0-1:物語の始まり
15/01/24編集
キャラクターの外見描写が第六部分【0-32】まで皆無です。先に確認が必要な方は設定資料集またはシリーズ内他作品(=原作)の一話をどうぞ。お手数おかけいたします。
かつては同じ、一つの世界だった
無数に砕かれ、残った楔は時の流れに消えていった
わずかにつながりを残すのはたった十の世界
――異世界の戦士たちよ、この声が聞こえるならば――
幻想の物語は〈始まりの世界〉より明かされる
きっかけは皆同じだった。
唐突に聞こえたその声に誰もが応え、どこかにいる声の主へ手を差し出す。
――異世界の戦士たちよ、この声が聞こえるならば――
――――どうか、力をお貸し下さい。私たちの世界を、貴方たちの未来を賭けた戦いに――
勇者たる彼は迷わなかった。救うべきものがあるのなら、異世界にだって行こう。それが己の使命なのだから。
真面目な彼女は少しためらった。不安定な彼女の世界を放って行くことなどできないから。けれどもその声を無視することもまたできなかった。
快活な彼もまた迷わなかった。困っている人がいるなら助けなければ。ちょっと異世界行ってくる、と傍らの少女が聞けば呆れそうなほど軽い気持ちで手を伸ばす。
お人好しな王子は困ったように笑った。自分が力になれるのならいくらでも手を貸そう。巻き込むことになる親友は機嫌を損ねるだろうけど。
彼が何を考えていたのかは分からない。異世界の事になどかまけている暇はない、と突っぱねても不思議ではないのに。それでも手を差し出したのは事実だった。
自分たちの未来がかかっているのなら、と英雄の息子は了承した。彼の守るべき平和を脅かす者がいるなら許しはしない。向かう異世界で一つの運命が彼を待つ。
彼は異世界のお宝を頂くのも悪くはない、と考えた。相棒の黒兎は置いて行かれたことに怒るだろう。珍しい物でも土産に持ち帰ればいいと異世界へ駆ける。
気弱な少女は耳を疑った。戦いにおいてはほとんど役に立てない自分でいいのか? せめて癒し手としてできることがあればと恐る恐る踏み出す。
困っている女性を見捨てるなど考えられない。そうして男は思いを馳せる。愛しのあの子は俺の帰りを待っていてくれるだろうか?
海を駆ける船の上で彼女はその声を聴いた。未知なる世界とはどんな所だろうか。世話の焼ける子分たちとしばし別れ、彼女は遥かなる世界へ好奇心とともに旅立つ。
彼らの物語は始まりの世界より明かされる。
これはもしもでありながら0にあたる物語。
【Die fantastische Geschichte】
――――――――――
【0-1:物語の始まり】
気づくと目の前には見知らぬ女性がいた。
色素の薄い金髪に縁どられた顔は美の女神を思わせる造形で、光に透けるような白磁の肌がこの世の者とは思えないほど神秘的な雰囲気を醸し出している。儚げな印象を与える薄青色の瞳に映るのは己の姿だけではなかった。
「異世界の戦士たちよ、私の声に応えてくださりありがとうございます。突然の召喚にも関わらずこうして駆けつけて下さった貴方がたには感謝してもしきれません」
心の底から感謝し喜びに満ちたその声は間違いなく先ほど呼びかけてきた声だ。どうやら自分と同じように呼ばれたらしい周囲の彼らは、なるほど衣装も種族もバラバラで共通点といえば戦う者の目をしているということぐらいだ。異世界の戦士たちという言葉は間違いないらしい。
「先ほどの助けを求める声は貴方か?」
このよく分からない状況を作り出したらしい女性に、一番近い位置にいたクレスは尋ねる。
「はい。私の名はシャルロッテ。この世界を襲う強大な悪に対抗すべく、貴方がたに力を貸していただきたいのです」
「強大な悪、ですか……。私はセドナ・アルセナールと申します。詳しく説明していただいてもよろしいですか?」
答えたシャルロッテの言葉にセドナと名乗る黒髪の女性が問いかける。
「もちろんですわ。今からできる限りのことはご説明いたしますが、貴方がたにとっては異世界のことですから不明瞭な点が出てくるかと。その時は遠慮なくお聞きくださいませ。私も協力を求める以上全てを知っていてほしいのです」
そしてシャルロッテは十人の戦士たちに向かってこの世界の現状を語る。
かつてこの世界と戦士たちの世界は一つであった。楔石と呼ばれる不思議な石の力で人々は豊かな生活を送り、クロスヴェルトと呼ばれるこの世界は平和に満ちていた。
しかし人々はいつしか楔石の力を独占しようと争うようになってしまい、血で血を洗う凄惨な戦いが続いた。怒りや憎しみ、妬み、恨み、悲しみ、様々な負の感情が渦巻く世界は、現れた〈災厄〉によって滅亡の危機にさらされることとなる。〈災厄〉は人々の負の感情に反応した楔石が生み出した存在で、多くの石の共鳴によって作り出されたそれは強大な力でもって全てを破壊せんとした。ようやく争っている場合ではないと気づき立ち向かおうとした人々の努力も空しく〈災厄〉の力は増すばかりで、当時の人々の力では敵わなかった。
そこで人々は世界で最も強い魔力を秘めている大楔石の力で以て〈災厄〉を封印しようとする。大楔石の管理者である守り人と呼ばれる人物を中心に祈りを捧げ、ついに〈災厄〉は封印されることとなった。しかし封印される直前〈災厄〉は世界の消滅を願い、不完全ながらもその願いを大楔石は叶えてしまった。こうしてクロスヴェルトは無数の世界へと引き裂かれ、今では楔石のみがクロスヴェルトとそれぞれの世界とのつながりをかろうじて保っている。
