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ドワーフとカトブレパス①

ブルグが工房の奥で、義足の材料を前に座っていた。

木材、金属の継ぎ手、革のストラップ。

全てが、丁寧に並べられている。

「......」

ブルグは目を閉じた。

深呼吸。

そして——

「武神グロンディールよ」

低く、厳かな声。

俺は工房の入口で、その光景を見ていた。

「技に力を。」

「鍛錬神ヴァルグリムよ」

「鋼に力を」

「探求神ドゥルガンよ」

「知識に力を」

「三柱の神々よ、我らドワーフを導き給え」

「完璧な武具は神への敬意である」

「戦場にて誉ある死を」

「鍛冶場にて誉ある仕事を」

「飽くことなき旅にて誉れある道を」

ブルグが木材に手を当てた。

「この義足に、我が全てを込める」

「ガラムの魂を引き継ぎ——」

「完璧な仕事にて汝への敬意を示さん」

工房に、静かな決意が満ちた。

---

「......ブルグさん」

俺が声をかけた。

「おう、アリア」

ブルグが振り向いた。

「聞いてたのか」

「はい......あれは?」

「祈りだ」

ブルグが微笑んだ。

「俺たちドワーフは、三柱の神を信仰している」

「三柱?」

「ああ」

ブルグが指を三本立てた。

「武神グロンディール」

「鍛錬神ヴァルグリム」

「研究神ドゥルガン」

「この三柱の神が、俺たちを導いてくれる」

「......」

「俺は、鍛冶職人だ」

ブルグが工具を手に取った。

「だから、ヴァルグリムに祈る」

「完璧な仕事をすることが——」

「神への、敬意だからな」

ブルグが笑った。

「お前の義足、必ず完璧に作ってやる」

「......ありがとうございます」

バルグが村人たちに戦闘訓練をしていた。

「もっと速く!」

バルグが叫んだ。

「剣を振るのが遅い!」

村人たちが、必死に剣を振る。

「バルグさん」

ダンが近づいてきた。

「少し、休憩させてもらえませんか?」

「みんな、疲れてます」

「疲れた?」

バルグが眉をひそめた。

「戦場で、そんなこと言えるか?」

「でも——」

「武神グロンディールは言う」

バルグが戦斧を掲げた。

「『遁走は最も許され難い罪である』と」

「戦場で逃げることは、最大の恥だ」

「だから——」

バルグが真剣な目で村人たちを見た。

「疲れても戦え」

「倒れても立て」

「それができなければ——」

「戦場では生きていけない」

「......」

村人たちが、ゴクリと唾を飲んだ。

「でも、安心しろ」

バルグが笑った。

「『戦場での名誉ある死によって桃源郷の門は開くであろう』」

「戦って死ねば、神の元に行ける」

「それが——」

バルグが胸を叩いた。

「ドワーフの誇りだ!」

「おおおおっ!」

村人たちが気合いを入れ直す。

【図書室にて】

ビルグが本を読んでいた。

鉱石の専門書。

分厚い、古い本。

「......ふむ」

ビルグがページをめくる。

「この記述によれば——」

「鉱石の結晶構造は、温度によって変化する、か」

ビルグが呟く。

「面白い」

「ビルグさん」

俺が声をかけた。

「まだ起きてたんですか?」

「ああ」

ビルグが本を閉じた。

「ドゥルガンの教えでな」

「ドゥルガン?」

「探求神だ」

ビルグが本を撫でた。

「『探求を諦めるものは死と同義である』」

「『知識なきものは闇を歩む』」

「だから、俺たちドワーフは常に学ぶ」

「なぜ鉱石は硬いのか」

「なぜ熱に強いのか」

「なぜ魔力を帯びるのか」

ビルグが目を輝かせた。

「全てに、理由がある」

「その理由を知ることが——」

「ドゥルガンへの、信仰だ」

「......すごいです」

俺は感心した。

「俺の【解析】と、似てますね」

「ほう?」

ビルグが興味深そうに俺を見た。

「お前の能力、詳しく聞かせてくれ」


主要メンバーが集まった。

アリア、ダン、レオ、エド、そしてドワーフ三人。

「さて」

バルグが地図を広げた。

「極東への準備を整えよう」

