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35話 静けさと温もりと

 「気象調整装置」の起動実験から、数か月が経過した。

 その間、エルマーの身辺は怒涛のごとくという言葉が相応しいほどに変化していた。

 ゲラルトが突然「健康問題」を名目に引退したことで、ライヒマン商会は混乱の様相を呈した。

 混乱の鎮静化を図るため、ゲラルトは後継者として血縁者であるエルマーを指名した。

 当初は、まだ学生に過ぎないエルマーの能力や、その出自に疑問を呈する声など様々な不満が出た。しかし、会長だったゲラルトの強い希望ということもあり、彼の側近たちが補佐するという形で、エルマーは学生にして商会の会長という地位に就いた。


 この日、エルマーは自分の秘書となったステファンと共に、ゲラルトのいる療養施設を訪れていた。

 清潔で快適そうな施設内、そして職員たちの対応も丁寧で好感の持てるものであることに、エルマーは安心した。

 案内された部屋の前で呼吸を整え、エルマーは扉を叩いた。

 「気象調整装置」の暴走を止めたあと、衰弱し倒れたゲラルトは医療施設に運び込まれ、一時は面会もままならない状態にあった。

 意識が回復して以後の連絡は、秘書のステファンを通したもののみだったため、エルマーがゲラルトと直接会うのは、あの日以来だった。


「どうぞ」


 部屋の中から、思いの外、張りのあるゲラルトの声が聞こえた。


「失礼します」


 エルマーは扉を開け、ゲラルトの部屋へ足を踏み入れた。


「よく来たね」


 寝台の上に身を起こし、分厚い本を手にしたゲラルトが、エルマーに微笑みかけた。倒れた直後に比べれば、顔色は随分とよくなってはいるものの、()()()()いるためか実年齢以上に老け込んで見える。


「お久しぶりです。お加減は、いかがですか」

「おかげ様で、大分()()にはなったよ。少し前までは、長く話していると息切れしてしまって、魔法管理省や警察の事情聴取に答えるのも一苦労だったがね」


 苦笑いするゲラルトを見て、目の前にいるのは自分が知っている彼本人だと、エルマーは感じた。


「会いに来てくれたのは嬉しいが、忙しいんじゃないか?」

「はい……商会の業務を覚えるのに学校を休むこともありますが、課題を提出すれば問題ないということで、なんとかなりそうです」

「そうか。過去にも、在学中に起業した生徒の事例があったからね。有名なところだと、ロスラー商会の会長などが、そうだ」


 ――ロスラー商会というと、あのグレゴールの父親ということか。息子はともかく、一代で起業して成功するなんて、凄い人は他にもいるものだな。


 エルマーは入学したばかりの頃を思い出し、口元を綻ばせた。


 ――あの頃は、自分がこんな状況に置かれることになるなんて考えもしなかった。まるで、遠い昔のことみたいだ。


「ステファン、エルマーと二人で話したいんだ。すまないが、少し外してもらえないか」

「承知しました。では、エルマー様、外でお待ちしています」


 ゲラルトに声をかけられたステファンは、失礼しますと言って部屋から出て行った。


「私の我儘(わがまま)で、きみを縛り付けてしまう形になってしまったかもしれないな」


 言って、ゲラルトは眉尻を下げた。


「いえ、俺が選んだことですから。たとえ、俺がゲラルトさんの血縁者という理由だとしても、それで商会が収まるなら」


 エルマーの言葉に、ゲラルトの表情が幾分か和らいだように見えた。

 少しの沈黙のあと、エルマーは口を開いた。


「ゲラルトさんは、どうして『ウィンデクス』と関わるようになったのですか。研究員時代の遺跡探索で、あいつの魂が保管されている魔導具を発見し、それを持ち出したということは聞きましたが……」

