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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
火の封印
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0-29:雨上がりの庭にて

【0-29:雨上がりの庭にて】


 翌日の午後。雨上がりの空は澄み渡り、風も心地よい冷たさを運んでくる。探索に出る者には優しく、屋敷に残る者にとっても庭で過ごしたくなるような天気だった。

 芝生の上に転がるクリーム色の毛玉。それが生き物であることは、小さな三角耳が時折ぴくりと動いたり、ふさふさとした尻尾が地面を撫でていたりすることから分かる。フェーンと呼ばれるその生き物を、セドナは一歩離れた位置にしゃがんで眺めていた。眠っているそれを起こさないよう、慎重に白い翼をつつく。直後、キュゥと独特の鳴き声を上げてフェーンが体勢を変えたため、今度は勢いよく手を引っ込めた。しかし起こしてしまったわけではないと分かると、次は尻尾に触れようとまたゆっくり手を伸ばす。が、

「本当に好きなんだな。フェーンが」

「!? えっ、あ、ライ!? い、いつからそこに……!」

「さっきからずっといたぞ。呼んでも気づかなかったみたいだが」

すぐそばまで来ていたライオネルに見られ、慌てて意味も無く手を振りながら立ち上がった。気恥ずかしさに顔を赤らめ、前にもこんなことがあったと思いながら、早口に誤魔化そうとする。

「これは知的好奇心を満たすために行っているれっきとした学術調査の一手段でして、触れることで直感的にフェーンの生態データを取得できる画期的な――つまり、ええと、寝ていなくて大丈夫なのですか!?」

「どこがつまりなんだ? ……熱は下がったし、さすがにこれ以上はもう眠れない」

 支離滅裂なセドナの言葉にもっともな疑問を呈しながらも、ライオネルは律儀に質問に答える。昨日の今日で完治したわけではないが、食事以外はほぼ寝かされて、体調が戻りつつある今、若い彼には睡眠過多な状態だった。ベッドに居ても退屈だったため、こうして庭に出て来たのである。

「一週間は実戦禁止だって言うから、せめて体を動かしておきたいんだ。体力が落ちたらまた風邪を引くだろうしな」

「ですが、倒れたのは昨日ですよ? 今日一日くらいは大人しくしてください」

「分かってる。少ししたら戻るさ」

そう言った彼の口元は僅かに綻んでいる。まだ大きくは動かないが、少しずつ表情が出てきていた。当初の近寄り難い雰囲気も随分と和らいで、本来の明るさを取り戻しつつあるようだ。他愛も無い会話もちょっとした沈黙も、滞ることなく流れてゆく。彼の変化だけでなく、セドナから気負いが無くなったことも要因だろう。

(こう在らねばならない、と重く捉えていたのは人間関係も同じだったのかもしれません。本当はこうして穏やかに過ごせれば十分だったのに、先に信頼を求めたから遠回りになっていた様ですね)

 急いては事を仕損じる、と密かにセドナは反省する。ただ仲が良いだけでは仲間ではないと、会話すら無かったライオネルに助け合うことを強要したのが、あのギスギスした関係の原因だった。今度はきちんと向き合おうと心に決める。

(まだお師匠様と戦う覚悟は出来ていませんし、きっとまた助けてもらうことになるのでしょう。その後に、今度は私が助けに行きたいと思えるぐらい、理解が深められれば)

彼女の理想は、全員で全ての困難を乗り越えること。何一つ諦めることなく達成できるよう、互いの手を借りること。そのための一歩は、自分自身のことも相手のことも知ることだ。


 セドナは機嫌良く今まで出来なかったことを楽しむ。ライオネルも彼女が落ち着いていることを感じて、肩の荷が下りたような心地だった。散々怒らせてばかりだったのは、彼にとって大きな気がかりでもあった。だからこそ、純粋に謝罪の意を込めてある提案をしたのだった。

「ああそうだ。そんなにフェーンが好きなら、欲しがっていたあのヌイグルミ、俺が作ろうか? ツヴァイの町では結局買わなかっただろう。今までセドナに一番迷惑を掛けた気がするし、お詫びに」

「ほほほ欲しがってなんかいません! 高いだけあって良く出来ていると眺めていただけです! ……それより、ヌイグルミなんて作れるのですか?」

 うやむやにしたはずの話題を蒸し返されたセドナは、思わぬ申し出に再び挙動不審になってしまった。だがその内容をよくよく考え、ふと疑問の声を上げる。

 ツヴァイの町に行く直前話題になっていたフェーンのヌイグルミ。滞在中にその店も覗いてみたのだが、意外と値が張り、買う気は元々無かったが少し残念に思っていたのだ。買えないなら自分で作るという発想は無かったが、それをライオネルがするというのはもっと考え付かなかった。

「材料さえあれば。一度作ったことがあるし、療養中の暇潰しにはちょうど良い」

「……意外です。ただ裁縫が出来るのとは訳が違うでしょう」

「服も靴も自分で縫ったものだぞ、これ。フィリオンもそこまでは話していなかったんだな。家事当番に俺を組み込んだのはあいつだから、てっきりその辺りまで言っているかと思っていた」

ライオネルの隠れた特技にセドナの目が点になる。家事が出来るかどうか最初全員に確認した時、彼の代わりに答えたのはフィリオンだった。評価通り完璧にこなしていた姿を見て、口にこそ出せなかったが実は驚嘆していたのだ。今思えば偏見だが、似合わないと思っていたのは事実だ。

(そういえば、料理も明らかに私よりライの方が上手かったですね……。戦闘以外が秀ですぎていて、わざわざ戦士になるのは勿体無いような気がします)

 短期間で癖まで見抜く観察眼も、何十回何百回と反復して技術を身に付ける努力も、大抵の事をこなしてしまう器用さも、もっと別の事に活かした方が彼は幸せになれるのではないか。

