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4話 旅立ち

 「ヴァールハイト魔法学院」の入学試験から二週間ほどが過ぎ、エルマーは再び養父クルトと共に学校へ呼び出された。


「おめでとう、これが合格通知です」


 普段なら生徒が入る機会などない校長室で、担任教師と校長がエルマーたちを迎えた。

 教師が差し出した小さな封筒を、エルマーは恐る恐る開けた。中に入っていた厚みのある上質な紙には、「交差した二本の魔法の杖」を(かたど)った学院の紋章が印刷されている。

 そこには、美しい手書き文字で、エルマーの名の下に「合格」の文字が(したた)められていた。


「私の任期中に、我が校から『ヴァールハイト魔法学院』へ進む生徒が出るとは思っていませんでした。我々も鼻が高いですよ。来月の卒業式を終えたら、次の学期から魔法学院の生徒という訳ですな」


 いつもは気難しそうな顔をしている校長も、満面の笑みを見せている。


「それと、エルマーくんは首席での合格ということで、特待生として『学費その他諸費用完全免除』の資格が与えられます。この封筒に説明の冊子や手続き関連の書類が入っていますから、分からないことがあれば、いつでもお聞きください。我々がお手伝いしますので」

「本当に首席で合格なんて……お前は、大した奴だなぁ。金のことなんか関係なく、俺も誇らしいよ」


 クルトは教師から封筒を受け取ると、目を潤ませながらエルマーの頭を撫でた。

 「学費免除枠」を()ぎ取れたのも嬉しいが、エルマーにとって、父が喜んでくれたことが最も嬉しかった。

 教師たちとの面談が済み、クルトと連れ立って自宅へ向かうエルマーの足取りは、いつになく軽いものだった。


「……エルマー、もう少し、ゆっくり歩いてくれないか」


 少し息切れした様子で、クルトが言った。


「ごめん……父さん、気分でも悪いの?」


 父の、そのような言葉を聞くのは、エルマーにとって初めてだった。


「なに、俺も、そんなに若くなくなってきたということかな。お前が、こんなに大きくなったんだから、当然か」

「そうか……俺、学院を卒業したら、父さんが(らく)できるように働くよ」

「はは、さすがに、まだそんな歳じゃあないぞ」


 そう言いながらも、エルマーの言葉を聞いたクルトは、嬉しそうに相好を崩した。

 

 エルマーは、魔法学院入学の準備に忙しい日々を送ることになった。

 級友たちもエルマーの合格を知り、今は彼に尊敬の眼差しを向けている。

 あのギュンターは、学校には通っているものの、以前のようにエルマーを攻撃することもなく、むしろ彼を避けてさえいた。

 目の前に現れた輝かしい未来への可能性が、エルマーの生活を明るいものに変えていった。

 しかし、卒業式を間近に控えた、ある日のこと――

 小学校での最後の授業を終え、エルマーは、いつものように店舗兼住居である自宅の前へと辿り着いた。


「やぁ、おかえり」


 食堂の前に立っていた代書屋のフーゴが、エルマーに声をかけてきた。


「いつもなら開店してるはずの時間なんだけど、まだ入り口に鍵がかかっていてね。ここで待っていたんだ。煙突から煙が上がってるし、料理してるんじゃないかとは思うんだが」

「そうなの? おかしいな、父さんが営業日に開店を遅らせるなんて」


 エルマーは胸騒ぎを覚え、急いで入り口の鍵を開けた。

 扉を開け、食堂の中に入ったエルマーは、室内の魔導灯(まどうとう)も点いていないのを見て、明らかな異常事態だと感じた。


「……父さん?」


 急いで灯りを点け、エルマーは周囲を見回しながら店の奥へと進んだ。何かを感じたのか、フーゴも店の中に入ってきた。

 厨房の魔導焜炉(まどうコンロ)の上では、下ごしらえを済ませたと思しき二つの大鍋が弱火で温められており、旨そうな匂いの湯気を上げている。

 足元を見やったエルマーは、うつ伏せで倒れているクルトの姿に息を呑んだ。


「父さんっ?!」


 思わずクルトに縋りつこうとしたエルマーを、フーゴが制止した。


「待て、動かさないほうがいい」


 そう言いながら、フーゴはクルトの首の辺りに手を当てた。


「エルマー、急いで診療所から先生を呼んできてくれ」


 これまでになく厳しい顔で言うフーゴを見て、エルマーは一目散に近くの診療所へと走った。

 診療所から駆け付けた医師により、クルトが既に亡くなっていたことが確認された。

 

