恋
失恋の痛みというものは次の恋が消してくれる物だけれど、やはり一度愛しただけあって、かつての想いや、時には恨みがぶり返すことも、ままある。
そんな風に自分に言い訳をして私はここにいる。彼氏がいるにもかかわらず、元彼の呼び出しに答えて、しかも彼氏に会う時よりずっと身だしなみに気をつけて、ここにいる。自分は生来浮気性なのだということを自分自身の行動で思い知らされることになろうとは。握りこんだ拳の掌に爪が刺さって痛い。
待ち人は一向に現れない。今年の冬は近年稀に見る寒さで、どの地域も例年の倍は積雪しているとか。私の住む街も雪こそ降らないが、御多分に漏れず寒気が猛威を奮っている。師走はとっくに過ぎているのに、道行く人々の足は自然と早くなる。私もできることなら早足で帰って暖まりたいが、それはできない。私を呼び出した人に迷惑だし、何より私の足が動いてくれない。帰りたいと思う一方で、それより何倍も強い気持ちが心の中で燻っている。・・・会いたい。
「よ。」
不意に後ろからかけらた声に思わず肩を震わせた。振り返ると、そこには、紛れもないその人。待ち人。忌まわしき元彼の姿があった。久しぶりに見たけれど、うん。見た目は、あまり変わっていない。
「・・・びっくりした」
「いつもそれだね」
いつも、って。あんたに会うの、1年ぶりくらいだけど、それはなにかな。付き合ってた時の、こと、とか。
付き合っていた時のことを思い出してみた。いつだって会う前には心臓がバクバク行って五月蝿かった。待ち合わせの場所に私が後から来た時も、先に来た時も、彼の姿を視界に入れると心臓が飛び跳ねた。・・・そして、別れるまでそれに慣れることはなかった。今だって、例外じゃない。
「・・・で、なに、用って。」
あえて素っ気なくしてみる。付き合ってた時は、押しすぎていたような気がしたから、今できるだけ引いとけば、プラマイゼロなんじゃないか?なんて考えながら。
「いや、実はさ」
次の言葉を聞いた時、私は、息が継げなかった。
彼と簡素な別れの挨拶をし、それぞれ違う方向へ。
私はすぐさま携帯を取り出すと、彼氏へ電話をかけた。
「もしもし?急だけど、友達に戻って欲しいんだわ。」
電話の向こうの彼は、急な別れ話に焦っているようだ。
「え?理由?いや・・・ほんとに申し訳ないんだけどね、好きな人がいるの。付き合う前に話してたあの人。」
電話の向こうの声が怒気を帯びる。私に対する非難の声が上がる。この、浮気者─────────。
「あんただって、元カノと。会ってたでしょ、この前さ。」
途端、言い淀む電話の相手。都合が悪くなるとすぐこうだ。知らないとでも思っていたのか。知っていたけれど、他人のこと言えないから、黙ってただけだ。
「・・・これでお互いチャラにしよう。じゃあね。」
引き止める声を無視して電話を切った。実に清々しい。人を振るってサイコー。最低な感想を抱きながら黙々と帰路を辿る。
今頃あちらも、電話中だろうか。想い人とやらに。
期待など微塵もなかった、といえば、嘘になる。告白すべきかするべきでないか。そんな相談を受けたときは、ありきたりな表現だが、頭を石で殴られたような衝撃だった。このクソ野郎が、とも思った。悪口雑言、罵倒の限りを尽くすこともできた。元カノに向かってよくもまあぬけぬけと、と。
でも、そんな勇気、なかった。罵倒する気も起きなかった。本気の目をしていたのが、死ぬほど悔しかった。
そして背中を押した。盛大に、三回目の失恋を遂げたわけである。しかも同じ人物に対して。
家に帰ったら紅茶をいれよう。たっぷりフルーツを入れて贅沢に。ついでにケーキも買っていこう。こうなったらやけ食いである。
道すがらそんなことを考えていると、手に持ったままだった携帯が震え出したと思うと、すぐ途切れた。メールだ。おそらく、奴からの。
そもそもあんな相談、わざわざ会わなくても、メールでしてくれればいいものを。何を考えてるんだか良く分からない。ま、いいか。そこも好きだ。
会っている間はなんとかこらえていた涙がじわりと滲み目の下の方に溜まっていく。メールはあえて開かない。別れてすぐ電話をしたとして、この早さだ。だめだったなんてことはないに決まってる。
思いっきり切ってしまった髪を伸ばそう。
怠っていたスキンケアも今日から再び始めよう。
あの人に好かれる努力なら、なんだってしよう。
いつ振り向いてくれるともわからない。可能性はゼロに近いだろう。それでも、私は待とう。できる最大限の努力を持ってして。
溜まっていた涙は、溢れる前に服の袖に吸い取られていった。




