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追憶




 俺が陽の光を浴びれたのは、これまで生きた時間の中でわずか半年ほどだったという。

 彩色士を疎む国の黒髪の子供のほとんどは、生まれた瞬間に親の手で命を断たれてしまうので、そうするとあるいは長かったのかもしれない。


 人との出会いには恵まれているように思う。母親は、待ちわびていた我が子と対面したその瞬間、震え上がる産婆に一人にさせてくれと訴え、疲労困憊な身体で父親と共に逃げたのだそうだ。着の身着のまま、ただでさえ辛かっただろうに。母さんはそれを、親だからと笑って言っていた。

 それでも、国境を越えることは出来ず、人里離れた山奥に身を隠し生活するのが精一杯。

 しかし、彩色士を何よりも嫌悪する王は、たかだか庶民の子すら見逃したくなかったらしい。たった半年で、家族は仮初の幸せから引きずり出された。


 それからはずっと、城の外れに建てられていた塔が俺の世界だ。

 いつだって、いっそ見付かった時に殺してくれていればと思ってしまうが、その言葉は口が裂けても言ってはいけない。実際にその場で殺されそうになったところを、父が自らの首を差し出すことで引き伸ばしたのだから。


 若く逞しい、笑うと太陽そのものな人だったという。母さんはいつも誇らしげに語ってくれた。悲しみはあまり目立っていなかったように思う。

 けれど、それは残念ながらきっかけと建前にすぎない。庶民の願いを聞き入れる度量がある王ならば、そもそも彩色士を根絶やしにしようとはしない。

 一先ず捕らえられるだけで済んだのは、ひとえに自分がただの彩色士ではなかったからだった。

 黒い髪に黒い瞳。それは、全ての色を宿した無能の証でもある。世界中どこを探しても、この組み合わせの同胞はいない。

 駆り出されていた騎士も、さすがに上の指示を仰いだ方が良いと判断したのだろう。だから、父の懇願を受け入れた。


 そうして、すぐさま城まで連行されることになったのだが、道中で母さんは一体どんな目に合っていたのか。口にすることはなくとも、想像に難くない。それでもきっとあの人は、親だものと言って笑うのだろうけれど。

 俺が幽閉されることになったのは、たった一人で一国の王に立ち向かい続けてくれた母さんが居てくれたからこそ。


 王が彩色士を憎む表向きの理由は、初めての御子であった姫君の目が、生まれた時から難く閉ざされていたからとされている。目蓋はしっかりあるというのに、いくら抉じ開けようとしても動かないなど普通はあり得ない。人知を超えた力には常に色が関わっているせいで、彩色士はありのまま生かしてもらえないのだろう。

 けれど、どれだけ彩色士を国から減らそうとも、姫君が色を映すことは叶わなかった。


 その中でもっとも可能性があるとされたのが、同時期に生まれていた俺だった。始めは王自ら俺を討とうとしたそうだが、母さんがその際に死して完成する呪いであればどうするのだと言ったことで、幽閉が決まったらしい。生まれたことで発動したのなら、死して完成する呪いであってもおかしくはない。我が親ながら、とても賢い人だった。

 とても美しい人でもあったから、そのせいでさらに苦しい想いをしなければならなかったというのに、それでもやっぱり親だからと笑い、自ら塔の中へと足を踏み入れた。


 しかし、彩色士として力を持っていた俺はともかく、母さんはただの人間だ。薄暗いだけの環境と強いられた役目によって、徐々に身体は弱っていく。

 だからその時は、あっという間に訪れてしまう。母さんは時折塔の外へと出る必要があったから、自分が長くないと気付き懇願したのだろう。

 自我を持ってから初めて対面した王は、見慣れた微笑みを浮かべる首を手にしていた。

 そして、水音を響かせながら王は言った。


「お前が力を使わない限り、生かして欲しいとのたまっていたぞ。使わないのではなく、使えないだけだというのにな」


 実に楽しげな声は濃い毒を孕み、場を支配する。

 けれど、悲しみを抱くことは出来なかった。一瞬にして膨れ上がった憎しみが鍵となり、自分が何かを、どうしてこのような運命なのかを悟ってしまったから。

 だからこの時に溢れた涙は、俺のものではけしてない。それは、かつて絶望によって壊れてしまった哀れな白銀の彩色士のもの。俺自身は皮肉だと笑った。


「ならば、俺はこの場で己の罪を悔い続けよう。貴様は、過ちを繰り返し続けるがいい」


 一筋の涙は、罪なき者達を巻き込んだことに対するもので、あいつは呪いをかけたことそのものを悔やんではいない。遥か昔、国を一つ消滅させても、その心が晴れてはいなかった。


