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30話 告白と招待と

 大講堂では、卒業式の厳かな空気の中、卒業生が整然と並んだ椅子に座り、式の開始を待っている。

 後方には彼らの父兄も緊張の面持ちで参列している。

 その横には教師たち、壇上には魔法管理省大臣や政財界の有力者といった来賓も勢揃いしていた。

 将来は国や企業を背負って立つと言われる魔法学院の卒業生が、どれほど重要視されているかを表していると言えるだろう。

 在校生代表の一人として出席していたエルマーは、来賓席の中にゲラルト・ライヒマンの姿を認めた。


 ――ゲラルトさんは、何人もの学院の生徒に金銭的な援助をしていると言っていたっけ。きっと、今年の卒業生の中にも彼の援助を受けていた生徒がいるんだろうな。


 卒業式は滞りなく終了し、卒業生たちは晴れやかに笑ったり、あるいは感激の涙を流しつつ、講堂から退場していった。その背中を見送ってから、エルマーたち在校生も講堂の出口へと向かった。


「やぁ、エルマー」


 講堂から出たところで、エルマーに声をかけた者がいた。

 エルマーと同室だった先輩であり、たったいま卒業式を終えたばかりのカール・ミュラーだ。その手には、卒業証書の収められた革製のファイルがある。

 

「あ、カール先輩。卒業おめでとうございます。先輩は、これから卒業祝いのパーティーですよね」

「ありがとう。……パーティ―の前に、きみと話しておきたいことがあるから、ここで待っていたんだ」


 エルマーが挨拶すると、いつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべて、カールが言った。


「俺と話したいこと……? 分かりました。場所を移したほうが、いいですか」

「そうだね」


 そう言うカールの表情に、どこか(かげ)りがあるのをエルマーは感じた。

 二人は、構内に幾つか設置されている東屋の一つへ移動した。ここは木々に囲まれており、普段から人通りも少ないため、静かに話したい場面には打ってつけだ。


「そういえば、カール先輩は魔法管理省に進まれるそうですね。すごいです」


 東屋のベンチに腰掛け、エルマーは言った。


「それほどでも……まぁ、これで家族も安心させることができたよ。しかし、入学してきた時のエルマーは、ほんの子供という感じだったけど、すっかり大きくなったね」


 カールは微笑んだあと、なにか考えている素振りを見せてから再び口を開いた。


「……言おうか言うまいか迷っていたんだけどね。やはり、黙っていられなくて」


 エルマーは、カールの言葉に首を傾げた。


「僕も、ライヒマン氏に金銭的な援助を受けていた。別に恥ずかしいことでも隠すようなことでもないけど、わざわざ言うようなことでもないし、黙っていたんだ」

「ゲラルトさんが、自分が見込んだ学院の生徒に援助していたという話は聞いています。それだけ、先輩も期待されていたということですよね」

「……僕の家は、裕福ではないけど、奨学金制度を利用できるほどには収入が少なくはなかった。ところが、僕が二年生になった時、妹が重い病気に罹ってしまってね」


 エルマーは、カールの言葉に息を呑んだ。


「妹の命を助けるには、高額な治療が必要ということになって……奨学金制度は、あくまで世帯収入だけで利用の可否が決まるから、妹の病気といった事情は関係ない。親の負担を減らそうと、僕が退学を考えていたところへ、たまたま事情を知ったライヒマン氏が声をかけてくださったんだ」

「それで、ゲラルトさんに助けられたということですか」

「うん、あの方は、僕が退学しなくて済むよう金銭的な援助をしてくださった上に、妹の病気を治療できる良い医療施設を紹介してくれて……でも、進路は僕の自由にしていいとおっしゃってくれたから、もともと官僚志望だった僕は、魔法管理省への道を選ぶことができた。本当に、感謝してもしきれないよ」

「そうなんですね。ゲラルトさんは、環境に関わらず優秀な人には機会が与えられるべきだと、常々おっしゃってましたからね」


 カールはエルマーの言葉を聞きながら頷いていたが、少し逡巡してから言った。


「エルマー、きみはライヒマン氏の血縁者なんだろう?」


 彼の言葉を聞いて、エルマーの心臓が跳ねた。


 ――それは、俺とゲラルトさん、そして秘書のステファンさんしか知らないはず……!


