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次元世界〜三次元を超える権能〜  作者: Blanc Noir


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第八話 リュミエールの信じる道

 二人で歩き始め、神社の前まで来て周りに人影がなくなると、リュミエールが静かに口を開いた。


「ブラン……あなたには、まだ話さなければならないことがあります」


 思わず足を止めた。リュミエールの顔を見つめる。


 彼女の表情は硬く、銀色の瞳には深い憂いが宿っていた。


「あなたの両親の事故、……あの事故は……偶然ではありませんでした」


「え……?」


「ザフィールが……アルバンの研究を独占しようと企み、強引に渡すよう迫ったのです。交渉が決裂した結果、……彼らはあなたの家族が乗っていた自動車を……爆破しました」


「そんな……!」


 衝撃で言葉を失う。やはり研究は奪われて……父さんが……殺された?  母さんが……巻き込まれた?


「そして……その爆破の際、エレナ様は……あなたを救うために……」


 リュミエールの声が震えて、辛そうな表情を浮かべる。


「エレナ様は、四次元粒子操作『モーメント』の力で……周囲の時間を遅らせ、あなたを車外へ放り出したのです」


「時間を……遅らせた?」


 地面を転がりながら、スローモーションのように、燃える車を見ていた記憶がまた蘇る。


「はい。モーメントは時空間の粒子を制御して、相対的に時間の流れる速さを操作する能力です。……彼女は最後の力で……あなたを救ったのです」


「……そして……ブラン、あなたは奇跡的に無事でした。エレナ様が命を懸けて……あなたを守り抜いたのです」


「……母さんが……」


 涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。母さんが僕を守ってくれた……その事実が胸に刺さる。


「そして……アッシュの父親の件も。……彼もアルバンの研究仲間でした。ザフィールが関与していた可能性は高いと考えられます」


 瞳に涙をためたまま、彼女が続けた言葉に、今度は驚きの声をだした。


「アッシュの父さんも……!」


 やっぱり両親の死の真相は事故ではなかった……。それどころか、アッシュの父親も事故ではなかった……。



「……ブラン」


 リュミエールの声が再び厳しくなる。


「次元統制院は、ザフィールを粛清しただけで、終わりにしないかもしれません。更なる干渉……『審判』……を」


「……審判?……」


「はい。九次元粒子操作を司る、スローンの称号を持つ者の『デストラクション』での大規模粒子爆発による、審判を実行する可能性が高いのです」


「デストラクション……?」


「物質破壊の極致です。……全てが終わります」


「全てが……終わる……?」


 リュミエールはうなずいた。


「次元粒子技術に関係がある全ての場所に、最大威力かつ、七次元粒子操作による強化も施して行使されれば、次元粒子技術は完全に失われることでしょう。改めて研究するのが不可能なほどに」


「……そしてそれは、この星は壊滅状態となり、文明そのものを維持することが、困難になってしまうことを意味します」


 その言葉に呆然と立ち尽くした。


 両親の死の真相だけで、十分に頭がいっぱいなところに、迫り来る破滅……? 思考が追いついていかない。


「ブラン……」


 リュミエールが僕の肩にそっと手を置いた。


「……私と共にエターナルへ行きませんか?  あなたを危険から守りたいのです」


 その言葉に戸惑った。とても頭の中を整理することはできなかった……。



「なぜ……そんなことが……?」


 地球が壊滅状態に……? そんな事態を簡単に認められるはずがない。


「それは……なぜ、この星に審判が下されなければならないのか、……ということですか?」


 リュミエールの声は静かだが、その響きには、確固たる意志が込められていた。


「はい……なぜ、次元統制院はそこまでのことを……?」


 僕の問いに、リュミエールはゆっくりとうなずいた。


「次元統制院が、審判を下す基準はただ一つ。他の星へ争いを広げる可能性が生じた時です」


「他の星へ……?」


「はい。具体的には二つの要件があります」


 リュミエールは指を二本立てた。


「第一に、その星が他の星まで争いを広げられる軍事技術力、すなわち、次元粒子技術を兵器として活用していること」


「第二に、その星が他の星に危害を加える意思決定を行う、その可能性がありうること」


「そんな……! 技術があっても、危害を加えるとは限らない。人はそんなに簡単に暴力を選ぶわけじゃない」


 咄嗟に反論した。しかし、リュミエールは静かに首を横に振った。


「残念ながら……この星の人々は、個体差が非常に大きい。……争いなど思いもしない人もいれば、平気で奪い危害を加える人もいます」


 危惧するのが一部の人だけだとしても、一度でも起こってしまう可能性があれば認められないと、彼女の瞳が訴えている。


「……そして国々は、いつまでたっても、一つにまとまることができない。それどころか、争いを起こす歴史を、何度も繰り返してきました」


 その言葉に、返す言葉が見つからなかった。人類の歴史は紛れもなく戦争の歴史だ。そして、僕自身の両親も巻き込まれて……。


「では……」


 震える声で、湧いてきた疑問が口に出た。


「なぜ……リュミさんは僕を助けてくれたり、今回は逃がそうとするのですか? 同じ次元統制院のドミニオンは、明らかに僕を敵視していたのに……」


 リュミエールはしばらく黙っていた。そして静かに口を開いた。


「……私はエレナ様を尊敬し、慕っていました。……強く優しい心を持った方でした。……エレナ様は次元統制院へ報告のため、定期的にエターナルへ戻ってきていました。その度に粒子操作を教えてくれました」


