3話 選択
「魔法適性検査」から二週間ほどが経った。
エルマーは、担任教師から、検査結果と魔法学院入学試験の案内が学校に届いたという報せを受けた。
今日は、詳しい話を聞く為に、教師との面談が行われる日だ。
授業が終了し誰もいなくなった教室で、エルマーは養父クルトと共に教師と机を挟んで向き合った。
「お忙しいところ、申し訳ありません。エルマーくんの将来について、大事なお話がありますので」
「いえ、わざわざ定休日に合わせていただいて、こちらこそ、すみません」
クルトとの挨拶を済ませると、教師は机の上に書類や薄い冊子を広げた。
「先日行われました『魔法適性検査』にて、エルマーくんは大変に高い魔法の適性を持つことが判明しました。そこで、『ヴァールハイト魔法学院』の入学試験の案内状が届いています。ここの卒業生は引く手数多で、魔法管理省や魔法兵団といった公的機関や、魔導具を扱う企業など、進路の選択肢が広がります」
「あの、魔法の適性が高いと、魔法学院に行かなきゃいけないんですか」
やや興奮気味な様子の教師に、エルマーは、おずおずと尋ねた。
「もちろん強制ではなく、あくまで推奨するという話だよ。しかし、魔法の適性は誰もが持っているものではないし、生かさないのは実に勿体ないことだと思う。特に『ヴァールハイト魔法学院』は、我が国の魔法教育機関で最も充実した内容の教育を受けられると言われているんだ。魔法を習得するには、それなりの知性も要求されるから、入学試験も簡単ではないけどね」
魔法の適性は誰もが持っているものではない――教師の言葉を聞いたエルマーは、素質なしと判定されて地団太を踏んでいたギュンターの姿を思い出した。
「魔法学院というのは、授業料や寄宿舎の使用料とか、費用も結構かかるんでしょう?」
それまで黙って話を聞いていたクルトが、口を開いた。
「それなりには、ですね。ただ、魔法の適性の高い子供たちが適切な魔法教育を受けられるよう、経済的に苦しい場合は授業料の減額を受けられる制度や、奨学金を借りる道もあります。また、エルマーくんなら成績優秀者として、学費その他の費用完全免除枠を狙えるかもしれません」
「費用完全免除?」
驚きに目を見開いたクルトの前に、教師が机に置いてあった冊子を広げてみせた。
「入学試験の成績上位者数名のうちに入れば、特待生として様々な費用を免除されるという制度です。エルマーくんなら入学試験自体は余裕で合格できると思いますが、上手くすれば、ほぼ無料で学院へ入れる可能性があるということですね」
「なるほどねぇ」
冊子を捲りながら何か考えているクルトをよそに、エルマーは聞いた話を懸命に咀嚼していた。
まだ幼い彼が、これまで考えてもいなかった道を示されても、即座に結論を出せるはずはなかった。
「入学試験までは一年以上あるし、じっくり考えていただいて大丈夫ですよ」
教師はそう言ったが、エルマーは、彼が自分に魔法学院へ行ってほしいのだと感じ取った。
面談を終え、エルマーとクルトは帰路へ着いた。
日が傾き、雲が薄くたなびいている空は橙色に染まりつつある。
道沿いに並ぶ家々の煙突からは、夕餉の支度をしているのか煙が立ち昇っており、何かを調理している匂いが漂い始めていた。
「いい匂いがしてくると、腹が減ってしまうな。うちの夕食は、鶏肉とキノコのクリーム煮だぞ。帰ったら、すぐ作るからな」
「やった! 俺、父さんの料理では、クリーム煮が一番好きかも」
他愛もない話をしながら歩いていた二人だが、不意にクルトが真顔で言った。
「お前、本当に、心の底から料理人になりたいと思っているのか?」
「えっ……」
突然の問いかけに、エルマーは口籠った。
彼は、自分が、ただ漠然と、父のような料理人になりたいと思っていただけということに、今更ながら気づいた。
「お前は、うちみたいな店で料理人をやるのは合わないと思う」
思わぬ父の言葉に、エルマーは目を見開いた。
「都会の大きな店なら、料理人は厨房に籠っていられるが、うちみたいな店では、お客とやりとりしながら料理しなくちゃならない。俺は人と話すのが好きだから苦にならないけど、お前は、そういうの得意じゃないだろう?」
