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黒紗の目隠し~異世界冒険譚~  作者: CLASSIC.com


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第008話 銀の証と、消えた世界

朝の陽光が、ルーチェの街を黄金色に染め上げていた。

宿屋「三日月亭」の窓から差し込む光が、寝台に横たわる彼女の顔を照らす。彼女はゆっくりと目を開けた。


昨夜の記憶が、波紋のように蘇る。


——レス。


そう呼んだ自分の声が、まだ耳の奥に残っていた。誰にも聞かせず、口の中で噛み締めただけの名前。だが、それは確かに彼女の中に根を下ろしていた。


「……レス」


もう一度、小さく呟く。違和感はない。むしろ、パズルのピースが正しくはまったような安堵感があった。


彼女は寝台から起き上がり、鏡の前へ立つ。橙金色の長い髪を整え、目元を縁取る黒紗の装飾仮面を着ける。黒と金のミリタリーコートに袖を通し、マントを羽織る。最後に黒いグローブをはめ、太腿のストラップを確認する。


いつもの儀式。けれど、鏡に映る自分は、昨日とは少しだけ違って見えた。


一階へ降りると、主人のレオンが厨房から顔を出した。


「おはようございます、裁定さん。昨日は本当にお疲れ様でした」


レオンはいつもの温かい笑顔を向け、手早く朝食の準備を整える。


「それにしても、ブロンズ部門優勝にシルバーランクへの昇格……。本当にすごいことです。ルーチェに来てまだ間もないのに」


「……運が良かっただけだ」


彼女は短く答え、パンを口に運ぶ。味は変わらない。だが、レオンの言葉には今まで以上の敬意が含まれていた。


「ご謙遜を。あの戦いぶりを見れば、誰もが納得ですよ。……おめでとうございます」


「……ありがとう」


礼を言うことに、少しだけ慣れてきた気がする。


食事を終え、冒険者ギルドへと向かう。朝の通りは活気に満ちていた。だが、すれ違う人々の視線が以前とは明らかに異なっていた。


「おい、あれだろ? 昨日の優勝者」


「仮面の女……すごい動きだったよな」


「シルバーに上がったって噂だぜ」


好奇の視線。畏怖の眼差し。それらを無視して、彼女はギルドの扉を開けた。


喧騒が一瞬だけ静まる。


カウンターの奥から、受付のマリアが背筋を伸ばして待っていた。彼女の手には、一枚の新しい金属プレートが握られている。


「お待ちしておりました、裁定様」


マリアは深く一礼し、恭しくそのプレートを差し出した。


「ギルド規定に基づき、本日より貴方様をシルバーランク冒険者として認定いたします。これはその証となる、銀の身分証です」


鈍い銀色に輝くプレート。そこにはギルドの紋章と、彼女の登録名「裁定」が刻まれている。


「……受け取る」


ブロンズのプレートと交換する形で、それを受け取る。ひやりとした金属の感触。重さは変わらないはずだが、どこか重く感じられた。


「よう、シルバー様のお出ましだな」


背後から豪快な声が響く。振り返ると、赤髪の大男ガロンがニヤリと笑って立っていた。その隣には、どこか落ち着かない様子のダリルがいる。