 リュミエールの声が一瞬止まり、わずかに震えた。


「彼女は私の師であり……そして……生まれて初めて、恋心を抱いた憧れの存在……とても大切な方だったのです」


 その告白に僕は息を呑んだ。リュミエールの声は優しく、そして切ない響きを帯びていた。


「だから、エレナ様の子である……ブラン……あなたを守りたいと……心からそう思っています」


 リュミエールは、僕の手をそっと握った。その手は冷たかったが、確かな温もりの感情が伝わってきた。


 助けてくれる理由を知り、言葉を失った。……しかし。


「……でも……逃げるわけにはいかない」


 そう答える僕に、リュミエールは静かにうなずいた。


「簡単に決められることでないのは、わかっています。もう少し考えてみてください。……ブラン、あなたの力になりたい。これが私の気持ちです」


 僕たちは再び歩き始めた。神社の鳥居の前を抜け、大通りへと向かった。





 ** リュミエール サイド **





 ブランと別れて家に帰るとると、ベッドに置いてあるクマのぬいぐるみを抱きしめ寝転がった。


 私の言葉をブランに信じてもらうためには、エレナ様への思いを彼へ伝えるしかないと思っていた。


 そして、実際に口にしたことへの恥ずかしさと共に、懐かしい気持ちを思い出していた。





(……もうそろそろ、ここへお戻りになる予定のはず……)


 次元統制院の中庭で、粒子噴水を見ながら待ち焦がれていた。


「リュミ、ただいま。戻りましたよ」


 待ちわびた声が聞こえて振り返る。


「おかえりなさいませ。エレナ様!」


 思わず駆け寄り、抱きついてしまう。


「あらあら。あなたは大人になっても、相変わらずね」


 いつもの私は、こんなキャラじゃない。自分らしくないのはわかっている。


 ……でも……エレナ様に会うと抑えられなかった。


「だって、ずっと地球にいらっしゃるんですから。もっと帰ってきてください……」


 十四歳年上の彼女は、アークエンジェルとしての任務に就いており、定期報告に訪れるのをいつも待ちわびていた。


「じゃ、報告に行ってくるから、終わったら訓練でいいかしら?」


「はい! お待ちしています」




 ……私がエレナ様に、初めて会ったのは十五歳の時……。


 当時、最年少で次元統制院入りした私は、周りの目が気になり、目立たないようにしていた。


 ……そんな私を、エレナ様が見かねて、声をかけてくださった。


 それ以来、彼女から、次元粒子操作の師事を受けるようになった。


 私は、強くて優しい師匠エレナ様を尊敬し、慕うようになっていった。


 ……そして、彼女はただ訓練するだけでなく、教え導いてくださった。


 ――リュミ、粒子操作能力を高めるだけではだめよ。周りがそう求めるからではなく、あなたが、その力で、何をしたいのか考えなさい。自分の心に正直に生きれば、あなたはきっと、今抱えている苦しみから、自由になれるわ――。


 その言葉はまさに、私にとって「啓示」だった。


 それ以来、思っていることをエレナ様に話し、相談し、考えた。すると、周りの目は気にならなくなっていった。


(……私の信じる道を進む……)


 そんな風に、考えられるほどに。


 そんなエレナ様に、私は憧れ続けていた。


 そして、最近のこの焦がれるような感情は、きっと……恋……そう感じていた。


 月に二度、定期報告でエレナ様に会える、話せる、このために毎日を頑張って生きていた。




 密やかな感情を意識するようになって、しばらく経ったある日、……予定の日時になっても、エレナ様がエターナルへ戻って来なかった。……そのまま連絡は取れず……消息不明……。


