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5話 新しい世界へ

 エルマーが魔法学院の門をくぐって最初に見たものは、「新入生の諸手続きは()()()へ」と書かれた案内板だった。

 案内板には、手続きの行われる建物への行きかたを示した簡易な図が描かれている。

 学院の敷地は広く、幾つも建ち並ぶ校舎の間を石畳の道が複雑に走っており、エルマーは目的地に辿り着けるのかと心細い気持ちになった。

 周囲を見ると、エルマーと同様に一人で来ていると思しき新入生もいるが、大半は両親あるいは父母のどちらかに付き添われている。


「きみ、新入生かい? 一人で来たの?」


 突然、背後から話しかけられたエルマーは、びくりと肩を震わせ、振り返った。

 魔法学院の制服である、フード付きの黒い前開きローブを羽織った少年が、微笑みながらエルマーを見ている。彼はエルマーより背丈が高く、どうやら一つか二つ年上の上級生らしい。


「ごめん、驚かせたみたいだね。手続きに行くんだろう? 案内するよ」


 手招きしながら先に立って歩き始めた上級生の背中を、エルマーは慌てて追った。

 やがて、小さな講堂のような建物の前で上級生は足を止めた。


「この中が、手続きと説明の会場になってるから、受付で合格通知の紙を見せるんだよ。持ってるよね?」

「は、はい」


 エルマーは、懐にしまってある合格通知の封筒を確かめた。


「あの、案内してくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして。この近くに用があったから、ついでだよ。それじゃ、頑張ってね」


 上級生は、恐縮するエルマーに手を振ると、去っていった。

 講堂に入り、受付に合格通知を見せたエルマーは、用意してあった書類を職員たちに渡すなどの手続きをこなした。

 エルマーは、自分に対する職員たちの丁寧な態度と、先刻案内してくれた上級生の姿から、学院に良い印象を抱いた。

 手続きを済ませたエルマーたち新入生は、職員から講堂の更に奥へ向かうよう指示を受けた。

 

「ここからは、生徒の皆さんだけになります」


 そう言われ、父母との別れに涙ぐむ新入生もいる。彼らの姿を見たエルマーは、少し羨ましさを感じた。

 講堂の奥へ集められた新入生は、二つの集団に分けられた。

 エルマーは、「標準寮」と呼ばれる集団に入れられた。彼らは寮生活について軽く説明を受けたのち、職員たちの案内で、これから生活する寮へと移動することになった。


「貴族とか、家がお金持ちだったりする子たちは『特別寮』に入るんだよ」

「向こうは個室で、風呂や手洗いも自分専用のものがあるんだって。いいなぁ」


 新入生たちが歩きながら話している声に、エルマーも無意識に耳を(そばだ)てた。


 ――そうか、すっかり忘れていたけど、「標準寮」の部屋では三人から四人で暮らすんだっけ。俺は、上手くやれるんだろうか……


 これまで、家族以外の者と生活した経験の(ほとん)どないエルマーは、少し心配になった。

 また、自分の外見――赤い目や黒い髪が嫌がられるのではないかと、胸の奥に何か重たいものが沈むような感覚を覚えた。

 エルマーたちが連れてこられた標準寮は、やはり学院の敷地内にある、良く言えば落ち着いた意匠の、飾りけがない建物だ。

 寮は男子寮と女子寮があり、更に、それぞれが幾つかの棟に分かれている。同性の寮内であれば、数か所設けられている通路で全ての棟と行き来できる造りになっていた。

 新入生たちは自分の名前と部屋番号が書かれた札を渡され、それぞれの部屋へと向かった。

 エルマーも、緊張した面持ちの新入生たちと共に廊下を歩きながら、札に書かれた番号を頼りに自分が住む部屋を探した。


「一号棟の二十三号室……ここか」


 念入りに番号を確かめた彼は、深呼吸をしてから、おずおずと部屋の扉を叩いた。

 

「どうぞ」


 中から聞こえてきたのが、同い年くらいの少年の声であることに、エルマーは少し安堵した。

 扉を開けると、寝台と備え付けの小さな机が四つずつ設置されている部屋が現れた。

 エルマーにとっては、想像していたよりも広く思える部屋だ。

 寝台の一つには、栗色の髪の小柄な少年が、分厚い本を手にして腰掛けていた。

 更に、もう一人、体格のいい赤毛の少年が、自分の寝台に衣服や小物などを並べて思案顔を見せている。荷物を整理したいらしい。


「これで、新入生が全員揃ったな。ああ、僕たちは昨日着いたんだ」


 そう言って、寝台に腰掛けている少年が、琥珀色の目でエルマーを値踏みするように見た。

 眼鏡をかけているのもあって、利発そうな印象だ。


「そこが、君の場所だ。荷物も届いてるよ」


 赤毛の少年がエルマーに近付き、空いていた寝台を指差して言った。寝台の隣には、エルマーが家で荷造りして送った荷物が置かれている。


「僕は、ロルフ・ヒルデブラントだ。これから、よろしく」


 赤毛の少年――ロルフが、人懐こい笑顔を浮かべながら右手を差し出した。


「俺は、エルマー・ハイゼ……よろしく」


 エルマーは気後れしつつ、ロルフの手を握った。


「僕は、ヨーン・シュトルムだ。エルマー・ハイゼって……きみ、入学試験で首席合格した人だろ?」


 ヨーンと名乗った眼鏡の少年は、手にしていた本を寝台に置いて立ち上がると、エルマーに歩み寄った。

 