「まず——サドルが必要だ」

「サドル?」

「ああ」

ビルグが頷いた。

「ロックヤックの背中は硬い」

「掴まるだけじゃ、落ちる」

レオが苦笑した。

「アリアが落ちたしな」

「俺も危なかった」

ダンが言った。

「あの速度で走られたら、両手で掴んでてもキツい」

「それに、義足だと滑りやすいしな」

「だから、鞍を作る」

ビルグが図面を描き始めた。

「革と木材で、しっかり固定できるやつを」

「足を固定できるようにすれば、義足でも大丈夫だ」

「何日で作れる?」

「材料があれば——」

ビルグが計算した。

「三日......いや、四日あれば確実だ」

「急いで失敗したら、意味がないからな」

「分かった」

バルグが頷いた。

「じゃあ、材料を集めよう」

「革が必要だな」

「革か......」

ダンが腕を組んだ。

「村にモースって革職人がいたな」

「聞いてみるか」


【翌日】

俺たちは、村の端にある小さな工房を訪ねた。

革の匂いが漂う。

壁には、様々な革製品が吊るされている。

鞄、ベルト、手袋——

どれも丁寧に作られている。

「モースさん」

ダンが声をかけた。

中から、初老の男性が出てきた。

白髪、しわだらけの顔。

でも、目は——どこか、暗い。

「ああ、ダンか」

モースの声は、低かった。

「サドルを作りたくて」

ダンが説明した。

「革を分けてもらえないか?」

「サドル......ロックヤック用か?」

「ああ。六人分必要なんだ」

「六人分......」

モースが困った顔をした。

「俺が普段扱ってるのは、ウサギとか小動物の革ばかりでな」

「サドルに使えるような、大きくて丈夫な革は——」

モースが首を振った。

「持ってない」

「......そうですか」

残念だ。

「でも——」

モースが少し考えた。

「何か、いい革が取れる動物はいませんか?」

俺が尋ねた。

モースは、しばらく黙っていた。

そして——

「......カトブレパス」

小さく、呟いた。

「え?」

「カトブレパスって魔物から、上質な革が取れる」

モースが窓の外を指差した。

「水牛みたいな魔物だ」

「体が大きくて、革も丈夫」

「サドルには、最適だと思う」

「どこにいるんですか?」

「村の川を南西に下っていくと、沼地がある」

モースが地図を描いた。

「そこに、カトブレパスの群れがいるはずだ」

「どれくらい倒せばいい?」

「六人分なら......五、六頭ってところかな」

「分かりました」

俺は頷いた。


「でも——」

モースが、急に震える声で言った。

「気をつけろ」

「......?」

俺たちは、モースを見た。

モースの手が、震えている。

「どう危険なんですか?」

レオが尋ねた。

「......」

モースは、しばらく黙っていた。

やがて——

「昔——」

モースが口を開いた。

「この村には、二人の革職人がいた」


10年前の話

「......10年前の話だ」

モースが深く椅子に座り直す。

俺たちも、黙って聞く。

「俺と——」

モースが遠い目をした。

「ダグラスという、もう一人の革職人」

「二人で、この工房を切り盛りしていた」

「ダグラスは俺の親友だった」

モースが微笑んだ。

でも、その笑顔は悲しい。

「一緒に革を削り、一緒に酒を飲み——」

「毎日、笑い合ってた」

「......」

「ある日——」

モースの声が、震えた。

「夜飯用のウサギを狩りに出かけたんだ」

「ダグラスが、ウサギを下流の方に追ってった」

「『大きなウサギがいた。すぐ戻る』って言ってな」

「でも——」

モースが拳を握った。

「夕方になっても、戻ってこなかった」


「おかしいと思った」

モースが続けた。

「ダグラスは、いつも時間に厳しい男だった」

「だから、俺は——」

モースが震える手で、地図を指差した。

「川を下って、沼地に向かった」

「そこで——」

モースの声が、止まった。

「......」

静寂。

重い空気。

「何を見たんですか?」

