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哀願の風



 一度目の出会いはおそらく、白銀以外が語るべきではないのだろう。それは再会だったのだから。けれどもあいつは絶対に、その時のことを口にしないはずだ。

 それでも俺には聞こえていた。憎い憎いと叫び、かつて吐いた呪詛を繰り返し。その奥底で小さく嬉しいと囁いていた心の声に気付いてしまった。


 先生かと期待して、違ったことに落胆して。俺もまた絶望を感じながらだったけれど、その人の凛とした姿には息を呑んだ。

 記憶の中の面影と重なる部分はなにもない。黒の彩色士とは正反対の、どこまでも晴れやかな明るさに満ち溢れた双眸をこちらへ向け、母と似た月光色の髪を揺らしていた。


 そして――そして。その色は、俺たちの目の前で花開く。今まさに生まれ出でた命のように躍動し、再び世界に降り立った。生き物がけして宿してはいけないはずの白にも見える、かつての俺の象徴でもあった銀が息を吹き返す。根元から一気に、流れ星のように毛先までを余すところなく染めていく。

 それでも白銀は、容赦なくその人に黒の彩色士を見て、恨みばかりをぶつける。彼女は真正面からそれを受け止め、視線を縫い付けていた。

 勘違いだろう。それがまるで、喰らわれかけている俺を見てくれているようだなんて。それでも、一筋の光が塔の中に降り注いだ気がした。


 しかし、鉄格子の間から伸ばされた手を白銀は嫌悪する。相手と、それを取りたいと衝動的に思った俺に対して、浅ましいと吐き捨てる。

 その言葉をそっくりそのまま返してやれば、その苛立ちは全て彼女へと向けられた。


「そして地獄を見るが良い」


 人形のように大きな黒い瞳をしばたかせ、その人は僅かに首を傾げる。地獄など存在しないと言いたげだった。

 そして唐突に、本当に突然、まるで人が変わったかのように無表情から一転して力強い表情を浮かべると、伸ばしてくれていた腕を下ろして拳を握っていた。

 白銀はしきりに絶望を浴びせていたけれど、そんなものが入る隙は微塵も感じられない。

 その隣で、先生が俺に笑いかけてくれている気がしたのはどうしてだろう。母さんが初めて見る男の人と抱き合い、頷いている幻覚が見えたのはどうしてだ。


(待っていて――)


 一言も喋らず白銀と対峙していたその人は、俺だけに間違いなく呟き去っていった。

 何を待てと言うのか。塔の外でその色は、何もかもを奪いつくす。そうやって作られた色が俺たちだ。


「絶望の末、色を失うがいい」


 白銀の言う通り。外へ出た途端、その陶器のような肌は体温を失い、せっかく得たであろう光が消える。

 結局、巡り巡った運命が結末を変えることなど出来ないのだ。それどころか、織り成す者達が狂い続ける限り、輪廻もまた歪みを大きくしていく。

 だから俺があの人に、返せる言葉があるとしたらただ一つ。


「あなたも俺も、生まれてくるべきではなかった」


 扉が閉まるのに合わせ俺は言う。何故か身体の主導権が戻されていて、白銀が内側でクツクツと笑っていた。


――あれが誰かお前に分かるか? こんな皮肉を笑わずにいられるか?

「煩い。静かにしてくれ」

――つまらぬことを言うな。お前にも関係がないわけではあるまい。


 機嫌がすこぶる良いようで、その実、腸が煮えくり返っているという器用な態度をみせながら、白銀は話しかけてくる。

 気力が残っていたなら、俺は盛大に溜め息を吐いたことだろう。いまさら皮肉の一つや二つ増えたところで、この地はすでに白銀の呪いによってどうしようもないことになっているというのに。お前が黙って狂った王に殺されてくれていたら、誰も巻き添えにならずに済んだ。