 エレナ様の行方不明は、私の心に深く大きな穴をあけ、感情を押し殺す日々が続いた。特に愛情という感情を。


 その喪失感の反動から、私はひたすら次元統制院の任務をこなし続けた。


 そして、エレナ様から師事を受けた三次元粒子操作を極めることで、ついに、エンジェルの称号を受け取ったのだった。


 ……それは、エレナ様が推定死亡とみなされてから、二年後のことだった。




「……本日最後の議題は原案通り、地球の観測任務をエンジェルに任せることとします」


 議長の声が静かに響いた。


「地球の『観測者』となる旨、承知いたしました」


 私は受諾の意を表して一礼した。


 地球の観測者となることを志願して承認された。この志願には、ある思いを胸に秘めていた。


 私の心には、常にエレナ様への思いがあった。


 彼女がなぜ消息を絶ってしまったのか、どのようにして地球に関わっていたのか、……そして、もしかしたら……生きているかもしれないと。


 その真相を知るために、地球へ行きたかったのだ。




 地球を訪れた私は、次元粒子技術の動向を調べ見守っていた。


 一方で、三年前にエレナ様からの連絡が途絶えるまでの経緯を調べていた。


 そして、調査を進めるうちに、驚愕の事実が明らかになった。


 エレナ様は、啓示を与える対象人物であった「アルバン・ノワール」と結婚していた。


 そして二人の間に子供もいた。


 それは、私にとって大きな衝撃だった。


 アークエンジェルとして任務を遂行しながら、私に師事してくれていたエレナ様。


 ……その彼女が、地球の男性と愛し合い、子供が生まれ、家庭を築いていた。


 ……次元統制院には、一切報告されることなく。


 彼女の真意がわからず、混乱する一方で、胸が締めつけられるような感覚があった。


 そして……もう一つの事実も明らかになる。


 エレナ様は、アルバン・ノワールと共に、事故で亡くなっていた。


 ――生きていてほしい――。


 その私の願いは、絶たれてしまった……。


 そして、その死の真相が、ザフィールの動向調査をしている時に発覚した。エレナ様の死は、ザフィールによる謀略であった。


 その事実を知った時、私の中で何かが壊れる音がした。


 次元統制院の観測者として、感情を排除し、客観的に事実を見据えるべき立場だと、理解していても抑えきれなかった。


 ――彼に会わなければ――。


 エレナ様はモーメントで、自分が助かることもできたはずなのに、彼を助けることを選んだ。


 ……それがわかった時、彼女が愛し、命に代えて守った、彼女の子「ブラン」に会いたいと思った。


 私は、自分の心に正直に行動することを決めた。




 早速、ブランとの接触方法を探し始めた。


 しかしそれは、あっけないほど早く簡単に見つかった。


「研究室選抜メンバー、……ブラン・ノワール、……アッシュ・グレイ、……ソフィア・リーベル」


 手にした名簿を見て驚いた。


 私が観測拠点としていた次元科学大学にブランが入学してきたのだ。


「……こんな偶然が……」


 まるで……エレナ様が導いている……そんな気がした。


 入学式の日、ブランを見つけた。


 彼は黒髪に黒色の瞳を持ち、穏やかな表情を浮かべていた。細身で背はやや高めだろうか、その瞳には深い知性と優しさが宿っていた。


 彼の姿は間違いなく、エレナ様の面影を宿していた。


「エレナ様……」


 私は無意識につぶやいた。思わず涙がこぼれそうになった。


 エレナ様を思い出すと心が震える。その優しさ、その温もり……もう一度彼女に会いたい、そう思ってしまう。


 大学では助手という立場に努めていたが、気がつくと講義を受けるブランの後ろ姿を見つめている。ブランの姿を見かけると、ついつい後をつけてしまう。


 彼の日常を観察し続けた。私は次第に彼の行動パターンを把握するようになった。


(……これでは……まるで、ストーカーだわ……)


 思わず、苦笑いしている自分がいた。そして、私は気づいてしまった。


 ブランの存在が、……私の心に、押し殺してきた感情を、呼び起こしていることに。


 それは、エレナ様に対する思いとは異なる。でも、温かく、そして強い感情だった。



 そんな日々が続いていたある日、研究室の片隅でブランが、デバイスで粒子操作の練習している姿を遠目に見守っていた。


 彼のデバイスから放たれる粒子は、デバイスなしでは次元粒子認識できない地球の人々では考えられないほど、複雑かつ緻密なパターンを描いていた。


 私の胸が高鳴った。エレナ様の粒子操作は、独特で美しいパターンだった。……彼もまた、そのパターンによく似ていたのだ。


(……彼はエレナ様の因子を受け継いでいる……)


 その事実に確信を持った瞬間、私の心に芽生えていた温かい感情が広がっていった。


 エレナ様が守ったブランが無事に成長している……。そして、エレナ様の才能を受け継いでいる……。


 心が満たされる思いだった。


 ……彼の力になりたい……そんな思いが溢れてきた。


「……守る……」


 私は静かにそう誓った。


 この温かい感情が再び芽生えた今、今度はもう感情を押し殺すことはしない、そう心に決めた。


 エレナ様が守った彼女の子ブランを……今度は私が守る……それは、私だけの新たな使命となった。


 ブランの粒子操作が、さらに進化していく姿を見守りながら、私は彼が直面するであろう困難と向き合う準備を始めた。


 これから先、何が待ち受けていようとも、ブランを守り抜くために全力を尽くす。


 それが私の……エレナ様への思いの証になるはずだから。





 **  **





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