そして現在、長い時の中で封印が弱まってしまったのか〈災厄〉が蘇ろうとしている。再び滅亡の危機に曝されようとしている世界を救うべく、当代の守り人であるシャルロッテはかつて一つの世界であった異世界の戦士たちを楔石の力で以て召喚したのだった。
―――――――――――
「引き裂かれた全ての世界へ呼びかけたはずだったのですが、結局召喚できたのは貴方がた十人だけでした。おそらく長い年月の中で楔石が劣化してしまい、この世界と繋がることのできるだけの力が残っていないのでしょう」
簡単な自己紹介を済ませ、一同はシャルロッテの言葉に耳を傾ける。聞きなれない言葉の数々に異世界へ来たのだという実感が湧いてくる。
「そのくさびいしとかいうの、オレ聞いたこと無いぜ。元はいっぱいあったんだろ?」
この中で最年少と思われる少年、ゴウが頭上にクエスチョンマークでも浮かべながら尋ねる。
「僕も聞いたことがないな……。もしかして誰も存在を知らないくらいに数を減らしてしまったのかな」
エドウィンと名乗った青年が同意し、一つの仮説を立てる。
「……そこの水晶のようなものがその楔石とやらか」
抑揚の低い声で問うたライオネルは、感情の読めない目をシャルロッテの背後にある巨大な物体に向ける。向こう側まで見えるような透明の鉱石は優に人の三倍はあろうかという大きさで、魔法があまり得意でないクレスでもはっきりと感じられるほど多くの魔力を宿していた。
「ええ。これはその中でも大楔石と呼ばれるものですわ。標準的な楔石は片手で持てるぐらいの大きさですから、異世界に残ったものの多くは風化して跡形もなく消え去ってしまったのでしょう」
シャルロッテは振り返り大楔石を見上げながら肯定する。
「へえ、これが〈災厄〉を封印したって言う……」
「確かにかなりのシロモノだっつうのは分かるぜ。なんで封印なんてまどろっこしいマネして消滅を願わなかったんだよ」
目を丸くして感嘆の声を上げるフィリオンの姿はライオネルと瓜二つだが、性格は真逆のようだ。腕を組み納得がいかないという表情のシルバは頭に生えた獣の耳を二、三度震わせながら尋ねた。
「楔石によって生み出された〈災厄〉は悪意を吸収し大楔石の力を以てしても倒せないほどに強くなってしまったのです。それほどまでに当時の人々の心は荒んでいたのかと思うと悲しくなります」
目を伏せシャルロッテは当時を憂う。争いの結果は世界の分裂に終わり、幸福と平和の満ち足りた生活を奪われるまで気づけない人間の愚かさを思うと胸が痛む。
「そんな敵を相手に、この人数で挑んで勝てるのかな……」
不安そうに杖を握りしめアイリスは俯く。当時だって屈強な戦士は大勢いただろうに倒せなかったのだ。治癒師の自分にできることなどあるのだろうか。
「長く封印されてきた〈災厄〉は今はまだ弱っているはずです。完全に力を取り戻す前であれば、倒すことも可能だと信じていますわ。〈希望と勇気を持って進むべし、輝ける意思こそがかの者を滅ぼす刃となる。心の闇より生まれしかの者は、心の光を忌み嫌う。恐れるな、絶望に呑まれ歩みを止めればかの者に力を与えるのみ。信じよ、解き放たれた災いの後には必ず希望が残るのだ〉…………〈災厄〉を封じた当時の守り人はこの言葉と共に大規模な結界魔法を展開し〈災厄〉の力を封じる装置を残したそうです」
「その装置で無力化して希望と勇気を持って戦えば勝てるかもってこと? 装置はともかくそれ以外は抽象的というか、もはや精神論だから対抗策としてはねぇ……」
曖昧すぎて信用できないな、とジャンは肩をすくめる。この美しい女性を助けてあげたいのは山々だが、無謀な戦いに挑んで命を落とすなどということは避けたい。
「しかしこの言葉が今のところ唯一の手がかりなのです。……しかしどんなに無謀でも戦わなければならないことには変わりませんわ。倒すことが叶わないとしてもせめて封印しなければ、この世界だけでなく貴方がたの世界も滅びてしまうのです」
「なんだって? どういうことだい!?」
今までは遠い異世界の話だったというのに、自分の世界までも滅亡の危機にあると言われエルヴィラが声を荒げる。
「私たちの世界は今も楔石によってわずかな繋がりを保っています。だからこそ私は貴方がたを召喚できたのですが、同じように〈災厄〉もまた楔石を通じて異世界へ干渉しようとしているのです。クロスヴェルトのみならずかつて一つであった世界全てを破壊するために」
「なんてこったい……。この世界が墜ちたらアタシらの世界までおシャカなんて、笑えない冗談だよ」
まさに自分たちの未来をも賭けた戦いというわけだ。望むと望まざるとに関わらず戦わなければ待つのは死だ。
「お願いします。これはこの世界だけでなく貴方がたの世界をも守るための戦いなのです! ……クロスヴェルトにはもはや人間は数百人しかおらず、〈災厄〉やその配下に対抗できるだけの力を持った戦士はいませんわ。本当に貴方がただけが頼りなのです!」
シャルロッテは懸命に訴える。選択権など無いに等しいこの状況に、己の無力を呪いながら。もっと力があれば。一人でも〈災厄〉と戦えるだけの力があれば、彼らを巻き込まずにすんだのに!
