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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
風の封印
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0-21:力持つもの

【0-21:力持つもの】


 クレスたちが到着した時、公園はおよそ一般人が近づけないような、荒んだ雰囲気を醸し出していた。縛り上げられ地面に転がされた野盗たち。意識があるのは一人だけだ。その一人の前で、ゴウが不機嫌そうに頬を膨らませて座り込んでいる。少し離れた所では殺気立ったライオネルが睨んでいて、エルヴィラは何か言うべきかと微妙な顔をしていた。隅の方で遊んでいるアイリスと子供たちだけが、唯一ここが公園であることを思い出させてくれる。しかしアイリスも時々彼らの方を窺っている辺り、殺伐とした空気から子供たちの気を逸らしているだけなのだろう。

「……フィリオンから経緯は聞いたけどさ。なんであいつらはあんなに荒れてて、エルヴィラまで微妙な感じなの。アイリスが可哀そうなんだけど」

「ライが不機嫌なのは最初からだよ。ゴウが怒ってるのは……まあ、価値観の相違ってやつだよ。アタシもさすがに不愉快だし、何か琴線に触れたんだろうね」

ジャンに問われたエルヴィラは、肩を竦めて明後日の方を見遣る。取り繕う様子も無く彼女が苛立ちを露わにするのは珍しい。フィリオンが呼びに離れている間、野盗に何か言われたのだろうか。

 後から来た面々が困惑しているのを余所に、ゴウは野盗と言い争っている。

「だから、何でオマエはそうやって否定するんだよ。やってみなくちゃ分かんねーじゃん!」

「へっ、これだから能天気なガキは嫌いなんだ。一度倒せなかったような化物に、今更勝てるわけねぇんだよ!」

その主張は、異世界から来たという事実を受けてのものだ。彼らの素性を知った野盗は、トールたちを狙った理由を明かしたが、そこにはやはり彼らの敵――特にベルゼルビュートが絡んでいた。


 魔物狩りで生計を立てていた男たちは、突然現れたベルゼルビュートとアポカリュプスに脅され、野盗行為を働くようになった。どうやら遺跡に何かがあるらしく、無理矢理内部に通じる入口をこじ開けたベルゼルビュートがそこに居座り、アポカリュプスは遺跡に誰も近づけないよう、野盗たちに命じて去って行った。下手な事をすればベルゼルビュートに喰われると怯えた彼らは、大人しく従うことで難を逃れようとしていた。

 だが二日前にトールたちが遺跡に入り込み、ベルゼルビュートや謎の入口を見てしまった。目撃者は殺せと再度脅された彼らは、必死の思いでトールたちを捜し出し、今に至ったのだ。


「どうせあいつらに世界は滅ぼされるんだ。残り少ない命を、無駄に散らしたくねぇんだよ! そのために保身に走って何が悪い!」

 野盗の言い分を身勝手だと断じるには、あまりにも敵は強大で、悲観的になるのも無理はなかった。男たちがそれまで相手していた魔物などとは、比べ物にならないような存在だ。それらを倒すべく招かれた戦士たちでさえ、絶対に勝てるなどとは保障できない。

「悪いに決まってんだろ! どうせ死ぬから同じだなんて、頑張って生きてるやつにシツレーじゃんか! なんで戦おうとしねーんだよ。オレたちのことを知ってたくせに、何で誰にも相談しようとしなかったんだよ!」

ゴウもそれを理解してはいるが、感情では認められなかった。常の彼からは想像もつかない激しさで、ゴウはなおも言い募る。

「自分じゃムリでも、助けてほしいって言えば、誰かが助けてくれたかもしれねーじゃん。それもしないで、オマエは何を頑張ったって言うんだよ!」

「助けなんて求めて何になる!? あんな化物相手に、何したって敵うわけがねぇんだよ! 戦ったって、無駄死にするだけだ!」

「なんでそうやって、他の奴の努力を、無駄だって言えるんだよ。どんなに難しいことだって、諦めずに頑張れば、できるかもしれねーじゃん。頑張ってるやつのジャマをして、悪くないわけないだろ!」

