第七話 司る者の力
神社に着くと、アッシュとソフィアが、物陰に隠れるようにして待っていた。
二人とも無事だ! 僕は胸を撫で下ろす。
「こっちだ!」
アッシュが手招きする。
僕らは境内の奥にある古い社の裏手へ移動した。ここなら多少派手に動いても目立たないだろう。
「状況は?」
小声で尋ねると、ソフィアが緊張した面持ちで答えた。
「一人がソフィたちの後をずっとつけていました。でも神社の近くまで来た後、動かないと思っていたら、ちょうど仲間が三人合流したところです」
「刺客が四人……」
僕は対応をイメージする。
「銃を持ってるかもしれないね……油断できないよね」
ステラが振り向く。ポニーテールが微かに揺れた。
アッシュが鋭い目つきで、境内の入り口を見据えた。
「ここで迎え撃つか?」
彼の肩がわずかに緊張しているのがわかる。
僕はデバイスを握りしめた。冷たい金属の感触が、思考をクリアにする。
みんなの視線が僕に集まる。期待と不安が入り混じった眼差し。
「そうだね。……このまま逃げ続けるわけにもいかない」
覚悟を決めた僕の言葉に、みんながうなずいた。
アッシュが一歩前に出る。彼の背中がいつもより大きく見える。
「よし。連携は事前に確認した通りだ。ソフィは後方から援護を。ステラは回避の支援を頼む」
僕は声を掛ける。それぞれの位置についた。
アッシュは少し前へ。僕がそのすぐ後ろ。ソフィアとステラは僕たちから数メートル離れた場所に陣取った。
ソフィアの指がデバイスの表面を滑る。
ステラのポニーテールがもう一度大きく揺れた。
日の暮れた神社は静まり返っている。風が木々を揺らす音だけが微かに聞こえる。肌にあたる風が冷たく感じる。
「来るぞ!」
アッシュの鋭い声が響いた。
社の影からザフィールの刺客たちが姿を現した。
全員がサイレンサー付きの銃を持っている。
前回の失敗から学んだのだろう、四人全員が銃を持ち、最初から抜いている。金属の冷たい光が薄明かりに鈍く反射する。
「……アッシュ」
「ああ、わかってる」
確認し合うと、僕はソフィアとステラにアイコンタクトを送った。
二人も小さくうなずく。ステラの瞳に決意の色が宿る。ソフィアの唇が微かに震えているのが見えた。
「プロテクトウォール!」
アッシュが叫ぶと同時に、六次元粒子だけが、どんどん結合していく。
僕たちの前に半透明の橙色の粒子の壁が出現した。
それは、アッシュの声に呼応するように、足元から立ち昇るように形作られた。
まるで、薄橙色の炎が燃え上がって壁になったかのようだ。
次の瞬間、刺客たちが一斉に引き金を引いた。
――パシュ――パシュ――パシュ――パシュ――。
銃声は低く鈍い空気音しか聞こえない。
しかし銃弾は粒子の壁に当たり地面に落ちる。
カコン、カコン、とプロテクトウォールが銃弾をはじく乾いた音が境内に響く。
よく見ると、粒子の揺らぎ越しに感知した銃弾の軌跡がわかる。粒子の乱れた糸のような跡は足めがけて伸びていた。
……足を狙ってきてる。やはり、僕たちを拉致するつもりだ。
「ソフィ!」
「はい!」
僕の声に応え、ソフィアが動いた。彼女の白い指がデバイスに触れる。
「コンデンスフレア!」
彼女の手から、九次元粒子が放たれ、前方の空間で収束し始める。
