緋色に燃える走馬灯
自分がおかしいと分かったのは、彩色士として世界を渡り歩くようになってから。それまでは、前世の自分は当たり前にあるものだった。
きっかけは、初めて同胞に出会ったこと。要所要所で話が噛み合わず、考え方が理解出来ない。相手も同じく、俺の行動が彩色士としては許せなかったらしい。
両親はとても思慮深い人たちだったから、旅に出るまで髪の色を気にすることなく過ごせていたが、それが全ての人間に当てはまらないことは知っていた。
歴史がどうであれ、今の時代は彩色士にはとても生き辛い。それでも俺たちは、世界のために生きる定めを負っている。人間に怯えることなど言語道断だ。
だから、彩色士を嫌悪する思想がある場所では、髪色をカツラで誤魔化し行動するのが常だったのだけど、それを同胞は愚かだと憤然としながら指摘した。何故なのか分からず、理解してももらえず、途方に暮れたのが懐かしい。
俺にとっては深くフードを被るのと何ら変わらないというのに、誇り高き彩色士たる証を偽ることは侮辱になるなど。それで殺されでもしたら、元も子もないだろうに。
いくら彩色士が人間の遠く及ばない場所を生きているといっても、対する数が多ければ無理なことだってある。力の限界だって存在する。賢い行動だと褒められこそすれ、怒鳴られるなど思いもよらなかった。
そうして、半ば口論となりながらも語り合う内、その彩色士はいきなり合点がいったというように告げてきた。もしかして、元は人間の魂だったのではないかと。
時に不完全な浄化で転生してしまった魂は、過去を捨てきれないまま新たな生を歩まなければならない。もっとも厄介な状態ともなると、過去が現在を喰らい、乗っ取ってしまうことだってある。同じ魂だとしても、生き方が違えば全く異なった人格を形成するから起こりうるのだろう。
すぐに理解が及んだのは、彩色士であるからこそだった。俺の場合は想いといくつかの記憶が主で、人格は目立って残っていなかったから気付かないままだった。もしくは、かなり頻繁に既視感があったから、鈍いだけだったのかもしれない。
ともかく、気付けば成る程と簡単に納得がいった。それと同時に、前世の自分を理解する。ずっと傍に在ったのだから、不思議なことではない。
そいつは、彩色士がけして忘れることのない二人の哀れな同胞を知っていた。
騎士として生きていたかつての自分が未来に残した想いのほとんどは後悔だった。黒の彩色士と再会した同僚の話を自分が王に伝えなければ、あの悲劇は起こらなかったのではないか。もっと真摯に向き合っていれば、王が狂うことはなかったのでは。謁見の場に居れば、せめて白銀の彩色士の死を止められたのではないか。
過ぎてしまったことばかり延々と、己の無力さを嘆くその姿はあまりに惨めだった。彩色士から自由を奪うからそうなったのだ。護るべきものを護れなかったから、最悪な結末が訪れた。それ以外に何がある?
