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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
短編集2
31/56

0-30:十一人目

新章までの繋ぎの短編。

【0-30:十一人目】


 月が煌々と輝き、寝静まったアインの町を照らし出す。全てを露わにするかのような光にも、届かぬ場所はある。〈大楔石の祭殿〉。このクロスヴェルトという世界を数多の異世界へと別ち、現在の狭く小さな形に繋ぎ留め、十人の戦士たちを呼び寄せた、世界の要たる大楔石を祀る聖域だ。外部の光が届かない洞窟を照らすのは、松明の火と大楔石の放つ燐光だけである。

 それを一身に浴びる若い男は、透き通った石の側面に己の顔を映しながら、じっと立ち尽くしていた。その姿は何かを考えているようであり、または何かを待っているかのようでもある。彼の目的からすれば、どちらに取られようと大差は無い。彼はただ、知りたいことがあるだけだった。

 男だけだった空間に、新たな存在が現れる。ゆっくりとした足音が少し離れた位置で止まっても、彼は表情一つ動かさない。先に口を開いたのも、訪れた女の方だった。

「こんばんは。……初めまして、で、よろしいですね? (わたくし)は守り人のシャルロッテ、その大楔石の番人ですわ」

是という答えを確信しながら、女――シャルロッテは、背を向ける男へ優雅に一礼する。初対面だと分かりきっていながら問い掛けたのは、彼が彼女の「知り合い」だからである。

「……女。ここは、何と言う処だ」

 振り向き様に問うた声も、光り輝く黄金の髪も、端正な顔立ちも、彼女の良く知るものである。ただしその声の低く威圧的な響きや、魔性を覗かせる紅の瞳は、全く馴染みの無いものなのだが。

「ここは〈大楔石の祭殿〉。この世界、クロスヴェルトの要石を祀る場所です。……貴方が知りたがっているのは、その石よりもこの世界のことでしょうか」

「全てだ。……今しがた目覚めてみれば、この有様。理由を問おうにも、肝心の『こやつ』は眠っておる。我の与り知らぬところで、よくぞ斯様(かよう)な事態に巻き込んでくれたな」

瞼を閉じて双眸を隠した男は、他人事のように言いながら自身の胸を指す。不可解な状況に苛立っているのか、シャルロッテへ説明を促す声は更に低くなる。

「完全な異世界へ渡れるだけの魔力など、あの世界には存在せぬ。大方、貴様の魔法かこの石が元凶であろう。或いは両方か。……我らを呼んだ目的は何だ。事と次第によってはこやつを連れ、即刻元の世界へ帰らせてもらう」

 彼らの世界からクロスヴェルトへ、自身の意思で来ることは出来ない。招いた者がいると考えた上で、更にシャルロッテが関わっているという推測も、男の中では断定に近い。だからこそ、彼は異世界に居ると気づくや否や、この〈大楔石の祭殿〉へ来たのだ。異世界への転移を成し遂げられる魔力が在る場所へと。

 敵か味方か、男はシャルロッテを見定めるように鋭い視線を投げた。彼女の出方次第では本当に元の世界へ戻るつもりだ。剣呑な光を宿した紅玉から目を逸らすことなく、シャルロッテは毅然と答える。

「此度のことは全て私に責があります。どうか、お話を聞いた後もその方を責めないであげてくださいませ」

〈災厄〉との戦いに本来関わるはずのなかった彼らを巻き込んだのは彼女だ。戦士たちは快く引き受けたが、共に巻き込まれた者が不満を持つのは仕方が無い。その怒りを受け止めるのが自身の義務だと彼女は考えていた。

 そしてシャルロッテは全ての始まりから語り出した。この戦いの、最初のように。


「――そうして、今はこのアインの町を拠点に結界装置を探していらっしゃいますわ。二つ目を起動したと先日報告を頂いております。決戦の時はまだ先……長い戦いなりますが、出来れば『彼』には、いいえ、貴方にもお力添えをお願いしたいのです」

「……なるほど。そのような話ではこやつが放って置くはずもない。籠の鳥が異世界まで飛び立つとは、少々目を離しすぎたか」

 無数に別たれた世界全ての存亡の危機という荒唐無稽な話を、男は呆れ顔ながら疑わなかった。零された呟きが意味するものをシャルロッテは知らないが、子を見守る親のような、温かな想いは読み取れる。語気が僅かに和らいだのは、敵ではないと判断したからだろう。

