ピカレスク~新世界の創造主~
グルルルゥウと唸り声をあげながら、肉食獣は河守を睨みつける。細くしなやかな肢体と手足の隆起した筋肉は、実験動物の中でも、かなり〝戦闘型〟に特化していることがわかる。
四本足で河守を追いかけ、壁際まで追い詰めた獅子にも似た獣は床に座り込む。なにをやっているんだと、不審な思いで河守が見ていると、グン、と特殊な足腰を駆使してバネのように溜めを作った獣が飛び出してきた。
ギラリと光沢している牙が、男の柔らかい躰に襲い掛かる。
「うわあああああああああ!!」
ホルダーから咄嗟にオートマチックピストル取り出すと、でたらめに発砲する。薬莢がアスファルトに落ち、鈍い音を響かせるが。
「まだ……生きてる……」
命中した獣は蹈鞴を踏んだだけでまだ息がある。瞳を潰された復讐心からか、先ほどよりも殺気の籠った咆哮をあげる。
「あ、ああああああ」
あまりの迫力に気おされ、へたり込んでしまう。噛み合わなくなった歯をガチガチ鳴らしながら、銃口を獣に向ける。
その行動は敵を止めを刺すという闘争心からではなく、目の前の恐怖が消えてくれるのを願った。ただそれだけの臆病心から。
だが、カチカチと無情な響きが、更なる絶望感を河守を駆り立てた。
「あ、なんで? 故障? 弾切れ? こんな……時に?」
銃の扱いに慣れていない前島は、操作方法の分からなさに悪戦苦闘していたが、
「待って、ちょっと、待って……」
それを待ってくれるほど手負いの獣は、温厚ではない。人間の骨すら簡単に砕けるお大きな顎を開けながら威嚇する。
「誰か、誰か助けて……」
足を無様にばたつかせながら後ろの壁にへばりつく。すると、巨大な球体である構築物に掛けられていた、薄生地な漆黒のシートがずり落ちる。そのまま手を滑らせた河守は、支えを失って後ろに倒れる。ガン、と後頭部をぶつけた衝撃に、前島は悶える。
「いってぇ……」
涙目になりながら立ち上がるために、球体に手を触れると、ピッとなにか不穏な音が鳴る。そしてそのまま、ピッ、ピッ、ピッと音が徐々に大きくなっていく。しかも、どんどん音と音との間の間隔が短くなっていって、まるで。
「ば、爆弾!?」
(なんでこんなところに、そんな物騒なもの設置してあるんだ)
河守は顔を引き攣らせていると、プシューと球体から気体性のものが出てくる。ガッガガガガガガと、なにやら球体の中身の機械が駆動する音が河守の耳に届いてくる。
「ひぃ」
河守の足元にチロチロと液体が毀れる。
あまりの恐怖心からか失禁したのかと閉じていた瞳を見開くと、透明な液体が床に毀れていた。それは、よく見れば河守からではなく球体から流れ出したものだった。
「あっ……」
それは、少女だった。
まだ年端もいかなそうな童顔の少女が、球体から体ごと落ちてきた。年齢的には河守よりも一回りほど下回っているような容姿。体つきも華奢で、腕なんて力を入れれば折れそうなぐらいの細さ。
――これが、河守と《nao》の最初の邂逅だった。
なんか、反応あったら長編化するかも。