苛立ちはまたたく間に膨れ、次第に俺は護りたいと思うようになった。二度とこんなものを見なくて済むよう、俺は過去と違うのだと。そうでなくとも、見える記憶の中のその騎士は、自分と似ても似つかない堅物だった。何が楽しくて生きていたのかさっぱりだ。
ただ――そう、ただ。そいつは心から人を愛していた。王を、民を、そして世界を彩る彩色士を愛していた。
彩色士として、その姿はおこがましいと思ったけど、人間を知る俺としては素晴らしくも映る。
だから結局どっちつかずな状態のまま、彩色士としては欠陥を抱えることになり、開き直った俺はどちらでもありたいと過去を受け入れた。
人に力を使う理由はないけど、使わない理由もまたない。触れ合ってみると、たいして変わらなかった。人間から生まれ出でたのだから当然といえば当然だろう。姿形は元から同じ。生き方が決まっているかいないか、ただそれだけだった。
それでもやっぱり、理解できないことはたくさんあった。その度に、騎士だった俺が手助けをしてくれる。そんな彩色士としては変人な俺の噂は、居を構えていた場所からいつの間にか広がっていく。
強い紫の瞳をした彩色士が尋ねてきたのは、旅をしなくなって一年が経とうとしていた頃のことだ。
そいつは開口一番、このままでは来世を罪深き彩色士の集う地にて迎えることになるぞと訳の分からないことを言い、今すぐ旅に出なければ周囲の人達を殺すと俺を脅した。役目を忘れるなと、粛清を図ろうとした。
彩色士の力は、色合いが濃ければ濃いほど強くなる。緋色の俺では太刀打ちが出来ないことなど一目瞭然だった。
けど、一国の騎士の頂点を勤めていた過去が無駄に図太くしてくれていて、俺は恐縮するどころか相手の腕を掴んで尋ねていた。罪深き彩色士の集う地とは何かを。
それをきっかけにして愛弟子と出会うのだけど、そこに至るまででも、かつて護れなかった後悔と再会し、正体不明の淡い想いと出会った。
世界で最も彩色士を疎んでいるとされた国は、その存在に新たな理を授け、人間との隔たりをさらに大きくした始まりの地に築かれていた。まさしく運命が巡っていたのだろう。
そこで初めて遭遇した同胞は、朝露が冷える山に捨てられていた。あの衝撃は忘れられない。
狼の姿をした彩色獣が出来る限り身体を寄せて温めていたが、その子の瞳はとっくに白で染まっていた。
同じ役目を担った者同士、種族の違いは関係無い。悲しそうに鳴き、俺を見上げた狼の瞳には涙があり、俺も流さずにはいられなかった。
あまりに惨い。首の部分の柔らかな肌には痣が刻まれ、へその緒も付いたまま。
白銀の彩色士によって力の使い方に変化が訪れてからというもの、たしかに罪深い彩色士が生まれたことはある。だからといって、前世がどうであれ新たな命に罪はない。俺がそれを否定すれば、俺自身の存在がなくなってしまう。
彩色獣の狼は、その子が手遅れだと理解し涙を流し終えると、静かに去っていった。無下にできない理は、こんな時にどうしようもなく非情に感じる。
紫の彩色士によって知ったこの国のことは、旅をしていれば大抵が知るだろう。けど、誰一人として現状を変えようとはしない。
人間に比べれば彩色士の数は極僅かだが、必要な数は常に揃うよう世界は調整している。それに、たとえ彩色士が消えようと、彩色獣がその分存在すれば同じこと。つまり、減らなければ増えなくとも問題はないということだ。
新たな彩色士が消えてしまうならば、その分じぶんが生き続ければいい。それが、色を与えられた命の生き方だった。
それからも、手遅れな場に何度も遭遇した。運良く親が命掛けで我が子を生き長らえさせようとしても、周囲がそれを許さない。その姿はあまりに異常で、自分の考えが甘かったことを突き付けられた。それは、俺自身が無力さを知った瞬間でもある。
しかしながら、ここまでくると違和感も覚えた。異常には異常なりに、そこに至る理由があるはずだ。
俺はやっとこの国の王に興味を持ち、どうにかならないものかと城に忍びこむ。記憶はあっても持って生まれたものが違うのか、剣はからしき使えないが、何故か闇に紛れる技術は得意だった。
辿り着いた王城は空気から禍々しい色をしていて、どこか既視感があったから記憶を探ってみると、それは狂った王が放っていたものと極似していた。
そのことに驚いている時だ。あの人から声がかかったのは。月から降る光のようにとても心地良い響きは、気配なく放たれた。
「すぐにお逃げ下さい」
けして大きくはなかったけど、隠れている気が満々だった俺にとっては十分で、すぐさま力を使えるよう相手を捉える。
