9話 宴に集う者
新入生歓迎パーティーが開かれるということで、エルマーと級友たちは、教師に引率され会場となる校舎内の一室へと入った。
一室とは言っても、新入生全員と父兄、そして教師たちを収容しても余裕のある広間だ。
パーティーには、来賓のうち何人かも参加するらしい。
会場内には既に立食形式で料理や飲み物が準備されており、華やいだ雰囲気が漂っている。
「新入生の皆さん、改めて入学おめでとうございます。そして、ご多忙な中、ご来場いただいた父兄の皆さま並びに来賓の皆さま、ありがとうございます。お祝いの宴をご用意いたしましたので、楽しんでいただければ幸いです。申し訳ありませんが、生徒たちも一緒なので、お酒は無しということでご了承ください」
学院長の挨拶と乾杯の音頭が済むと、出席者たちは、それぞれ料理を楽しんだり歓談したりと、思い思いに楽しみ始めた。
「アヤナ、それに、みんな!」
「魔法理論学科」のパウラが、エルマーと一緒にいるアヤナを見つけ、歩み寄ってきた。その傍らには、同じ組の生徒と思しき二人の少女の姿がある。
「あら、パウラ。お友達ができたようですね」
アヤナに微笑みかけられたパウラの連れたちは、頬を赤らめた。
「あ、あの、共通語がお上手ですね」
少女の一人が、少し緊張した様子で言った。アヤナが他国の王族であることを聞いたのだろう。
「ありがとう、他の国の方々とお話する為に勉強しました。私はアヤナ・ルークといいます。パウラとは寮で同室です。仲良くしていただけると嬉しいです」
穏やかな態度で答えるアヤナを見て、エルマーは、これが王族の余裕かと感心した。
「エルマー、すごいよ。温かい料理は、料理人が、その場で調理してくれるんだ。肉料理とか、揚げ物とかさ。一緒に取りに行こうよ」
「今朝は早起きしたから、お腹空いちゃったよ」
ヨーンとロルフに促され、エルマーも他の生徒たちに交じって料理に舌鼓を打った。
会場内に数か所設置された料理台には、様々な御馳走が用意されている。
色どりも鮮やかな練り物や、蟹や海老など贅沢な材料を使用した海鮮サラダといった、「特別な日」らしい前菜が華やかだ。
料理人たちは、最新式の魔導焜炉を前に鮮やかな手つきで次々と料理を仕上げていく。彼らの姿を見て、エルマーは養父のクルトを思い出し、懐かしい気持ちになった。
アヤナとパウラは、意気投合した女生徒たちと共に、ケーキや果物などの甘味を楽しんでいる。
「何がどうなっているか分からないけど、美味しいのは分かる……」
肉料理の一つを食べながら、ヨーンが頬を押さえている。
「これはキノコが土台になったソースだね。オリーブ油に醸造酢、柑橘の果汁、隠し味のニンニクが程よく利いてるな」
「すごいなエルマー、一口食べただけで分かるのか?」
ロルフが、少し驚いた様子で言った。
「美味しいものを食べたら、自分でも作りたくなるかもしれないでしょ? 再現できるように、味を覚えようとするのが癖になってるんだ」
「……失礼、君が、エルマー・ハイゼか?」
友人たちとパーティーを楽しんでいたエルマーは、突然、背後から声をかけられ、びくりと肩を震わせた。
振り向いた彼の前に立っているのは、あのイザーク・ディートリヒだった。
イザークの後方、少し離れたところには、昨日アヤナを侮辱したグレゴールと取り巻きが、にやにやと笑っている。どうやら、イザークとエルマーの間に何か起きるのを期待しているらしい。
「ああ、俺がエルマー・ハイゼだ。君は、イザーク・ディートリヒだね」
エルマーは、少し緊張しながら答えた。
「入学試験で、私と同点で首席だった者が、もう一人いると聞いた。どんな男か顔を見てみようと思ったのだが、君だったとはな」
冷たい灰青色の目でエルマーを見据えながら、イザークが言った。
