プロローグ
澄んだ青空を、浅黒い色をしたドラゴンが飛んでいく。その背には、テントが背負わされていた。
「まだカルタットは遠いのか?」
全身を金や銀の宝石類で着飾った太り気味の女性がテントから顔を出し、ドラゴンの手綱を握っている青年に声をかけた。
「皇太后様、危険ですのでテントからは出ないでください。それに、カルタットはもうすぐです」
黒い長髪を無雑作に後ろで一本に束ねた青年は振り返りもせずに答えた。
青年が手綱を打つと、ドラゴンが一声鳴いてスピードを上げる。
「大国カルタットの舞踏会に招待させるとは実に妾は運が良い。お前もそう思うだろう?」
「はい、心から」
青年の答えに気をよくしたのか、皇太后はおとなしくテントの中に戻った。
空に静寂が戻り、ドラゴンの翼が風を切る音しか聞こえなくなった。青年は少し身を乗り出し、ドラゴンの頭越しに地上を見る。
きょろきょろと視線を動かす青年の視界の端に、大国の姿が映り込んだ。周囲には限りなく広がる森。
その森に包まれるようにして存在する、この世界で最も大きな国、大国カルタット。
青年はドラゴンをカルタットの中心に位置する城の真上に移動させ、さらに上へ上昇させた。そこからカルタットを見下ろす。国の東西南北から中心に向けて伸びる大通りが、まるで巨大な十字架のようだ。
道や建物が全て白い大理石で作られていることにより、さらにそれが引き立てられている。
「皇太后様、聞こえますか?これから降下を始めます。しっかりとテントの柱に掴まっていてください」
青年は言うと、旋回しているドラゴンの手綱を強く打った。ドラゴンは頭を地上へ向け、翼をたたむ。
降下というよりも落下に近い格好でどんどんドラゴンは高度を下げていく。着地ポイントの芝生が鮮明に見え始め、青年が手綱をぐいっと引くと、ドラゴンは足を突き出して翼を広げた。スピードが徐々に落ちていき、ふわっと芝生に舞い降りる。
青年がもう一度手綱を軽く引くと、ドラゴンは地に腹をつけ、翼を折りたたんだ。城のほうから何人かの使用人が走ってくるのを視界に捕らえながら、青年はテントの出入り口を開ける。
「皇太后様、無事カルタットに着きました」
青年が言うと、皇太后はじゃらじゃらと音を立てながらテントから出て、青年の手を借りながらドラゴンの背から降りた。
「ここは?」
「城内の竜着ポイントです」
青年はドラゴンの手綱を取りながら、ひょいっとドラゴンに飛び乗る。
「カルタットには世界最大の竜騎隊がいるそうね」
皇太后は青年を見上げながら言う。
「妾は舞踏会が本当の目的ではないのよ。ふふふ…共に長旅をしたあなたになら教えてあげてもいいわね」
青年は皇太后の言葉にかすかに笑顔を見せた。
「ぜひ、聞かせていただけませんか?」
心から聞きたいというような表情で、青年は皇太后に催促する。
「妾は、竜騎隊の最年少隊長殿を一目見たくて舞踏会の招待を受けたのよ。18歳で大国の軍隊の隊長を務めているなんてすごいわよねぇ」
まるでこれからいたずらをする幼子のように、皇太后はくすくすと笑った。
「アルラース・ティガクリムの名は全世界に広まっている。そんな人の顔を一度でも見たいと思わない?」
皇太后が言ったとき、城の使用人が数名この場にたどり着き、皇太后に深く頭を下げた。
「皇太后様、その目的は最初から果たされておられますよ。ですから、心から舞踏会を楽しんでください」
「え?」
ぽかんと口を開けたままの皇太后を使用人たちに任せ、青年…アルラース・ティガクリムは、ドラゴンと共に空へ飛び立った。