そこには、まるで天の使いのような美しい女性が佇んでいた。しかし、髪と瞳を彩る金はどこか薄く白味がかっていて、だから気配が感じられないのだろう。命の色が失われかけていた。
「この国でその御色は駄目。殺されてしまう」
「あなたは……?」
「嗚呼……。願わくば、あの子の標となってくださいますよう。出来ることならあなた様にこそ、私の首を差し出したい。けれど、お願いする時間が私には残されていないのです」
「――おい、誰と喋っている?」
「早く逃げて。どうか……、どうか。あの子は塔にいます。あの人と私が合わさった色は、塔に」
一方的に語り、必死に何かを伝えようとしていたその女性は、近付いてきた兵士か誰かに「歌っていただけです」そう誤魔化して俺を庇うと、あっという間に消えていった。
人間離れした美しさと儚さから、月の化身だったのではと思ってしまう。追えなかったことが悔やまれた。思い出すたび、その想いはいつまでも増していく。
この国の王が前世に喰われ、狂った王が蘇ったと俺が知るのはその次の日のこと。それから寝室へと忍びこみ前世の名を呼んだことで、俺が幼馴染の騎士だと信じさせることに成功する。
ただし、カツラを被り彩色士だとは隠して。また、俺が今生の俺であることも、あるだけの記憶を用い演技して誤魔化した。
そこからさらに、黒の彩色士の再来も知ることになるが、その時にはもう血塗れた刃を王は握っていた。今度は自身の手を、俺の本質を持った色で染めたのだ。
月の化身から流れる赤はそれだけでも十分に美しく、俺は彼女と出会った夜にも胸で広がった切なさを感じた。
どうしてなのか全くわからない。少しばかり時間が必要だったけど、それでも護れなかったのだと気付くことはできたというのに、その切なさの正体だけは分からないまま。微笑みだけが奥深くで刻まれた。
護りたいと想うのは簡単だ。自分に誓えばそれだけでいい。実際はあまりにままならないことばかりだけど。
俺が女性の半生と、彼女の子供が強いられた運命の全てを知った時、王もまたその子が憎き白銀の魂を持っていたと知る。いくら取引をしていたからといって、そもそも彼らが生きられたのは、王の中のどこかに黒の彩色士を愛した心が残っていたからなのだと思う。消えてしまった今生の人格もまた、娘を想っていたのは本当だったらしい。
その姫にもまみえる機会があったが、確かにあの盲目は普通ではない力が働いている。それも、彩色士をも凌ぐ何かが。
はっきりと掴むには、正体を晒す危険があって断念せざるを得なかった。黒が彩色士の証なのは伊達ではない。カツラを被るだけで力は半減してしまう。彩色士たちが嫌う理由は、それもあったからなのだろう。今になって少しだけ理解できた。
なんにせよ、俺は何もできないまま、運命の巡る輪の中に好奇心だけで乱入していた。
そして、その報いを受ける時が来る。
「長い走馬灯だったなぁ」
想いとは恐ろしい。人間とは、実に不思議な存在だ。それぞれ同じ位置に立ちながら、同じ理の中で生きながら、なのに様々な生き方をする。そのくせ彩色士を理解した気になって、身のほど知らずにも救おうとほざいたり、不必要だと牙を向いたり。
その姿はなんと滑稽で、愛しいのか。騎士だった頃のおかげで、想いを行動にする素晴らしさを知ることができた。
愛弟子は、この結末を危惧していたのだと思う。彩色士を崇拝する国が徒党を組んで戦争を仕掛けてきた時から常に、俺が塔に足を運ばない日を不審に思っていた。
「でもほら、俺には護れる力があったからさ」
街を襲う理不尽な炎を、山火事からか弱き動物達を救うのと同様に、無害なものへと変えられる。たとえばそれが、世界から死を遠ざけることと何ら関係がなくたって、俺は彩色士だから。人から生まれた彩色士で、人でもありたかった彩色士だから。
「たしかに同胞は、無償に手を差し伸べてくれるけど。それは人間だって同じだよ」
可愛い弟のような俺の教え子。与えた知識を瞬く間に吸収していった素直な子。彩色士がそんな繋がりを作る必要はないと知っているだろうに。それでも手をとってくれた優しい子は、思い浮かべるたびに切なさを感じる女性を、存在そのものでこの世に残してくれている。
あの人と、未来の俺は出会うことができるだろうか。今度はしっかり、言葉を交わせるだろうか。この想いの正体が何なのか、知ることは――
背中に受けた無数の矢に宿った炎が全身を包み、そうして俺は自身の本質の中へと溶けていく。
嗚呼――それでもまだ、護りたいと思ってしまう。
だからなあ、天よ。聞き届けてくれないか? かつての俺の願いを叶えてくれた時と同じように。
あの美しい少年には、何の罪もないのだから。




