失われた場所からもう一度
「……武器は、ある」
ダンが倉庫から古びた槍を取り出した。
錆びた穂先、ささくれ立った柄。
「だが、これじゃあ……」
レオが槍を手に取り、軽く振ってみる。
ミシリ、と柄が軋んだ。
「これで国の兵士と戦えってのか? 無理だろ」
村人たちの顔に、絶望が浮かぶ。
刻印で強化しても、武器そのものがこの有様では戦いにならない。
「防具もない。農具を改造した盾じゃ、剣を防げるかどうか……」
エドが項垂れる。
俺は、考えた。
良質な金属。それがあれば――
「廃坑に行こう」
俺の言葉に、集会所が静まり返った。
「廃坑……だと?」
ダンが眉をひそめる。
「あそこは十年前の落盤事故以来、使用禁止になってる。もう一度崩れるかもしれないし……」
「危険すぎる」
エドが首を振った。
「あの事故で、何人死んだと思ってる。ガラムさんの息子さんも――」
「分かってる」
俺は拳を握りしめた。
「でも、他に選択肢がない。村にある金属じゃ、まともな武器は作れない。廃坑なら、良質な鉱石が残ってるはずだ」
「崩れたらどうする」
「俺の【解析】なら、危険な場所が分かる」
俺は全員を見渡した。
「天井の亀裂、支柱の強度、地盤の安定性――全部、見える。安全なルートを選んで進めば、大丈夫だ」
「……本当か?」
「保証はできない。でも、やるしかないだろ」
沈黙。
やがて、ダンが立ち上がった。
「……分かった。俺も行く」
「俺も」
レオも続いた。
「村のためだ。リスクは承知の上だ」
最終的に、俺を含めて五人が廃坑に向かうことになった。
翌朝。
村の北にそびえる岩山の麓に、廃坑の入り口があった。
木材で封鎖された坑道。
「立入禁止」の札が、風に揺れている。
「……十年ぶりだな」
ダンが呟いた。
「昔は、ここで鉄を掘ってたんだ。村の生命線だった」
「事故が起きるまでは、な」
レオが松明に火を灯す。
俺たちは封鎖を解き、坑道へと足を踏み入れた。
暗い。
松明の光だけが、頼りだ。
坑道は思ったより広く、大人が二人並んで歩ける幅がある。
俺は【解析】を発動させた。
〈天井:木材補強――腐食進行中〉
〈支柱:強度60%――要注意〉
〈地盤:安定――進行可能〉
「この先は大丈夫。でも支柱に触れないように」
俺の指示に従い、一行は慎重に進む。
足音だけが、坑道に響く。
――パキッ。
「!」
全員が足を止めた。
「今の……」
「天井か?」
松明を掲げ、上を見る。
何もない。
ただ、不気味な静けさだけがあった。
「……気のせいか」
「いや、何かいる」
俺は【解析】で周囲を探った。
空気の流れ、音の反響、微かな振動――
「奥に、何かいる」
「魔物か!?」
レオが槍を構える。
「分からない。でも、生き物だ」
俺たちは警戒しながら、さらに奥へと進んだ。
坑道が開けた場所に出た。
かつての採掘場だろうか。広い空間に、古い道具が散乱している。
そして――
「……誰だ」
暗闇の中から、低い声。
松明の光が照らしたのは、三人の小柄な人影だった。
背丈は俺たちの肩ほど。がっしりとした体格に、豊かな髭。
手には、見事な作りの斧とハンマー。
「ドワーフ……!?」
レオが驚きの声を上げる。
ドワーフたちは警戒した目で、俺たちを睨んでいた。
「人間か。ここで何をしている」
「こっちの台詞だ!」
ダンが前に出る。
「お前たちこそ、なぜ廃坑に!」
「答える義理はない」
ドワーフの一人――白髭の老人が、斧を構えた。
「立ち去れ。さもなくば――」
「待ってください!」
俺は両手を上げた。
「俺たちは、敵じゃない」
「ならば何だ」
「……助けを、求めてる」
俺は正直に話した。
村のこと。ガラムさんのこと。国の理不尽な税と、迫りくる戦いのこと。
ドワーフたちは黙って聞いていた。
「だから、ここに鉱石を探しに来た。武器を作るために」
「……フン」
白髭のドワーフが、斧を下ろした。
「国に虐げられた、か。俺たちと同じだな」
「同じ……?」
「ああ」
ドワーフは苦々しく言った。
「俺たちは元々、王都の鉱山で働いていた。だが、ある日突然追い出された。『ドワーフは危険だ』『人間の仕事を奪う』……理由なんて後付けだ」
「それで、ここに?」
