第四話 ソフィアの妄想
** ソフィア サイド **
(……ソフィの部屋の……天井?……)
目が覚めると、見慣れた自分の部屋だった。そして、目覚めるまで見ていた夢を思い返していた。
久しぶりに見る、王子様が迎えに来る夢。幼い頃に、何度も読んだ絵本の中のお姫様と王子様の物語。
華やかなドレスを着た自分が、キラキラした騎士の恰好をした王子様とダンスを踊る夢。
小さな頃は、それが本当に自分の未来だと思っていた。
「お母さま、ソフィもいつか、こんな王子様に、迎えに来ていただけるかしら?」
そんな無邪気な質問に、母は優しく微笑んでいた。
起きている時でも、可愛いドレスを見ると、お姫様になることを想像した。素敵な男の人を見ると、王子様を想像した。
よく絵本の世界を空想していた。
いつからだろうか。そんな夢を見る回数が減り、現実の科学に興味が移っていったのは。
機械を分解して中の構造を知ること、新しい部品を組み合わせて未知の装置を作り出すこと。その面白さに夢中になっているうちに、昔憧れたお姫様の夢は、遠い記憶の彼方へと霞んでいった。
お姫様や王子様を空想することがなくなって、代わりに頭の中を占めるのは、複雑な回路図や革新的な技術のことだった。
「こんな機械があったら」「あんな技術があったら」……と違う空想にふけるようになっていた。
そして昨日の出来事。
誘拐され、絶望的な状況で、意識がもうろうとする中で見たのは。
……助けに来てくれる二人の王子様の夢だった。
懐かしい感覚。
……しかし、それは、すぐに現実の記憶と重なり合った。
ブランとアッシュ。二人が必死な形相で駆けつけてくれた光景。彼らが銃を持った犯人と戦う姿。
(あれは……夢?)
目覚めたベッドの上で、ぼんやりと天井を見つめながら考えた。
助けられた時、自分は何かおかしなことを口走らなかっただろうか。……確か……二人に向かって……。
「王子様……?」
自分のつぶやきにハッとする。
まさかとは思うが、現実の彼らに、夢の中の王子様を重ねて、話しかけていたのではないだろうか。
……そうかもしれない……いや、きっと、そんな気がしてきた。……だとしたら……あまりにも恥ずかしい!
昨日、あれほど恐ろしい目にあったのに、頭の中はそれどころではなくなっていた。
誘拐されて疲れ果て、睡眠薬を飲まされたこともあり、長い間眠っていたが、もう寝てはいられなかった。昨日の自分の言動が気になって仕方がなかった。
……確認するしかない……体はまだ少しだるいが、明日は休まずに大学へ行こう。
勇気を出して確認しよう。ソフィはそう決意した。
翌日。研究室へ向かう途中で、ブランの姿を見つけた。……ソフィの足は自然と彼に向かって進んでいた。
「おはようございます。ブランさん」
「おはよう、ソフィア。……よかった。無事に回復したんだね」
「はい……」
ブランは、ソフィが元気ないように見えたのか、心配そうな顔をしている。
「あの……昨日はすみませんでした。危ない目にあわせてしまって……」
「気にしなくていいよ。こうして無事なんだから」
「ええと……その……」
ソフィはうつむき、モゴモゴと口ごもりながら、なんとか言葉を口にした。
「ソフィが気を失う前……その夢を見たんですけど……何か変なこと言ってませんでしたか? 例えば……王子様とか……」
ソフィが意を決して尋ねると、ブランは少し驚いたような顔をした後、くすりと笑った。
「ああ……ソフィアは確かに『王子様』って言ってたね。僕とアッシュを見て」
「あれって……やっぱり夢じゃなくて……ブランさんとアッシュさんですか?」
全身から火が出そうになる。やっぱりそうだった! ソフィの妄想が現実の彼らに重なっていたのだ!