ダン、と拳を叩きつけられた地面が陥没する。範囲は狭いとはいえ、たったそれだけで抉れた地面に、野盗は怯えの色を見せた。ゴウは血の滲むほど拳を握り締め、涙を浮かべた瞳で睨みつけた。何を言おうと否定される悔しさと、自己中心的にも思える考えへの怒りで、視界が赤く染まるようだ。


「トールたちを殺して、また同じことがあったら、何の罪も無いやつをまた殺すのかよ! 脅されたから仕方ないって、そんな理由で殺されたやつらが、可哀そうだと思わないのかよ! ――必死で生きてんのは、みんな同じだろーが!」


 昂った感情が、眠っていた力を刺激する。ゴウの怒りに呼応するかのように、大地がその身を震わせた。樹上の鳥が一斉に飛び立つ。僅かな地面の揺れに、いち早く気づいたシルバが叫んだ。尻尾の毛が逆立つほどに、野生の勘が危険を告げていた。

「ゴウ、やめろ! ここで地震なんて起こしたらシャレになんねぇぞ!」

駆け寄ったシルバは、今やはっきりと感じる揺れに舌打ちする。制御の効かない山神の力を、止める術など分からない。しかしこのまま力を振るわせることだけは、させてはならないと感じていた。だからこそ、爪が食い込むほどに強く肩を掴み、顔を上げさせるようにして言い聞かせる。

「ガキどもを巻き込む気か!? とにかく落ち着け!」

「――――!」

 知らず力を使っていたことに、ようやくゴウも気がついた。はっとして地面から手を放すと、ぴたりと揺れが収まる。先ほどまでの地震が嘘のように、公園は元の静けさを取り戻していた。影響は公園内だけだったのか、外で混乱が起きている様子は無い。そのことに戦士たちは安堵するも、ゴウは自身が何をしそうになっていたか思い至り、頭に上っていた血が一気に落ちて青褪めた。

「あ……」

冷静になったことで、力の暴走が止まったから良かった。だがもしそのまま終わらなかったら、目の前の野盗のみならず、仲間やトールたちまで傷つけていただろう。最悪、町中の人間を殺していたかもしれない。俯いた彼に追い打ちをかけるように、野盗が悲鳴を上げる。

「ば……化物! お前も、あいつらと同じじゃねぇか! 綺麗事を並べてたって、結局その力で俺たちを殺すんだろ――痛てっ!?」

「それ以上言ったら、その喉喰い千切んぞ! ……クレス、ジャン、交代だ!」

喚き立てる野盗を蹴り飛ばし、シルバはゴウを引っ張り上げる。野盗の相手を他に任せ、ひとまずゴウにこの場を離れさせようとした。引かれるままに立ち上がったゴウは、ちらりとトールたちの方を振り返る。地震に対してか、得体の知れない彼の力に対してか、トールは怯え、テオは泣いてアイリスに抱き締められていた。

 公園から二人が出たのを見送り、クレスが静かに野盗へ告げる。

「さて、貴様にはまだ聞かねばならないことがある。……無駄口は叩くな。仲間を泣かせるような者に容赦はしない。我々もまた貴様と同じ、汚い部分もある人間だからな」


――――――――――


 野盗たちはその後、自警団に全員突き出された。騒ぎを聞き駆けつけたツヴァイの町長(まちおさ)は、深く感謝と謝罪の意を表し、滞在中の衣食住などを都合すると申し出たが、戦士たちは丁重に辞退した。謝礼に期待して野盗を捕まえたわけではないし、何より今は他者の干渉から遠ざかりたかったのだ。