「貴様!」


 俺の唇から零れるあいつの言葉に王は激昂し、母さんの首を投げる。美しい顔が埃にまみれて、それでも微笑めるその強さははたして何だったのだろう。それは今でも分からない。

 娘を愛するあまり彩色士を嫌悪しているとされていた王も、俺と同じ翻弄される者なだけだった。過去に生きた魂が浄化されぬまま再び蘇ってしまい、前世の人格に呑み込まれていた。ならば、彩色士を目の仇にしていても納得できる。中身は元から恨みを持っていたのだから。

 白銀の彩色士は俺を使って笑い、どうしてか母さんの首を拾って大切そうに抱き締めていた。


「目覚めてしまった以上、思い通りにはさせぬ。それとも再び消え失せたいか? 愚かなる徒人(ただびと)よ」

「……化け物が」


 おそらく、王は母さんとの約束を守る気などなかったのだ。俺の無様な姿を、己を消した憎い者達と重ねようとしていた。

 けれど、その愚かさをきっかけとして、俺もまた魂に深く濃く刻まれていた記憶が蘇り、白銀の彩色士が目覚めてしまった。今はまだ俺がしっかりと残っているけれど、いつかは王と同じく自分ではない自分へと成り下がるのだろうか。


 腕がべっとりと血に濡れる。首を刎ねられる痛みはただでさえ想像を絶するというのに、次から次に溢れてくる白銀の彩色士の記憶によって、俺は生きながらにそれを経験した。

 父と母さんも感じ、そして見た景色にどうしようもなく悲鳴が零れ、顔を手で覆う。そうしたつもりだったけれど、身体は首を抱き締め続けていた。


「たかが女一人を手に入れるため、ありもしない罪を着せ首を刎ねさせた王がよく言ったものだ」

「ぬかせ。己を信じず、挙句、数多の罪なき命を消し去った愚か者めが」

「否定はせぬ。だが、なればお前とて大して変わらないだろう? せっかく栄光を取り戻せたのだ。またしても奪われたくなくば、今生の俺をどうこうしようと思うな」

「今の貴様に何ができよう。己の呪いが身に返り、無能となり下がっているのではないのか?」

「生まれ直して、少しはまともに頭を働かせることが出来るようになったか。だが、それだけだな」

「なんだと!?」

「なに、どうなっても知らないというだけだ。元から俺も、あの女と同じ。徒人ごときが彩色士を理解できると思うな」


 ぶつかり合う憎しみは部外者をことごとく除外し、慄くものばかりが飛び交う。


「……そうだな。今度は世界から人間を淘汰してもおもしろいかもしれぬ」


 あげく、白銀の彩色士はとんでもないことを言い出した。同じ彩色士としても、その思考は理解出来ない。あまりに残忍だ。

 けれど、それも良いと思う自分が居たのもたしかだった。王に遣える者が持っている松明の炎は、とても眩しくて見ていられない。


 喉からは卑屈な笑みが生み出されていて、王は今にも抜き身の剣を投げつけようとしていたらしい。白銀の彩色士はやれるものならやってみろと、怯むことなく言っていた。人の身体で勝手な事を。そう思うがどうにも出来ない。

 仕方なく傍観していると、王は俺たちを殺すことなく去っていった。真実を告げても動揺しない白銀の彩色士に、危険を感じたのだろう。


「恨むのなら、お前の中身を恨むのだな」


 たぶん、それだけは俺自身に言われていたのだと思う。まるでこちらが異物だと言われているようだった。

 王が去ってすぐ、身体が一度ふらついてから主導権が俺に移り、突然のことにまたしても母さんの首が床を転がった。

 呆然とその様子を眺めていれば内側から声がし、それが白銀の彩色士との初めての会話となる。


――拾ってやれ。


 自分自身との会話とはなんとも奇妙な感覚で、頭の中から耳へと響く。そのくせ淡々と熱のない、全く色の違う声だった。


――お前は俺の目覚めにより外を知ったな。


 頷きながら整理する。

 母さんの死を受け入れる暇もなく目まぐるしく過ぎた時間の中で、心が映したいくつもの景色は、こいつが実際に生きて見たもの。人生の全てだ。その後半では常に、神秘的な美しさの女性が無表情で並んでいた。彼女がきっと、黒の彩色士なのだろう。

