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悲しみの色





 世界は色で溢れている。全てを彩るその力は、世界を支える上で必要不可欠なものだ。命の本質を表し、心を映し、常になにかと繋がっている。

 だからこそ失った時、息吹は失われてしまう。永遠の眠りが訪れる。人はそれを死と呼んだ。


 死は全てに存在するものであり、そこに例外はない。世界は常に、自身のそれを危惧していた。

 そうして創られたのが、色を宿した存在である。

 黒を身に纏い、宿した力を瞳に映した彼らは神秘的に語られ、いつしか人であれば彩色士、獣であれば彩色獣と呼ばれるようになっていった。

 与えられた力は、持つ色によって様々な形で世界から死を遠ざけるために働く。それは時として人の世を正し、また狂わせることもあった。


 ある時代のことだ。貧しい村に、一人の彩色士が誕生する。その子はあり得ないことに、全ての色を持ってこの世に降り立った。黒い髪は彩色士な証だが、彼女は宿した力を映す瞳までもが同じ黒だった。

 子供はすぐに生まれた国で召抱えられることとなり、誰もを凌駕する力を存分に発揮した。そうして美しい女へと成長する。神の子とまで称され、いずれは王妃になることが決まっていたそうだ。

 けれど、王家に名を連ねる未来が訪れることはなかった。


 事の起こりは、世界各地で〝色が消える病〟の噂が流れるようになってしばらくして。それはなんとも奇妙なもので、各国の重鎮たちは始め、大して気に止めていなかった。全ての色を宿した黒の彩色士もまた、同胞とは違い国に縛られていた為、話自体を知らなかったようだ。

 けれども、あろうことか彼女の遣える国の王がその病に罹ってしまったことで、それが噂ではないと彼らは知った。

 死が訪れる時、命ある器の色は薄くなる。だからこそ、白は死を宿す色とされている。

 病が進行していくと、王は噂通り徐々にではあったが色が消えていった。周囲が慌て始めた時にはもう、右手は〝消えてなくなっていた〟という。

 黒の彩色士が動くよう命じられたのは、王の指が二本ほど透け始めてからだった。

 しかし、いくら彩色士とはいえ全能ではない。それは黒の彩色士にも当然あてはまり、彼女が何もできないまま、王は文字通り消えてしまった。


 一国の王の死。しかもこのような形では、なおさら悲しむだけで済まされない。当然ながら黒の彩色士は、周囲からこぞって糾弾された。助けてくれる者は誰もおらず、彼女は最終的に原因を究明する旅を強いられ、事実上の国外追放を言い渡された。

 元が貧民であったため、その裏には様々な思惑も絡んでいたようだ。強大な力を求め国は彼女を縛っていたわけだが、かといってその力はあくまで世界を安定させるものであり、直接の戦力になっていたわけではない。

 この時代、それはすべからく無害な力とされていた。彩色士でさえ、そう思っていた。


 しかし、秘められていた理は、最悪な形で明かされることになる。

 きっかけは、黒の彩色士が旅に出て三年後のこと。彼女は一人の青年と出会う。不思議な髪色をした黒い瞳の持ち主だった。

 彩色士の証は髪に現れるとされていたが、人とは違った理の中で生きる本人達は、必ずしもそうとは限らないことを知っている。だから、当たり前に青年が同胞であると分かり、同時に手を差し伸べた。

 黒の彩色士と同じ全ての色を本質に持つ青年は、髪色のせいで彩色士とは思われず、それどころか親に捨てられ、常に奇異の目に晒されながら生きていた。そんな彼にとって、その手の温もりは初めての経験だったそうだ。

 黒の彩色士は、それは違うと首を振る。そして、お前の髪は美しいと、まるで七色の虹を宿した光のようだと、恥ずかしげもなく言ってのける。

 その日から、旅は孤独と無縁のものになった。


 けれどもさらに二年後の、放浪の旅が始まってからは五年目となったある日。黒の彩色士は予期せぬ人物と遭遇する。

 相手は、かつて城で過ごしていた際に知り合った騎士だった。その者からしてもこれはまったくの偶然で、おそらく彼に責任はない。

 二人はあまり時間を使うことなく、別れ際に次の目的地を世間話として、あっさりと別れたつもりだった。


 そして、その騎士は任務を終えて城へ戻り、思いがけない再会を同僚に語った。お偉方はともかく、前王の崩御に黒の彩色士の落ち度がない事など誰もが知っていた。彩色士は世界の理の一端を担うのだから、崇められてもいる。

 新たな国王もその一人。それだけではなくさらに王は、王太子だった頃から彼女と結ばれることを信じていた。

 消息不明であった黒の彩色士の話がもたらされたことで運命の歯車は大きく回り、その早さに耐え切れず歪んでしまう。


 件の騎士はすぐさま王の元に呼ばれ、直々にその時のことについて説明するよう命じられた。彼はとても優秀で、黒の彩色士の隣に居た青年のこともしっかりと覚えていた。フードを深く被り、一言も発さず立っていただけだというのに、体つきで男だと判断できていたらしい。