俺が、小さく尋ねた。

「......石だ」

モースが顔を上げた。

その目には、恐怖が浮かんでいた。

「ダグラスが——」

「石になっていた」

「......!」

「沼地の真ん中に、立ったまま」

モースが震える声で続けた。

「目を見開いて——」

「口を開けて——」

「何かを叫んでいるような顔で——」

「石に、なっていた」

「......」

俺たちは、息を呑んだ。

「そして——」

モースが続けた。

「その傍に、カトブレパスがいた」


カトブレパス

「水牛みたいな、巨大な魔物だ」

モースが震える手で、大きさを示した。

「体長3メートルはある」

「黒い体、赤く光る目——」

「そして——」

モースが息を呑んだ。

「俺と、目が合った」

「......」

「その瞬間——」

モースが自分の足を見た。

「足が、動かなくなった」

「石になる——」

「そう思った」

「でも——」

モースが震えた。

「俺は、目を逸らした」

「必死に、目を逸らして——」

「逃げた」


後悔

「俺は——」

モースが顔を覆った。

「ダグラスを、置いて逃げた」

「親友を——」

「見捨てて、逃げた」

「......」

「それから、ダグラスの石像は——」

モースが震える声で言った。

「雨に打たれ、風に吹かれ——」

「崩れた」

「今はもう何も残ってない」

「......」

静寂。

モースが、深く息を吐いた。

「だから——」

モースが俺たちを見た。

「カトブレパスは、危険だ」

「目を合わせれば、石になる」

「近づけば、毒の息を吐く」

「あの魔物は——」

モースが拳を握った。

「悪魔だ」


「......」

俺は、しばらく考えた。

そして——

「行きます」

俺は断言した。

「え?」

モースが驚いた顔をした。

「今の話を聞いても、か?」

「はい」

俺は頷いた。

「極東に行くには、サドルが必要です」

「ドワーフに会うには、極東に行かなきゃならない」

「そして——」

俺は拳を握った。

「ドワーフの力がなければ、国と戦えない」

「だから——」

俺はモースを見た。

「危険でも、やるしかない」

「......」

モースが、じっと俺を見つめた。

「お前——」

「本気なんだな」

「はい」

「......」

モースが立ち上がった。

「なら——」

モースが奥から、古い地図を持ってきた。

「これを持っていけ」

「沼地の詳しい地図だ」

「カトブレパスがいる場所も、書いてある」

「......いいんですか?」

「ああ」

モースが頷いた。

「俺は——10年前、逃げた」

「ダグラスを見捨てて、逃げた」

モースが地図を俺に渡した。

「でも、お前たちは違う」

「戦おうとしている」

「だから——」

モースが真剣な目で言った。

「せめて、これくらいは」

「......ありがとうございます」

俺は深く頭を下げた。

「必ず、カトブレパスを倒します」

「気をつけろよ」

モースが肩を叩いた。

「絶対に——」

「目を、合わせるな」

「はい」


工房を出て

俺たちは工房を出た。

「......重い話だったな」

レオが呟いた。

「ああ」

ダンも頷いた。

「親友が、目の前で石になる、か」

「......」

俺は、地図を見た。

沼地の場所。

カトブレパスの位置。

全てが、詳しく書かれている。

モースさんは——

10年間、この地図を持っていたんだ。

もう一度、行こうとしていたのかもしれない。

でも——

恐怖に、負けた。

「アリア」

レオが俺の肩を叩いた。

「大丈夫か?」

「ああ」

俺は頷いた。

「大丈夫だ」

俺は地図を握りしめた。

「モースさんの分まで——」

「必ず、カトブレパスを倒す」

「ダグラスさんの、仇を取る」

「おう!」

ダンとレオが頷いた。

「じゃあ——」

俺は前を向いた。

「準備しよう」

「明日、カトブレパス狩りに行く」

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