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第一話

説明回・導入回

 朝になったのだろうか、電気が一斉に点灯し明るくなった。突然の光に目をしばたたく。結局あれから緊張してよく眠れなかった。自分の体を再度確認してみると、手枷は壁に繋がっており、足首は鉄球とお友達になっている。溜息をつくしかなかった。叫ぶ気力もないので、鉄格子の向こうを睨みつける。ふと足音が響いてきた。ここの廊下はよく鳴るんだな。

「おはようございます、有明神ありあしんさん。今、開けますね」

 大きな帽子をかぶった小さな少年が鞄から鍵を取り出し、開けてくれた。年は五から六ぐらいであろう、低等身に大きな頭が特徴的だ。白っぽい紫髪は短く切り揃えられており、どこか品を感じる。

 彼は鉄格子を開けると、僕の手枷と足枷を一箇所ずつ別の鍵で開けてくれた。全部同じような鍵に見えるのに、彼には判別がついているのだろうか。

「どうして僕は繋がれていたんだ?」

 尋ねても、理由らしい理由を聞くことは叶わなかった。直近の記憶を手繰り寄せようとしても、薄霧に阻まれる。罪を犯したという確証もなく、ぼんやりと自分の手首を見つめる。リストカットのような傷は見受けられない。そこまでして自分の記憶に自信を持てないことに気付くが、状況のせいだと深く考えないことにする。

「ついてきてください。これからのことをお話しますので。素王すおうさんもお待ちしております。行きましょう」

 枷を外され、腰を持ち上げた瞬間体がふらついた。そんな自分を少年が支えてくれる。

「長時間牢屋に幽閉していて申し訳ありません。貴方用の部屋は用意されておりますので、そこで休憩をとってくださいね」

 少年の身長は僕の腰の位置よりやや高いくらいだ。こんな小さい体でよく支えられたな。

「あっ……申し遅れました。自分はデルタといいます。貴方と素王さんをサポートするロボットです。これからよろしくお願いします」

「……よろしくな」

 ロボットなのだから見た目よりも力があって当然か。しかしサポート用ロボットがなぜ必要なのだろう。もしかしてここは人間ではなくロボットに支配されているのだろうか。これからよろしくお願いします、という言葉にも含みがある。ここはどこなのか。いつ出られるのか。様々な疑問が首を絞めてくる。

 自分が入っていた牢屋の向かい側にも牢屋があった。中に人はいない。

「数日前までそこに素王さんがいました。彼女は割と目覚めが早かったですよ。そういえば昨夜素王さんに会ったらしいですね。年齢も近いですし、よき友人になれますよ」

 夜中懐中電灯を持ってきた女は素王というのか。珍しい名字だ。あまり耳にしたことがない。

 百歩も歩かないうちにリビングのような部屋についた。奥に扉が二つ見え、ネームプレートには『有明神』『素王姫花』と書かれている。

 遠くを見てないで、近くを見てみるべきか。ソファに座ってのんびりと読書をしているのがデルタの言っていた"素王"という女なのであろう。デルタが声をかけると、彼女は顔を上げてこちらに視線を向ける。彫りの深い顔立ちだ。可愛いというよりも綺麗な顔立ちに一瞬だけ胸がときめく。

「あらためまして、私は素王すおう)姫花ひめかよ。同居人として仲良くやっていきたいものね」

「同居人?」

「その説明は自分――デルタにお任せを。プリゾナスでは運ばれた際に波長の合いそうな人間とペアを組みます。そのペアにロボットが一体つきます」

「つまりお互いがお互いを監視するシステムになっているわけ。話を聞く限りこの層には比較的症状の軽い人が集まっているらしいから、普通の会話はできると思うわ」

「普通の会話ってなんだよ……そんなにヤバイ奴もいるのか……。というかそもそもプリゾナスってなんだよ。ここの名前か?」

「あら、私昨日言ったわよね。異常な人間が集められた牢獄、通称プリゾナス。狂った人ばかりいるのだから言葉が通じないのも当たり前でしょう、有明ありあしんくん。まるで神様のような名前ね、ありあしんくーん」

「お前には"王"っていう漢字が入ってるくせに」

「ええ私は王女よ……」

 素王の言葉は気になるが、このまま漫才を続けていても埒があかない。絡みにくい人間ではなくて良かった。波長が合う、というのも間違いではないかもしれない。彼女が異常者には見えないけれど。

 プリゾナス。異常者を集めた牢獄。やはり実感がわかない。素王が真人間のように見えるため、余計にそう思えているのかもしれない。

「デルタ、他にも色々と教えてくれ」

 僕の言葉にデルタは恭しく頷く。

「はい、わかりました。まず何からお話しましょう……やはり衣食住が優先ですかね。ここ一帯のフロアが有明・素王ペアのものとなります。ここから出る際はデルタに一言おかけください。他の人間への接触は全てロボット達が独自に連絡を取り合っています。娯楽施設は時間帯で使用できる人間が決められております。A層は人間として生活をできている人が大半ですから、ここで友人をつくるのも手です」

