0-16:異世界の仲間に関する所感・エルヴィラ
【0-16:異世界の仲間に関する所感・エルヴィラ】
私は何のために仲間たちの性格を考察してきたのだったか。感情表現の手本とするためではなかったか。いつの間にか別の事に目を向けてしまって、本来の目的から逸れたことばかり考えていたような気がする。そしてこの成果が一向に現れていない。
そのような事を言うと、目の前でワインの入ったグラスを呷っていたエルヴィラが呆れたような顔をした。
「そりゃそうだよあんた。だいたい感情なんて曖昧なモンをつらつら考えてる暇があったら、笑う練習でもしてた方があんたの場合よっぽど有意義だよ」
「いや、それは不気味だろ……」
隣でジャンが苦笑している。彼の手元に置かれたグラスは空で、それを見たエルヴィラはすかさずワインボトルを傾けた。二人とも飲むのは勝手だが、飲み過ぎて明日の探索に支障をきたさないようにしてほしいものだ。我々三人が夜の談話室にて時々行う会議は本来、年長者で集団を率いることに長けた二人と共に近況報告や今後の方針を話し合うための場として始めたはずであったが、他の者達には晩酌の時間と見なされているのが現実だ。私は一滴たりとも飲んでいないというのに。
「笑う練習については自分でも一度考えてみたが、ジャンと同意見だ」
「ぶっ……本当にやろうとしてたのかい!」
よほど愉快なのだろう、エルヴィラは腹を抱えてうずくまりながら肩を震わせている。これが昼間だったなら大声をあげて笑っていたに違いない。ジャンも声は抑えているが目尻に涙が溜まっている。涙が出るほど笑えるようなことを言ったつもりは無いというのに、こうして周囲は爆笑しているという状況も私には理解できないものの一つだ。どこか「普通の人間」とずれている証拠のように思えて、私にとっては逆に面白くない。
「何でも練習とか実践とかに結びつくところがあんたらしいし、大抵はそれでいいんだけどね。今回ばかりは役に立たないよ」
「なぜだ」
「教えてもらうもんじゃないからだよ。喜怒哀楽を今のあんたはすでに表現できてるけど、それは誰かに教わったものかい? 自然と表に出て来たんだろ」
なるほど、それは気が付かなかった。世界を巡り様々な人物を見て来たという彼女ならば、多くの感情表現を知っているのではないかと思い相談して正解だった。確かに私の表情は無意識に変わっていて、どういう時にどのような顔をするかなど考えていなかった。こんな単純なことに気が付かなかったとは。
「クレス、お前は創られて一年も経ってないんだろ。赤ん坊レベルの経験しかないのに、年齢を重ねた俺たちと同じようにしようなんて焦る必要は無いんだよ」
「そうそう。わざわざ勉強しなくても周りの人間から影響を受けて、あんたの気づかない内に成長してるさ。だから無理するのはやめな」
私よりも遥かに多くを知っている二人に諭されてはもう何も言えない。初めて泣いたあの時のように、その時が来るのを待てということか。
分かったと言えば二人ともしたり顔で頷き、話の流れを変えていく。
「俺からすればお前よりもライの方が問題だと思うぞ。なあエルヴィラ、姉御のお力でなんとかなりませんかあの無愛想」
「できたら苦労しないよ。壁を崩せればいいけど……これは勘だけどね、あいつは下手に突くと壁と一緒に中身も壊れるタイプだよ。今はフィリオンに任せておくのが一番だね」
「ではセドナとの不仲はどうする。早めに手を打たねばパーティの士気に関わるぞ」
「とりあえずは二人をなるべく別行動にするしかないよ。あとそうだ、シルバはゴウかアイリスと組ませときな。一人立ちが早かったせいか、面倒を見られるより見る方が性に合うみたいだから」
「エドも意外と無茶しがちで厄介なんだよな。出来る奴だからそれ以上の奴を付けとかないと負担が一気に偏る」
「気づかれないようにしな。そういう配慮をエドはこっちが思う以上に気に病むよ」
この夜の会議ですることは計画を立てるだけではない。わざわざ三人だけで話す目的は、年若い者達の様子を見守り、問題があれば対処できるよう情報交換をすることだ。多感な少年少女の多いこのパーティにおいて、特に人間関係や相性は戦闘でも日常生活でも重要な要素である。ただ能力だけを見て組分けをしても絶対に上手くいかないと最初に言い出したのはエルヴィラだった。年下の戦士たちを見守る保護者のような役回りを我々三人ですることに決定したのも彼女で、人選は「全体を見る余裕があるかどうか」を基準にしたようだ。
「……しかし皆はよく不満を言わないな。我々三人だけでこのような話し合いをするのは、彼らを未熟だと言っているようなものだろう」
「少なからず自覚があるんだろ。セドナは視野が狭まりがちで、ゴウは幼すぎ。エドとフィリオンはあと少しだけど経験不足。ライは論外で、シルバは面倒見が良くても集団を率いるタイプじゃない。アイリスは自分で精一杯。これに反論できるならやってみなってね」
なかなか厳しい評価だが、私から見ても正当だと思う。彼女は他者を過大にも過小にも評価しないため、自覚がある者ならば尚更反論する余地が無い。またそう言う彼女の自信と余裕に満ちた態度が傲慢に見えないのは、自身のことも同じく厳格に判断していると分かるからだ。
「アタシらの判断だって絶対じゃないのはお互い理解してる。間違ってると思う時は言ってきてくれるんだから、普段は不満が無いのも任せてくれるのも、あいつらからの信頼の証。それだけの責任を負ってるんだから……まあこれぐらいは許してもらわないとね」
そう言って空にしたグラスにまたワインを注いでいく。生き生きとした表情でグラスを傾けるエルヴィラに酔いの色は見えないが、今までで相当な量を飲んでいたというのにまだ飲むつもりなのか。途中までは彼女の弁に同意しながら黙って聞いていたが、さすがに飲酒過多を見逃すつもりはない。
「あっ、エルヴィラ飲み過ぎ! 次の分が無くなるだろ!」
「飲み過ぎなのは君もだ、ジャン。エルヴィラ、話で誤魔化そうとしているようだが無駄だ。今日の分はそれで終了とする」
「ええええケチくさいねぇ。……はいはい分かった、終わるからそんな顔で見るんじゃないよ」
不満げなエルヴィラを見る自分の目が細まっているのが分かる。これはなんという表情なのか知らないが、今のこの感情を言葉で表そうとするのはもう止めよう。
エルヴィラもまた頼りになる仲間だ。感情豊かになれはしなかったが、彼女のおかげでそれでも良いのだと知ることができたのだから、今回の考察も無駄では無かった。思っていた結果とは違うが、私はまた少し人間らしくなれたのだろうか。
【Die fantastische Geschichte 0-16 Ende】