「住める場所を探していたら、この廃坑に辿り着いた。人間が使わないなら、俺たちが使わせてもらう」
白髭のドワーフは、俺をじっと見た。
「お前、さっきから何をしている」
「え?」
「さっきから、周囲を"見て"いるだろう。ただ見ているんじゃない。何かを"読んで"いる」
鋭い。
「……【解析】です」
俺は正直に答えた。
「物の構造や性質が、見えるんです」
「ほう」
ドワーフの目が輝いた。
「面白い。やってみろ」
白髭のドワーフは、自分の斧を差し出した。
俺はそれを【解析】した。
〈斧:ドワーフ製――純度98%の鋼〉
〈刃:完璧な研磨――切れ味最高〉
〈柄:魔木――衝撃吸収機能〉
〈総合評価:最高級品〉
「……すごい」
俺は思わず呟いた。
「この斧、完璧です。刃の角度、重量バランス、素材の純度――全てが計算し尽くされてる」
「ほう」
白髭のドワーフが、初めて笑った。
「分かるか、小僧。この斧は俺が五十年かけて作り上げた傑作だ」
「見ただけで理解できるとは、大した目だ」
別のドワーフ――赤髭の男が興味深そうに言った。
「お前、刻印を使えるか?」
「いえ、使えません。でも、刻印の構造は理解できます」
「構造を?」
「はい。刻印の回路を最適化して、出力を上げることができます」
ドワーフたちは顔を見合わせた。
「……面白い」
白髭のドワーフが、俺に手を差し出した。
「名はバルグだ。こっちは息子のビルグと、弟子のブルグ」
「アリアです」
俺は握手を交わした。
「協力しましょう。俺たちには、あなた方の技術が必要だ」
「俺たちには、お前の"目"が必要だ」
バルグが不敵に笑った。
「国に虐げられた者同士、手を組もうじゃないか」
それから一週間。
廃坑は、武器工房へと変わった。
ドワーフたちの技術は、想像以上だった。
彼らは鉱石を見極め、精錬し、鍛え上げる。
俺は【解析】で最適な設計を提案し、オルソンが刻印を刻む。
「この角度で刃をつければ、切れ味が20%上がる」
「刻印の配置をここに変えれば、出力が安定する」
「防具の厚みは、ここだけ増やせば致命傷を防げる」
俺の提案を、ドワーフたちは瞬時に形にした。
「すげぇな、アリア」
ダンが感心したように言った。
「お前とドワーフが組めば、どんな武器でも作れるんじゃないか?」
「いや、まだまだだ」
俺は首を振った。
「もっと学ばなきゃいけない。金属の性質、熱の伝わり方、力の分散……」
「そういうのを"科学"って言うんだ」
バルグが横から口を挟んだ。
「科学?」
「ああ。ドワーフの間で伝わる、古い知識だ。世界の理を解き明かし、それを使いこなす術」
バルグは俺の肩を叩いた。
「お前の【解析】は、科学の入り口だ。もっと学べ。そうすれば、世界そのものを変えられる」
科学。
その言葉が、俺の胸に響いた。
二週間後。
村人たち全員分の武器と防具が完成した。
炎の刻印が刻まれた剣、槍、斧。
熱に強い鋼で作られた鎧と盾。
「これなら……戦える」
レオが剣を握りしめた。
「ああ、戦える」
ダンも頷いた。
俺は完成した装備を【解析】しながら、思った。
ガラムさん。
俺は、強くなりました。
あなたの仇を取るために。
この村を守るために。
そして――この世界を、変えるために。
国の兵士が来るまで、あと一週間。
戦いの、準備は整った。
夜明けと共に、村人たちは配置についた。
川を挟んだ村の入口。
木製の橋が、静かに水面を映している。
その下、川底には無数の壺が沈んでいた。
「……本当にこれで大丈夫なのか?」
ダンが不安そうに呟く。
「大丈夫です」
俺は【解析】で橋を見つめた。
〈橋:木材――支持力限界200kg〉
〈支えの紐:炎の刻印設置済み――発火まで3秒〉
〈川底:壺148個配置――足止め効果あり〉
「橋の強度、紐の位置、壺の配置――全て計算済みです」
「信じるぜ、アリア」
ダンが剣を握りしめた。
隣では、レオが弓を構えている。
「俺たち遠距離兵は、川を渡ってくる奴らを狙う」
「ああ。俺たち近距離兵は、上陸してきた奴らを叩く」
エドも盾を構えた。
「みんな、配置についてるか?」
俺は全員を確認した。
近距離兵が川岸に陣形を組み、遠距離兵がその後方に控えている。
準備は、整った。