 宿を取り、部屋で一息ついたセドナは、落ち込んだままのゴウを想い呟く。

「覚悟はしていましたが、やはり応援する人ばかりではないと、実際に見せつけられるのは堪えますね……」

悲観的になり、何をしても無駄だと言う者が出る可能性には、すでに思い至っていた。しかしアインの町の人々は皆友好的だったし、快く支えてくれていた。ここに来るまで、頭から抜けていなかったと言えば嘘になる。その結果がこれだ。

 化物と詰られたゴウは、気の毒なほど身を震わせていた。彼も本気で殺そうと力を使ったわけではない。むしろ人ならざる力を持つ者として、ゴウは常に善きことのために使いたいと考えていた。制御できないことも、今までは問題にならなかった。しかしこの世界で初めて暴走させ、人を殺めそうになったことで、力に対する恐怖心が芽生えてしまっている。

「ゴウ、大丈夫かな。トール君たちは、ゴウに怯えてはいなかったけど……そう言っても、信じられないみたい」

 トールたちは暗くなる前に家へ送り届けた。別れ際までゴウのことを心配していたので、嫌いになったわけではないはずだ。しかし怖い思いをさせてしまったのは確かで、ゴウはそのことに対しても気落ちしている。

「……あそこまで怒ったゴウの気持ちも、分からなくはないさ。でも暴走したことについては、同情すれば解決するような問題じゃないよ。後は本人が、どうするか決めるしかないね」

 世の酸いも甘いも知る大人からすれば、ゴウの想いは綺麗事だろう。努力すれば願いは叶うなどと言う考えは、力を持つ者の驕りだと捉えられもしよう。それでも仲間たちが否定しないのは、その考えが無くてはならないものだからだ。

「子供は底抜けに陽気で良いんだよ。……変に現実を見始める前でなきゃ、あんな言葉は心地よく響かないからね」

 壁の向こうを見遣ったエルヴィラが、感慨深く零す。偽善ではなく、本心から他者のために怒った少年は、確かに誰かの救いとなれるのだ。


 壁を挟んだ隣の部屋。ベッドの上で銃の整備をするシルバの背に、ゴウは寄り掛かるようにして座っていた。膝に顔を埋め、身動ぎもほとんどせず、ただ背中合わせで寄り添う。銀の尾が時折慰めるようにゴウの背を撫でるだけで、二人の間に会話は無かった。

(オレ、かなり情けねーよな、これ。……トールにしがみついてたテオと同じだ。甘えんなって、いつもみてーに叱られたら、おんなじ様に泣くかも)

ゴウにとってシルバは兄貴分だ。何だかんだ言いながらも世話焼きなシルバは、よくゴウのフォローに回される。文句を言いながらも構って来る性格に、元の世界の仲間が重なる。


――お前の力は、使えないのではなく、使おうとしていないんじゃないのか。目的が曖昧なままだから、目標を見失って暴走するんじゃないか


 閉じた瞼の裏に映る濃紺は、ゴウにとって憧れの色だった。世界を救おうとする主のために、全てを(なげう)つ彼の兵士を、誰よりも格好良いと思っていた。信念のために全力を尽くす、そんな彼のような人の努力が、報われないはずがないと信じていた。いや、今でも信じている。山神の力で手伝ってでも、一生懸命な人々の願いを、叶えてやりたいと思っている。だが現実は、怒りに任せて、無関係な人までも殺めてしまうところだった。

(むやみに使っちゃいけないって、こういうことだったんだな。人より力があるのに、それを甘く見てたから。いつか間違ったことをするって、皆は分かってたんだ)

 圧倒的な力などなくとも、もがきながら人間は生きている。小さな願いにも心血を注ぎ、他者をいたわり、支え合って前へ進む。そんな人々を尊敬していたし、努力を踏み躙るような者が嫌いだった。だから、幼いながらも懸命に生きるトールたちや、異世界から来てまで敵に立ち向かう仲間たちを、侮辱するような野盗の言葉が許せなかった。しかしだからと言って、力で捻じ伏せて良いわけがない。それではあの野盗が言った通り、欲望のままに喰らうベルゼルビュートたちと同じではないか。


