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Die fantastische Geschichte 0  作者: 黄尾
風の封印
20/56

0-19:ツヴァイの町、平穏な南区と東区

風の封印編、本編開始

【0-19:ツヴァイの町、平穏な南区と東区】


 アインの町を出発して三日目。道中突然の雨に見舞われながらも無事に山を越え、鬱蒼とした森が疎らな木立に変わり道の傾斜が緩やかになった頃。戦士たちはアインの町よりも明らかに大きな町の姿を捉えた。

「おー、やっと着いたな! 早く行こうぜ、オレ腹減った!」

先頭に駆け出したゴウは歓声を上げ、後ろを歩く仲間たちを急かす。ある者はやれやれといった調子で受け流し、ある者はその歳相応のはしゃぎ様に苦笑する。

「町の中に入るまで油断は禁物だ。そう焦らなくとも、ツヴァイの町は目の前だ」

諌めるクレスの言葉にも厳しいものは無い。ゴウだけでなく誰もが新たな町へと辿り着いたことに、どれだけ旅をしようと変わらない新鮮な喜びを抱いている。

 クロスヴェルトのほぼ中央に位置し、五つの町を繋ぐ街道の起点であるツヴァイの町。このあまり広いとは言えない世界において各地から人や物が集まり拡散する、まさに世界の中心とも言える場所へ、異世界より招かれし戦士たちは足を踏み入れたのだった。


 ツヴァイの町については事前にシャルロッテやアインの町の人々から聞いていたが、話以上に賑わいを見せる町の様子に年若い戦士たちは興味をそそられていた。行き交う人々に時折目を向け、クレスによる解散の指示を待つ。

「十人で固まっていても邪魔になるだけだろう。二、三人に分かれて情報収集などをしつつ、一度午後3時にこの場所へ集合ということにする。夜までどうするかは、その時に集まった情報次第だ」

町の中央にある大きな広場――この広場から伸びる四本の道がそのまま街道に繋がっている――まで一旦来てみた戦士たちは、まず町のことを知ろうと四組に分かれて行動することになった。ツヴァイの町は四本の道によって東西南北の区に分けられているので、一組が一つの区を見て回る寸法だ。事前に決めておいた組分けや特に集めておくべき情報についてなどを確認し、それぞれ担当の地区へと向かった。


 南区を担当することになったエドウィンは、まず腹ごしらえからというジャンの主張に従うことにした。ちょうど道行く女性から、丸いパンに野菜やハムを挟んだものなどの軽食が評判の店があると聞いていたので、現在その店の前に置かれたベンチに座っているところである。ジャンは食事中も忘れずに、目が合った女性たちへ愛想を振り撒いている。エドウィンの方は時折巻き添えで好奇の視線を向けられることに、若干の居心地の悪さを感じていた。しかし食事はゆっくり摂りたいという程度で、ジャンを咎めようという気は一切無い。話し掛けることで往来から注意を逸らしたのも、純粋に尋ねたいことがあったからだった。

「ねぇ、ジャン。今回の組分けはどういう意図で決めたんだい? 僕たちに知らせたくないなら、答えなくて良いけれど」

 疑問の声に顔を向けたジャンは言葉の意味を少し考えた後、ああ、と思い至り苦笑した。組分けは年長者三人による会議の中で行ったので、エドウィンたちは経緯を知らないのだ。南区になった彼らの他は、東区にクレスとセドナとシルバ、北区にゴウとエルヴィラ、西区にライオネルとフィリオンとアイリス、という風になっている。

「他の奴は何かしら不満持ちそうだけど、まあエドなら話してもいいな」

そこまで大したことではないが一応黙っておいてくれ、と言うとエドウィンは頷く。それを確認したジャンは一度咳払いをすると、勿体ぶったように解説を始めた。


「考慮した点は三つ。俺とクレスとエルヴィラは分けること、情報収集係を最低一人入れること、女性陣は分けること」

「最初二つは分かるけど、三つ目はどうしてだい?」

 年長者三人を分けるというのは、慣れない土地でなるべく広い範囲に目を光らせられるようにしたいからだ。どこで問題が起こっても三人の誰かが即座に対応できるようにというのは、普段の探索と同様のやり方である。二つ目も、見知らぬ人々から欲しい情報を聞き出せなければ、そもそもの目的を達成できない。