そして一瞬の閃光と共に、四人の中央前方で爆発した。
――ボンッ――。
爆風が真ん中の二人の刺客を吹き飛ばす。
熱風が僕たちの頬にも触れる。
「死ななきゃいいんだ。遠慮せず当てろ!」
苦悶の声を上げる二人の横で、別の刺客が叫ぶ。
「ステラ!」
僕は声を出した刺客に視線を向けて、行き先を合図する。
「了解だよ! アクセラレーション!」
ステラの声が響く。
すると、三次元粒子が体を包んだかと思うと、ふわりと浮かび上がる感覚。
次の瞬間、僕は視線を向けた刺客の目の前に瞬間移動していた。
「エレメンタルソード!」
右手を握った先に八次元粒子を集め、白く輝く光剣を形成する。
躊躇なく振るうと、粒子刃は刺客の腕を切りつけた。
銃が地面に落ちる。
「ぐあっ!」
一人が腕を抑えながら痛みに呻く。
だがその隙に、残った一人が僕に向かって銃を向けた。銃口がこちらを捉える。
「ブラン!」
アッシュの合図と同時に、僕の前に半透明の橙色の壁が出現した。
プロテクトウォールが銃弾を防ぐ。壁に銃弾が当たる鈍い音がする。
「アクセラレーション!」
ステラの声が再び響く。僕の体が宙を舞い、今度は最後の刺客の前に移動した。
目の前に刺客の驚愕した顔が見える。
「はぁっ!」
エレメンタルソードを横薙ぎに振るう。
剣先が刺客の銃口をかすめると、銃を切り裂き弾き飛ばした。金属が地面に落ちる音が響く。
「よし!」
僕とアッシュが同時に叫ぶ。
四人の刺客は、地面にうずくまり込んでいた。
「ダメだ……こんなやつらを拉致するなんて、無理だ!」
一人が叫ぶと逃げ始めた。彼らの足音が遠ざかっていく。
「やったね!」
ステラが嬉しそうに飛び跳ねる。彼女のポニーテールが元気に揺れる。
「ああ。みんなの連携のおかげだ」
アッシュがうなずく。彼の表情には安堵の色が浮かんでいる。
「無事でよかったですわ……」
ソフィアもほっとした表情で胸を撫で下ろした。
――圧勝だった――。
「これであいつらも、諦めるかもしれないな……」
僕はそう言いながら、アッシュとグータッチしていた。拳と拳が触れ合う感触が心地よかった。
みんながひと安心して、落ち着きを取り戻した時だった。
青白い長髪を後ろで束ねた、二十歳代後半くらいの男性が、一人でこちらへ向かって歩いてくる。
声がかけられるくらいの距離に近づいた時、男の青白い瞳がこちらを見据えて口を開いた。
「我が名はドミニオン。……貴様らは危険だ。排除させてもらう」
低く、そして、どこまでも澄んだ声だった。
突然現れた男……ドミニオンと名乗ったその人物は、異様な存在感を放っていた。
彼の周囲には圧倒的な粒子の流れが渦巻き、まるで空気そのものが震えているようだった。
アッシュが無言で一歩前に出た。彼のダークグレーの瞳が鋭くドミニオンを射貫いている。
「僕たちが何をしたって言うんだ?」
僕は一方的な通告に異を唱えた。
「次元粒子を認識し、操作して、……そして力として行使する。それは潜在的な脅威だ。特に……」
ドミニオンの青白い瞳が僕を捉えた。
「ブラン・ノワール、汝の力はこの星にあるべきものではない。放置できぬ」
名前を呼ばれ、背筋に冷たいものが走る。なぜ僕の名前を知っている?
