鶏ささみの梅シソ串焼き 2
「ん、さっぱり」
一口で半分を口に放り込んだ太郎が僅かに目を細めた。
どうやらお気に召したらしい。
雪音と同じく現代風の恰好をした青年。
ツンツンと逆立てた髪に、パンクファッションと尖って見えそうだが、整いながらもいつも眠そうな表情と短く切れる緩い喋り方が印象を覆す。
その正体は狛犬で、名前は太郎。
綾や一部の客はタロくんと呼んでいる。
通常、狛犬というとイメージするのは犬というよい獅子に近い姿だが、彼の頭にぴょこんと生える二つの耳と揺れる尻尾は柴犬っぽかった。
「怪我しちゃったら、大変だから、ね」
「お手柄よ太郎!私の一本あげる」
自分の皿から雪音が一本串焼きを太郎へ渡す。
「女の子、大好き」を公言する太郎だ。
九十九たちと対峙して糸織が怪我をするのを心配しての行動だったのだろう。
女性ならば年齢問わず「~ちゃん」呼びをし、誰にでも優しい。
チャラいがやらしさを感じさせないので女性客にも受けがいい。
そんな彼らを見ながらも綾はせっせっとフライパンの上の肉をひっくり返す。
なにせ一度に焼ける量には限りがある。
羅刹は大喰らいだし、太郎の皿ももうすぐ空だ。
先ほど太郎が口にしたように、鶏ささみの梅シソ串焼きはさっぱり食べれる。
ささみはヘルシーだし、梅肉とシソのおかげでよりさっぱり感が増している。
それでもごま油の香りは食欲をそそるし…………つまりはパクパクいけちゃう系だ。
「追加いる方ー?」
当然のように差し出された羅刹たちの皿にまとめて幾つか乗せ、座敷席で手を挙げてる数を確認し盛り付ける。
「綾ちゃん、それ、こっち。」
お盆を用意したところで太郎がカウンター越しに手を伸ばした。
どうやら座敷席のお客さんに渡してくれるようだ。
「ありがとー。お願いします」
お言葉に甘えてお願いすれば、「ん」と頷き席を立つ。
一人で切り盛りしているこの店では、彼に限らずこういったお客さんの親切にとても助けられている。有難いことだ。
「それにしても……糸織さん、目覚めますかね?」
さらに追加の鶏ささみを焼きつつ、心配そうに座敷を見やった。
さっきは荒事にならず単純に安心したが、そのことが次第に心配になった。
「テキーラって相当度数高いんですよね?」
綾は怖くて飲んだことがない。
果たして酒に強くない糸織が飲んで平気だったのだろうか?
「もし閉店までに目覚めなかったら、今夜、泊めてもいいですか?」
窺うように上目遣いで羅刹を見れば、くいっと焼酎のグラスを空にしながら溜息を吐かれた。
「構わないが、世話は笹女に任せろ」
「え、でも……」
その言葉に綾は躊躇う。
笹女というのは羅刹の屋敷に仕える女性で柳女というあやかしだ。
気遣いの出来る優しい女性で、綾もこの世界に来たばかりの頃など、和服の着方もわからず着替えから何からお世話になったものだ。今もわりとお世話になっているが……。
そんな女性なので糸織を任すことにも不安はない。
だけど自分の我儘で泊まらせてもらったうえ、その世話を笹女に任せるのは気が引けた。
屋敷に運ぶのは非力な自分には無理でも、お世話ぐらいならできるのに。そんなことを思う綾を羅刹が胡乱な瞳で見つめる。
「目が覚めて、酔いが抜けてなかったらどうする?」
「…………」
それは確かに。
想像し、自分では逆に迷惑をかけるだけだと気づいた。
そしてはい、と大人しく頷いた。
「過保護よの」
揶揄うような九十九の呟きに、「ねー」とニヤニヤした雪音が相槌を打つ。
それらを聞こえないフリをした羅刹は杯の酒を呑み干した。
翌朝、
泥酔し、目を覚ました糸織に迷惑をかけたことを涙目で謝罪された。
縮こまりながら必死に謝罪を繰り返す彼女を宥めながら綾は思う。
酒癖が悪いというより、もはや二重人格……。
誰もがそう思う程、酔った彼女は普段とは別人だった。




