0-20:波乱の北区と西区
【0-20:波乱の北区と西区】
北区担当になったゴウとエルヴィラは、一つの問題に直面していた。町の様子を一通り見てから聞き込みをしようとしていた矢先に、通りの隅で泣いている子供を見つけてしまったのである。
そのまま素知らぬ顔をするはずの無いゴウは、エルヴィラの制止も聞かずに幼い男の子の方へと駆けて行く。
「オマエどうしたんだ? かーちゃんとはぐれたのか?」
「ぐすっ……にいちゃんがいなくて、お家にもいなくて、さがしてもいなくて……ひっく、うぅ」
「ほら、泣きやめよ。オレが一緒に捜してやるからさ」
そう言ってゴウは、泣きじゃくる男の子の頭を撫でた。兄とはぐれたと言う子供は5、6歳ぐらいで、慰めても涙は止まる所を知らない。ゴウは宥めながら振り返り、渋い顔で見守っていたエルヴィラへ捜索の許可を求めた。彼女は右手を額に当て、やれやれと一つ溜息を吐く。
「何が一緒に捜してやる、だよ。アタシらは自警団じゃないし、やることもあるってのに、よくも簡単に言ってくれたね。見つかるまで付き合わなくちゃならないじゃないの」
「だって放っとけねーじゃん。早く見つければいいだろ?」
勝手な行動に苦言を呈しながらも、一応許してはくれるらしい彼女の言葉に、ゴウはにっと笑って子供の方へ向き直す。手を引いて子供を立たせ、早く行こうと促した。子供は戸惑いを見せながらも、頷いて歩き出した。
二人が手がかりを得るために経緯を尋ねると、子供は次第に落ち着いて来たのか、ゆっくりと確かめるように話し出した。
「あのね、ぼくとにいちゃん、西区に行ってたの。お店見てたら、にいちゃんがいなくて、お家に帰ってみたけど、いなかったんだ」
テオと名乗った子供は、西区で働く父を訪ねた帰りに、兄とはぐれたらしい。置いて行かれたのかと家に戻ったがおらず、不安になって再び外に出たところだった。
「かーちゃんと一緒に捜さねーの?」
「かあさんはね、ずっと前にしんじゃった。だから家にだれもいないの」
母は亡く昼間は父も仕事で不在。いつも傍に居る兄もいなくなり、空っぽの家で一人待つのが怖かった。そう言って再びぐずりだしたテオを、エルヴィラは繋いだ手を少し強く握り返すことで慰める。急に独り放り出されたのなら、まだ幼い子供にはさぞ辛かっただろう。
「まずは西区に行ってみようかね。……大丈夫さ、そんなに広くない町だ。すぐに見つかるよ。親父さんの所で待ってるかもしれないしね」
幸いツヴァイの町は大きいと言っても、彼女たちの世界にあるような大都市に比べれば、ずっと捜索範囲は狭い。西区に行ってみても見つからなければ、もう一度家に戻って待つか、父親の所へ連れて行けば良い。兄の方も捜し回っているかもしれないが、一旦どちらかは確認しに来るだろう。
そうして歩きながら、二人は他愛も無い話でテオの緊張を解す。この短時間で懐いたのか、段々とテオの口数が多くなっていた。兄らしき姿を見逃さないよう、エルヴィラが周囲に気を配りながら、ゴウはすっかり元気になったテオの話し相手になる。
「にいちゃんはすごいんだ。かあさんの仕事はね、にいちゃんが全部やってるの。とうさんにもエライっていつもほめられるし、にいちゃんのごはんはおいしいんだよ」
「オマエのにーちゃんすげーな。何歳なんだ?」
「10さい! ぼくは5さいだよ。もうお手伝いもできるんだ」
「へー……テオも偉いな! 小さいのに、よく頑張ってるな」
まだ幼い二人で家事をこなし、忙しい父親に負担をかけないようにしているのだろう。甘えたい盛りだろうに、よくできた子供たちだ。ゴウが心の底から賞賛すると、嬉しそうに言葉を続けた。
「かあさんがいないから、その分みんなよりがんばらなきゃいけないんだって。でも大変じゃないよ。今ぼくがいっぱいがんばったらね、にいちゃんたちが、あとでしあわせになれるんだ」
「ん? テオが、じゃないのかい?」
少し違和感のある言葉に、エルヴィラが首を傾げる。努力すれば必ず幸福になれるとは限らない、などという夢の無い意見もあるにはあるが、それよりも結果が兄たちに結びつく部分が気になった。
「がんばったら、その分だけごほうびがあるんだって。だからぼくね、かあさんのいる子よりがんばって、たくさんもらうんだ。とうさんとにいちゃんに、分けてあげるの。にいちゃんたちは、今がんばってるから、ぼくが大きくなったらごほうびを分けてあげて、しあわせにするんだ」