「そうかも……しれないけど」
――俺は、父さんが自分の料理でお客を喜ばせているのを見て、ああなりたいと思っていた……でも、たしかに人と話すのは得意じゃないし、俺は父さんと同じようにはできない……
「勉強が好きなら、魔法学院へ行けばいい。数学とか歴史とか、魔法以外の授業もあるらしいじゃないか。こんな田舎で、お前の才能を腐らせるのは勿体ないと、俺も思うんだ。それに、都会には色々な奴が集まる。お前の髪や目の色を気にする者なんて、いないだろうさ」
淡々と話すクルトの言葉を聞いているうちに、エルマーは目の奥が熱くなった。父が、どれだけ自分のことを考えてくれているのかが身に沁みる思いだった。
「費用のことは……多少の蓄えはあるし、俺が仕事を続けていれば何とかなるだろう。だから、それについては気にするな」
言って、クルトはエルマーに片目をつぶってみせた。
一年と数か月が経った頃、エルマーは魔法学院の入学試験を受ける為、クルトと共に王都へと向かった。
乗合馬車を乗り継ぎ、更に魔法で動く「魔導列車」を使っての旅は、エルマーにとって驚きの連続だった。
王都へ近付くにつれ、車窓を流れる風景は、田園地帯から、家々が密集する市街地へと変化していく。
また、移動の際、クルトが迷うことなく様々な手続きをする姿が、エルマーの目には頼もしく映った。
「実家を飛び出して、王都に向かった若い頃を思い出すよ」
魔導列車の座席で揺られながら、クルトが懐かしそうに言った。
「父さん、家出したの?」
初めて聞く、父の若い頃の話に、エルマーは驚いた。
「ああ。俺は元々、農家の次男坊だったんだが、どうしても料理人になりたくて家を出たんだ。大地主の婿養子になる話を蹴っちまったから、親には勘当されたけどな」
「すごいな、たった一人で王都に行くなんて」
「あの頃は、怖いもの知らずだったから何でもできたんだと思う。野垂れ死ななかったのは、運が良かったんだろうな」
からからと笑うクルトに釣られて、エルマーも笑った。
辿り着いた王都は、エルマーが見たこともない高層の建物が建ち並ぶ、まさに大都会と言えた。
試験当日を迎え、「ヴァールハイト魔法学院」の前に立ったエルマーは、思っていた以上に立派な門や校舎を見て、少し気後れするのを感じた。
「お前なら大丈夫だ。先生も、合格は確実と言っていただろう?」
緊張するエルマーを励ますように、クルトが言った。
「うん、ありがとう。でも、できれば『学費免除枠』に入りたいんだ。そうすれば、父さんに迷惑かけずに済むでしょ?」
「迷惑なんて言うんじゃない。でも、やれるだけのことはやってきな。俺は、学院の近くで待ってるからな」
父の励ましを受けて、エルマーは試験会場となる教室へ向かった。
試験官に案内された教室は、浮き彫りの施された柱や壁が荘厳な雰囲気を醸し出しており、その広さも小学校の教室など比較にならないものだ。
周囲を見回したエルマーは、受験生にも様々な者がいるのに気づいた。
自分と同じような質素な身なりの者から、一目で貴族の子と分かる者まで――そのような中、エルマーの目を引いたのは、一人の少女だった。
黄金色の長い髪に淡い褐色の肌、青とも緑ともつかない湖を思わせる瞳が、気品のある美しい顔立ちと相俟って神秘的なものを感じさせる。
まとっているワンピースには一面に凝った刺繡がされており、異国の民族衣装を思わせた。
エルマーの視線に気づいたのか、少女は彼に目を向け、優しく微笑んだ。
少し恥ずかしくなり、エルマーは慌てて目を逸らした。自分が周囲とは明らかに異なることを気にする様子のない、むしろ誇るかのように堂々としている少女の姿が、エルマーには眩しかった。
――そうか、外国から留学してくる子もいるのか。父さんが言っていたけど、都会には色々な人が来るんだな。
ふとエルマーは、以前クルトの食堂を訪れていた山高帽の男を思い出した。彼もまた、エルマーの外見に対して奇異の目を向けることなどなかった。
山高帽の男も、きっと都会の人なのだろうと、エルマーは納得した。
何とはなしに気が楽になり、彼は以後の試験に余裕を持って臨むことができた。