 大楔石を見上げた男は、焦がれるような視線をそれへ向けた。静かな輝きは翳りを一層濃く露わにする。

「全ての世界を繋ぐ楔……。これだけの力があれば、我の復活も容易いのだろうがな」

男に別の人影が重なり、瞬く間に消える。非常に高い魔力を持つシャルロッテだからこそ捉えられた姿は宵闇の色をしていて、彼とは似ても似つかない。だが彼にはそちらの方が合っていると感じた。

「貴方の本来のお力は、そのようなものではありませんわね? そして、そのお姿も」

「知ってどうする? 吹けば飛ぶような存在を憐れむか?」

「いいえ。ただ、違和感が強いので出来れば本当のお姿で話していただければと」

口の片端を上げて嗤う男に、シャルロッテは眉を若干下げて答える。彼女の知る「彼」とは真逆とも言って良い態度に、先ほどから困惑していたのだ。別人だから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが、気になるものは気になる。朧な影がもう少し鮮明に見えるなら少しは違うはずだ。

「クッ――ハハ、ハハハハハ! それは失礼した! ……ああ、この顔も受け付けぬだろうな。しかし今の我では『我の姿に見せる』ことは出来ぬのだ。もう少し回復するまでは許されよ」

 男は一瞬虚を突かれたようだった。それからの、破顔一笑。まだ先ほどより好感が持てるが「彼」は高笑いするような性格ではないことを考えると、やはりシャルロッテには違和感の塊である。その反応が彼の琴線に触れたらしい。

「なかなかどうして、こやつの周りには興味深いものばかり集まる。我がどういった存在かそなたは見抜いておろう? にも関わらず、臆するどころか外見を気にするだけとはな」

変わっている、と言いながら満足げな表情は、最初の敵意など無かったかのようだ。

「……魔に属する者だとしても、こうして会話が出来る以上は無暗に恐れはしません。単独では存在し得ない貴方が今この場に在るというだけで、信用に値する方だと分かりますわ」

「ふむ。確かに今にでもこやつが拒絶すれば、我は消えるだろうな」

「それに、貴方はこの大楔石を欲する理由がありながら、力ずくで奪おうとはなさらない。貴方は魔力さえ手に入れば、意のままに大楔石を扱えなくとも良いはず。そうしないのは、私に手を貸してくださっている『彼』の意思を、尊重しているからではありませんの?」

 怒気を放っていた時でさえ、男は殺気立つことは無かった。戦闘になれば、弱っていると言う彼が負ける可能性も無くはないが、害そうとしない理由は別の所にあると、彼女は直感的に悟っていた。唯一優しさが見えたのは、何について話した時だったか。


「――気に入った。無聊の慰めになる内は、我から手出しはせぬ。こやつには好きにさせておこう」

 その言葉は、クロスヴェルトに留まることを了承した証だ。男が積極的に表で戦うことはないが、同時に手を引かせることもない。シャルロッテを見下ろす紅は細められ、面白いものを見つけたと言わんばかりに輝いていた。


 シャルロッテはホッと胸を撫で下ろす。男の求める基準は正確には分からないが、十一人目の戦士を迎え入れるか九人に減るかという駆け引きに、勝つことが出来たようだ。密かに詰めていた息をゆるゆると吐き出した。

「ありがとうございます」

「異世界の戦士たちとやらも、そなたぐらい見所のある者ならば良いがな。……さて、そろそろ刻限のようだ」

 出口へと男が歩き出し、シャルロッテは再び一礼して見送る。彼の足元から闇が溢れ、たちまち全身を覆い尽くした。

「またいずれ会う時もあろう。その時は我が真の姿にて顕現しようぞ」

そうして彼は、それだけ言い残して去って行った。真夜中の邂逅が夢であるかのように、祭殿は再び静寂に満たされる。月の光も届かぬ場所で、大楔石の光だけが、一人分の影を地面に刻み込んでいた。

 家に戻ったシャルロッテは、ある事に気づきあっと声を上げる。

「私としたことが……お名前を聞きそびれてしまいましたわ」

彼女が男の名を知るのは、もう少し先のことだ。


【Die fantastische Geschichte 0-30 Ende】


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