 つい最近までただの彩色士として知っていた存在で、力を持ちながら無能な原因だと認識していた事柄は、こんな形で自分と繋がっていた。

 松明同様、外の世界はただただ眩しい。陽の光は何もかもをはっきりと映し出し、色を鮮やかにさせていた。

 正直、とてもじゃないが歩けないと思った。俺の目はとっくに、薄暗い中の光を可能な限り拾えるよう敏感になっている。


――俺も目覚めたことでお前を知った。


 知るもなにも、俺の中には母さんしか居ない。おまけ程度に母さんの語る父が居るかもしれないが、それだけだ。

 なのに、今目に映る母さんの髪は、俺の見知った美しい金ではなく白だった。死が母さんを染め上げている。そのけがれのないさまを、俺は忘れないだろう。


――覚えておけ。お前が絶望に呑まれるその時、俺がお前を喰らう。あいにく、たとえお前が今の俺だとししても、このような機会をみすみす逃すことなどせぬ。


 勝手に出てきて、勝手に人の身体を使い、挙句の果てには宣戦布告をした後、白銀の彩色士はあっさりと俺の奥深くへ消えていった。

 腕の血は既に乾き、動くたびにはらはらと散っていく。

 しっかりと意識を保てたのはそこまで。目や耳、思考に心と、ばらばらになっていたものが全て追いつき元通りになった途端、俺はくずおれた。


「ぅ……あ……っ」


 声の出し方も、呼吸も分からなくなった。涙がとめどなく溢れ、乾いた血に潤いを与える。

 床を這ってなんとか首を抱き締め髪を撫でれば、どこまでも清らかな白が赤く汚れてしまった。


 申し訳なさだけが胸に広がる。父も母さんも、俺なんかを宿してしまったせいでこんな人生を歩まされたのだ。ただの彩色士ならばまだ、殺してくれたのだろうか。瞳が黒でなければ、魂が狂っていなければ、俺は二人から死を少しでも遠ざけられたのだろうか。

 絶望に呑まれ、喰われてしまうのはあっという間だ。わざわざ宣言しなくても、今すぐにでも負けてしまいそうだった。


 けれど、深く堕ちていく間際、たしかに腕の中から聞こえたのだ。いつもの暖かく優しい響きが、たしかに――


『自分を信じてくれる者の言葉を裏切っては駄目よ?』


 夫を奪われた悲しみに浸ることも出来ず、あろうことかその憎き相手の慰み者にさえされたというのに。


『私もあの人も、後悔なんて微塵もないわ。だってそうでしょう? 私たちの結晶なんだもの』


 それでも笑い、原因であるはずの俺を抱いて、母さんは何度も何度も言ってくれていた。まるで子守唄のように、毎晩、毎晩。

 いつものその言葉が、腕の中の冷たい塊から聞こえてくる。


『自分を恨まないで。諦めないで。あなたの髪はとても艶やかで、瞳は澄んでいて。どれだけ雨が降っていようとも、空が暗くとも、どこまでも飛び続けられる強さを持っているの』


 母さんは父と共に鎖となって、白銀の彩色士が巣食う場所へと向かう俺を引き上げる。この世に繋ぎ止める。


『私の子供になってくれて、本当にありがとう。あなたが居てくれたから、私もあの人も、色鮮やかな生を歩む事が出来たのよ』


 窓のない塔で、ふわりと一瞬だけ温かな風が流れた気がした。いつものすきま風ではない、世界が母さんを安寧へと導いてくれるような、そんなものが。

 俺は母さんのおかげで、白銀の彩色士を理解せずにいられたのだろう。俺とあいつが別物だと思うことが出来た。


『生きなさい。大丈夫、あなたは私たちの子なのだから』


 どう裏切れと言うのだ。まさしく命を掛けてくれた人達を、どうしてこれ以上悲しませられる。

 休息を促す眠りは、母さんが最期にくれた贈り物だったのだろう。

 俺はそれからしばらく、再生された白銀の彩色士の記憶の中でたゆたって過ごした。






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