「私が触れた時は、既に生きている人間の体温ではなかったし、脈もなかった……エルマーには、直ぐに本当のことを言えなかったんだ」

「外傷もなし、持病も特に無かったし、突然の心臓麻痺としか言えないね」


 フーゴと医師が話しているのを、ぼんやりと聞きながら、エルマーは寝台に寝かされたクルトの亡骸に付き添っている。

 突然の出来事に、エルマーは何も考えることができずにいた。


「俺が……俺が、もっと早く帰っていたら……父さんは助かったのかな」


 エルマーは、ぽつりと呟いた。言ってから、何もかも自分が悪いのではないかという気持ちが込み上げてきて、彼は胸が苦しくなった。


「いや、たとえ私が、その場にいたとしても、手の施しようがなかったと思う。でも、クルトさんは安らかな顔をしていただろう? ほとんど苦しまずに亡くなったということだよ」


 医師に言われて、エルマーは父の顔にかけられていた布を外してみた。

 たしかに、クルトの死に顔は、まるで眠っているかのようだった。


 フーゴを始め、近隣の者たちに手伝ってもらいながら、エルマーは最愛の父クルトを弔った。

 泣きもせず、粛々と大人たちの指示に従うエルマーの姿を見て、周囲の者たちは気丈な子だと噂し合った。

 墓地にクルトの棺を埋葬し、エルマーはフーゴに付き添われて自宅へと戻った。


「遺産整理とか色々な手続きが残っているから、私も、しばらくここに泊まらせてもらうよ。手数料とかは気にしなくていいからね」


 父がいなくなった今、大人であるフーゴが傍にいてくれるのは、エルマーにとって心強く思えた。


「実は、クルトさんが亡くなる一週間ほど前、自分に何かあったら息子を頼むと言われたんだ。何か感じるものがあったのかもしれないな」


 フーゴの言葉を聞いて、エルマーは視界が滲むのを感じた。胸が締めつけられ、込み上げる嗚咽を堪えきれなくなった彼は、幼い子供のように泣きじゃくり始めた。

 クルトの妻そしてエルマーにとっての養母が亡くなった時の悲しみも、深いものだった。しかし、クルトまで失った今、エルマーは暗闇に一人で放り出されたような絶望に包まれていた。


「やっと、泣けるようになったか。私も、赤ん坊だった息子を亡くした時、ずっと泣けなかった。悲しすぎてな」

「……俺、父さんに……まだ何も返せていないのに……!」

 

 わあわあと(せき)を切ったように泣くエルマーの肩を、フーゴが、そっと抱いた。

 声をあげて、ひとしきり泣いたエルマーは、胸の中の苦しさが少し和らいだように感じた。


「……こんな時だが、魔法学院へは行くんだろう?」

「うん。……父さんが勧めてくれたし、入学試験に合格した時も、すごく喜んでくれたから、無駄にしたくない」


 フーゴに問いかけられ、エルマーは力強く頷いた。


「そうか。今は、そういう理由でもいいと思うよ。クルトさんも言ってただろう、『自分が何者かは自分で決めていい』って。魔法学院へ行って、将来の選択肢を増やして、一番やりたいことをやるんだ」

「こんなに親切にしてくれて……ありがとう、フーゴさん」


 エルマーが言うと、フーゴは照れたように微笑んだ。


「なに、息子が生きていたら君くらいになっていただろうと思うとね。他人事とは思えないってだけさ」



 フーゴのお陰で、エルマーがクルトの遺産を相続する手続きや、途中だった魔法学院入学の準備も、滞りなく進んでいった。

 エルマーがクルトと住んでいた店舗兼住居は、賃貸物件としてエルマーが所有し、その管理はフーゴが受け持つことになった。


「売ってしまうのは忍びないだろうし、誰も住んでいないと家が荒れてしまうから、たまに掃除するくらいだけどね」

「何から何まで、すみません……古いし、借りる人もいるかどうか分からない家なのに」


 厨房の棚に残っていた、クルト直筆の調理法(レシピ)ノートを抱きしめながら、エルマーは言った。


 小学校の卒業式も終わり、いよいよエルマーが王都へ旅立つ日が訪れた。

 入学試験を受けに、父と向かった王都への道を、エルマーはフーゴに付き添われながら再び辿った。

 魔法学院の門を前にして、エルマーは、フーゴに世話になった礼を言った。


「何か困ったことがあったら、私でも学院の先生でもいい、遠慮なく大人に頼るんだぞ。君は、まだ十二歳の子供なんだから」


 そう言って帰路に着いたフーゴの背中が、街の雑踏に紛れて見えなくなるまで、エルマーは見送った。


 ――フーゴさんは、ああ言ってくれたけど、やはり家族でもない人に頼り過ぎては駄目だ。これからは、何でも自分でやれるようになるんだ……本当に『父さんの自慢の息子』になる為に。


 未知の世界への不安を押し殺し、新たな決意を胸に抱きながら、エルマーは魔法学院の重厚な門をくぐった。

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