そう言うテオの笑顔は眩しいまでに輝いている。多くを知らない幼子ゆえの発想だが、そのまま成長してほしいと願ってしまうぐらいには、美しすぎる想いだった。エルヴィラは子供ならではの純粋さに少し憧れながら、目を細めて視線を通りへ戻す。一方のゴウは自信たっぷりに、テオの決意を後押しした。
「うん。オマエなら絶対できるから、諦めちゃだめだぞ。他の人のために頑張れる奴は、誰よりもスゲーし、誰よりも強いんだ」
ゴウの中では、努力する者こそが正義だ。ましてやこんな幼い頃から他人の幸福を願えるなら、その努力は報われるべきだと考えている。支え合って生きる家族の姿を、ゴウは尊敬の念を持って聞いていた。
(オレが本物の神様だったら、テオみたいな奴の願いを真っ先に叶えてやるんだけどなー。まあ無いものねだりしてもしょうがねーけど)
山神は全知全能の神ではないが、大きな力を持っているのは確かだ。ゴウはその一部を使えるとしても、自由に助けてやれるわけではない。そのことに彼は若干歯痒さを覚えることもあるが、あまり深く考えたことは無かった。諦めと言うよりも、その先まで思考が続かないのだ。
ゴウはこれまでにも幾度か思ったことを、いつも通りに自己完結して、ふと前方へ目線を上げた。視界に入ったのは、人の間を縫うようにして走って来る、テオの名を呼ぶ子供。そしてその後ろから、なぜか見知った面々が着いて来ていた。
――――――――――
西区に居たフィリオンたちが、テオの兄、トールを保護したのは偶然だった。聞き込み中に困っている様子のトールを見つけ、アイリスが話しかけたところ、はぐれたテオを捜していると言われた。最初は見かけたら家で待つよう伝えておく、ということで別れようとしていたのだ。しかしトールが噂の野盗について、まだあまり広まっていない情報を知っていると言い出したことを機に、弟捜しを手伝うことになった。正確には、トールを放って置けなかったフィリオンとアイリスが、時間の無駄だと渋っていたライオネルの説得材料として、情報提供と捜索の交換条件を提案したのだが。
「良かったね。家に帰ってるかもしれないって、向かってみて。まさかゴウたちがテオ君と一緒に居ると思わなかったけど」
「手伝ってくれてありがとう。……あの、お仲間さんも、弟の面倒を見てくれて、ありがとうございます」
アイリスの言葉に礼を返すと、トールは更にテオを保護したゴウたちにも感謝を示す。テオの方は兄にしがみついて、再会できた安堵から再び泣いている。トールが弟を宥めながら、約束通り野盗に関する情報を話すと言ってきたので、ひとまず落ち着ける場所へ移動することになった。
北区の小さな公園――二つベンチが置いてあるだけで、空き地とそう変わらない――に着き、ベンチに座ったトールは一つ一つ整理するように話し始めた。
「おとといに、テオと一緒に町の外に出たんだ。野盗が出るって聞いてたけど、街道にしか来ないらしいから、別の所を探検してみようって。そしたら遺跡の方まで行っちゃって、まずいと思ったんだ」
遊びに夢中になっていたとはいえ、野盗の溜まり場だと言う遺跡に入りこんでしまい、慌てて帰ろうとした。しかし遺跡の地下に通じていそうな入口を見つけ、野盗の姿も見当たらないことから、少しの間その場に留まっていたとのことだった。
「ちょっと気になって入口を見てたら、そこから突然、変な魔物が出て来たんだ。テオを引っ張って逃げたら、追いかけられて……」
思い出して恐怖が蘇ったのだろう、トールは身震いしながら話し続ける。必死に町まで逃げ帰った時には、魔物は居なくなっていたのだと言う。遺跡は町からそう遠く離れておらず、これまで付近に魔物が出るという話も無かった。だからこそトールたちのような子供も町の外で遊べたのだ。しかし今では野盗が魔物をけしかけて来るという話もある上に、見たことも無い魔物が現れた。町の外はもはや危険地帯だ。
「その魔物、どんな姿をしていたか言えるか? 怖かったら言わなくても大丈夫だ」
フィリオンはトールに目線を合わせて尋ねる。これまで居なかったはずの魔物の出現は、放置すれば甚大な被害に繋がりかねない。人々の安全確保のため討伐するにあたって、出来るだけ情報を得ておきたかった。しかし恐ろしいことを思い出させるのは、子供にはあまりにも酷なので、フィリオンは努めて優しく問う。トールは少し青褪めてはいるものの、気丈にも頷いて答えた。
