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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
短編集2
32/56

0-31:魔法塗装

【0-31:魔法塗装】


「魔法塗装とは、装飾品や武器などに魔法を纏わせる技術です」

 セドナはそう言うと、左手に持った小さな黒板を指した。そこには杖や腕輪の絵と、簡単な魔法陣が描かれている。解説しながら時々書き加える動作は手馴れており、普段からそのようにして誰かに教えていたのだろうと分かる。

「魔術師の杖など魔法塗装が無ければただの棒……魔力の増強や属性付与を半永久的に、更に自動で行ってくれる非常に便利なものです」

魔法塗装は彼女の専門分野であり、元の世界では日夜それについて研究していたのだ。特に普段使用している木製の杖はそれまでの最高傑作と言っても良い。いざとなれば棍棒代わりに叩ける頑丈さは、魔法塗装のおかげである。

「魔法塗装はその都度魔力を込めずとも恒常的に発動してくれます。ただしその場に応じた調節が利かない分、攻撃魔法や転移魔法などとは相性が悪いのです。逆に魔力の保存と供給がしやすい魔晶石はそれらに適しているので、魔動機関と魔法塗装はほぼ正反対の性質と理解して構いません」

「はあ……」

 これまでのセドナの講義を聞いて、目の前に座らされたライオネルが生返事をする。実は教育機関が普及していない彼の世界では、庶民は字も読めないのが普通である。一応彼は牧場で採れた物を売買するために最低限の読み書き計算は習得しているが、少しでも専門的になると理解が追い着かないのだ。すでに微妙な顔をしている彼のために、横でジャンが時折補足しているのだが、むしろ終わらせてくれというのが本音だった。

「……それで、なぜ俺にその話をするんだ?」

 早く切り上げてほしい一心で出た問いに、セドナではなくジャンの目が光る。

「よくぞ聞いてくれたな。それはお前が――」

別の地雷を踏んだと悟った時にはもう遅い。ビシッと音がする勢いで眼前に突きつけられた人差し指に、ライオネルは思わず仰け反った。

「唯一の防具だろうそのマントにすら魔法塗装を施していないからだ! 変幻の神器で盾を作るしかないとか、前衛にもなるくせにナメてるのか!」

「い、今更そんなことを言われても……」

ライオネルが手にしているマントへ、ジャンの指先が下る。外出時以外は脱いでいるのだが、持って来いと言われて素直に従った結果がこれである。防具を着けていないことに関して、武器の持ち替えやそもそも物資が不足していたからと言い訳を並べてみるが、悉く論破されてしまった。

 今更、とは言うが、原因が自身に在ることはライオネルも分かっている。以前の彼ならば、たとえ何を言われようと関係無いと突っぱねただろう。その反応が予想出来たからこそ、誰も敢えて指摘しなかったことは山ほどあった。全面的に自分が悪かったと思っているので、和解して以来続く「愛の鞭」にも粛々と耐えているのである。そろそろまた別の限界が来そうなのは否めないのだが。


「そういう訳で、貴方の防御力改善のために私が魔法塗装をしようかと思いまして。何か要望があれば考えますよ」

 セドナの言葉に、ライオネルは気になったことを尋ねる。

「その、魔法塗装とやらをすると見た目が変わったりするのか? 一応義勇軍で支給された物だから、あまり手を加える訳にはいかないんだ」

「もちろん不可視化もしますよ。魔法陣を圧縮して描き込むので、変化を出そうとすれば刺繍のように見せることも出来ます。例えばアイリスのリボンは金の縁取りがされていますが、あれは糸に見せかけた魔法陣です」

 魔法塗装は対象へあらかじめ魔法陣を描いておくようなものだ。ただしそのままではなく、一部を省略したり魔法を組合せたりすることで、場所を節約することが出来る。小さな装飾品や複雑な形の物にも施すことが出来るのは、この特徴を活かしているからだ。更に文字通り圧縮することで、元は図形であった魔法陣を細く小さく、また透明にすることも出来てしまう。

