと同じように寝そべったフィリオンは、暢気に己の横を叩いてシルバを促した。何とも自由気ままな反応に、結局シルバも溜息一つで従った。投げ出された手を尻尾で叩き、無言の文句を示すことは忘れなかったが。
穏やかな午後の陽気に眠気を誘われつつ、三人はぽつぽつと他愛無い話を始める。
「それで、こんな所に居た理由は?」
フィリオンが顔を巡らせ、ゴウの行動を問うた。日向ぼっこなら屋敷の庭で事足りる。わざわざ町の反対側まで出歩いた理由が少々気になっていた。ゴウは再び空に視線を向けていて、意識を半分どこかへやっているような、ふわふわとした声で答える。
「んー……。別に地面ならどこでも良かったんだけどさ、ここならジャマにならねーかなーって。こんなカンジで土に触ってるとさ、傍に居る気がするんだ」
「傍にって、誰が?」
「とーちゃん」
思いもよらない返答に、二人は目を瞬かせた。ゴウはそれに気づいているのかどうか、視線を動かさないまま静かに続けている。
「寝っ転がってぼーっとしてるとさ、頭撫でてくれた時みたいな、くすぐったい感じがすんだ。たぶん気のせいだろうけどさ」
実は山神の力を意識するようになって以来、時折父という存在について考えていたのだ。神と人の狭間に立つ息子に、どうなってほしかったのだろうかと。ゴウは結局両者の間を取り持つため積極的に力を使うことに決めたが、果たしてその決断をどう思うか聞いてみたい。山を下りた結果見つけた目的を、喜んでくれるのか知りたい。
どこからその想いが来るのかは分からないと零したゴウに、フィリオンは微笑み、シルバは耳を一度震わせた。
「……たぶん、会いたいんだろうな。今まで気にしていなかった分、余計に」
「そうなのかなー。……そうかもなー」
「帰ったらゆっくり話しゃいい。お前が自分で考えて選んだ道だ。ガキの成長を喜ばねぇ親はいねぇよ」
郷愁にも似たその想いは、優しく彼らを包み込む。大手を振って凱旋できる日はまだまだ先だが、少年たちはこの短い間だけでも多くのものを得た。話したいことも、見せたいものも山ほど抱えて、その暖かな場所へ帰るのだろう。
「父さんかぁ。……俺も、だいぶ会ってないからな。そろそろ顔を見せろって手紙が来ているかもしれない」
「親ってそういうことするのか? オレのとーちゃん、初めて会った時までなんにも言わなかったぞ」
「オメーは事情が特殊だからだろ。でもまあフィリオンの場合は単なる親バカじゃねぇの。話聞く限り、子供も子供なら親も親だろ」
フィリオンが思慕の念と共に呟けば、二人は懐疑的な眼差しで以て反論した。三人と「父親」は見事なまでに違う関係にある。ゴウは共に過ごした記憶が無く、シルバの養父は既に居ない。そしてフィリオンは、今もそれはそれは愛されている。ただ甘やかしていたのではなく、仲間への信頼のような愛情の注ぎ方に、家族仲と縁の無かった者達が羨むくらいには。
だが少しばかり他人には理解できない部分があることも事実。
「かなりの重症だろ。オメーよく家出られたな」
「……母親似の女の子だったら嫁にやれなかったかもしれないとは言っていたけどさ。結局俺は男だし、ちょっと過保護なだけだよ。たぶん」
「それ、よほどのヤツじゃねぇと言わねぇセリフだからな。オメーの家が普通だと思うなよ」
深刻そうに忠告しているが、シルバの目は笑っている。からかわれているのを悟っても、フィリオン自身心当たりがあるおかげで、それへの返事は非常に苦し紛れなものになった。
「良いじゃないか。俺自身たまに『父さんはもしかしてバカなんじゃないか』って思うけど、目標であることには変わりないし」
「思うのかよ。それが目標で良いのかよ」
「良いんだよ、俺は! シルバだって親父さんに憧れているのは変わらないじゃないか。自分だけ普通ぶるのはズルいぞ!」
「ずるいぞー」
「なっ、お、親父は師匠枠だ! 親とはまた別だ! あとゴウ、お前はよく分からずに便乗しただけだろゴルァ!」
和やかな雰囲気はいつの間にか消え去っている。三人の賑やかな争いと、どこかでくしゃみの音が上がったことは関係ないだろう。
「……まあ、なぜか遠い目標だよな。父親って」
「そこは概ね同意してやっても良い」
「うーん、そうなのか? 長いこと一緒に居るとちげーのかな」
環境が異なるおかげで平行線の議論を、やや息の上がった三人はこんなことでなぜ疲れているのかと思いながら収束させた。仰向けに転がり、見上げた先には空が広がっている。しかしその目には、自分より大きな存在が同時に映っていた。
「いつまでも越えられないことが悔しいけど、安心するんだ。両親の仲間だった人は、戦闘技術はもう俺の方が上だって言っていたけど。でもふとした瞬間に『まだ敵わない』って思う」
世界を救った英雄の背を見て、フィリオンは武器を取った。いずれ越えてみせると言いながら、未だその目途が立たないことに、焦燥と安堵がない交ぜになった不思議な感覚だ。
「……まだ生きてて、勝つ見込みがあるだけマシだろ。俺の親父は勝ち逃げしやがったからな」
シルバの目指した黄金の獣王はもういない。いつも遥か高みで笑っていて、どれほど強くなろうと「よくやった」と褒める者は存在しないのだ。
「ならとーちゃんじゃなくていいじゃん。オレはまずアイツにすげーって言わせる!」
ゴウはまだ、父との接し方を探っている段階だ。今はぼんやりとした感情も、目の前の鮮烈な目標を攻略した後でなら、何かの方針が見えてくるかもしれない。
息子たちは父の背を見て進み、いつか振り返る日を夢見ている。
「よし、手合わせ始めようぜ!」
「えっ、ゴウは素手でするつもりか!? 武器持っている時より俺の身が危ないって!」
「よっしゃ! ゴウ、このファザコンをハデに投げ飛ばせ!」
【Die fantastische Geschichte 0-33 Ende】




