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36話 卒業そして帰郷

 煌びやかに飾り付けられた広間には立食形式で豪華な料理が供され、制服姿の生徒や、彼らの父兄、そして教師たちにより賑わっている。

 この日、卒業式を終えたエルマーたちは、卒業パーティーの会場で料理を楽しんだり、思い出話に花を咲かせていた。


「ヨーン、卒業生の挨拶、立派だったね」


 エルマーが(ねぎら)うと、ヨーンは顔を赤らめた。


「本当はエルマーかイザークがやるべきであるところを、二人は忙しいからと辞退して、僕にお鉢が回ってきたんだけどね」

「生徒会長のあなたなら、みんなも納得していると思うわ」


 そう言って、パウラがヨーンに微笑みかけた。


「それも、二人が生徒会選挙に出馬しなかったからさ。まぁ、おかげで就職活動の面接では話題ができたけどね」

「ヨーンは魔法管理省に行くんだものね。パウラは大手魔導具工房の魔導具設計士か。二人とも、すごいよ」


 取り皿に肉料理を積み上げたロルフが、口を挟んだ。


「ロルフも魔法警察の幹部候補生だろ? 真面目にやれば、将来は安泰じゃないか」

「でも、階級が上がると現場に出ることが少なくなるんだって。僕は、人に指示するより自分で動いたほうが(らく)なんだけどなぁ」


 ヨーンの言葉に、ロルフは困ったような笑いを浮かべた。


「俺は、ロルフみたいな上司、いいと思うけど」

「そうですね。ロルフは優しくて仲間想いですし、どこへ行っても慕われると思います」


 エルマーとアヤナが言うと、ロルフは照れ臭そうに頭を掻いた。


「アヤナは、学院の系列大学で政治や経済を学ぶんだよね」


 エルマーの言葉に、アヤナは頷いた。


「はい。だから、もうしばらくはゼーゲン王国に留まることになります」

「それなら、時々は会って話せるね。俺、頑張って時間を作るよ」

「ありがとう、エルマー……いつか、私と共にルーク王国へも来てほしいです」


 アヤナに、そう言われたエルマーは、心臓が跳ねた。


「うん、必ず行こう。それまでに、俺も『本物』の一人前にならないとね」


 エルマーの力強い答えを聞いて、アヤナは花が綻ぶような笑顔を見せた。


「やぁ、楽しんでいるようだな」


 そこへ、グラスを手にしたイザークがやってきた。


「イザーク、遅くなったけど、音楽学院の入学試験、合格おめでとう」


 イザークは魔法学院の卒業後、国内では有名な音楽学院への進学が決まったと、エルマーは聞いていた。

 

「ありがとう。魔法学院の学業と入試の準備を並行していたが、なんとかなって、正直ほっとしている」


 緊張感から解放されたのか、イザークの表情も柔らかいものになっている。


「でも、学業ではエルマーと並んで首席なのに、ちょっと勿体ない気もするね」


 ヨーンが、イザークの顔を見上げながら言った。


我儘(わがまま)だと言われるかもしれないが……以前エルマーに『自分が何者かは自分で決めていい』と言われて、やはり、自分のやりたいことを試してみたくなったんだ」


「イザークは音楽家になるのね? 素敵ね」


 パウラが、目を輝かせた。


「ああいう世界は、目に見える点数で評価されるわけではないから、そう上手くいくかは分からない。音楽学校を出たところで、仕事がなければ、そのまま埋もれるかもしれないがね」


 そう言って、イザークは肩を竦めた。


「そうしたら、俺が、きみを商会へ引き抜くよ。優秀な職員は、いくらでも欲しいからね。でも、俺は、イザークは音楽家としても成功すると信じているよ」


 少し冗談めかしたエルマーの言葉を聞いて、イザークが微笑んだ。


「きみの(もと)で働くのも悪くなさそうだが……今も、作りたい曲の案が浮かんでいるんだ。やれるだけ、やってみるつもりさ」


 自分も友人たちも、それぞれの道へ進んでいく――入学してからの日々を思い返し、その過ぎ去った時間の速さに驚きながら、エルマーは自分たちの未来に幸多からんことを祈った。