「三つ目は……見目麗しい女性が三人並んで歩いてたら、声を掛けたくなるのが男だろ? それに野郎だけとか華が無いし?」

「……はあ」

 突然茶目っ気たっぷりに話し出したジャンへ、エドウィンは曖昧な相槌を打つ。内容の意味は分かるが、共感できるかと言えば否だった。確かに武器を携行している男性ばかりより、一人でも女性の居る方が印象は和らぎ、警戒心も薄れやすいだろう。しかしもともと色恋に関してエドウィンは興味が薄い方なので、同意を求められても困る。微妙な反応にジャンは肩を竦め、エドはそういう反応だと思ったよ、と言い置いて続ける。

「要は質の悪いナンパ対策だよ。エルヴィラはそれを利用するぐらいやってのけるけど、他二人はそんなことできないだろ。でも男が傍で牽制していれば、そう簡単に手は出せないさ」

 アインの町では全員最初から戦士として受け入れられていたが、顔見知りのいないツヴァイの町では妙な考えを持つ輩が出ないとも限らない。そこで最初からそのような人物を近づかせないために、男性陣の見た目から受ける印象を利用しているのだ。セドナには一目で手練れの戦士と分かるクレスと、荒事に慣れているシルバが付いている。アイリスと共に居るフィリオンは人当たりが良いため抑止力としては弱いかもしれないが、時間の無駄になるような絡まれ方をされればライオネルが黙っていないだろう。


 そこまで聞いたエドウィンは、彼だけになら明かせる理由に思い当たった。今まで挙げた理由に彼はほとんど関係が無い。だからこそ選定基準に反感を抱かないが、他の者が裏の意味に気づけばどう思うか。

「これって、該当者に対して何かしら悪評をつけていることにならないかい?」

一つ目には今更誰も何も言わないだろう。だが二つ目は裏を返せば情報収集で役に立てない者がいると判断しているようなもの。そして三つ目に至ってはセドナとアイリスの自衛能力を信用していないことになる上に、護衛役の方は揉め事を起こしたくないと初対面で思わせるような、あまり良くない印象を受けると言っているのだ。

「だからエドにしか話さないんだよ。暗に貶されて良い気分はしないだろうし、怒られたら謝るさ。でも俺は自分の判断が全部間違ってるとも思わないから、反論ぐらいはさせてもらうけど。……嫌な奴だと思った?」

 ジャンは意地悪く口端を上げる。真剣なのか判断のつかない軽い口調やおどけた様な態度に、普通の人であれば眉を(ひそ)めただろう。しかし少々違ったものを読み取ったエドウィンの答えは、他の人からすれば的外れなものだった。

「長所は活かして短所は補えるよう気遣っての采配でもあるのに、どうして悪い意味にだけ解釈させようとするんだい? ……ジャンのそうやって人を試すような尋ね方をする所、僕の親友によく似てるよ。彼はそれのせいで誤解されやすかったから、君まで同じ様に非難されたら悲しいよ」

仲間想いの良い人なのに勿体無い、と言うエドウィンは皮肉でも何でもなく、純粋にジャンを心配していた。思いも寄らぬ、だが彼らしい返答に虚を突かれながらも、ジャンは先ほどとは違う柔らかな笑みを浮かべる。裏表の無いエドウィンの言葉に、彼もまたはぐらかすことなく答えた。ただし回りくどい言い方であることには変わりないが。

「俺と同じでその彼も、多少誤解された方が生きやすい捻くれ者なのさ。……さて、そろそろ行くとしますか」

 立ち上がったジャンは早速、誰に声を掛けようかと辺りを見回している。慌ててエドウィンも着いて行こうとして、ふと自らの内側へ意識を向けた。

『今の言葉の意味、君ならきっと分かるだろう? ……僕には分からないから、早く起きて教えてくれないかな』

 ただの思考ではなく明確な意図を伴う心の声に、応えるものは無い。そのことに少し落胆しながらエドウィンは先を行くジャンの背を追いかけた。もしその声が親友へ届いていたならば、エドウィンは故意に省かれた言葉を知ることができたかもしれない。