「ブラン……この人……やばいよ……」
ステラが僕の腕を掴んだ。その手は震えている。
ソフィアも怯えた表情で、僕とアッシュの背中に隠れたまま、金縛りのように動けなくなっている。
「くっ……プロテクトウォール」
アッシュが反射的に粒子操作を行った。
彼のプロテクトウォールは即座に形成され、僕たちを守るように、六次元粒子の壁が立ち上がった。
それを見たドミニオンが手をかざす。
八次元粒子が星の煌めきのごとく、手のひらに集まり始め、青白い輝きを増しながら収束していく。
「ジャッジメント」
そう言って、ドミニオンが手を振り下ろすと、収束した粒子が青白い稲妻のように光り走ってくる。
――パリン!――。
稲妻が衝突すると、橙の半透明の壁が砕け散った。
プロテクトウォールが維持できないほどの威力だった。
「マジかよ……」
アッシュが顔を歪める。
だが、ドミニオンはそれを見てわずかにうなずいた。
「なるほど……やはり脅威だ」
再び、ドミニオンが手をかざす。
今度は先ほどよりも、もっと大きく、空間が歪むほどの粒子エネルギーが収束していく。
もう、彼の手から解き放たれる寸前だった。
「くそっ……」
アッシュが再びプロテクトウォールを張るが、これを防ぎきれるとは思えなかった。
絶望的な状況だと悟った。
「ステラ! 飛べ! 逃げるんだ!」
僕は叫んだ。ステラはアクセラレーションで、逃げられるかもしれない。
しかし……彼女は一人だけ飛ぶことを躊躇した。泣きそうな顔で僕を見ている。
「ジャッジメント」
ドミニオンの声が冷たく響く。
次に彼が放ったのは、更に強く光る青白い粒子の雷撃だった。光が迫ってくる!
その時だった。突然、視界が揺らいだ…………。
「え……?」
次の瞬間、僕たちは家の前に立っていた。
ステラのアクセラレーションではない。彼女は驚いた顔で僕を見ている。
そもそもアクセラレーションで、四人全員が、こんな数十メートルも離れた場所まで、瞬間移動することはできないはずだ。
僕も混乱していた。どうしてこんなに離れた場所に? しかも一瞬で?
しかし、その答えはすぐわかった。……隣にリュミエールが立っていたのだ。
「リュミさん……」
彼女は無言でうなずくと、すぐに姿を消した。……まるで幻のように消え去ったのだ。
(これが、三次元粒子操作を司る称号を持つ者の能力なのか。……同じ三次元粒子操作でも、アクセラレーションとはレベルが違う……)
「いったい何が……?」
みんな混乱している。
「みんなに伝えなければならない……大事な話がある」
僕はそう言って、みんなを連れて家に入り、リビングに集めた。
そして、黙って僕の言葉を待っているみんなへ、今日リュミエールから聞いた話を伝えた……。
リュミエールが、エターナルという星から来たこと。次元統制院という組織に所属し、エンジェルの称号を持っていること。次元粒子技術の動向を観測する使命について……。
……そして、僕の母さんも次元統制院に所属していて、アークエンジェルの称号を持っていたことも伝えた。
アッシュは母さんのことに、口を開けたまま驚いていた。
みんなは唖然として聞いていた……。
それからというもの、連日、僕たちはリビングに集まり、色々な疑問を相談していた。
「あたし、ドミニオンって人から、同じような不思議な感じがした……」
「ドミニオンって奴も次元統制院で間違いないぜ」
「でも、リュミさんは、ソフィたちを助けてくれました!」
そして、次元統制院は敵なのか味方なのか、という議論になっていた。
……その時。テレビから、ザフィールで突如発生した、謎の大落雷のニュースが流れ、全員が凍りついた。
「凄い被害だ。この落雷……尋常じゃない……」
僕は眉をひそめる。
「もしかして……開発しようとした……次元粒子兵器の暴走でしょうか?」
ソフィアが不安げにつぶやく。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、リュミエールが立っていた。
「……皆さんに、お伝えしなければならないことがあります」
リュミエールは真剣な面持ちで部屋に入ってきた。
そして、みんなを見回した後、ニュースを超える衝撃の言葉を口にした。