 腕に力を込め、いっそう縮こまる背中を、再び柔らかいものが撫でる。シルバの尻尾だ、とぼんやり思い、ゴウはふと思いついたことを尋ねた。

「なあ、シルバはさ、どうやってビーストモード使ってるんだ?」

長い沈黙を破った声に、シルバは獣の耳をぴくりと震わせ、整備の手を止めた。しばしの間を空け、振り向かないままに答え始める。

「……勘だ。あれが必要だと思った時に、あれを使わないとヤバイと思った時に、全力で求めるだけだ」

「そんなもんなのか?」

 シルバのビーストモードは、獣人としての能力を全開で使用できるようになる、普通の人間にはない大きな力だ。これまでの戦闘中に、長い爪で肉を裂き、強靭な牙で以て骨を噛み砕いたところを、ゴウも見たことがある。しかしシルバは最初からそちらを主体にして戦わない。切り札のようなものだと言う割には、意外にあっさりと使う時もある上に、特に副作用や消耗が激しいという問題も無いようだ。

「あれは大抵の獣人が使えるし、出し惜しみするようなモンでもねぇ。使うだけなら楽なモンだ。だけど俺は、できれば使わずに済ませてぇと思ってる」

「なんでだ? かなり強いじゃん、あれ」

ゴウとは違って、制御も出来ている。特に珍しくもない能力なら、積極的に使っても良いのではないか。わざわざ武器を使わなくとも、シルバは身一つで十分強い。銃には利点もあるが、魔力を消費し続けるより良い。そういう思いを込めた意見に、シルバは目を伏せる。

「……魔物染みてるだろ。炎で相手を焼きながら、爪と牙で八つ裂きにするなんて」

 吐き捨てるような言い方に、ゴウは言葉を失った。化物、と罵る声が脳裏を過る。不用意な言葉でシルバを傷つけてしまったかと、再び顔を埋めてか細い声で謝った。

「……ごめん」

「気にすんな。重要なのはこっからだ」

尻尾でぱさりとゴウの背を叩き、シルバは暗さの無い声音で続けた。自身に言い聞かせながら、落ち込む弟分の(しるべ)となれるように。

「戦闘に特化した力だから、俺は軽い気持ちでは使わねぇ。俺の信じる道のためだけに、力を振るうと決めた。何のために、何を成すために。それがありゃ、自然と力の方が着いて来る。傷つけるのが怖いなら、そうならない方に導いてやりゃあいい。力を振るうのは自分だ。自分が迷ってるから、力も迷うんだよ」


 目的を持って、目標を定めろ。正しいと信じる方を向けば、自ずと正しく力は働いてくれる。


 その言葉は、ゴウの胸にすとんと収まった。濃紺が視界の端に映ったような気がして、思わず振り向く。思い描いていた影は無かったが、肩ごしに様子を窺っていたシルバが、にやりと口端を上げた。

「オメーは単純バカだからな。誰かお手本がいるなら、そいつの真似から始めりゃいい。……目的も、目標も、本当はもう分かってんだろ? なら後は、そのために『使おうと』するだけだ」

それだけ言って、シルバはまた元通り銃の整備を始める。それを何度も瞬きしながら眺めた後、ゴウも前へ向き直った。

(オレ、できるかな。なんのために使うのかって、これで合ってるのかな)


――大丈夫。ゴウならできる。わたしは分かる


 記憶の中の微笑みが、ゴウの背を押す。世界を救おうとする少女もまた、強大な敵に全力で抗っていた。だからこそ彼の兵士やゴウは、彼女と共に戦うと決めたのだ。今この世界の仲間たちが、険しい道をあえて進んでいるように。

 明日からは大丈夫だと、少年は睡魔に身を委ねる。曖昧だった道標は、夢の中でさえはっきりと、彼の進むべき道を指し示していた。


【Die fantastische Geschichte 0-21 Ende】


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