0-18:神の子は人間を賛美する
風の封印編導入。この話自体は時系列の明確に定まっていない短編です。
【0-18:神の子は人間を賛美する】
アインの町からツヴァイの町へは、二つの道がある。途中にある山を迂回する街道か、時間を短縮できる山越えの道か、クロスヴェルトの人々はそのどちらかの道を選んで町を行き来する。大抵の場合は多少時間がかかっても比較的安全で楽な街道を選ぶので、問題が起こり使えなくなると大変困ったことになる。
「これはまた、不自然なことになっていますね……」
そう呟いたセドナの目の前には、高さ3mはあろうかという巨大な岩。よりによって街道のど真ん中に鎮座しているこの岩は、三日前までは無かったのだという。崖崩れで落ちてきたにしては山から離れすぎており、周囲にもそれが起こった形跡は無い。誰かの仕業に違いないが、あまりにも手間がかかる上に地味な嫌がらせである。とにかく邪魔なのでなんとかできないか、と戦士たちへ依頼が入ったのは昨日のことだ。
異世界から来た戦士たちは結界装置を探す傍ら、クロスヴェルトの人々から寄せられる依頼を受けて生活費を稼いでいる。内容は、街道や町周辺に出る魔物を退治してほしいといった戦士らしい仕事から、手が足りないから手伝ってくれといった生活に関わることまで、実に様々だ。この世界を救うという名目で召喚されたとしても、全てにおいて人々の世話になるわけにはいかないと考えた戦士たちは、必要な資金は依頼の報酬として稼ぐことにした。最初こそ人々は恐縮していたが、今では支援の一環と割り切って色々な依頼を持ち込んでいる。今回の場合も明らかに自然現象ではないということで、戦士たちが調査することになったのだった。
「本当、こんなことした奴は何を考えてたんだか。街道を使わせないのが目的だとしたら、俺なら爆破するか1kmぐらい土砂で塞ぐね」
岩の周囲を調べていたジャンは呆れながら言う。設置には魔法でも使ったのだろうが、完全に道を塞いでいるわけでもないので、目的が全くもって分からない。労力に対して割に合わないこの所業に、ただ首を傾げていた。
「魔法もかかっていないようです。本当にただの岩ですね」
セドナも何らかの罠である可能性を考えて探査魔法で岩を解析していたが、結果は何の変哲もない岩であるというだけだった。強いて言うならば、ここまで運ぶために使ったであろう転移魔法の痕跡があったのだが、時間が経っているため術者などの特定はできなかった。目的は分からなくとも害は無さそうだと結論付けたところで、セドナの背後から声が掛かる。
「なー、もう調べること無いだろ? ヒマだからこれぶっ壊していい?」
「お待たせしました。ゴウ、お願いします」
二人が調べている間、手持無沙汰だったゴウである。調査には三人で来たのだが、ゴウの役割は岩の撤去だったので今まで何もすることが無かったのだ。
「よーし、それじゃいっくぞー」
ゴウは軽い調子で掛け声を言い、短く息を吸う。後ろに引いた右腕に力を込めると、勢いよく拳を岩に叩き付けた。鈍い音がして、殴った場所から岩全体へヒビが広がる。そのまま幾らもしない内に岩は崩れ、石畳の街道に残ったのは大小様々に分解された残骸のみとなった。
「いつ見てもデタラメというか……。人間業じゃないよな、これ」
ジャンが肩を竦めながら呟いた。拳一つで大岩を砕くという荒業ができる人間は、世界広しと言えどゴウぐらいのものだろう。セドナもジャンの言葉に黙って首肯していた。
一方で振り向いたゴウは怪訝そうな顔をしている。
「? だってこれ人間の力じゃねーもん。山神の力なんだから、人間ワザじゃねーのは当たり前だろ?」
「……は? 山神?」
「うん。山神」
何を言っているのだというゴウの主張に、ジャンは珍しくきょとんとした表情を返す。山神とはゴウの世界に実在する大地と豊穣の神だ。それはジャンも聞き知っていたが、なぜ今ここでその名前が出て来るのかが分からない。同様に疑問符を頭上に浮かべたセドナは、思い当たった事を聞いてみた。
「貴方の怪力は、山神の力なんですよね。しかし以前、生まれつきのものだとお聞きしましたが、どういうことですか?」
「そーだけど。……あれ? オレのとーちゃんは山神だから、オレも山神の力がちょっとは使えるんだって、言って無かった、みた、い、デスネー……」
自明の事のように答えていたゴウは、二人の反応にだんだんと目を泳がせる。驚愕しているセドナはともかく、ジャンの表情が一瞬消えたのを見逃せなかったのだ。これは怒られる前兆ではないかとゴウは身構える。なぜ怒られるのかは分からないが、とりあえず謝っておこうと口を開く。