「そうだな、きみには直接事情を話しておきたいと思っていた。私が奴と会ったのは、もう三十年近く前……『ケルレウスの遺跡』の調査をした時だ」


 ――「ケルレウスの遺跡」……一年生の遺跡遠足で行ったところだ。魔導具が盗掘に遭った跡があると聞いていたが、ゲラルトさんが持ち去ったということか。


「私も、まだ若かった。見たこともない魔導具を見つけて、好奇心から『魔素』を注入してみたんだ。起動すれば儲けものだと思ってね。だが、それはウィンデクスの魂を保管するためのものだった。奴は私に語りかけてきた……自力では外に出られないから、私に憑依させろと。そうすれば、古代魔法文明時代についての知識を与えてやると」


 エルマーは、固唾を呑んでゲラルトの話に聞き入った。


「私にとって、奴の言葉は甘い誘惑だった。認識阻害の魔法を使えば、発掘品を持ち出すことなど造作もなかった。そして、私は奴から高度な魔法技術についての情報を得た。当時の技術は現代とは比較にならないほどに発達していて、今の技術で再現できるものは、ほとんどなかった。だが、私は奴から得た知識を生かし、魔導具を開発する企業を起こすことを考え、そして実行した」

「『ライヒマン商会』の成功の裏には、そんな事情があったんですね」

「ウィンデクスは、私に知恵を与えるようなふりをしながら、自分にとって都合のよい方向へと誘導していたんだ。『気象調整装置』も、天候を操作して農業などに貢献する目的で造ったものだが……あんな使い方をされるとは考えもしなかった」

「俺は、ゲラルトさんに悪意があったとは思っていません。魔法学院の生徒たちを援助していたのも、実益はあるにしても、やはりゲラルトさんの優しさからだと考えています」


 エルマーが言うと、ゲラルトは恥ずかしそうな、どこか困ったような微笑みを浮かべた。


「あまり買い被らないでくれ。私は、きみが思っているような立派な人間ではないよ。思うようにいかない世の中に苛立ち、力を欲していた……そこに指し示された(らく)な道を選んでしまった愚か者さ。貧しさを憎みながら、いつしか自分も金に依存するようになり、そのために妹まで失ってしまった」


 ゲラルトが、そう言って小さく息をついた。

 そこで、エルマーは一つのことを思い出した。


「『気象調整装置』ですが、危険な機能を除外し、安全な範囲で稼働できるよう改修を予定しています。せっかく造ったものですから、役立てたほうがいいと思って」

「そうしてもらえると、ありがたい。あれは、使い方さえ間違えなければ、役に立つものだからね」

「あと、将来、親を亡くした子供たちへ支援を行う仕組みを作りたいと思っています。何をどうすればいいのかは、これから勉強しなければいけないんですが……話が具体的になったら、ゲラルトさんにも助言をいただきたいです」

「早速、色々と考えているんだね。頼もしいな」


 話しているうちに、頬に少し赤味の差してきたゲラルトを見て、エルマーは、来てよかったと感じた。


「そうだ、持ってきたものがあるんです」

 

 エルマーは呪文を詠唱し、手元の空間に開けた穴から円筒形をした保温容器を取り出した。

 習得したばかりの空間魔法――疑似空間に物を収納する魔法で運んできたものだ。


「俺が作ったスープです。施設の方には許可を貰っています。なにか、ゲラルトさんのためにできることがないか考えたんですけど、自分にできるのは、これくらいしか思いつかなくて」

「それは、嬉しいね。最近は、食欲も少し出てきたところだ。いま、いただいてもいいかい?」


 保温容器を見たゲラルトが、相好を崩しながら言った。


「もちろんです! すぐ、温めますね」


 エルマーは保温容器の蓋を開け、中のスープを温めるための呪文を詠唱した。

 容器から立ち昇る湯気が、旨そうな匂いを運んでいる。


「腕を上げたね。匂いで分かるよ」

「ゲラルトさんには、かなわないな」


 ゲラルトの言葉に、エルマーは、くすりと笑った。

 (さじ)ですくったスープを、ゆっくりと味わっているゲラルトを見ながら、エルマーは胸の中が温かくなるような気がした。

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