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32話 傀儡

「全て、予定通りだ」


 ゲラルトが周囲を見回して言った。

 その場にいる全員が彼の言葉の意味を理解できず、制御室は一瞬水を打ったように静まり返った。

 エルマーは、ゲラルトの目が本来の赤色へ戻っていることに気づいた。ぎらぎらと不気味に光る赤い目は、見つめた者を焼き尽くすかのような威圧感を放っている。


「『気象調整装置』が暴走状態に陥ったままでは、やがて世界中に異常気象が発生し大変なことになります!」

「地表の平均気温が低下し、生態系の乱れから人間を含め多くの生物が生存できなくなる可能性もあります!」

「会長が魔導炉を停止させられるなら、早急にお願いします!」


 職員たちの半ば懇願する声を聞いて、ゲラルトは肩を竦めた。


「これこそが目的だったのだよ。このゲラルトという男、本当によく働いてくれたものだ。彼の自我は、今や意識の底に沈めてあるがね」


 そう言って、ゲラルトは()()()と笑った。その表情は、彼を知る者からすれば別人のごとく醜悪に感じられるものだった。


「ゲラルトさんではないとしたら……あんたは誰なんだ?!」


 背筋に冷たいものを感じつつ、エルマーは問いかけた。


「私は、お前たちが言う『古代魔法文明時代』に生きた魔術師、ウィンデクスという者だ。我が力を妬み忌み嫌った者たちによって命を奪われたが、魂だけは保存する術で現世に留まっていたところを、このゲラルトに目覚めさせられたのだ。この男は、今や私の(うつわ)に過ぎない」


 ゲラルト、いやウィンデクスと名乗る者の言葉に、エルマーを始め一同は驚き戸惑った。


 ――そういえば、ゲラルトさんは研究員時代に古代魔法文明遺跡の調査に参加したと言っていた……その時に、こいつ――ウィンデクスと名乗る者に会ったのか?


「あなたがウィンデクスとかいう魔術師だとして、このようなことをする目的は何なんだ?」


 イザークが、ウィンデクスを()めつけた。


「私を滅ぼした世界を、今度は私が滅ぼすのだ。私を殺した者の末裔たちが、のうのうと生き延び増殖しているなど、許せるものではないからな」


 さも当然といった口調で、ウィンデクスは答えた。


「そんな……そんなことだけを、何千年も考えていたの?」


 ロルフが、半ば呆れた様子で呟いた。


「貴様らには分かるまいよ。……これだけ聞けば、心残りはあるまい。私は、もう一仕事あるから失礼するよ」


 そう言ったウィンデクスの姿が、空中に溶け込むごとくかき消えた。


「……そうだ、王都の本社に連絡を……救援を要請しましょう!」


 呆然としていたステファンが我に返ったように言うと、職員の一人が傍らにあった通話用の魔導具を慌てた様子で操作し始めた。


「駄目です、通じません! 魔法的な手段による妨害が入っているようです」

「こっちも駄目だ!」

「妨害の術式を解除しろ!」

「今やってる……しかし、なんて複雑な術式なんだ。これも、あの『ウィンデクス』とやらが……?」


 複数設置されていた魔導通話機も役に立たないことが分かると、室内には絶望的な空気が漂った。


「ねぇ、あれを見て」


 パウラが、外の様子を映し出す(パネル)を指差した。

 そこには、先刻制御室から消えた「ウィンデクス」の姿があった。(ワンド)を手にした彼は、「気象調整装置」に向かって何かの呪文を詠唱している様子だ。

 

「あいつ、もしかして、『気象調整装置』から放出されている魔法の力に、効果を上乗せしようとしてるんじゃないの?」


 ヨーンが、青ざめた顔で言った。


「魔導炉を破壊すれば、『気象調整装置』も停止するのでは?」


 ロルフが言うと、職員たちは、とんでもないとばかりに首を振った。


「高出力状態で破壊などしたら、集積された魔素がどんな形で作用するか予測がつかない。それは無理な話だ」

「やっぱり、そう簡単にはいきませんね……」

 

 職員の説明を聞いて、ロルフが首を竦めた。


「魔法封じの呪文……魔素の動きを止める呪文を使ってみては?」

「もはや人力で止められる段階ではないんだ。魔導炉が魔素を集積する量に対して、きみたちを含め、ここにいる魔術師全員でかかっても間に合わないだろう」


 イザークも提案を却下され、唇を噛んだ。


「……くそっ、魔導炉から魔素変換装置から、『気象調整装置』に関わる操作権限が書き換えられている! 接続するには『合言葉』が分からなければ……だが、入力する言葉を一定回数間違えると、二度と介入できなくなる仕掛けが施されているぞ」

「安全性を追求した結果が、アダとなるとは……」

 