「ちっ、違うんです! あれは……その……意識がもうろうとしていて……夢と現実が混同してしまって……」
「仕方ないよ。意識がほとんどない状態だったし……」
ブランはフォローしてくれている、そう聞こえた。……頭の中が真っ白になった。
「変なこと言ってすみません。……でも、でも、空想も大事なんです! デバイスの新機能とか、いつも空想から思いつくんですから!…………じゃなくて、皆さんに昨日のお礼をきちんと伝えたいので、放課後ブランさんの家に行きますね」
しどろもどろに言い訳をして、一人先に小走りで研究室へ向かい、逃げるようにその場を離れてしまった。
研究室に駆け込み席に座った。まだ顔が熱いのを感じながら、机に突っ伏してしまった。
少し遅れて、ブランが研究室にやって来るとソフィの元へやってきた。
「ソフィア。……体調は本当に大丈夫?」
ブランの優しい言葉に、胸がキュッと締め付けられる。……ああ、やっぱり彼は……。
「あの……さっきの話なんですが……変なことを言ったのは、できれば忘れていただけると……」
「大丈夫だよ。全然、気にしてないし。……小さいころ、絵本が大好きだったって言ってたよね? 次元粒子技術の話をしてる時もそうだよね。好きなことは、どんどん想像がふくらむみたいな。……ソフィアってそういうことあるよね」
「うぅ……!」
やっぱり、バレている! 完全にバレている! ソフィの恥ずかしい空想壁……いや……妄想癖が……。
……ブランは気づいてるかもと、薄々思ってた。
……でも大丈夫って、自分に言い聞かせていた。
……しかし、見事に崩れ落ちた。
「ご……ごめんなさい……」
うつむく顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。すると、ブランは優しく言った。
「いいんじゃないかな。ソフィアらしいなって、思っただけだから」
その言葉に、救われた気がしたが、それでも顔の熱は引かない。
(もう……恥ずかしくて……顔を上げられないわ……)
ソフィはしばらくの間、その場で小さく唸ることしかできなかった。
王子様の夢は確かに懐かしかったけれど、現実でそれを口にしてしまうなんて……。
ブランと次元粒子技術の話をするのは本当に楽しい。
彼と話していると、時間が過ぎるのがあっという間で、自分の知識を共有できる喜びと、ブランの鋭い視点や洞察力に触れられる刺激がたまらない。
男性とこんなに親しくなったのは初めてだった。
……だから、ついつい素が出ている自覚は以前からあった。
そして――ソフィアらしいなって、思っただけだから――だなんて。
そんなに優しく受け止められてしまったら、ソフィはブランに……。
……きっとまた油断してやらかしてしまう。
……隠しきれずに接してしまう。
……妄想を口にしてしまう。
そう思えて仕方なかった。その感情は……恥ずかしくてたまらないのに、嬉しいような、なんだか色々入り混じって、複雑な心境だった。
** **
夕方、一日中モジモジしていたソフィアを連れて家に帰った。
リビングに入ると、彼女は深々と頭を下げた。
「ブランさん、アッシュさん、ステラさん。一昨日は本当にありがとうございました」
その声には心からの感謝が込められている。みんなに会って少し安心した表情が見える。
「無事で本当によかった」
僕の言葉にみんなもうなずく。
「これからしばらくは、ソフィの家も警備を強化するそうです。でも……やっぱり怖いですね……」
ソフィアは不安げにつぶやいた。
「それから……」
彼女は言葉を選ぶように少し躊躇した。
「……また、父に直接脅迫の電話があったみたいです。やっぱり、次元粒子技術の機密情報を渡すように迫られていたんだと思います……」
「くそっ! まだ、諦めてないってことかよ!」
アッシュが拳を握りしめる。
「それに……」
ソフィアが再び口を開き、少しうつむく。
「以前も、父の会社でデバイスが何台も消失する騒ぎがあって、盗難だって聞いたことがあったんです……」
その言葉にハッとした。
「……デバイスが何台も消失。……父さんの研究データの消失」
僕は思わずつぶやいていた。
そのつぶやきを聞いたアッシュが、驚いた顔で僕を見た。
「もしかして……つながってんのか?」
「まだ確証はないけど……」
思い返しながら、慎重に言葉を選んだ。