「マントが嫌ならそのピアスでも良いですが……小さすぎて、あまり多くの魔法は付けられないと思います」

「いや、マントで大丈夫だ」

 普段身に付けている物を考えて、セドナは別の案を提示してみた。長い髪に隠れて見えづらいのだが、ライオネルは左耳にのみ、銀色の輪の形をしたピアスを着けている。同じく似たような形のピアスをしているフィリオンとは、左右違う色であるのと、一応まじない程度に魔法塗装をしてある点が異なる。他に利用できそうな装飾品を持たない――変幻の神器は腕輪だが、そもそも武器であるため除外する――彼の唯一防具になりそうな物だ。

 しかし彼は悩むことなくその選択肢を断った。ジャンの問いに、手で耳元を隠すように覆う。

「そういえば、そのピアスってお洒落なのか? 着飾る性格じゃないから不思議だったんだけど」

「これはその――俺の国での、婚約の証なんだ。……あまり触れないでくれると助かる」

「こ……。……分かった、聞かないでおこう」

表情が僅かに翳ったのを見て、ジャンは深く尋ねることは止めた。意外な答えに興味を引かれるが、わざわざ嫌なことを話させはしない。

(例の恋人とやらとの婚約指輪みたいなものだろうけど、まだ結婚してないのかって聞くのはまずいんだな。……大方、戦争のせいなんだろうけど)

つくづく、彼は戦いに多くのものを奪われているらしい。自暴自棄になって、あのような無茶に走ったのも頷ける。


 話題を変えるため、セドナも魔法塗装はマントに施すことで話を進める。防御魔法はもちろん、マント自体の耐久力を上げたり敵の魔法も防げるようにしたりと、掛けなければならない魔法は多い。

「設計図を作らねばなりませんね。……この作業が魔法塗装において最も重要なのです。下手な簡略化や圧縮をすると、魔法が劣化して塗装する意味がなくなってしまいますから」

魔法陣をただ並べるだけでは、どれだけ大きな物でも場所が足りなくなる。そのため複数の魔法陣を一つに統合したり、それを更に小さくしたりするのだが、やはり元のものよりは質が落ちてしまうのだ。いかに本来の効果を保ったまま圧縮するかという所は、術者のセンスが問われる。

「シャルロッテが普段これで稼いでるって言ってたから、手伝ってもらうか? 誰かの物を参考にしてみるのもアリだけど」

「そうですね……。ジャン、貴方のレイピアを見せてください」

「俺の?」

 参考という言葉に、セドナは少し考える素振りを見せた後、ジャンへ頼み込んだ。少し予想外だったらしい彼へ、更に熱を込めて言い募る。

「ええ。一度よく見てみたかったのです。……あれを設計した方は、きっと素晴らしい魔法使いなのでしょうね。あの細い剣に、あれほど多くの魔法を詰め込めるとは思いませんでした」

彼のレイピアは実際、これでもかと言うほどに魔法が掛けられている。ゴウの大剣を受けても折れるどころか傷一つ付かず、簡易の杖になるぐらい魔力を増強させ、果ては身体能力を向上させる魔法も複数入っているのだ。そこまですると最低でも両手剣程度の大きさが無ければ塗装しきれないはずなのだが、彼の剣の場合、一切の無駄なく省略して収めていた。


 相当な実力のある魔法使いの仕事だろうと、目を輝かせているセドナ。そんな彼女に、ジャンはわざとらしく頬を掻いて言う。

「そこまで褒められると照れるなぁ。一か月かけた甲斐があったよ」

「え?」

「あれ、俺が自分で設計したんだよ。塗装はさすがに他の奴に頼んだけど」

注文が多すぎるから自分で考えろって匙投げられてねー、と。最後に流し目をくれるのも忘れない。口の端に乗せた微笑が、憎たらしいほど様になっていた。


「凄いな、ジャンは魔法も得意なのか?」

「使うのは微妙だけど、考えるのはね。一応学生時代に勉強したし」

 ライオネルは尊敬の眼差しを向けている。学生と聞いて更に感心している辺り、教育への憧憬があるのかもしれない。一方のセドナは固まっていて、ジャンはしてやったりと笑いかけた。

「どう? 俺のこと見直した?」

「わ……私の憧れを返してください……!」

会うことはないだろう、密かな敬意の対象。それが軽薄な態度の仲間だったなどと、夢が一気に醒める心地だった。

 結局セドナが機嫌を直すまで、作業は一向に進まなかった。


【Die fantastische Geschichte 0-31 Ende】


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