 制御盤の前で「気象調整装置」を停止させようと格闘していた職員たちが、そう言って歯を食いしばった。


「『合言葉』って、普段は、あまり使わない言葉を選びますよね。あるいは、本人しか知らない言葉とか」


 アヤナの呟きが、エルマーの中に閃きをもたらした。


「あの、いいですか」


 エルマーは、制御盤の前で頭を抱えている職員に言った。


「『合言葉』を『フリデリーケ』と入力してみてください」

「……根拠は?」


 職員は驚きながらも、冷静に尋ねた。


「『フリデリーケ』は、ゲラルトさんの亡くなった妹の名です。あの人が大切に思っている人の名です。だから、もしかしてと思って」

「会長の妹さんの名? だとしても、なぜ、きみが、そんなことを?」


 エルマーの言葉を聞いて、職員たちは一様に首を傾げた。


「エルマーくんの言っていることは本当です。このままでは、何も進みません。やってみましょう」


 ステファンが、必死な表情で職員たちに促した。

 職員の一人が、震える手で制御盤に触れ、フリデリーケの名を入力していく。

 数秒の沈黙のあと、鈴を鳴らすような音が響いた。


「よし、入れたぞ」

「これで、魔導具への命令を書き換えられる」

「とはいえ、ここにも複雑な術式が追加されているぞ。魔導炉の出力が一定以上になると上昇し続けるように組み替えられているとは」

「書き換えにどれだけかかるか分からんが、やるしかないな」


 「気象調整装置」への介入が可能になり、職員たちの間には僅かながら希望が出てきた様子だ。


「エルマー、なぜ、きみは商会の職員たちも知らないような情報を知っていたんだ?」


 イザークの探るような目に、エルマーは心臓を握り締められるような気がした。


「……いや、今は、そのようなことを気にしている時ではないか」


 頭を振りながら言う彼の言葉に、エルマーは小さく息をついた。

 エルマーが壁の(パネル)に目をやると、呪文を詠唱するゲラルト――彼の姿をした「ウィンデクス」が映し出されていた。

 気づけば、ここに到着した時には晴れていた空が、いまは灰色がかった厚い雲に覆われている。


「なんだか、耳が詰まったような感じがするな。列車が隧道(トンネル)に入った時みたいだ」

「気圧が急激に変化してるってことじゃないかな」


 ロルフとヨーンが言い合うのを聞いて、「気象調整装置」が確実に効果を現わしていることを、エルマーは実感した。


「きみたちは、こちらへ来てください」


 ステファンが、エルマーたち学生を一か所に集めた。

 彼は、エルマーたちを制御室とは別の、ある一室へと案内した。

 殺風景な室内には、魔導通話機が設置されている他に家具らしきものはなく、代わりに食料や日用品といった非常用の物資の箱が積まれている。

 

「ここは、非常時の避難場所……この施設の中で最も頑丈な部屋です。事態が落ち着くまで、きみたちは、ここで待機していてください」


 ステファンは、そう言って微笑んだ。

 本当であれば、彼も心中穏やかであるはずはないだろうが、自分たちを不安にさせないように気遣っているのだと、エルマーは思った。

 ステファンが部屋を出るのを待って、エルマーは口を開いた。


「俺、ゲラルトさんを説得しに行こうと思う」


 彼の言葉に、友人たちは目を丸くした。


「待て、今のライヒマン氏は、あの『ウィンデクス』に操られているのだろう」


 言って、イザークがエルマーの腕を掴んだ。


「あいつは、ゲラルトさんの自我は意識の底に沈めてあるとも言っていた。つまり、ゲラルトさんの存在は完全に消えた訳ではないと思うんだ。だから……」

「あまりに危険です。それに、なぜライヒマン氏が、エルマーの言葉を聞き入れると思うのですか」


 アヤナが、泣きそうな顔でエルマーに(すが)った。


「……今まで黙っていたけど、俺は、ゲラルトさんの血縁……フリデリーケというのは、俺を産んだ母の名だ」

「それって……つまり、エルマーはライヒマン氏の甥にあたるってこと?」


 ヨーンが、はっとした顔でエルマーを見上げた。


「なるほど、あの人がエルマーを特別扱いしていたのにも合点がいくね」


 ロルフが、顎を撫でながら頷いた。


「このことが分かったのは、入学して少し経ってからだった。他の人たちに知られると色々不都合があるだろうって、卒業まで秘密にしておこうとゲラルトさんに言われたんだ。でも、みんなを騙していたようなものだし、すまないと思ってる」


 言って、エルマーは肩を落とした。


「だとすれば、きみの言葉が『ウィンデクス』の中で眠らされているライヒマン氏に届く可能性はあるということか。私も援護しよう。人手は多い方がいいだろうからな」


 掴んでいたエルマーの腕を離すと、イザークが言った。

 

「そんな、自分以外の人を危険な目に遭わせるのは嫌だよ」

「生き残る確率を上げるということだよ。 僕だって、得意分野の魔法なら、エルマーに負けないの、知ってるだろう?」


 ロルフが言って、エルマーの背中を軽く叩いた。


「ルーク族の神ヴィハーンの伝説には、別の結末もあるのです。ヴィハーンは敵を撃ち滅ぼしたが、自らも深手を負い、死して天に還ったと……あなたに何かあったら、私は……」


 潤んだ目でエルマーを見上げながら、アヤナが言った。


「俺は、ヴィハーンじゃないよ。だから、大丈夫だ。きみは、ここで待っていて」


 エルマーは、腕の中にいる彼女の背中を(さす)りつつ言った。大丈夫という言葉には何の根拠もなかったものの、彼には、そう言うことしかできなかった。


「でしたら、私も共に行きます。私の治癒系呪文も役に立つはずです」


 アヤナが、エルマーの目を見据えて言った。


「十中八九、『ウィンデクス』は魔法で攻撃してくると思うけど……万一戦闘になった時は、防御なら僕に任せて」


 青ざめた顔のヨーンも、腕まくりをしている。


 ――これは模擬戦じゃない。一歩間違えば命の危険がある……でも、彼らの力があるなら、なんと心強いことだろう。


「みんな、ありがとう。俺一人で何とかしようなんて、思い上がってたよ。力を貸してほしい」


 エルマーが言うと、一同は力強く頷いた。


「私は……なにもできない……悔しいな」


 俯いていたパウラが、ぽろぽろと涙をこぼしている。


「きみが、ここで待っていてくれると思えば、僕は力が湧いてくる気がする。なにもできないなんてことはないよ」


 ヨーンにそう言われたパウラは、涙を拭いながら何度も頷いた。


「うん……みんな、無理しないで。危ないと思ったら逃げてね」


 パウラに見送られ、エルマーたちは「気象調整装置」の出入り口へ向かった。

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