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次元世界〜三次元を超える権能〜  作者: Blanc Noir


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第十八話 神の権能

 僕たちの会話が一段落したところで、セラフィが静かにリュミエールに問いかけた。


「ブラン以外の皆さんも連れてきたのには、理由があるのでしょ。……あなたは優しいから」


 セラフィの声は柔らかく、しかし確信に満ちていた。彼女の銀色の瞳がリュミエールをまっすぐに見つめている。


 リュミエールは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに静かにうなずいた。


「……はい」


 彼女の声はいつもの冷静さを保っていたが、どこか迷いが感じられた。


「アッシュをここに留め、ブランと共に暮らし育った話を聞いていただきました……。そして今日、計画に関係していないステラとソフィアも連れてきて、ブランとの絆の深さを見ていただきました……」


 リュミエールは言葉を選ぶように、セラフィを見つめながら話す。


「エレナ様亡き今は、ブランにとってこの者たちは家族同然の存在……」


 リュミエールは僕たちを見回した。


「ですから……この者たちを……ガイダンスの対象外にする方法はないでしょうか。……セレナ様」


 セラフィはリュミエールの言葉を静かに受け止めると、少し考えるように目を伏せた。


 長い沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。


「ガイダンスの対象外を作ってしまっては、審判に代わる計画の目的である、次元粒子技術の抹消が果たせません。……それは次元統制院の存在目的が果たせないことであり、たとえ私が賛成しても、他の者たちは賛同しないでしょう」


 セラフィの声は穏やかだったが、その言葉には揺るがない真実が込められていた。


「あなたも無理だと言うことは、わかっているのでしょ。……リュミエール」


 リュミエールはうつむき、唇を噛んだ。


「わかっています……無理だと……でも……どうにかしてあげたくて……」


 彼女の声は何かに怯え震えていた。


 セラフィの言うことは正しい。僕たちの提案の目的は、次元粒子技術を地球から無かったことにすることだ。それが果たせなければ意味がない。


 次元科学の知識を無くすことは、僕もとても残念だ。出来るものなら失いたくない……。


 しかし、二人の話している内容は、それだけではなさそうだ。……意図、真意というべきか。……何を言わんとしているのか、よくわからなかった。


「どういう意味でしょうか? 何の話をしているのか、説明していただいても、よろしいでしょうか?」


 僕は得体の知れぬ不安に駆られ尋ねた。


 リュミエールは顔を上げ、僕を見た。その目には迷いと悲しみのようなものが入り組んでいる。


「次元粒子技術の情報を抹消する際、……次元粒子技術の誕生そのものであるアルバン・ノワール……本来地球に存在しないエレナ・ノワール……そして、その子ブラン。……その三人は、存在自体が、人々の記憶から、抹消されてしまうでしょう」


 リュミエールは苦しそうに言葉を紡いだ。


「だから、……せめて君の仲間たちだけは……記憶を残しておけないかと……」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の背筋にゾクッとするものが走った。


 アッシュが拳を握りしめ、ステラは息を詰まらせ、ソフィアは震える手で口元を押さえ、タマモが唇を噛んでいる。


 僕はその言葉に納得できずに、リュミエールに問いかけた。


「どういうことですか? ガイダンスで次元粒子技術を消す時に、どうして、僕や母さんや父さんの存在も消えてしまうんですか?」


 リュミエールは、僕の問いに答えようと口を開きかけたが、言葉を詰まらせた。


 それを見て、セラフィが静かに口を開いた。


「ガイダンスは思考干渉による記憶や認識の操作。次元粒子技術という事象を無かったことにするためには、その事象を生み出した根源……つまり、認識の改ざんでは埋めきれないほど強く結びついた存在そのものを、人の記憶から抹消してしまうのです」


 セラフィの声は穏やかだったが、その内容は残酷だった。


 僕の存在が、次元粒子技術と共に、人々の記憶から消える……?


 その言葉の意味を理解した瞬間、体が冷たくなるのを感じた。


「ブランが……俺の記憶から消えるってことか?」


 アッシュが信じられないというようにつぶやいた。


「そんなの……イヤだ! ブランがいなくなっちゃうなんて絶対にダメ!」


 ステラが叫んだ。


「みんなを助ける人が……助けてもらえないなんて……そんな……」


 ソフィアは涙を堪えながら首を横に振った。


 タマモは黙ったまま、真剣に言葉をかみしめ、悲しみと恐怖とそして怒りまでも入り混じったように震えている。


 そんな皆の言葉を聞きながら、僕は静かに息を吸い込んだ。


 得体のしれない恐怖が体を通り抜けたが、あの日、決意したことを思い出した。


「……大丈夫だよ……」


 僕はゆっくりと顔を上げた。


「みんなの未来を失わせない、そう決めたんだ。……だから……覚悟はしている」


「……ブラン」


 リュミエールが心配そうに僕を見つめた。


「ありがとう、リュミさん。心配してくれて」


 悲しげな顔をするリュミエールに微笑みかけた。


「……セラフィ様、予定通り……次元粒子技術抹消計画の実行をお願いします」


 深く頭を下げた。セラフィは静かに僕を見つめている。


 セラフィの部屋には沈黙が流れた。


 その時、ずっと黙っていたタマモが、僕の服の袖をそっと握りしめた。


「ブラン……」


 タマモの声は小さく震えていた。


「それはきっと……寂しいよ。……とても……とても」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の胸に何かが込み上げてきた。