「では、作ってもらいましょうか。……あくまでも、暇潰しのお手伝いですが」

少しでも戦いから遠ざけられるなら喜んで協力しよう。今の彼にはきっと、武器よりも針と糸の方が良く似合う。ヌイグルミが欲しいわけではないと強調するのは忘れないが。

「素直に言えば良いのに。誰にだって好きな物の一つや二つあるだろう」

 セドナが恥ずかしがっているのを分かった上で、ライオネルは首を傾げる。いくら感情が見えやすくなったとはいえ、からかっているのか本気なのかまでは読み取れない。これ以上醜態を曝してなるものかと冷静に返そうとしたが、彼の言動はやはりまだ予測できず、心構えなど出来ているはずもなかった。

「フェーンを嫌う人はそういないでしょう。特別好きなわけではなくて、私は普通です」

「そうか。別に隠さなくて良いと思うけどな。女の子らしくて可愛いじゃないか」

「――――っっっ!」

セドナの頬にさっと朱が差し、ギシリと体が固まった。日頃ジャンが変なことを言うのには慣れたが、予想外の所から来た直球には対応しきれない。たった一言で林檎のように紅くなってしまった彼女に対して、ライオネルは平然としている。和やかだった二人の間に、平和な緊張感――セドナが発しているだけだが――が漂っていた。


 そんな二人を物陰から見守る者達。

「(ねぇねぇ、やっぱり良い雰囲気だよ! これはもしかして、もしかするかもしれないよ)」

「(いや、ねぇだろ。つーか覗きに俺を巻き込んでんじゃねぇよ。他人の恋愛事情なんざ見て何が面白れぇんだ)」

「(そう言う割にはノリノリで隠れてるじゃないですかシルバさん。うーん、でもあれは判断しづらいな。まだライの行動パターンが掴めてないし)」

しっかり声は潜めてアイリスが興奮気味に言えば、ぼそぼそと不機嫌そうに抗議するシルバに、ジャンが茶化しながら真剣に向かい合うセドナたちを吟味する。

 最初は偶然庭に出て来た三人は、フェーンと戯れているセドナの邪魔をしないように立ち去ろうとしていたのだが、ライオネルが現れた段階で何を話すかと興味を持ち、今では立派な野次馬になっていた。年頃の男女が二人きり、しかも和解した直後。今までの反動で距離が一気に縮むのでは、というのが彼らの期待だ。

 怪しい三人組の背後に、屋敷に残っていた最後の一人が近づく。気づいたジャンは振り返り、静かにと身振りで示しながら、訝しげな顔をしているフィリオンを呼び寄せた。

「お、フィリオン。ちょっとお前もこっちに来て意見を聞かせたまえ」

「? ……ああ、何をしているのかと思えば、そういうこと」

素直に指示に従ったフィリオンは、三人に倣ってそっと庭を覗き、そこに居た傍から見れば甘い雰囲気のセドナたちを見て何事かを察した。恋愛に発展しそうかと尋ねるアイリスに、気まずさを前面に押し出して答える。

「あの二人は絶対に無いよ。セドナは知らないけど、少なくともライには恋人がいる」

「えっ、そうなの!?」

「むしろその人以外を恋愛対象に出来ないというか、する気が無いというか」

「おお、熱烈だねぇ。てことはもしかして、ライは素で可愛いとか言ってるわけ?」

「口説いているように見えるけど他意は無いぞ。(ぼか)さず褒めるのが当たり前だと思っているから、言われた方だけが恥ずかしい思いをするんだ。たぶんセドナの顔が赤くなっている理由、ライは気づいてないんじゃないか」

「……つくづく今までとの落差がヒデェなあいつ。人間ブリザードはどうしたんだよ」

フィリオンから与えられた新情報に、面白がった三人が食いつく。ライオネルに関することはこれまで触れづらかったこともあり、色々なことが目新しい。彼らの好奇心が満たされる頃には、壁が存在したことなどすっかり忘れているだろう。

 もはや声を抑えることも忘れて盛り上がっている外野に、当の本人たちが気づくのは時間の問題だった。


 セドナは覗き見とは何事だと照れ隠しに四人を怒った後、再びライオネルと二人だけ庭に残された。今度こそ可愛い物好きの話題から離れようと、これまでで最大の疑問をぶつける。

「そういえば、貴方とフィリオンは結局どういう関係になるのですか? フィリオンはあまりに貴方のことを知りすぎていると思います。貴方もフィリオンのことを、最初から色々と知っていたのですか?」

 ライオネルの過去といい、恋人の話といい、本人が話さなかったことを最初から知っていた。今回の一件でライオネルのことは明らかになったというのに、フィリオンの謎は深まったという奇妙な逆転が起こっている。その理由をフィリオンは語ろうとせず、困ったように笑うだけだった。

「推測はあるが、間違っていたら恥ずかしいから今は言わない。あいつも何も言って来ないしな。でも、多分――」

 本当は同じ世界から来たのではないか、クロスヴェルトに来る以前に知り合っていたのではないか、どこかで記憶が繋がっているのではないか、彼らに関する話には嘘が混ざっているのではないか。セドナたちには推測することしか出来ないが、それが問題になることはもう無いだろう。

「俺が『フィリオン』だったなら、あいつは『ライオネル』だった。そんな関係だ」

踏み込まずとも、いずれ「彼」の方から寄って来る。どちらが先に動くかは、今となっては分からない。同時に来る可能性はもうゼロでは無いのだ。


 雨上がりの地面は固く、彼らの行く道は崩れそうにない。再び分岐点に立つまで、必ずもってくれるだろう。


【Die fantastische Geschichte 0-29 Ende】


火の封印編終了。

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