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欠けている足と解き明かす力

王都ヒスレイン。

いろんな種族が行き交う大都市で、表向きはきらびやかだ。だが裏側は、弱者には容赦がない世界だった。七歳を過ぎれば立派な労働力。働けなきゃ、ただの"邪魔者"だ。

僕――アリアは、生まれつき左足がなかった。

それでも母さんは、どんなときでも僕を抱きしめてくれた。働いて、世話をして、また働いて。それをずっと続けてくれていた。

でも、積りに積もった無理が祟ったんだろう。

母さんはある日突然倒れ、そのまま帰ってこなかった。


残された僕を拾ったのは、近所のホームレスだった。

助けてくれたわけじゃない、ただ単に「働かせれば得だろう」と考えただけ。

「左足がなくても雑用くらいできるだろ」

そんな期待に応えられるはずもない。

僕は思うように動けず、何度怒鳴られ、殴られたか分からない。食事だってまともに与えてもらえなかった。

「チッ使えねぇな。……もういい、せめてはした金くらいにはなるだろ」

そうして僕は縄をかけられ、奴隷商に引き渡された。

だけど当然ながら、左足を欠損している奴隷なんて誰も欲しがらない。値段を下げ続けても、誰一人として手を伸ばそうとはしなかった。


行き場を失った僕を拾ったのは、辺境で暮らす老人だった。

名前はガラム。

かつて廃坑で起きた大規模な落盤事故で息子を失った彼は、奴隷市場の片隅でうずくまる僕の姿に亡き息子の面影を重ねたのかもしれない。

「……坊主、来るか?」

差し出された大きな手。

僕は――怖かった。また裏切られるんじゃないかって。

でも、その手の温かさだけは嘘じゃないと、なぜか分かった。

ガラムさんに手を引かれ、王都の外門を出たときの空気を、今でもよく覚えている。

重かった。王都にいた間にまとわりついていた何かが、ようやく少しだけ剥がれ落ちたような感覚だった。


道中、ガラムさんは多くを語らなかった。だが行動の一つひとつがやたらと優しかった。

理由を聞いたことはない。けれど、彼が僕に亡くなった息子さんの影を見ていたのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


辺境の村での暮らしは、王都とは比べものにならないほど穏やかだ。

村の人たちは足の悪い僕に無理な仕事を押し付けることもなく、ガラムさんも「できる範囲でいい」と笑ってくれた。

ここでなら、思うように生きていけるかもしれない。

そう思えるようになったのは、村に来て二年が経った頃だった。

そんな生活が続くと思っていた。

十二歳のあの春の日までは。


あの春の日の空は、やけに静かだった。

風は止み、鳥の声も聞こえない。

辺境の村にしては不自然なほど、世界が息を潜めていた。

「……嫌な感じだな」

俺がそう呟いた直後だった。

遠くで、獣が吠えた。いや、違う。あれは悲鳴だ。

次の瞬間――

――ドンッ。

地面の底から、巨大な(つち)で殴られたような衝撃。

世界が上下を失った。

「なっ――!?」

立っていられない。

大地が波打ち、家々が悲鳴を上げる。

木材が軋み、石が砕け、村全体が揺さぶられた。

地震だ。

俺は反射的に、ガラムさんの家の中で身を低くした。

だが、辺境の古い家屋は、この揺れに耐えられるような造りじゃない。

――ミシリ。

天井から、不穏な音がした。

「っ、まずい……!」

次の瞬間。

轟音と共に、タンスが倒れてきた。

避けきれなかった。

視界が暗転し、重い衝撃が胸と腹を押し潰す。

肺から空気が一気に吐き出され、声も出ない。

「――――っ」

息ができない。

肋骨が悲鳴を上げ、内臓が圧迫される感覚。

視界の端が白く滲み、音が遠ざかっていく。

(……あ、これ)

(死ぬな)

不思議と、恐怖はなかった。

母を失い、売られ、拾われて生きてきた十二年。

「まあ、こんなものか」と、どこか他人事のように思った。


そのときだった。

世界の音が、消えた。

いや、違う。音があるのに"聞こえない"。

揺れも、痛みさえも、まるで遠い場所のことのようだ。

暗闇の中、俺は宙に浮いているような感覚に包まれる。

『――哀れなる子よ』

男とも女ともつかない、けれど確かな威厳を持った声。

目の前に、淡い光が滲む。

『肉体は欠け、社会に見捨てられ、それでも生き抜いた』

光の中に、輪郭だけの存在が浮かび上がる。

それが"神"だと、なぜか直感で分かった。

『知を求める意志を持つ者に、我は問いを与える』

「……問い?」

声を出したつもりだったが、音にはならない。

『汝は、世界をどう見る?』

次の瞬間――

視界が変わった。

タンス、床、土壁、空気。

それらが"言葉"と"意味"を伴って、頭に流れ込んでくる。

〈木材:繊維が縦に流れている――この方向なら割れやすい〉

〈鉄釘:柔らかい――叩けば曲がる〉

〈土壁:水を含んでいる――崩れやすい〉

情報が、洪水のように押し寄せる。

「……っ、なに、これ……!」

理解できる。

知らないはずなのに、分かる。

触れずとも、見ただけで、その物が"何でできていて""どう動くか""どう壊れるか"が、直感として分かる。

『汝に与えるは――【解析】』

『あらゆる物質の名と特性を識別する理』

『ただし、知識は与えぬ』

『理解する力のみを授ける』

――その言葉が、妙に引っかかった。

(知識は……ない?)

『世界を変えたければ、自ら学べ』

『これは力ではなく、可能性だ』

光が遠ざかる。

『世界を学べ、少年』

『汝が見る世界が、やがてこの理を揺るがすだろう』


次の瞬間。

――ガァンッ!!

激しい痛みが戻り、肺に空気が流れ込んだ。

俺は咳き込み、呻きながら瓦礫の中で目を覚ます。

「げほっ……はっ……!」

不思議なことに、瓦礫は俺の体が"致命的に怪我を負わない位置"で止まっていた。

いや、違う。

これは――俺が"見えて"いたんだ。

倒れてくるタンスの重心、崩れる壁の角度、床が支えられる限界点。

それらが全て、一瞬で理解できていた。

だから、この位置で止まることが"分かっていた"。

外では、村人たちの叫び声。

壊れた家、立ち上る土煙。

俺は、生きていた。

そして、世界はもう、以前と同じには見えなかった。

(……なるほど)

(世界ってのは、こんな風に出来てるのか)

瓦礫の隙間から見える木材と石を、俺は無意識に"読んでいた"。

どこを支えれば崩れないか、どこを壊せば抜け出せるか。

この日を境に。

俺の人生は、「耐えるだけのもの」から――

「作り、変えるもの」へと変わった。

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