「おめでとう、裁定。いや、もう呼び捨てでいいか? シルバーになったからには、俺たちゴールドとも依頼が被ることがある。これからは対等な同業者だ」


ガロンは太い腕を組み、満足げに頷く。


「……わかった。よろしく頼む」


「おうよ。困ったことがあれば言え。まあ、お前の腕なら大抵のことは一人でどうにかしそうだがな」


「すげぇよなぁ……」ダリルがぼそりと呟き、レスの顔と銀のプレートを交互に見る。「なんかこう、雰囲気が変わったっていうか……。一皮むけた感じする?」


「……特に」


レスは短く否定した。だが、内心ではダリルの直感に少し驚いていた。名前を思い出したこと。それが雰囲気に影響しているのだろうか。


「ま、とにかく今日は祝いだ。……と言いたいところだが、早速仕事か?」


ガロンが掲示板を見やる。レスも視線を移した。


「……ああ。確認する」


◆ ◆ ◆


掲示板には、シルバーランク以上が受注可能な依頼書が貼られている。ブロンズの頃とは違い、報酬額も難易度も跳ね上がっていた。

レスはその中から、一枚の依頼書を剥がした。


『郊外の廃砦跡における魔物調査および討伐』


ルーチェから北へ半日ほどの距離にある、古い砦の跡地。最近、そこから不気味な魔力の反応が観測されたという。


「廃砦か。あそこは幽霊が出るって噂だぜ」


ダリルが横から覗き込む。「俺も行っていいか? お前の初仕事、見てみたいし」


「……駄目だ」


レスは即答した。


「これはシルバーランク指定の依頼だ。ブロンズの同行は推奨されない」


「うっ……正論」


「それに、単独の方が動きやすい」


「くそー、いつか俺もシルバーになってやる!」


ダリルの嘆きを背に、レスはマリアに受注を申請した。マリアは心配そうに眉を寄せながらも、手続きを進めた。


「廃砦周辺では、正体不明の魔物の目撃情報もあります。くれぐれもお気をつけて」


「……問題ない」


街を出て、北へ向かう。街道を外れ、荒れた山道を進むこと数刻。霧のような靄の向こうに、崩れかけた石壁が見えてきた。


廃砦。かつては防衛の要所だったのだろうが、今は見る影もない。苔むした石材、錆びついて原形を留めていない鉄扉。冷たい風が吹き抜け、ヒュオオという音を立てている。


レスは足音を殺して中へ入る。気配を探るが、生物の反応は薄い。ただ、空気中に奇妙な圧力が漂っていた。


「……魔力濃度が高い」


普通の場所ではない。アヴァロンの空気に少し似ているが、もっと澱んでいる。


崩れた回廊を進む。時折、小型の魔物が影から飛び出してくるが、彼女の敵ではない。手甲による打撃と、最小限の体術で排除していく。


「調査対象は、この奥か」


砦の中心部、かつて広間だったと思われる場所へ出る。屋根は落ち、空が見えているはずだが、濃い霧が視界を遮っていた。


その中央。ひび割れた石床の上に、それはあった。


「……魔法陣?」


直径数メートルほどの巨大な紋様。風化して消えかけているが、微かに淡い光を放っている。複雑な幾何学模様。ルーチェの魔法使いが使うものとは、明らかに体系が異なっていた。