 

 卒業式が終わったあと、エルマーは、一人その足で故郷の街へと向かった。

 魔導列車の路線も、ここ数年で故郷の街まで伸びており、王都から直通で行けるようになっている。そのため、以前に比べれば、格段に便利だ。


 ――結局、入学してから一度も帰らなかったな。街も、変わっているかもしれない。


 かつて、養父クルトや代書屋のフーゴに付き添われて辿った道を、今は一人で進んでいる――エルマーは、ひどく不思議な感覚に陥った。

 クルトが若い頃に家を飛び出し、王都で料理人として修業した話を思い出し、エルマーは懐かしさに胸が締めつけられた。

 車窓の景色が都会から田園風景へと変化していき、やがて魔導列車は新たにできた故郷の街の駅に到着した。

 道路が綺麗になったり、見たことのない店や建物が増えているのに驚きながら、エルマーは、養父と住んでいた店舗兼住居の前までやってきた。

 エルマーは、かつての我が家が変わらぬ姿で佇んでいるのを、感慨深い気持ちで見上げた。


 「……もしかして、エルマーか?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえて、エルマーは振り向いた。


「やっぱり、そうか」


 眼鏡の奥の目を丸くしているのは、代書屋のフーゴだった。彼とは、折に触れ手紙をやり取りしていたものの、実際に会うのは六年ぶりだ。

 しばらく会わないうちに髪が半分ほど白くなり、フーゴも相応に年齢を重ねているのが分かる。

 


「お久しぶりです」


 エルマーは、向き合ったフーゴが、自分が思っていたよりも小さいことに驚いた。


「でっかくなったなぁ」


 そう言って、フーゴが相好を崩した。エルマーは、自分が成長したのだと気づいた。


「魔法学院を卒業したので、一度帰ろうと思って。フーゴさんには、色々とお世話になりました」

「いや、私は何も大したことはしていないよ。それより、大変だったみたいだな……有名な商会の会長職だなんて、今でも大変か」

「はい。でも、秘書の方や商会の幹部の方たちが補佐してくれるので」

「最後に会ったときは、まだ頼りない子供だったのになぁ……」


 目頭を押さえるフーゴを見て、エルマーも視界が滲むのを感じた。

 再会を喜んだ二人は、エルマーの養父母と、彼の実母であるフリデリーケの眠る墓地へと向かった。

 穏やかな日差しの中、墓地には静謐(せいひつ)な空気が満ちている。

 隣同士で並んでいる養父母の墓前で、エルマーは魔法の疑似空間に収納してあった花束を取り出した。


「こりゃ、すごいな。本当に、魔術師になったんだな」


 魔法を目にしたフーゴが、感心した様子で頷いた。


「父さん、母さん、遅くなって、ごめんなさい。俺は、元気にやってるから、安心してください」


 養父母の墓前に花束を供えながら、エルマーは報告した。


「クルトも奥さんも、今のエルマーを見たら喜ぶだろうね」


 フーゴが、そう言ってエルマーの背中に手を当てた。その手の温もりに、優しかった養父母を思い出したエルマーの目から、涙がこぼれた。

 続いて、エルマーたちはフリデリーケの墓へ向かった。

 かつては名前しか知らない、他人同然だったフリデリーケだが、今のエルマーにとっては、伯父ゲラルトとの縁を繋ぐ存在であり、自分を生み出してくれた人だ。


 ――ゲラルトさんから、あなたの話を聞きました。愛する人――俺の本当の父さんとは、会えましたか。これからも、時々会いに来ます。


 「生みの母」の墓前に花を供えたエルマーの頬を、柔らかな風が撫でていった。

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