――俺と同じでその彼も「親友以外には」多少誤解された方が生きやすい捻くれ者なのさ


 異世界で共有した時間は、仲間の隠された本心を汲み取れるほどには、まだ至っていないのである。


――――――――――


 東区の三人はある意味問題無く聞き込みを行っていた。シルバの容姿が多少目を引いていたぐらいで――クロスヴェルトにも獣人はいるのだが、ツヴァイの町ではあまり見かけないのだ――揉め事もなく、情報通な店主がいると聞いた酒場に来るまでは順調だった。


 酒場は入口が中央にあり正面奥に五人掛けのカウンター、入口とカウンターの間に八人ほど吸われそうなテーブルが四つ左右対称に置かれていた。昼時とあって食事目当てに来ている客もいるが、テーブルを埋めている男たちのほとんどは飲酒しているようだ。幸い誰もカウンターに座っていなかったので、セドナはさっそくカウンターの向こう側に居た店主へ話し掛けに行った。

「おう、姉ちゃん見ない顔だね。旅人さんかい? 昼間っから酒飲むようには見えないが、お目当ては噂話の方か?」

「はい。少々お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 最初は酒場と聞いて渋っていたセドナだったが、効率良く情報を手に入れられるのならと割り切っていた。気さくな店主だと聞いていたので彼女に全く躊躇いは無く、客の様子を窺っていて出遅れたシルバが慌てていることには気づいていない。

「俺も常連の酔っ払いたちも、珍しい女の旅人さんになら普段の二倍喋るさ。なあ!」

「おい親父ぃ、カウンターじゃなくてこっちのテーブルで話してくれよ!」

「そうだそうだ。独り占めは良くねぇぞ!」

話を振られたテーブルの客たちが囃し立て、手招きをする。促されるようにそちらへ向かおうとしたセドナを、必死の形相のシルバがカウンターに座らせた。

「? シルバ?」

「忙しいのに時間取らせんだから、せめて仕事しながら話せる距離の方が良いだろうが。あっちの声は俺が一言一句漏らさず聞き取ってやる。ここに座っとけ」

「そうだ。それにここが空いているのだから、わざわざ詰めてもらう必要は無いだろう。我々の声はテーブルにも届くようだからな」

 シルバはさりげなくセドナの左隣に腰掛け、右隣に立ったクレスはカウンターに背を預け腰に提げた剣の柄に手を置く。両隣を固めた二人の意図に気づかないセドナは、不思議そうに首を傾げるだけである。テーブルの男客が残念がっているのも、店主が笑いをこらえているのにも気づいていない。

(オイオイオイ! あんなに酔っ払いだらけの場所を渋ってたくせに、いざ来たらほいほい誘いに乗るとか何考えてやがんだこいつは。頭良いくせに危機感皆無か!?)

 予想外の行動に狼狽したシルバは、警戒する獣のような低い唸り声を無意識に上げていた。クレスの目も剣呑な光を帯び、男たちが逆にカウンターへ移動するのさえ諦めさせるほどの威圧感を出している。

(元の世界では旅をしていたはずだが、今まで好奇の目を向けられたことは無かったのか。……この分では有ったとしても、セドナに悟られぬよう誰かが守っていたのだろうな)

普段はジャンの口説き文句に抗議しているのだから、貞操観念が薄いのではなく、単に他者を信じすぎるのかもしれない。あからさまに好色な態度を向けられない限り、話を聞くぐらいならと警戒心を緩めてしまうのだろう。


