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蘇る眠り




「あなたも俺も、生まれてくるべきではなかった」


 遠ざかる細い背中への呟きは、石の壁に砕かれて消える。溜息もまた、黄ばんだ紙に喰われていた。

 今は夜だろうか。窓がなく常に薄暗いこの場では、どちらであっても大差ない。それでも時の流れから放り出されずにやってこれていたけれど、もう難しいだろう。

 心が重いまま、身体は負担が無くなり少しばかり楽になる。

 

「父さん、母さん、……先生。もう、良いだろう?」


 答えてくれるはずがないというのに、縋ってしまう可愛らしさを自分が持っていたことに驚いた。背中から伝わってくる冷たさが心地良い。おかげで冷静でいられる。

 けれど、ぽっかりと空いてしまった心の隙間の修復を図る身体が首を支えることを後回しにしたのか、静かに俯いた時に視界へ入った髪によって、憎悪が一気に膨らんだ。


「なんで……、こんな……!」


 誰もが寝静まった夜でも見分けられるようなそんな色は、持ち主の道筋をことごとく塗りつぶしてくれる。それだけならまだ良かったのかもしれないが、周囲まで巻き込むのだからどう好きになれというのか。

 乱暴に髪を掴む。痛いはずなのに、別の場所のほうがそれを強く感じていて、今にも全身が張り裂けそうだ。

 頭の中ではそれでもと、それでもお前に罪はないんだと、居なくなってしまった人の言葉が繰り返されていた。


「先生……。せん、せ……ぃ……」


 涙が溢れたのはいつぶりだろう。哀しくて、申し訳なくて。そのくせ、どこかふっきれた自分がいるのだから、それがなおさら惨めに思える。


 周囲はいつだって色褪せていた。この世に生を受けてからずっと、無関係な罪を押し付けられて報いを強いられ続けてきた。

 濡れ羽の黒と暗黒が混ざったような汚れた色の髪と瞳を持って生まれた、ただそれだけを理由に、全てが俺を拒絶する。与えられた力さえ、思い通りにはなってくれない。

 彩色士とは本来、自由と共にあるはずなのに。人の理から外れ、より世界と近い場所で生を紡ぐ。本能がそう叫び続ける中で、一体どれだけの月日を閉鎖された空間で過ごしてきたか。


 色を司り、天より力を授かっているからといって、いくらなんでも生まれまでは決められない。母親の胎内から外気に触れた時点で周囲もそれが何者か知るも、当たり前だが一人で育つことはできない。

 だというのに、大陸で国がひしめいているように、彩色士という存在への認識もまた千差万別で、干渉を受け立場を左右されてしまうほど、あまりにも人間は世界に増えすぎていた。

 畏怖してしまうのは仕方がない。持たない者からすれば未知なのだ。だが、どうして排除しようとする。それは世界から色を奪うのと同義だというのに。統治者のせいで、ここは特にそういう意識が強い国だった。


 せめて国が違っていればと思わずにはいられない。そうであれば少なくとも、両親は幸せになれたのかもしれない。

 この国で生きている彩色士はきっと、一人しかいないだろう。今だ息をしているのが一人に、世界に溶けた存在が一つ。願わくば、彼の眠りが穏やかであって欲しい。


「約束は守る。守るよ、必ず。だから……、少し眠るぐらい、良いだろ?」


 身体を倒せば、下にはいつ読み飽きたのかも忘れてしまった古びた本の絨毯が、床を一切見せずに敷かれている。もはや新たな一冊が加えられることはなくなった。

 視線の先にあるのは、肘まで通すのが限界な間隔で並ぶ鉄格子だ。錆びの赤は血で出来ていることだろう。


「疲れた」


 身体に巻きついた三本の鎖は誰にも見えないけれど、あまりに重くて沈んでしまいそうになる。けれどもそれは、そうなることを絶対に許しはしない。

 落ちていく目蓋は役割を果たさず、視界にはどこまでも懐かしい色が広がっていた。かつて、自分ではない自分が持っていた、今もっとも焦がれる色をした髪が流れる。


「疲れたよ、もう……」


 絶望が全身へと広がってしまう。師との別れを悼むことさえままならない自分は、やはり限界だ。このまま本に埋もれてしまいたい。


 堕ちていくこの感覚には覚えがあった。そう――あの日、母が死んだ日に似ている。

 そしてあいつが目覚め、俺は知ったんだ。自分が何者であるのかを。


 最後かもしれない夢はまるで走馬灯のようで、意外にも目覚めることのできたその直前に映し出された光景は、赤く壮絶な痛みを伴っていた。

 白と黒は絶対に混ざれないのだと今更訴えずとも、誰よりもそれを理解しているというのに――




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