「きみが入学して数日経った頃、ライヒマン氏から連絡があったんだ。きみの髪の毛を採取して送ってほしいって。僕が、きみと同室になったのは全くの偶然だけど、それ以後も、きみが困るようなことがないか、それとなく気をつけてやってほしいとライヒマン氏に頼まれていた。そこから、きみはライヒマン氏の血縁者だろうと推測したんだ」

「カール先輩だったんですね。ゲラルトさんは、俺の毛髪を採取して血縁の有無を調べたと言っていましたが、これで謎が解けました」


 エルマーは、上級生に絡まれるなどの()()()()の際、カールに助けられたことを思い出した。


「泥棒のような真似をして、少し気が咎めるところもあったんだ。でも、僕は、きみや、ロルフやヨーンに対しては本当に弟ができたように思っていたから、きっとライヒマン氏の指示がなくても、学院生活の助けになりたいと思ったよ」

「ええ、初めて会った時、カール先輩は見ず知らずの俺に親切にしてくれました。先輩のことを、信じますよ」


 入学式当日、気後れしていた自分を案内してくれたカールの優しさは、彼本来のものなのだとエルマーは思った。

 

「申し訳ないけど、僕がきみに打ち明けたことは、他の生徒たちや、ライヒマン氏にも言わないでほしい。口止めされていた訳ではないけれど、あまり大っぴらにしないほうがいいと思って」

「はい。ゲラルトさんは、俺が何も知らないと思っているでしょうし、俺も、わざわざ話題にしようとは思いません」

「何も言わずに去るのは自分が苦しくなるという理由で、こんな話をしておいて身勝手だとは思う。すまない」


 そう言って、カールは眉尻を下げた。


「いえ、教えてくれて、ありがとうございます。俺も、すっきりしました。」


 エルマーの言葉に、カールが安堵の表情を見せた。


 ――もしかしたら、カール先輩が困っていたという情報も、ゲラルトさんは援助していた別の生徒から聞いたのかもしれない。常に学院内に情報源がいるということか。


 ゲラルトに悪意はないにしても、身近な人間関係までが彼の(てのひら)の上にあったということが、エルマーの中に畏れに近い感覚を呼び起こした。


 卒業式が終わり、エルマーたちは五年生に進級した。

 自分たちの卒業も見えてくる時期を迎え、勉学に魔法の実践にと忙しい日々を送っていたある日、エルマーはゲラルトに誘いを受けた。


「やぁ、進級おめでとう。きみも、もう五年生とは早いものだね」


 指定された料理店に着いたエルマーを、ゲラルトは、そう言って迎えた。


「ありがとうございます」


 礼を言って、エルマーは案内された席に着いた。

 二人は、他愛もない話をしながら、運ばれてくる料理を味わった。

 ゲラルトの話題は魔法に関することから仕事の話、世の中の動きなど多岐に(わた)った。


 ――そうか、会う相手を飽きさせないというのも、経営者としての能力なのかもしれないな。


 エルマーには、目の前にいるゲラルトが大きく見えていた。


「……そういえば、去年の『対人魔法戦闘大会』では、また決勝でイザークと引き分けだったそうだね」

「はい。互いに小手先の作戦など通用しないので、最終的には全力での魔法の撃ち合いになりました。その結果、魔法の使い過ぎで両者とも昏倒してしまって」

「大変元気でよろしい……とはいえ、やりすぎは危険だから、程々にしておかないとね」


 ゲラルトが、快活に笑った。


「先生たちにも、同じことを言われました」


 エルマーは、思わず首を竦めた。


「しかし、全力で対等に戦える相手がいるというのは幸せなことだ。どこまでも、互いに研鑽できるということだからね」

「それは、本当に、そう思います」


 自分を見つめるゲラルトの目は、あくまでも慈愛に満ちているとエルマーは感じていた。

 ここだけ見れば、全てを(てのひら)の上で転がす人物像とは、かけ離れている。


 ――ゲラルトさんはカール先輩に「進路は自由にしていい」と言ったそうだけど、よく考えれば、恩を受けた卒業生たちが、あらゆる分野に散らばっていたほうが「ライヒマン商会」にとって有益なのではないか……


「話は変わるが、かねてから建造中だった『気象調整装置』の最終起動実験が、近く行われることになってね」


 ゲラルトの声で、エルマーは思考の世界から戻った。


「あれが、完成したんですね」

「予定よりも、ずいぶんと長くかかってしまったよ。これまでにない『魔導具』だから慎重を期したというのもある。当日は、きみも招待させてほしいんだが、問題ないかね」

「いいんですか? 俺みたいな、ただの学生が……」

「いや、未来を担う者の一人だよ。きみの友人も、何人か連れてきてもらって構わない。きっと、興味を持つ子もいるだろう」

「はい、みんな喜ぶと思います」


 エルマーの答えを聞いて、ゲラルトが満足そうに頷いた。

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