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8話 入学式にて

 集会用の大講堂では、いよいよ入学式が始まろうとしている。

 昨夜は慣れない枕と緊張の為に熟睡できなかったエルマーは、僅かだが眠気を覚えていた。

 真新しい制服に身を包んだ新入生と保護者たち、そして在校生の一部は、整然と並べられた椅子に座り、緊張の面持ちで式の開始を待っている。

 生徒たちから少し離れた位置に、教師らしき者たちの姿もある。礼服姿の者や、いかにも魔術師らしいローブ姿の者、また年齢層や性別も老若男女様々だ。

 前方の壇上に設けられた席には、礼服に身を包んだ来賓たちが勢揃いしていた。


「魔法管理省大臣に魔法兵団長、王立魔法研究所の所長……来賓の人たちって、偉い人ばかりだ」


 エルマーの右隣に座っているヨーンが、事前に配布された進行表(プログラム)を見ながら(ささや)いた。


「それだけ、この学院が重要視されてるということだろうね」


 エルマーは、何とはなしに姿勢を正した。


「貴族院議長もいるね。うちに父上を尋ねてこられた時に会ったから、顔だけ知ってるけど」


 左隣に座っているロルフの言葉に、エルマーとヨーンは驚いた。


「すごいな……貴族となると色々な繋がりがあるんだね」

「父上の知り合いというだけで、僕が、すごい訳じゃないよ」


 事もなげに言って、ロルフは、くすりと笑った。


「只今より、ヴァールハイト魔法学院の今年度入学式を始めます」


 司会役の教師が、短い筒状の機具――拡声の魔導具らしい――を手にして、式の開始を告げた。

 途端に、講堂に満ちていた小さな(ざわ)めきが、ぴたりと止まる。


「それでは、リヒャルト・アルトマイヤー院長の入学許可宣言と式辞です」


 司会の声と共に、礼服に身を包んだ紳士が現れた。年の頃は五十歳前後というところだろうか。中肉中背で温和そうな印象の男だ。


「『魔法科』84名、『魔法理論科』82名、計166名、ヴァールハイト魔法学院への入学を許可します。学院内において、出身や所属学科に関わらず、生徒の皆さんは平等な立場であることを忘れないように」


 演台を前にして、院長が入学許可宣言を終えた。これで、エルマーたちは正式に魔法学院の生徒として認められたことになる。

 宣言を済ませた院長は、壇上で当たり障りのない挨拶をしたあと、自分の席に着いた。

 小学校の校長よりは話が短いところに、エルマーは少し好感を持った。

 続いて、来賓たちの祝辞が始まった。


「次は、『ライヒマン商会』会長にして学院の卒業生でもあります、ゲラルト・ライヒマン様、お願いします」


 子守歌の如き来賓たちの長話の中、なんとか目を開けていたエルマーだったが、壇上に立った人物の顔を見て一気に目が覚めた。

 ゲラルト・ライヒマンと呼ばれた五十がらみの男は、以前、養父クルトの食堂を訪れた「山高帽の男」だった。


「……私は貧しい生まれでしたが、学費免除制度のお陰で魔法を学び、それを生かして起業することができました。この国だけではなく、世界の未来の為、全ての学びたい若者に、私と同じような機会が与えられるよう、これからも微力ながらお手伝いさせていただきたく思っております」


 ゲラルトの祝辞が終わると、講堂は拍手に包まれた。


「ゲラルト・ライヒマンは、恵まれない環境から出世した立志伝中の人物と言われているよね。雇われるだけじゃなく、起業して自分のやりたいようにやるというのも有りかもな」


 ヨーンが、ゲラルトの姿を見上げながら言った。


 ――ゲラルトさん、食堂で会った時も、生まれながらの紳士にしか見えなかった……貴族や資産家の生まれじゃなくても、努力次第で大企業の経営者にもなれるということなのか。考えたこともなかった……


 エルマーは、自分が既に立志伝中の人物に出会っていた驚きと共に、自分の前に開かれた道が思っていたよりも遥かに広いことに気づき、高揚感を覚えていた。


「来賓の皆様、数々の温かいお言葉、ありがとうございました。次は、新入生代表による挨拶です。イザーク・ディートリヒ、前へ」

 