「ザフィールは、一線を越えてしまいました。……次元粒子兵器技術の軍事利用が決定的になったため、次元統制院は介入を決定し『粛清』が行われました……」
彼女の言葉に一同が息を呑む。
「粛清……?」
ステラが震える声で問う。
「はい。ザフィールの次元粒子研究施設と、関連する軍事施設を消滅させました」
リュミエールは淡々と答える。その表情には一切の感情が読み取れない。
「そんな……まさか……あの落雷は……あの規模は……」
ソフィアが驚きの声を上げる。
「あの国は、我々が想定していた以上の速度で、次元粒子兵器の開発を進めていました。試作兵器を完成させてしまったのです……」
リュミエールが静かに答える。
「この粛清は、ドミニオンとエクスシアが執行しました」
「ドミニオン……エクスシア……」
ドミニオンの名にアッシュが反応してつぶやく。
「彼らは、次元統制院で私と同じように、八次元と六次元の次元粒子操作を司る称号を持つ者たちです」
リュミエールはホログラム映像端末を取り出す。
「皆さん、デバイスはつけていますね。……これがザフィールで起きた真相です」
映し出された映像は、なんと次元粒子を認識して見ることができた。
「ドミニオンの八次元粒子操作『ジャッジメント』によって、研究施設を消滅させました」
リュミエールは映像に合わせて状況を説明する。
「……すると隣の別施設から、試作の次元粒子兵器による攻撃が、彼らに向けられました。しかし、エクスシアの六次元粒子操作『ガーディアン』により防ぎました。そして最後に、ドミニオンが再び、ジャッジメントを放ち、試作兵器も施設ごと消滅させました」
淡々と発せられたその言葉に、部屋の空気に凍りつくような緊張感が走った。
「……ジャッジメント……」
僕は思わずつぶやいた。あの時、僕たちに向かって、ドミニオンという男が放った技だ。
しかし、リュミエールが見せた映像の、ザフィールで放たれたジャッジメントは、威力が段違いのものだった。
同じ八次元粒子操作でも、僕が使うエレメンタルソードとは比較にならない。
「なんだよこれ……ガーディアン……同じ壁でも、プロテクトウォールとは規模が違い過ぎる……」
アッシュも顔を引きつらせている。
「これが……次元統制院の力……」
ソフィアが震える声で言った。
「彼らは次元統制院でも、称号を与えられている最高位の者たちです。それぞれが、司る次元の粒子操作の極致を体現しています」
リュミエールは静かに答えて一息いれた。
「……ザフィールに行ったような、実力行使での『粛清』に至ったことは、今まで例がなく、この星で初めてのことでした……」
リュミエールは残念そうに告げた。
「リュミさん。……次元統制院は……味方なのですか?……それとも敵なのですか?」
僕はみんなと議論していたことを尋ねる。
リュミエールは静かに目を閉じた後、ゆっくりと目を開いて答えた。
「次元統制院は、この次元の宇宙の調和を保つために存在します。しかし……調和を乱すものには、容赦しません」
その言葉に、重い沈黙が部屋を満たした。
沈黙は長く続いた。
すると静まった部屋に、ルナがそっと入ってた。
「大事なお話終わった?」
彼女は無邪気な表情で、こちらを見つめている。
僕たちはルナの姿を見て、少しだけ表情を緩めた。彼女の存在が、この重苦しい空気を和らげる。
「ルナ……そうだね。少し休憩にしようか」
ステラがルナの頭を撫でる。
「コーヒーでも淹れるか」
アッシュが立ち上がり台所へ向かった。
「そうですね。紅茶がいい人はいるかしら」
ソフィアも立ち上がり、その後に続く。
リュミエールは窓際に移動し、外の景色を眺めている。その横顔には何かを考え込むような影が見えた。
ルナが僕の袖を引っ張る。
「ブランお兄ちゃん……怖い顔してるよ? 大丈夫?」
その言葉にハッとして、僕は微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。ありがとう」
コーヒーの香りが部屋に広がり始めた頃、リュミエールが振り返る。
「今日はここまでにしましょう……」
そう言って彼女は玄関へ向かった。
リュミエールが外に出ようとした時、声を掛けられた。
「ブラン。大通りまで送ってもらえるかしら」
(……「ブラン」なんて呼ばれたの初めてだな……)
僕はうなずきながら、一緒に外へ出た。