 タマモの小さな手が、僕の袖をきゅっと握りしめている。彼女の目には涙が溜まっていた。


 タマモは八百万で家族や故郷を失い、自分のことを知っている人が誰もいなくなった悲しみを経験した。その彼女だからこそ、この喪失の意味が痛いほどわかるのだろう。


「タマモ……」


 そっと彼女の手に自分の手を重ねた。


「大丈夫だよ。きっとまた会える」


 タマモは何も言わず、ただ僕の手を強く握り返した。


 セラフィはそんな僕たちの様子を静かに見守っていた。




「……一つ、聞いていいですか、セラフィ様」


 重苦しい沈黙を破り、僕は静かに口を開いた。セラフィは穏やかな銀色の瞳で僕を見つめている。


「なぜ、次元統制院は……そこまでして、星の外に争いの火種が広がることを、危惧しているのでしょうか。地球はエターナルからはるか彼方の場所です。次元統制院……エターナルへ影響を及ぼすとは思えないのですが」


 僕の問いに、セラフィは静かにうなずいた。彼女の表情は変わらないが、その瞳の奥に何か深い思索が宿るのを感じた。


「その疑問は、もっともかもしれませんね……」


 セラフィはゆっくりと語り始めた。その声は部屋に染み渡るように静かで、しかし一つひとつの言葉が重く響いた。


「この宇宙は……ビッグバンによって誕生しました。それは皆さんもご存知の通りです」


 それは、地球上の物理学でも語られる宇宙の始まりだ。


「そして……そのビッグバンは、一つだけではないのです」


 セラフィが続ける言葉に、僕は疑問との接点が見つけられない。


「いくつもの別次元に……それぞれ異なる宇宙が存在します。そして……どこかで起こるビッグバンによって……その次元の宇宙は消え去り……また新しい別次元の宇宙が誕生するのです」


 宇宙の誕生と消滅……そんな壮大なスケールの話が、どんな関係があるのか、僕は話がどんどん掴めなくなっていく。


「……そして……」


 セラフィは更に言葉を続けた。


「ビッグバンは、……その次元の宇宙で、星々の間に大きな争いが起こると、……それを諫めるがごとく起こるのです」


 セラフィの言葉に驚く。……星と星との間で起こる争いを諫めるためのビッグバン……?


「それを、我々は……次元世界の創造主による御業……『次元創生』……と呼んでいます」


 セラフィの言葉は厳かだった。


「次元統制院の『真の目的』は、……この私たちの次元宇宙で、……次元創生が行われないようにすることなのです」


 セラフィの述べた「真の目的」が静かに響き渡り、部屋には再び重い沈黙が落ちた。僕たちは誰も言葉を発することができなかった。


 次元世界の創造主による御業……次元創生……その言葉の意味を理解しようと努めるが、あまりにも壮大すぎる。


 ただ一つだけ確かなことは、次元統制院が目指すものが、僕たちが想像していたよりも、遥かに大きく、そして深いということだった。


 彼らは、一つの惑星の運命ではなく、この次元の宇宙全体の存続を使命としているのだ。


 アッシュは黙って拳を握りしめていた。彼の正義感は、あまりにも巨大な相手にどう立ち向かえばいいのか、言葉にできないようだった。


 ソフィアは蒼白な顔で震えていた。丹精込めて打ち込んだ次元粒子技術……それによってもたらされる災厄……心を痛めているのがひしひしと伝わってきた。


 タマモは僕の服の袖を握りしめたまま、何も言わず、小さな体は小刻みに震えていた。……全てを失った彼女にとって、この世界の残酷さは他人事ではないのだ。……そして、また失うかもしれないという恐怖が、彼女を震えさせているのだろう。


 リュミエールはセラフィの言葉をもちろん知っていたはずだ。しかし、その表情には複雑な感情が浮かんでいた。次元統制院への責務、僕たちへの思いやり。……彼女の中にも葛藤があるのだろう。


「……神の権能……天使の伝承って、そういうことだったんだね……」


 ステラが小声でつぶやいた。彼女の言葉は震えていた。彼女が持つ伝承の知識と、セラフィの語る真実が重なったのだろう。


 僕はステラの言葉を聞いて、以前彼女の言った「天使の方々は、神の権能の一部を与えられている」という話を思い出した。


(……次元粒子を操る力は……与えられた『権能』……)


 次元統制院の力と使命が、僕の中でそう結びついた。


 ……各地の伝承で語られる存在、それは人の想像の産物だと思っていた。しかし、語り継がれる元となる、何かがあったからこそ、言い伝えがある。……そう思えた。


(そして、……次元創生……それが、この宇宙の真理だというのか……)