「でも……誘拐犯たちは、次元粒子技術を軍事転用する話をしてた。……父さんと母さんの事故死、……そして今回のソフィアの誘拐、関係しているかもしれない」
「確かに……そうかもな。偶然とは思えねぇ」
アッシュが納得したという顔をしている。
「ソフィは……次元粒子技術が、軍事兵器に使われてしまうのは嫌です。……技術は人を守るためのものなのに……」
ソフィアが首を横に振り、ショックをあらわにしている。
「あのさ……あたしが来た理由とも関係あるのかな……」
ステラがいつになく静かに切り出した。
三人の視線がステラに集まる。
「大天使の啓示の意味って……もしかしたら、次元粒子技術のことかもしれない……」
彼女は真剣な眼差しで言った。
「だって、次元科学の研究者アルバン・ノワールさんのところに、大天使がお越しになったのなら。つながってる気がするんだ」
思わず息を呑んだ。彼女の言葉は確かに筋が通っている。
「もしかしたら……僕たちの目的って、一緒なのかもしれない……」
僕の言葉に、沈黙が流れた後、アッシュが口を開いた。
「だったら……それぞれが違うことしてたけどよ……」
「そうだね。協力しようよ!」
ステラがいつもの明るい声で提案した。
「ブランさん、アッシュさん。……ソフィも皆さんと一緒に調べます! デバイス製作はソフィも関係者ですから」
ソフィアがおずおずと僕らを見る。
僕は彼女の言葉にうなずいた。
それぞれの目的が重なり合って一つになり、手掛りが増えて前進しているような感覚が走る。
「決まりだ!」
アッシュが立ち上がった。
「うん!」
ステラも力強く応じた。
「ソフィも……全力でお手伝いします!」
ソフィアが微笑んだ。
みんなを見回した。三人の顔には新たな決意が宿っている。
「よし、みんな。一緒に頑張ろう!」
その瞬間、何かが僕の中で芽生えた。これまでとは違う、これまで以上の何かが。
「まずは……お互いをもっと知っておく必要があるね。これから一緒にやるんだから……」
思わずその言葉を口に出していた。
「そりゃそうだ。お互いをよく知らないままじゃ、何が協力できるかわかんねぇよ」
「あたし、ブランくんとアッシュさんにソフィアさんのことも、もっと知りたい!」
「ソフィも……皆さんのことを知りたいです」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
「少し前から思ってたんだけど、僕のことは『ブラン』って呼んでくれるかい」
ソフィアとステラの顔を見た。
「はい! ソフィのことも『ソフィ』でお願いします!」
すぐにソファアが、嬉しそうに返事をする。
「わかった!」
ステラはそう言いながら、アッシュの顔をじっと覗き込んでいる。
「おう。俺も『アッシュ』と呼んでくれ」
アッシュがステラの視線に気づき続いた。
「それじゃ、これからは仲間としてもよろしく!」
改めてみんなにそう告げた。
「それで……何から始めるか?」
アッシュが腕を組んで言った。
協力するといっても、具体的な行動はまだ何も決まっていない。
「まずは情報交換だけど。情報の収集と整理からだね……もっと状況を把握しないと」
この前の誘拐事件が、僕の頭をよぎる。みんなの安全を確保する方法を、まずは探りたかった。
「ソフィは、デバイス消失時の記録を調べてみます。……父と母に知っていることを教えてもらいます」
ソフィアは考えながら静かに言った。
「ザフィールの教会に伝わる啓示の内容を調べてみるね。大天使が次元科学について何か示唆していたかもしれない」
ステラがいつもとは違うかしこまった表情で言った。
僕は考え込んだ。父さんの研究は徹底的に調べたつもりだったが、それでも手掛かりは見つからなかった。しかし、まだ見落としがあるかもしれない。
「……僕とアッシュは、今まで調べてたことをもう一度確認してみよう。ザフィールの軍事転用目的を前提に見直せば、何か気がつくかもしれない」
「そうだな……」
アッシュがうなずいた。
僕たちはしばらく話し合い、それぞれの役割分担を決めた。
僕は真相に向かって、一歩踏み出した気がしていた。
今日の夜は、ソフィアの情報をみんなで聞く予定をしていた。
――誘拐されたソフィはもう関係者だから!――。
そう言って両親に迫り、わかっていることを教えてもらったとのことだった。