レスは警戒しながら近づく。観察する。


「古い。だが、生きている」


何のためのものか。召喚か、封印か。あるいは——


その時だった。


カッ、と魔法陣が強烈な光を放った。


「……ッ!」


反応する暇もなかった。視界が白一色に染まる。重力が消失し、身体が浮き上がる感覚。そして次の瞬間、強烈な力でどこかへ引きずり込まれた。


◆ ◆ ◆


感覚が戻ると、そこは森だった。

だが、ルーチェ周辺の森ではない。木々の種類が違う。葉の色が濃く、幹は石のように硬質だ。空を見上げても太陽はなく、ただ薄曇りの灰色の天井が広がっている。


空気の味が違う。重く、古く、埃っぽい。


「……どこだ。転移か」


レスは即座に立ち上がり、周囲を警戒する。敵意はない。だが、生物の気配もしない。完全な静寂。


「廃砦の魔法陣。あれは転移装置だったのか」


状況を確認する。装備に異常なし。身体に異常なし。だが、手の甲——裁定之紋章が、微かに熱を帯びていた。


脈打つような感覚。まるで、この場所と共鳴しているような。


「……共鳴?」


ふと、彼女は虚空に手をかざした。ステータスプレートを呼び出す。


「Open」


光の粒子が集まり、半透明の板が形成される。そこには、見慣れた文字化けの羅列……ではなかった。



STATUS


Name : レス ✨

Level : ■■■

STR : ■■■

DEX : ■■■

VIT : ■■■

INT : ■■■

MBD : ■■■

─────────────────────

Code : New

神■X%

├ 未来干■

├ 終■干■

└ 禁■干渉

神■Y%

├ 過去干■

├ 創■干■

└ 禁■干渉

神■Z%

├ 現在干■

├ 摂■干■

└ 禁■干渉

レスは息を呑んだ。


Name欄には、はっきりと『レス』の文字が刻まれ、金色の光を放っている。それは昨日、彼女が取り戻した名前だ。プレートがそれを肯定している。


だが、問題はその下だ。


今まで空白だった場所に、新たな項目が出現していた。


「……Code。初めて見る項目だ。神、と何か。X、Y、Z……文字の多くは読めない。だが、これが私の力の名前か」


神■X%。神■Y%。神■Z%。


読めない文字。けれど、その意味するところが、何故か肌感覚で理解できる気がした。


未来。過去。現在。


そして、それらに干渉する力。


「干渉……? 私が、時間に?」


信じがたい概念だ。だが、裁定之紋章の熱がそれを肯定している。この紋章は、ただの武器ではない。もっと根源的な、世界の理に触れる鍵なのだ。


「禁■干渉……」


一番下にある項目…。


レスは手を伸ばし、プレートに触れようとした。だが、指先が触れる直前、プレートはノイズと共に霧散した。


「……今はまだ、見ることしか許されないか」


彼女は手を下ろした。


答えは出ない。だが、確かな前進を感じていた。自分が何者で、何ができるのか。その断片が少しずつ集まってきている。


ズズズ……。


地響きがした。


思考を中断する。静寂だった森が、にわかに騒がしくなっていた。木々が揺れ、地面が隆起する。


「……歓迎の挨拶か」


レスは身構えた。感傷に浸る時間は終わった。


◆ ◆ ◆


森の奥から現れたのは、岩塊の巨人だった。

ゴーレム。だが、既存の知識にあるそれとは違う。表面は滑らかな石材で覆われ、継ぎ目からは青白い光が漏れている。古代の意匠。遺跡そのものが動き出したかのような威容。


一体ではない。三体。さらに背後から二体。


「包囲されたか」


レスは冷静に分析する。サイズは3メートル超。重量は推定数トン。単純な質量兵器だ。


先頭の一体が腕を振り上げた。風を切る音と共に、巨大な石の拳が振り下ろされる。


「遅い」


彼女は最小限の動きで回避する。拳が地面を叩き、土砂を巻き上げる。その隙を突き、レスはゴーレムの懐へ飛び込んだ。


手甲を叩き込む。胴体の中央。核があるはずの場所。


ガィンッ!


硬い音が響き、手甲が弾かれた。


「……硬い」


傷一つついていない。物理的な打撃は通じない。魔法防御も施されているようだ。


「ならば——」


レスはバックステップで距離を取る。意識を右手に集中させる。手の甲の裁定之紋章に呼びかける。


——起きろ。


カッ!


紋章が輝き、光が溢れ出す。それは瞬時に収束し、黄金色の光の剣を形成した。実体を持たない、純粋なエネルギーの刃。


「斬る」


彼女は疾走した。黒いマントを翻し、ゴーレムの群れの中へ。


二体目のゴーレムが両腕で挟み込もうとする。レスは低く姿勢を沈め、その股下を滑り抜ける。すれ違いざま、光の剣を一閃。


ズンッ。


ゴーレムの右脚が、膝から下できれいに切断された。バランスを崩し、巨体が倒れ込む。


「次は右」


倒れたゴーレムを踏み台にし、跳躍。三体目の頭上へ。光の剣を逆手に持ち、首の継ぎ目へ突き立てる。


溶解するような音と共に、光の刃が石を貫いた。青白い光が漏れ出し、ゴーレムは動きを止めた。


「あと三体」


着地と同時、背後から衝撃が襲った。最大型のゴーレムが、瓦礫を投擲していたのだ。


ドゴォッ!