「俺のこと、覚えてくれていたんだ」
「ふん、その赤い目、滅多に見ないものだからな」
何を言われるのかと身構えているエルマーを前に、イザークは再び口を開いた。
「私は、これまで勉学で同級生には負けたことがない。だが、君とは本気で戦えそうだと楽しみにしている。私を失望させないでくれよ」
そう言うと、イザークは形の良い唇の端に、ほんの少しだけ笑みを浮かべ、踵を返した。
歩き去る彼の背中を見送りながら、エルマーは小さく息をついた。
エルマーたちの様子を伺っていたグレゴールは、つまらなそうな顔で取り巻きたちと共に移動していった。
「ああ驚いた。何を言われるのかと思ったよ。嵐みたいな奴だな」
一部始終を見つめていたヨーンが、眼鏡の奥の目を激しく瞬かせている。
「つまり、イザークはエルマーを好敵手として認めた……ということかな?」
緊張が解けたのか、ロルフは手にしていた皿の料理を旨そうに食べながら言った。
良い成績を取って妬まれることはあっても、他の誰かに「好敵手」とされることなどなかったエルマーは、驚きつつも新鮮な気持ちを味わっていた。
「やぁ、君、久しぶりだね。覚えているかな」
不意に頭上から降ってきた男の声に、エルマーは再び驚いた。
慌てて見上げると、そこには「山高帽の男」こと、ゲラルト・ライヒマンの顔があった。飲み物のグラスを手にした彼は、いかにも、こういったパーティーのような場に慣れている様子だ。
「あ、あの、お久しぶりです……」
エルマーは、本当に心臓が口から飛び出すのではないかと思った。
養父クルトの食堂で一度会っただけのゲラルトが、自分を覚えていたのも驚きではある。しかし、それよりも、彼ほどの地位にある者が、このような場で自分のような子供に声をかけてくるなど、全く考えられなかった。
「まさか、君も、この学院に来ていたとは。私は、お父さんの料理の味が忘れられなくてね。そのうち、また尋ねたいと思っていたところだよ」
ゲラルトの言葉に、エルマーは眉尻を下げた。
「ごめんなさい……無理です」
「無理、とは?」
「父は、俺が入学する前に亡くなったので」
エルマーの言葉を聞いたゲラルトは、はっとしたように目を見開いた。
「それは……残念なことだ。だとしたら、君は経済的に困っていたりはしないのかね?」
「いえ、一応、学費免除枠に入っているし、少しだけど父の貯えもあるので、なんとかなると思います」
「なるほど、君は優秀なんだね。ああ、まだ名前を聞いていなかったね。改めて、私はゲラルト・ライヒマンだ」
「……エルマー・ハイゼです」
ふむふむと頷いていたゲラルトは、上着の内ポケットから小さいが厚みのある紙片を取り出し、エルマーに手渡した。
受け取った紙片を見て、エルマーは再び驚いた。それは、「ライヒマン商会」の紋章が印刷されている、ゲラルトの名刺だった。
「我が商会では、優秀な人材を常に求めている。もちろん、将来のことは君自身が決めるべきだが、何かあった時は思い出してくれていいからね」
「え、あの、でも……俺なんかに、いいんですか」
「これも、何かの縁だ。お父さんの導きかもしれないな」
ゲラルトは優しく微笑むと、大人たちが集まっている一角へ歩いていった。
「ライヒマン商会と縁が……やったな、エルマー」
ヨーンが、少し興奮した様子でエルマーの肩を軽く叩いた。
「いや……ゲラルトさんは、俺に同情したんじゃないかな」
そう言いつつも、手の中にある名刺の重さを感じて、エルマーは狼狽えた。
「いいじゃないか。僕の父上も、最後に頼れるのは人の縁と言っていたよ」
ロルフの言葉に、ゲラルトの「お父さんの導き」という言葉が重なり、エルマーも、それが真実であるかのような気がした。