「大丈夫。自警団の人にも、すぐに教えたから。……えっと、でっかいスライムみたいなやつだった。おれなんか一口で食えそうな、すごくでかいの。手が生えてて、捕まえようとしてきたんだ。あと何か喋ってた気がする」
身振り手振りを交えながら伝えられた内容に、戦士たちの間に緊張が走る。彼らには、その魔物に心当たりがあった。
「ベルゼルビュート……」
その名を呟いたゴウは、珍しく険しい顔をしている。かの魔物は〈災厄〉により、戦士たちの障害としてこの世界へ招かれた。ベルゼルビュートが居たということは、その遺跡に何かあると見ても良いだろう。
更に思いつくことを聞いてみるが、トールもテオもそれ以上は何も知らなかった。そろそろ集合時間ということもあり、話はそこまでにしようということになる。互いに礼を言った後、あっと声を上げたトールは、彼らに聞きたいことがあった。
「ねえ、皆は旅人さんだって言ってたけど、どこから――」
「っ、誰だ!」
どこから来たのという問いは、はっと振り返ったライオネルの、鋭い誰何の声に遮られた。彼に一瞬遅れて、他の戦士たちも気配に気づく。
現れたのは手に武器を持った男たち。殺気立った彼らは十人で、植込みや塀を越えて公園内へ入って来た。おそらく気取られないように、少しずつ包囲していたのだろう。男たちの一人が不快な笑みを浮かべて口を開く。
「ちょおっと邪魔するぜぇ。俺たちはそこのガキどもに用があんだ。変なことになりたくなけりゃ、ガキどもにお別れ言って帰ってくんねぇかい」
男の言葉にトールたちが身を竦ませる。庇うように立っていたエルヴィラは、男を小馬鹿にするように、ハンと鼻を鳴らして言い返した。
「邪魔するぐらいなら日を改めな。もっとも、あんたらは怪しいことこの上ないから、いつ来ても二人だけにはしないけどね」
「言いやがる。この辺りじゃ見ねぇ顔だが、俺たちのことを知った上で、喧嘩売ってんだろうな」
「先に武器を抜いたのは、あんたらの方だけどね。……この子らに何の用事があるかは知らないが、噂の野盗なら好都合だ。わざわざ狩りに行く手間が省けたよ」
エルヴィラは腰に提げている剣へ手をかけてはいるが、まだ抜いてはいない。他の戦士たちも同様だ。数の上で不利な状況にも関わらず、余裕の見える態度と言動に、言い合っていた男は苛立ちを露わにする。
「俺たちを狩るだとぉ? ……調子に乗ってんじゃねぇぞ! お前らやっちまえ!」
一人が武器を振り上げたのを合図に、野盗たちは一斉に襲い掛かった。エルヴィラが不敵な笑みを浮かべ、得物を取り上げるためだけに、二本のうち片方の剣のみを抜く。アイリスがトールたちの横に付き、防御魔法を展開した。そして叫ぶ。
「皆、やりすぎないでね!」
一体何が起きているか、幼い兄弟には目の前の光景が理解できなかった。屈強な男たちが宙を舞い地面に転がる。それを成しているのは、優しく助けてくれた人たち。トールはテオを庇うように抱きしめながら、横に控えていたアイリスへ声を掛けた。
「ね、ねぇ……あの人たち、大丈夫? 死んじゃったりしてない?」
兄が心配しているのは、自分たちに暴力を振るおうとしてきた男たちの方だ。ゴウに投げ飛ばされた者、エルヴィラに蹴り上げられた者。フィリオンが一人を殴り倒した向こうでは、ライオネルが見事な回し蹴りで別の一人を昏倒させていた。野盗たちは次々に倒され、あっと言う間に地面に転がっていく。
「大丈夫だよ。皆優しいから手加減してるだろうし、もし怪我をしたら私が治すから」
先ほどまでと変わらないアイリスの笑顔に安堵していいのか、彼らを襲ってしまった男たちの不運に同情した方が良いのか、判断はつかない。
「おーい、終わったぞー。早く皆と合流しよーぜ!」
「いやあんた、こいつら放置する気かい? フィリオン、悪いけどクレスたちをここまで呼んで来とくれよ。アタシらで縛り上げておくから」
「了解! ……ライ、野盗相手だからって殺気向けるのやめなよ。あの子たちが怖がるから」
「……どうでもいい」
今の今まで乱闘していたとは思えない彼らの遣り取りを聞きながら、凄い人たちに出会ってしまったのかもしれないと兄弟はある種の感慨に耽る。
この変わった集団が、世界を救うべく召喚された異世界の戦士だという事実を、兄弟はこうして知ったのであった。
【Die fantastische Geschichte 0-20 Ende】