回避が間に合わない。左肩に直撃する。骨が砕ける音。肉が潰れる感覚。激痛が走る。


だが、レスは表情を変えなかった。


「……問題ない」


彼女の視線の先で、潰れた左肩が煙を上げながら再生していく。砕けた骨が繋がり、肉が盛り上がり、皮膚が覆う。わずか数秒。不老不死のギフト。


痛みはある。だが、動きは止まらない。


再生した左腕でマントを掴み、目くらましに投げつける。ゴーレムが視界を塞がれた一瞬の隙。


レスは光の剣を最大出力で振るった。


「消えろ」


横薙ぎの一閃。光の帯が走り、残る三体の胴体をまとめて両断した。


ズズズ……ドォォン!


巨星が墜ちるように、ゴーレムたちが崩れ落ちる。土煙が舞い上がる中、レスは光の剣を霧散させ、静かに息を吐いた。


「……終了」


周囲を確認する。他に敵影はない。瓦礫の山となったゴーレムたちの残骸。


ふと、彼女は崩れたゴーレムの一体が守るようにしていた石板に気づいた。


「これは……」


苔むした石板。そこにはびっしりと古代文字が刻まれている。解読不能な記号の羅列。


だが、その中の一文字だけ。まるでそこだけが浮き上がっているように、意味が脳に流れ込んできた。


『禁』


「『禁』……この文字だけ、なぜか読める」


レスはその文字を指でなぞった。懐かしいような、忌まわしいような、不思議な感覚。


Codeにあった「禁■干渉」。そしてこの「禁」の文字。


「……繋がっているのか」


謎は深まるばかりだ。だが今は、これ以上ここに留まるべきではない。


彼女は石板の奥、空間が歪んでいる場所を見つけた。逆転移の魔法陣だ。


◆ ◆ ◆


ルーチェの廃砦跡に戻った時、空はすでに茜色に染まっていた。

転移先での時間は数十分だったはずだが、こちらでは数時間が経過していたらしい。


「時間のズレか……」


レスは廃砦を後にし、街への道を急いだ。


ギルドの扉を開けると、マリアがカウンターから飛び出さんばかりの勢いで駆け寄ってきた。


「裁定様! ご無事で……!」


「どこ行ってたんだよ、お前!」


ガロンも大股で近づいてくる。その表情は本気で心配していたもののようだ。


「廃砦の反応が消えて、お前も消えたって連絡が入ったんだぞ。捜索隊を出そうとしてたところだ」


「……すまない。心配をかけた」


レスは素直に謝罪した。そして、見たままを報告する。


「魔法陣があった。転移した。ゴーレムを排除して、戻ってきた」


「転移……?」マリアが口元を押さえる。「やはり、そうですか……。実は過去にも、廃砦周辺で冒険者が行方不明になり、数日後に記憶が曖昧な状態で戻ってくるという事例が報告されています。しかし、原因は不明のままで……」


「私は戻れた。魔法陣は消滅した。もう危険はない」


「そうですか……。ご報告、ありがとうございます。調査完了として処理いたします」


マリアは安堵の息を吐き、手続きに戻った。ガロンは「まったく、シルバー初日から肝を冷やすぜ」と笑い飛ばし、レスの背中をバンと叩いた。


ギルドを出ると、街は夕闇に包まれていた。


三日月亭への帰り道。レスは路地裏で足を止め、もう一度ステータスプレートを開いた。


Code欄の『神■X%』『神■Y%』『神■Z%』。それらは消えることなく、そこに在り続けている。


「転移先でも紋章は動いた。Codeとも繋がっている。まだわからない。でも確かに、私は変わっていく」


名前を取り戻した。新たな力が示された。そして、世界の謎の一端に触れた。


仮面の奥で、彼女は目を細める。


シルバーランクの最初の日は、こうして静かに、しかし確実に、何かを変えていった。

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