「う、うん……よく知ってるね」

「そりゃ、情報は何にも勝る武器だからね。今年は、同点で首席合格が二人いるって、ちょっとした話題になってるよ」


 何を言われるかと身構えていたエルマーを前に、腰に手を当てたヨーンが得意げな顔で言った。

 一方、その緑色の目でエルマーの顔を見つめていたロルフが、再び口を開いた。


「その赤い目って、本物?」


 投げかけられた問いに、エルマーの身体が強張った。


「本物……というか、生まれつきだけど」


 小学校での嫌な記憶が蘇ったエルマーは、口籠りながら答えた。


「へぇ、かっこいいな!」


 エルマーは、ロルフの口から発せられた言葉を聞いて、自分の耳を疑った。


「か、かっこいい?」

「うん、いま王都では、目にレンズ型の魔導具を入れて色を変えるのが流行ってるんだ。特に赤い目は神秘的だって、人気があってね。兄上も、時々レンズでお洒落してるよ」


 ――赤い目が「かっこいい」と言われるなんて……お洒落だなんて、考えたこともない……

 

 ロルフの説明に、都会と田舎の感覚の違いを感じたエルマーは眩暈(めまい)を起こしそうになった。


「お洒落するだけの為に、お高い魔導具を買えるなんて、お貴族様か資産家くらいだろ。ああ、ロルフの家は、お貴族様だったか」


 肩を竦めながら、ヨーンが言った。


「貴族は、『特別寮』に入るんじゃないの?」


 エルマーは、改めてロルフの姿を見ながら、首を傾げた。言われてみれば、どこか気品を感じる顔立ちに、着ているものも地味ではあるが上質な生地で仕立てられているのが見て取れる。少なくとも、その雰囲気は故郷の同級生たちとは異なっていた。


「父上に『社会勉強になるから、標準寮へ入れ』って言われたんだ。初めて、この部屋を見た時は『物置』かと思ったけど、『特別寮』は個室で寂しそうだし、僕も、みんなと一緒のほうがいいと思ってるよ」


 普通に聞けば失礼な物言いかもしれないが、ロルフのあまりにあっけらかんとした様子から、エルマーは腹が立つより先に、おかしさが込み上げ、くすりと笑った。


「これだから、お貴族様は……やっぱり、僕みたいな学費減額組とは住む世界が違うよな」

「え? いま、こうして同じ世界に住んでるじゃないか」


 ヨーンの言葉に、ロルフが、きょとんとした。


「それより、君は学費減額制度を利用してるのか。あれは、入学試験で上位に入らなければいけないんだろう? ヨーンは、すごいんだな」


 ロルフの真っすぐな賛辞に、ヨーンは顔を赤らめた。


「それもあるけど、実家が経済的に苦しいってことだよ。でも、エルマーなんて首席合格だから特待生で、学費全額免除だよね?」

「ま、まぁね」

「どんな勉強したら、そんなふうになれるのか分からないよ。是非、コツを教えて欲しい」


 ヨーンに真剣な眼差しを向けられ、照れ臭くなったエルマーは頭を掻いた。

 他愛もないことを話しているうちに、三人は徐々に打ち解けていった。

 ふと、自分が肩の力を抜いて話しているのに気づき、エルマーは驚いた。

 

 ――ロルフもヨーンも、まるで俺の外見を気にする様子がないからだ。それだけで、すごく居心地がいい……


「そういえば、奥の寝台と机も、使っている人がいるんだろう?」


 荷物を解いていたエルマーは、部屋の奥に置かれた寝台の辺りに視線を向けた。

 きちんと整えられた寝台と、整頓された机の周囲の様子から、使用者の人となりが(うかが)える。

 

「あそこは、カール先輩の領域だから触るなよ。まぁ、優しい人だから心配ないよ」


 ヨーンが言った時、誰かが扉を叩く音が聞こえた。


「どうぞ」


 ロルフが答えると、黒いローブ姿の生徒が入ってきた。

 その顔を見たエルマーは驚いた。彼は、手続きの行われる講堂まで案内してくれた上級生だった。

 明るい茶色の髪と目を持つ、穏やかそうな印象の少年だ。


「おや、あの時の子じゃないか。まさか、同室になるとはね。僕はカール・ミュラー、三年生だ。改めて、よろしく」


 カールは、案内してくれた時と同じ笑顔で言った。


「エルマー・ハイゼです。さっきは、ありがとうございました」

「どういたしまして。……ということは、君が今年の首席合格者の一人だね? もう一人は貴族階級の子という話だけど」


「エルマー、すっかり有名人じゃないか」


 二人の話を聞いていたロルフが、目を丸くして呟いた。


「先生たちも、今年はすごい新入生がいるって騒いでいたから、僕たちの耳にも噂が入ってくるのさ」


 言って、カールは微笑んだ。


「僕は学年が違うから、君たちと行動を共にする機会は少ないかもしれないけど、分からないことがあれば遠慮せず聞いてくれ」


 明るく親しみやすい同級生と優しい先輩に囲まれ、これからの寮生活も思っていたほどには辛くなさそうだと、エルマーは安堵していた。

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