この世界だけの問題ではないからこそ自分たちを呼んだのだというシャルロッテの言葉にクレスは改めて決意する。
「シャルロッテ。私は『勇者』として、世界を救う者として作られた身だ。そして私が守るべき世界は一つとは決まっていない。――全ての世界のために、私は戦おう。貴方の祈りを決して無駄にはしないとこの剣に誓う」
己の創造主たる光の女神より授けられし聖剣を掲げ、厳かに宣言する。そこには人々が求める「勇者」の姿があった。
「オレはバカだからオマエの言ってることさっぱり分かんねえけど……でも、オマエが困ってるのだけは分かった。オレも手伝うぜ!」
にっと笑ってゴウが続く。堂々と「分からない」と言った彼に、潔いねぇと呆れを通り越して感心してしまったジャンが言う。
「まあ俺もこんな美人が困っているのを放って置くなんて、男としてどうかと思うね。……俺の手で良ければお貸ししましょう、レディ」
「軟派者……」
気障ったらしい仕草でシャルロッテの前に跪き手を差し伸べたジャンを、セドナは白い眼で見ながら呟く。ここは自分がしっかりせねば、と真面目な彼女は妙な決意を固める。
「この世界へ呼ばれた目的が〈災厄〉を倒すことだというのなら迷いはありません。私も戦います」
毅然と告げたセドナを見て、エドウィンは頼もしい仲間と共に戦えるのならば大丈夫だと安心し己の答えを述べる。困っている人を見捨てられない彼にしてみれば、仲間がいなかろうが自分の世界には無関係だろうが、答えは変わらなかったのだが。
「僕の答えは君の呼びかけに応じた時から決まっているよ。困った時はお互い様。共に戦おう」
「ハン、お人好しにもほどがあるぜオメーら。……俺ぁバウンティーハンターだ。異世界までわざわざ来てお宝の一つでも頂かなきゃ割にあわねぇ。〈災厄〉の討伐も、報奨金でも出してくれるってんなら考えてやる」
あくまで金のためならと言うシルバに、シャルロッテはええもちろんですわ、と嬉しそうに返す。シルバはそんな彼女の様子に照れたのかフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
「俺も戦うよ。ここで諦めたらグランディアの名が泣く。……俺の世界は偉大な英雄が命がけで平和を勝ち取った世界だ。その平和を守るためなら、俺はどんな敵にだって立ち向かうさ」
フィリオンは元の世界の英雄と呼ばれる両親へ思いを馳せる。彼らは強大な敵を倒し、「偉大なる英雄」グランディアの名を授けられた。異世界でもその名に恥じぬ戦士たろうと彼は槍を強く握りしめ心を決めた。
「わ、私も出来ることは少ないけど……。傷を癒したりとか、魔法で援護したりとかでいいなら、頑張るよ!」
あたふたとアイリスが答える。その心はまだ不安で一杯ではあるが、出来ることがあるのならと前を向く。そんな彼女の頭をポンと撫でたのはエルヴィラだった。
「アタシだってあの海を自由に泳げなくなるのは困るからね。アタシの海を壊そうってんなら受けて立つよ。……で、アンタはどうするんだい?」
エルヴィラは不敵に笑いながらそう答えると、最後の一人であるライオネルへと問いかける。まるで興味が無いというような雰囲気で彼は一人離れた所に立っていた。
「……戦えばいいんだろう。勝手な理由で殺されてはたまらない」
世界がどうというよりは自分の生死を他者に決められることが気に食わないようだ。ライオネルはそれだけ言うと皆に向けた顔を再び背ける。理由はそれぞれ違えど誰もが戦うと決めた。
「皆さん、ありがとうございます。改めてよろしくお願いしますね」
――彼女の笑顔とともに、彼らの戦いは始まった。
それは出会うはずのなかった彼らが紡ぐ幻想の物語。
【Die fantastische Geschichte 0-1 Ende】