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もうすぐ出発の時間だろう。
この洒落た部屋とも暫しのお別れだ。
私は騎士なのだから自分のことは自分でやると言ったのだが父がそれを許さず、メイドを押し付けてきた。
服はこれが似合うだの、髪留めはこれが良いだの、とてもうるさいメイドだ。
でも、とても助かっている。
「お嬢様、もうすぐご出立の時間です」
「ああ、わかっている。私は騎士なのだから、……お嬢様と言うのはやめてくれないか」
つい最近、いまだ顔も見たこともない聖女様より騎士団の副長を任されたばかりなのだ。
「お嬢様はグラシアン家のお嬢様です。この屋敷はグラシアン領も同じこと、お嬢様とお呼びして何か粗相がございましょうか」
「部下達は私を騎士として見ているのだ。変に女として意識させたくない」
「……では、この屋敷内でのみお嬢様とお呼びさせていただきます」
どうしても私をお嬢様と呼びたいようだ。この無愛想な表情を崩さないメイドはアラーナと言う。私よりも少し背が低めで、私が気付かない間にいろいろと気を利かせてくれる素晴らしいメイドだ。
たぶん私よりも年上だろう彼女は年齢を問うても答えてくれない。
「今後の予定をもう一度頼む」
「はい。これより出立後、ランマール高原で第14、15師団と合流。合流後は師団長との会食が予定されています」
「人の身体をジロジロと眺めるジジイ共と食べるのか」
「ジジイ共ではありません。師団長です」
「ああ、わかっている。どうして私がこのような……」
「少数精鋭全戦無敗のロードル騎士団といえば、この国の兵士達は皆知っているはず。その騎士団の副長であるお嬢様が激励ともなれば、兵士達の士気はどんな敵をも粉砕するでしょう」
「こう言うのは王子殿下の仕事だろうに」
「王子殿下はご公務が詰まっているそうで、お嬢様にこの話が来たわけです」
「ご公務ねぇ……どうせまたくだらない遊びでも思いついたんだろう」
「お嬢様、いくら神の命より集まった騎士団の副長とは言え、国の王子殿下に向かいそのような」
「あーわかったわかった。きちんと友を敬い、愛すことを誓いますー」
鎧を着て、準備も終えたところで王都の正門に行ってみると異様な人だかりが出来ていた。
私が着ている鎧とは違う色だが、我が騎士団の鎧と一目でわかった。今日私以外に王都を発つ者はいないはずだが……まさか……
「あ!副長だ!副長がお見えになったぞ!」
「副長!お気をつけて!」
あーうるさいうるさい、何も見えない。基本的に騎士達は私より大きいから、囲まれると前も後ろ見えなくなるのだ。
「今回の任務を何故お断りされなかったのですか」
やっと図体だけは一流な騎士達が道を開けてくれたかと思ったら、またも図体のでかい騎士に行く手を阻まれた。
「王子殿下から渡って来た話だ。断るわけにもいくまい」
「しかしながら、それでは副長が女性と言うことがバレてしまいます」
耳元で小さく、そしてゆったりと話し、私の行く手を阻む彼は名をルーシュと言う。この騎士団の宰相的人物であり、最年長でもある。
「王子が司令部でバラしてしまったのだ。どうせあっという間に国王軍全体に広まる」
「部下達に知られてもいいのですか」
「時期を見て話すつもりだったことがただ早まるだけのこと。それに身辺の部下には教えている」
「……」
「わかっている。我が神に背くようなことはしない。俗の仕事はこれが最後だ。私達が王子殿下によくしていただいているのは知っているだろう」
ルーシュは口を閉ざした。ルーシュの言わんとすることはわかる。我々は神の剣であるのだ。
俗に染まっていいことなど、ないのだ。
豪華な馬車に私と護衛2人だけ。計6人の護衛はその誰もが聖女より神託を得て騎士となった者達だ。
護衛などいらんと言ったのにそれが任務であるかのように勝手について来た。馬車に乗っている騎士に聞いてみると事実、任務である。
「副長は何故騎士になられたのですか?」
この者達には私が女であることは伝えていない。この後すぐにバレるのだから、教えてもいいだろう。
私が女であることを知らない部下達の中では「副長は寡黙だ」「炎を操る魔獣と戦って喉を焼かれたのだ」と言われているそうだ。
着ていたプレートアーマーの兜を取った。
「え……」
「きっかけは父への反抗だ」
驚くのも無理はない。女であると教えたルーシュと騎士長以外は皆怒りをこらえるように顔を真っ赤にしていた。今目の前にいる彼らも例外ではない。
ちなみに今いる新人のほとんどを私が一度テストと言う名目でコテンパンにしている。女に負けたと知っては男のプライドとやらがズタズタにされるとアラーナが言っていた。
「副長は……女性だったのですか」
「そういうことだ。自分の上司が女と知って失望したか?」
「いえ!自分は副長をお守り通すことを再度誓います!」
絶句していたもう一人も頷いた。彼こそ寡黙と言うものであろう。
ともあれ、私が騎士として国の馬車に乗るとはな。
もうそろそろランマールに入るころだ。