アッシュと共に家へ戻り、ステラも一緒にソフィアを待っていると、予定より少し遅れてソフィアがやってきた。
出迎えると、なぜかソフィアは女の子を連れていた。
女の子の深紫のショートカットの髪の、軽く跳ねた毛先が夕日を受けてラベンダー色に輝いてた。
大きな紫色の瞳がステラを見るなりキラキラと輝き、褐色の肌にかかる十字のペンダントを揺らして駆け出した。
「お姉ちゃん!」
そう叫びステラに飛びついた。
「お姉ちゃん! 会いたかったよ!」
「ルナ! あなたどうしてこんなところに⁉」
ステラは、駆け寄ってきた子供を抱きしめながら、驚きの声を上げた。
「もしかして、ルナひとりなの?……どうして?……」
「……ルナ、お姉ちゃんにどうしても会いたくて……」
女の子は涙ぐみながらも、安心した表情でステラにしがみついている。
ソフィアがこの女の子を連れてきた経緯を話し始めた。
「実は、ここに来る途中で、かがみこんで女の子と話しているリュミさんを見かけて……それで声をかけてみたら……」
ソフィアはステラの顔を見て続けた。
「この子が『ステラを探していて迷子になった』と言ってたので。……驚きましたが、リュミさんから引き取って……連れてきました」
「ルナ……どうして来たの? それに……」
ステラが優しく名前を呼んで話しかける。
「お姉ちゃんが行っちゃってから、ずっと寂しかったんだよ! どうしても会いたかったの!」
女の子はステラの腰にしがみついたまま答えた。
「ルナ……でもね、ルナ。こんな遠くまで、ひとりで来たらダメだよ。危ないんだから」
ステラは妹の頭を撫でながら優しく言った。
「でも……お姉ちゃんに会いたかったの!」
女の子は泣きじゃくりながら繰り返した。
「うん、わかった。……ルナが無事でよかったよ」
ステラは涙を流しながら微笑んだ。
とりあえずルナを連れて家に入った。
とにかくこの子を安心させてあげないと……。
「ソフィ、ご両親に教えてもらった話は改めようか……」
「うん。ルナちゃんの方が大事だよね」
ソフィアは、ルナとステラの再会の姿を見て、涙を浮かべながらうなずいた。
「ブラン……ありがとう」
ステラもホッとした表情でうなずいた。
「ところで……その子はいったい?」
「えっとね、ルナ・アークライトっていってね。あたしと同じ教会に引き取られた子なんだ。いま八歳でね、あたしと姉妹みたいに育ってきたの」
ステラは優しく説明して、ルナに視線をやった。
「お姉ちゃん……ごめんなさい……」
ルナはステラにしがみついたまま謝った。
「いいのよ。でもね……教会のみんなが心配してるだろうから……ちゃんと話さないとね」
ステラはルナの頭を撫でながら話しかける。
「うん……」
ルナは小さくうなずいた。
「ルナちゃんお腹すいたよね。とりあえず、みんなでご飯を食べよう」
僕はルナがさすがに疲れているだろうと思い声をかけた。
「そうですね……」
返事をしながらソフィアがハンカチで涙を拭いている。
「よし、まずは腹ごしらえだ。ブラン、何か作るぞ」
アッシュもキッチンに向かって立ち上がった。
食事の用意ができて食卓につくと、ステラがルナを膝の上に乗せている。
ルナはまだ少し照れくさそうだが、ステラの顔を見つめて安心した表情だ。
食事を始めて、お腹がいっぱいになってきたルナが口を開いた。
「お姉ちゃん……あのね……」
「どうしたの?」
ステラが優しく尋ねる。
「ルナ……一人で飛行機にちゃんと乗れたんだけど……この家がどこかわからなくて……道で迷子になっちゃったの……」
ルナは少し考えてから続けた。
「……それでね。教会で何回か見たことある人がね……声をかけてくれたの。一緒に探してあげるって言ってくれたんだよ」
「それって、リュミさん……?」
ソフィアが箸を止めて尋ねる。
「うん。ソフィアお姉ちゃんと話してた女の人」
ルナが嬉しそう答える。
「ルナ! リュミさん、その女の人って……教会に来たことがあるの?」
ステラの顔色が変わった。
「うん。ひと月くらい前にね、お祈りの時に来てたよ……」
「リュミさんが……」
ステラは目を見開いた。
僕も驚いた。……どうしてリュミさんが、ザフィールの教会に……。
その最中、ルナがあくびをしはじめた。
「お姉ちゃん……ルナ……眠い……」
「疲れたよね」
ステラが優しくルナの頭を撫でて、寝かしに部屋へつれていった。