――俺が悪いと? 全てはあの女が引き起こしたこと。それに、お前とて本当は憎らしいだろう? 今生のあいつは、お前をここに追いやった存在でもあったのだから。

「追いやったのは王だ。それに俺は誰よりも、お前の首を刎ねたくてたまらない。錆付いた鈍らの剣でゆっくりと、簡単には死なせずにな」

――さすが、今の俺だな。しかし出来るのか? 死ぬことを許されぬお前が。

「心配しなくとも、どうせすぐそうなるだろう。お前だって口は偉そうだが、状況を変えられる力はもうない」


 誰も呪えない。それができていたら、俺はきっと自分を呪う。

 それから俺は先生の死を受け入れられずに涙を流し、火に油を注いでしまった白銀にされるがまま引きずられた。まだ泣けただけ良いと思ってしまうのは甘えだろうか。


 脳裏で銀が舞いながら、意識は落ちていく。また夢を見なければならないらしい。憎悪で汚れてしまった思い出を。それでも捨てられない、白銀の本心が隠れた悪夢を。

 最期ぐらい自分の夢を見たい。それが贅沢なのだとしたら、せめて静かな一呼吸をさせて欲しい。


――そうだな。お前の案を頂いて、じんわりと喰ってやることにしよう。


 虫を主食とする鳥のように、啄ばまれるのは自分と心。何度も意識は現実と夢を彷徨って、俺そのものがみるみるうちに衰弱していく。

 おそらくあと数時間も遅ければ、今度は白銀に乗っ取られた身体の内側で飼い殺されることになっていたことだろう。何度も何度も、首を刎ねられる経験をさせられたかもしれない。


 狂うことなどあっという間だと予想していたけれど、その一瞬が訪れるまでに心は思いがけず疲弊する。それでも死ぬことを許してくれないのは、命を削って与えてくれた想いや言葉。

 だから、前触れもなく周囲の本が一斉にページを捲りだし、耳がその音に混じる遠くの喧騒を捉え。さらに、ひんやりとした風が通り過ぎ、降り注ぐ光を感じたとき、俺は心の底からやっと色に溶けられると思った。苦しみから解放されると。


 ここは塔の中だ。窓はなく、光は先生が残してくれた炎だけ。鉄格子の先に夜が広がっているなどあり得ない。


「あら? 勢いあまって壁まで砂にしてしまいました」


 聞こえる声は一体誰だろう。死際に現れるという天の使いだろうか。身体と心が切り離されて視界がぼやける。

 白銀が何かを言っている気もするが、それも上手く聞き取れない。


「でもまあ、むしろ劇的で、旅立ちにはもってこいでしょうか。遅くなってしまいすいません。命掛けの親子喧嘩に手間取ってしまいまして」


 なのにその人の声だけは、迷うことなく俺の中に届いてくる。まるで眠る前に見た、俺とは違って凛々しく美しかった黒のようだ。

 何故か見える全ての色が合わさって出来た夜空は、月や星が躍る舞台となりながら世界を包む。


「くだらない。黒の彩色士は無責任にも既に、相応しい場所へ赴きました。お前もいい加減、身の程を弁えろ!」


 誰かを叱責する人が居る。いや、誰か分からないのはおかしい。ここには俺と白銀だけが存在している。そもそも声の持ち主が誰だ?

 嗚呼――考えるのも億劫になってきた。誰でもいい、とにかくまた眠らせてくれ。そうして今度こそ、終わりのない夢を見よう。


「起きなさい! あなたはまだわたくしと、出会いの挨拶を交わしていないでしょう!」


 無理を言わないで欲しい。別れはもうこりごりだ。

 今俺は、空を見上げる幻覚が見れて最高に気分が良いのだから。このままの気分で眠りたい。


「駄目です、駄目……。白銀よ! 黒の彩色士も王も消えた今、お前はそれでも何を呪う? その人はお前ではない!」


 彼女は何を焦っているのだろう。消えたとはどういうことか。

 さっきから、本が歌って騒がしい。髪が暴れて鬱陶しく、なのにどうしてか心地良く感じてしまう。面倒になってきていた呼吸が、空気が、カビや埃を含んでいない。


「わたくしを一人にしないで!」

『生きなさい』『生きろ』


 悲鳴にも似たその叫びに消えかけていた俺は瞠目し、母さんと先生の願いが意識を浮上させた。

 俺は誰よりも残される側の苦しみを味わってきている。なぜだかその声に、同じ想いはさせたくないと強く思った。



 

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