 忠告するかどうかは後で悩むことにして、クレスは当初の予定通り事を進めるべく口を開いた。

「町の付近で妙な物を見かけたり、普段と様子が変化していたりすることは無いか。魔物が増えているとは聞いたが、それ以外に」

 召喚されて以来ずっとアインの町周辺で活動してきた戦士たちだったが、来たるべき〈災厄〉との戦いで最重要となる結界装置は、未だ見つかっていない。しばしば遭遇する刺客とも戦闘にはなるが倒しきれず、特に進展が無いという有様だった。ツヴァイの町へ来たのも探索範囲を広げ、アインの町に伝わって来ないような情報を得るためだ。敵側の行動や結界装置の在り処を知る手掛かりとなるかもしれないので、どんな些細な変化であれ聞いておきたいところだった。

「そうさなあ……。ああ、北の街道に野盗が出るって話は聞いたか? 元は腕に多少覚えがあって、魔物狩りで生計立ててた連中だ。それが最近妙に物騒でよ、魔物と組んで人を襲ってるらしいんだ」

 店主曰く、野盗の人数は約二十人で、北の街道から少し外れた所にある小さな遺跡に屯しているらしい。人を襲うようになってから今まで誰も対処できなかったのは、町の治安維持に努めている自警団でも、魔物と共に襲って来る彼らに敵わなかったからだ。誰もが手をこまねいている状況に、いつ町の中へ被害が飛び火するかと不安の声も上がっている。

「自警団以上に戦える奴がいねぇってのも、俺からしたら問題だがな。……魔物は町周辺でよく見るヤツか?」

戦士たちがわざわざ異世界から召喚された理由に、クロスヴェルトにおける高い戦闘技術を持つ人の少なさがある。元々の人口が少ない上に、長らく弱い魔物程度しか脅威が無かったおかげで、自警団以上の軍事力が無いと聞いた時は誰もが驚いていた。魔物も強力な種はあまり人間の多い地域まで出て来ないので、それで充分だったのだろう。

「襲って来るのはな。でもあんまり大きい声じゃ言えないが……奴らがよく集まる遺跡に〈影〉が出るっつう噂もある」

「!」

 声を潜めて店主が告げた内容に、三人は顔を見合わせた。〈災厄〉の眷属たる〈影〉が出没する。偶然の可能性は充分あるが、野盗と敵側に関係性があると見ても良いだろう。結界装置に繋がるかは分からないが、敵が何か行動を起こしているのなら調べる価値はある。


 その他にいくつか当たり障りのない事柄についても尋ねながら、頃合いを見てセドナが礼を言う。

「色々とありがとうございます。もう他には変わった噂は無さそうですか?」

「おっと、一つとっておきのがあるんだよ。……ちょっと耳を貸してくれねぇかい」

にこやかに答えて来た店主は、唐突に真剣な顔で口の横に手を当て、セドナに耳打ちしようとする。身を乗り出そうとした彼女は、しかしやはりシルバに肩を引かれ元の体勢へ戻された。シルバは油断も隙も無いと視線で威嚇しながら、不満げな店主へ続きを促す。

「口元隠して小声で話しやがれ。意味のある音になってりゃ、俺には聞こえるから充分だ」

「ちぇっ、お堅いねぇ」

店主の抗議はそれだけで、後は言われた通り他の客には聞こえないよう話す。


 野盗騒ぎが始まったのとほぼ同じぐらいの時期に、北区の幼い兄弟が街道沿いで「手の生えた大きいスライムのような、見たことも無い化物」を見たらしい。


 それを聞くやいなや三人は席を立ち、支払いを済ませ足早に店を出る。何も言わずとも彼らは互いに同じことを考えていると分かった。

 十中八九、その化物はベルゼルビュートだ。同時期に現れたと言う敵と野盗の間に、関係が無いとは思えなかった。北区へ向かい目撃者から直接話を聞きたいところではあったが、時刻はもうすぐ約束の午後3時を迎える。

 三人は一度他の者たちと合流するため広場へ戻ったが、彼らの報告は後に姿を現したフィリオンのおかげで遅れるどころか、不必要となってしまった。

「北区の外れで野盗を捕まえた。一緒に襲われた子供たちが、敵に関して何か見たみたいなんだ。今はエルヴィラたちが見てるから、そっちで合流しよう」


【Die fantastische Geschichte 0-19 Ende】


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