「ということは僕らはA層なのか」

「はい。でも喧嘩っぱやい方もいますから気をつけてくださいね。出るまで同じところにいるわけなので」

「わかった。肝に銘じておく」

 昨夜の素王の言葉を信じるならば、死ぬまでここから出られないということになる。でも自分の生活はあるんだ。一刻も早くここから出なければ。

「移動は不便だけど、慣れれば快適よ。誰かに会う必要もないわ」

 素王は読書をしながら紅茶を飲んでいる。その優雅さには、ここから出たいという熱心さが伺えない。彼女はどう思って「ここから出られない」と口にしたのだろう。出たいのではなく、ある程度の合意をもってプリゾナスにやってきたのか。下衆の勘繰りをしている余裕があるならば彼女に直接聞くのが手だろう。本人が正直に答えてくれるかは別として。

「素王さんに喜んでいただけて嬉しいです。必要な物資があれば提供いたします。本や文具でありましたらどうぞお気軽に声をかけてください」

「物資ね……ネットは繋がっているのか? ていうか大学に連絡はいってるのか?」

「……前向きね、有明くん」

「ここでくたばるわけにもいかないしな。利用できるものは利用させてもらうよ。素王はゆっくりしているみたいだが、僕は出たいんだ」

 出るという意思表示をすると、素王は眉をひそめた。対してデルタは表情一つ変えない。

「ネットも繋がっておりますし、大学には留学ということで話を済ませております。大丈夫ですよ、ここから出た際には単位をプレゼントしますから。進級も平気です。個人部屋はホテルのようにベッド・トイレ・浴槽つきです。料理関係と冷蔵庫はリビングにあります。そうだ、有明さんは食事をどうなさいますか? 自炊ですか? それともデルタがお作りしましょうか?」

「作ってくれるなら任せるよ」

「かしこまりました。嫌いな食べ物はあります? アレルギーなんかは……」

 デルタの発言中に僕の腹の虫が鳴いた。数日食べていなかったわけだから仕方ない。

「あはは……どうやら先に作ったほうがいいですね」

 ぱたぱたと小走りでデルタはどこかに消えていく。それにしてもデルタは本当にロボットなのだろうか。やり取りは自然であったし、仕草や話し方も血のかよった人間のようだ。果たして現代のロボット技術はそこまで進化していただろうか。

「私もデルタ以外にいくつかロボットと会ったわ。その中でもデルタは最高位といえるほどよ。人間社会の中に放り込まれても、生きていける。私達が人間として生きていけるレベルだから、彼みたいな賢いロボットがついたのでしょう。感謝しないとね。セクサロイドがつかなかっただけで良かったわ」

 素王は紅茶をもう一杯準備している。冷めた性格なのか、現実主義であるのか。この女の落ち着きさは異常なように見える。普通、出られないと言われてのほほんと生活できるだろうか。自分だったら喚きたてるに違いない。わりとこうして大人しくしていられるのはデルタのような知識ある存在が近くにいるからだ。デルタ曰く、絶対に出られないというわけでもないようだ。

「セクサ、ロ……って女がそんなこと言うなよ」

「ふふっ……そんな反応されると思わなかったわ。有明くん、美人さんなのに」

 美人。昔からよく言われた。身長も体重も男子の平均ぐらいなのに、童顔につり目ということで一部の人間に気に入られた。美人と言われる一番の原因はふさふさのまつげらしい。

「そういうお前だって周りの男子から言い寄られたんじゃないのか?」

「さあね」

 素王はクールビューティーという枠に当てはまる。キャピキャピとした女の子ではなさそうなので、ここでは静かな生活を送れそうだ。性的な言葉を異性に言えるのだから、女の子女の子しているわけでも慎みのある女でもなさそうだ。

「何じろじろ見てるのよ。ちなみにここでは生身の人間との性行為は罰則対象になるわ。最悪死刑の可能性もあるから気をつけて。夜這いしたら相手に誤解されちゃうかもよ」

「だ、誰が……夜這いなんてするかよ。そんな軽いやつに見えるか、僕」

「二択であれば、見えるほうね。水色の髪と目なんて見た試しがない。ウイッグやカラコンでもしてるの?」

「してない。地毛だ。目もそう」

「ふーん……こっち側の人? いやそんなはずは――」

「朝食できましたよー」

 デルタがテーブルに料理を並べていく。トーストに目玉焼きなど簡素な定番朝食が出揃った。と同時に、これで素王との会話は終わったのである。

 

 

 

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