「ごめんなさい?」
「何で疑問形なんだ。……全く、お前はいつもそういうことを後になって突然言うから、早く言えって怒られるんだよ」
首を傾げながらの謝罪に、ジャンは呆れ気味な口調で不満を述べる。ただ生活する分には知らずとも支障の無い――それでも一応重要な――ことだが、戦闘においては仲間の戦力を把握しておくことが必要になる。特にパーティの作戦立案を担うジャンにとっては、仲間の能力はなるべく細かく知っておきたい所だった。
「わりーわりー」
「悪いと思っていないでしょう! どうして黙っていたんですか」
「大したことじゃないとでも思ってたのか? ……思ってたんだな? 腕力だけじゃなくて常識まで規格外かお前は!」
今更すぎる秘密の暴露に一通り三人は騒ぐ。ようやく落ち着いた頃、どこか遣る瀬無さのようなものを感じながら、瓦礫を街道から退けて帰路に着いた。なぜ言わなかった、言ったと思っていた、の繰り返しで不毛な遣り取りをしている内に、予定より帰還が大幅に遅れてしまっている。
セドナは戦闘もしていないというのに疲れているのを感じながら、ふとある事に思い至りゴウへ尋ねた。
「ゴウ、貴方の持つ山神の力とは、魔力とは別のものなのでしょうか。私が見る限りでは、貴方の魔力量はそこまで多くないのですが」
「魔法とは違うらしいぞ。オレって色々と普通と違うらしくて、誰にも使い方は教われないんだってさ。だから自分で意識して使ったことないんだよな」
ゴウの持つ山神の力は怪力だけでなく、大地の力を引き出すというものもあるが、そのどちらもゴウは自身で制御できていない状態にある。魔力を用いないその能力は当然人間には理解できず、また神の力を持つ人間という異例の存在であるがゆえに、山神たちですら使用方法については教えられないという有様であった。それを聞いたジャンは顔を顰めて忠告する。
「それだとかなり危なっかしいな。制御できないなら、無理に使おうとはするなよ。何かあってからだと遅い」
制御下にないゴウの力において厄介なのは、大地の力という曖昧なものが多様な結果をもたらすことにある。上手く使えば地力を上げ豊穣をもたらす一方で、自然災害を意図的に起こすことすらも可能なのだ。使い方を誤れば大惨事になりかねない。
そう言われたゴウは、素直に頷いた上で淡白とも言える答えを返した。
「分かってるって。別に無くても困らないしな、こんなの」
あっさりと力そのものを否定するゴウに、二人はまたも困惑することになった。危険なので無茶はするなと言ったが、何も存在自体を否定することはないだろうと、顔を見合わせた二人の意見が無言のまま一致する。
「……あの、せっかくの力を『こんなの』呼ばわりするものではありませんよ。それ自体は素晴らしい能力ですし」
セドナは恐る恐るフォローに回る。ゴウの力は制御出来ないことが問題なだけだ。もしや自身を非難されたと勘違いしてしまったのではないか。そう心配するセドナに対して、ゴウは至って普段通りの調子で答えた。
「どんなに凄くても、使えないなら意味ねーじゃん。それにさ、山神よりも人間の方がもっと凄いと思わね?」
ゴウの言葉に暗いものは無い。自嘲でも皮肉でもなく、本心から彼は人間を賛美している。人外の力を持ちながら、ゴウという少年はその価値を高く見ない。
「だってこんな力が無くたって、人間は色んな事ができるだろ? 欲しい物があれば作るし、なりたいものがあれば頑張るし、世界のために戦う奴だっている。特別な力なんて無くても、願いを叶えるために努力してる奴らは、神様よりずっと偉いんだ」
だから人間の方が凄い、と言ってゴウは笑う。したり顔で頷く少年の姿が、二人には一回りも二回りも大きく見えた。彼は能天気なように見えて、時折目の覚めるような考えをぶつけてくる。その考えの正誤は判断できないが、盲目的な大人よりもずっと物事の真理に近づいているように思える。
「……やっぱりお前は規格外だよ、ゴウ」
「そうか? オレからしてみたら、ジャンたちの方が変わってるけどな。頑張り方が違げーもん」
「『変わってる』では褒めているように聞こえませんよ」
眩しいものを見るかのように目を細めたジャンは、賞賛を続けるゴウを軽く小突いて足を進める。セドナは苦言を呈しながらもその顔に笑みを乗せていた。少年が「規格外」に込められた意味に気づくのは、もう少し成長してからになるのだろう。
【Die fantastische Geschichte 0-18 Ende】