 王の心は乱れた。そのままの状態で、彼らは再会を果たす。

 黒の彩色士は五年もの歳月を経て、騎士に教えていた街で唐突に国への帰還を言い渡されていた。今更だと思いもしたが、彼女は幼き頃から城に居たせいか反発したりはしなかった。


 久しぶりに踏んだ故郷の土に、懐かしさは感じなかったという。

 けれども黒の彩色士は、謁見した場にて思いもよらない賛辞を受ける。王は彼女を褒め、腕を一振りして控える騎士を動かすと、隣で共に頭を垂れていた青年を捕らえさせた。

 何をするのだと抗議したのだが、王は白々しくもおかしなことをと笑う。そして問うた。お前は何のために旅をしていたのだと。

 だから答える。前王を死にいたらしめた病の原因を究明する為だ。そこで気付いたのだが、その時にはもう手遅れだった。安全を理由に、黒の彩色士は青年から遠ざけられていた。


 大きな宝石が輝く指がゆっくり、青年へと向けられる。その光景は、黒い瞳に禍々しく映った。

 謁見するにはローブを下ろさなくてはならず、青年の髪色から誰もが納得出来る理由が作れたのだから、王は歓喜したに違いない。黒の彩色士にとっては美しい銀だったが、見方によってはとても白に近い。死の宿ったその色は、生命が持ってはならないものとなってしまう。

 王の言葉で、立会いの者達の奇異は恐怖へと変貌した。


 青年だけが一人、分けがわからないまま呆然と黒の彩色士を見つめていた。最大の罪はそこにあったのだろう。彼女は自分が旅をする理由を、彼と出会うまでの過去を語っていなかったのだ。

 隠したかったわけではない。意味のないことだと思っていたせいだ。本来、彩色士が世界を渡り歩くことに理由はいらない。


 それがいけなかった。たとえば青年が凡人であったなら、それでもよかっただろう。土台が違うのだから、理解しきれないことがあっても仕方がない。

 けれど、彼もまた彩色士だ。彼女の身の上が同胞としては異質だと知っていなければならなかった。

 はめられたのだと。自分は黒の彩色士に裏切られたのだと、その勘違いは深い信頼があるからこそ生じてしまう。虐げられることに慣れてしまっていた青年は、声高々にでっち上げた真実を告げる王にまんまと騙されてしまった。


 その場では、首を刎ねよと命じる王の声が響く。けれども、濡れた鳥の羽根のように瑞々しい黒の瞳は、ただ一人を見つめたまま動かない。青年が紡いだ呪詛には、命を対価にした想いが込められていた。

 妖しく光る剣が振り下ろされたことで響き渡った悲鳴は甲高く、世界の果てまで届いたとさえ言われている。あまりの大きさで、その持ち主がどちらだったのかは本人さえ分からなかったことだろう。絶望に支配された青年か、はたまたそれを真正面から受け止めた黒の彩色士か。二人合わさったものだったのかもしれない。


 綺麗な銀色が宙を舞う様をまざまざと見せつけられながら、かけがえのない存在というものを知った黒の彩色士は、取り返しのつかない後悔と共にやっと国を恨んだ。

 けれども遅い。赤黒い血によって成立した呪いにより、彼女は強大な力を一切使えない役立たずへと成り下がってしまう。王だけが一人笑い、その身を囲った。今度は女として、結局国に囚われ続けた。


 だが、青年の絶望は大きく、日に日にやつれていった黒の彩色士だけでは、その呪いを持っていられなかった。全色を持つ彩色士としても二人は並び立っていたのだから、当然のことだった。

 彩色士は色を操ることで世界から死を遠ざける。それはとても聞こえが良く、だから人は勘違いしたのかもしれない。彼らは同じ人だからといって、人を救うために在るのではない。

 青年の呪いは、そのことをより深く強く同胞たちへと伝え、そして何者にも屈しない理の中で生きられる力の使い方を気付かせる事となる。


 そして、青年の死から一年後。全てを見届け、黒の彩色士は城の最上階から身を投げたそうだ。

 そこでやっと呪いは達成されるのだが、二人の彩色士を絶望の淵へと追いやった国にはその時、誰一人として存在していなかったという。

 全ての始まりとなった色が消える病によって、次々と消滅したのだ。無関係な国民を含め、一人残らず。

 黒の彩色士に見届けられて消えた最後の一人は、悲劇を作り出した国王だった。その光景を、彼女はどんな想いで見ていたのだろう。

 迫る地面を前に風を切り裂く身体からは、虹を映し光に反射する雫が天へと昇った。どこまでも深く沈んだ瞳は誰かを探して彷徨い、唇は願いを紡ぐ。


 そうして青年は、想いを正しく理解されぬまま、恐怖の色となって名を馳せた。黒の彩色士もまた、同胞たちの間で教訓として刻まれる。


 物語は、黒の彩色士の願いが叶いし未来にて動き出す。

 持ち主も原因も、何もかもが消え、それでも色褪せなかった悲しみを引き継いだのは、一人の彩色士の少年だ。何の運命の悪戯か、彼は黒の髪と瞳をしながら、白銀の彩色士の魂を持っていた。



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