 その事実はあまりにも重く、僕の肩にのしかかってきた。





 次元粒子技術抹消計画は、即時実行と決定されていた。……セラフィの執務室を出るとその時が来た。


「アッシュ……」


 リュミエールが静かにアッシュの名を呼んだ。その声には微かな躊躇いが含まれていた。


「あなたの今の家に代わる、生活の場については……私が責任を持ちます。心配しないでください」


 リュミエールはアッシュの目をまっすぐに見つめた。


「次元粒子技術の情報の抹消に伴い……物理的にも干渉しないといけないことが、他にもありますので……」


 彼女の言葉にアッシュは一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り戻した。


「……わかった」


 彼は短く答えたが、その声には覚悟が込められていた。


「ブラン……」


 ステラが僕の名を呼んだ。彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


「あたし……次元粒子技術のことは、忘れちゃうかもしれないけど……ブランのことだけは……絶対に忘れないから、――――忘れても、忘れないから!――――」


 彼女はそう言うと、僕の手をぎゅっと握った。


「ソフィだって……ブランのこと忘れませんわ……いえ、――――きっと、思い出して見せます!――――」


 ソフィアも涙を堪えながら言った。


「もう一度、またどこかで会って、――――お前のこと守るからな――――」


 アッシュが僕の肩を叩いた。彼の瞳には強い決意が宿っていた。


「……ああ」


 僕はうなずいた。胸が痛んだが、これが最善なのだと言い聞かせた。


「みんな……ありがとう」


 僕は心の底からみんなに感謝していた。


「では……君たちはこちらへ」


 ケルビムが静かに三人に声をかけた。彼の老いた瞳には責務と哀愁が入り混じっていた。


「先に行ってるよ。……ブラン」


 アッシュが振り返り、そう言うと、ケルビムに向かって歩き始めた。


 ステラとソフィアも僕に背を向けると、堰を切ったように声を上げて泣きながら、アッシュの後に続いた。


 三人の姿が次元転移の光に包まれ、……やがて消えていった。




「タマモ殿……」


 ケルビムがタマモに声をかけた。


「タマモ殿は、次元粒子技術抹消計画の実施後は……八百万の次元へ帰るのかね?」


 彼の声は優しかったが、どこか試すような響きもあった。


 タマモはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。


「……はい」


 その答えを聞いてケルビムは静かにうなずいた。彼はどこか安堵したような表情をして、それ以上は何も言わなかった。


「ブラン……」


 セラフィが静かに僕を呼んだ。彼女の銀色の瞳がまっすぐに僕を見つめている。


「次元粒子技術抹消計画の終了後……あなたの記憶も対処しないといけません」


 彼女の言葉は静かだったが、重く僕の胸に突き刺さった。


「そのため……次元粒子技術抹消計画が終わったら、もう一度ここへ戻ってきてください」


 彼女の声には、わずかな躊躇いが含まれていた。


「はい……わかりました」


 深く息を吸い込み、緊張しながらうなずいた。


 ケルビムが静かに僕に近づいてきた。彼は懐から小さな結晶を取り出し差し出した。


「これは次元転移結晶じゃ。……これを使ってここへ戻れる」


 ケルビムの声は低く、重々しかった。


「ありがとうございます」


 僕はその結晶を受け取った。冷たく硬い感触が手のひらに伝わる。


「じゃあ、……行こうか」


 僕はタマモを見た。彼女は少し寂しそうな顔をしていたが、すぐに僕を見上げて小さくうなずいた。


「うん。……ブランと一緒に」


 その言葉に勇気づけられた。


 僕はセラフィとケルビムの後ろに立つ二人、これから共に「次元粒子技術抹消計画」を実行する、デュナメスとプリンシパリティに向き直った。


「よろしくお願いします」


 僕とタマモは、デュナメスとプリンシパリティに向かって深く頭を下げた。


「任せてくれ」


 デュナメスが静かに言った。


「こちらこそよろしくね」


 プリンシパリティが握手をしてくる。


「それでは、いくぞ……」


 ケルビムはそう言うと転移結晶を埋め込まれた杖をかかげた。


 僕たち四人は次元転移の紫黒の光に包まれた。体が軽くなり、意識が遠のいていく。


 視界が白く染まる直前、セラフィがタマモを見て、静かに微笑んだように見えた。






 そして、次元粒子技術抹消計画は、無事に実行され終わった……。


 僕は記憶がなくなる前に、自分の家を見ておきたいと言って、次元統制院へ戻る前に自宅に帰ってきていた。


 自宅に戻ってきた僕たちを迎えたのは、誰もいない静寂だった。


 玄関を開けると、いつも聞こえていたステラの賑やかな声も、ルナの無邪気な笑い声も、もうそこにはない。無事だったアッシュも戻って来ることはなかった。


 埃一つない廊下、電気の消えたリビング。父さんと母さんが残してくれたこの家は、空っぽの箱のようだった。




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