 新入生の一人が、司会の声を受けて壇上へ上がる。

 淡い金髪に灰青色の目、精巧な人形のように整った顔立ち――彼は、エルマーたちが前日に食堂で遭遇した「イザーク」に間違いなかった。

 その手に原稿らしきものはなかったが、イザークは大人顔負けの堂々とした態度で挨拶を済ませた。

 イザークの挨拶を聞いたエルマーは、素直に感心した。


「そういえば、入学試験の首席って二人いたって聞いたけど」

「あのイザークって子は貴族だから、あの子が代表に選ばれただけでしょ」


 父兄たちの拍手に紛れて、背後から聞こえてきた同級生の声が、エルマーの耳に届いた。


「エルマーには、新入生代表の話とか、なかったの? 首席なのに」

「俺は何も聞いてないけど……でも、あのイザークって子がやってくれてよかったと思うよ。俺だったら、緊張で口から心臓が飛び出しちゃうよ」

 

 ロルフに囁かれ、エルマーは、ふふと笑った。


「結局は、平等なんて建前に過ぎないってことか」


 皮肉っぽい口調で、ヨーンが呟いた。


 やがて、入学式は滞りなく終了した。

 父兄と在校生、来賓たちが講堂から退出し、残ったのは新入生のみだ。


「それでは、これより(クラス)分けを発表します」


 教師の指示で、新入生たちは「魔法科」と「魔法理論学科」に分かれ、更に魔法科は「月組」と「星組」、魔法理論学科は「花組」と「雪組」に分けられた。

 エルマーは、ロルフやヨーンと同じ「月組」に振り分けられた。


「あなたたちも、『月組』なのですね。心強いです」


 嬉しそうに微笑みながら、アヤナが近づいてきた。


「きみも『月組』か。これから、よろしく」


 エルマーは、アヤナの心強いという言葉を聞いて、少し誇らしい気持ちになった。

 ふと周囲を見回したエルマーは、「星組」の生徒の中にイザークの姿を認めた。はしゃぐ同級生たちの中にあって、彼は大人びた表情で佇んでいる。

 昨日、(いさか)いを起こしたグレゴールも「星組」であることに、エルマーは安堵した。


「イザークは、別の(クラス)か」

「たぶん、入学試験の成績を見て、(クラス)同士の学力が偏らないように分けてあるんじゃないかな。首席二人を同じ(クラス)に入れる訳にはいかなかったんだろうね」


 ヨーンの推測に、エルマーは、なるほどと頷いた。

 (クラス)分けも終わり、エルマーたち新入生は、それぞれの教室へ移動した。

 入学試験の際、小学校とは異なる荘厳な雰囲気に驚いたことを、エルマーは思い出した。そして、これから毎日この教室で学ぶのだと、少し不思議な気持ちになった。

 教室では、担任の教師から学院での生活や明日からの授業についての説明や、更に教科書の配布などが行われた。


「今日は、ここまで。新入生歓迎パーティーまで、少し時間があるから、新しい級友たちと自由に話していてください。あとで呼びに来るので、教室からは出ないように」


 そう言って教師が立ち去った途端、静かだった教室は生徒たちの話し声に満たされた。


「エルマー・ハイゼって、きみだろ?」

「もう一人の首席だったんだってな」


 どこから聞いてきたのか、数人の生徒たちがエルマーを囲んで話しかけてきた。


「きみって、もしかしてお金持ちなの?」


 思わぬ質問に、エルマーは面食らった。


「まさか。全然、そんなことないよ」

「そうなんだ。高価なレンズ型魔導具で目の色を変えたりしてるから、資産家の道楽息子かもしれないって」


 級友の一人が言った言葉に、隣で聞いていたロルフとヨーンが吹き出した。


「それは、ひどい冗談だ。エルマーの目は本物だよ」

 

 自分の容姿を話題にされていても、エルマーは不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 ここには、故郷で浴びせられた忌むような視線や侮辱が微塵もないのだと、彼は気づいた。


「黒い髪に白い肌、そして赤い目は、私たちルーク族の神話に登場する、勇気ある強い神様と同じなのですよ」


 いつの間にか傍に来ていたアヤナが、エルマーを優しく見つめながら言った。


「そうなの? 俺のいた田舎では、『魔物の印』って嫌がられててさ」

「国が変わると、色々と変わるのですね。でも、私を庇ってくれた時、あなたは勇気ある若き神のように見えました」


 アヤナからの思いがけない言葉を聞いて、エルマーは顔が熱くなった。


「え、なに? 何の話?」

「エルマーくんって、アヤナさんとも親しいの?」


 興味津々という様子の女子生徒たちにも囲まれ、慣れない状況に戸惑うエルマーを、友人たちが微笑みながら眺めていた。

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