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29話 飛行魔法練習場にて

 学院内の施設の一つ「飛行魔法練習場」は、文字通り飛行魔法の練習をするための場所である。

 高く造られた天井に加え、床には万一墜落しても怪我をしないよう、衝撃を吸収する魔法がかけられている。

 エルマーたちも、習ったばかりの飛行魔法の練習に来たところだ。

 見上げれば、飛行魔法を練習する生徒たちが何人も飛び交っている。


「エルマーは、銀等級の魔法免許試験、合格したんだよね」

「卒業までに取得すればいいはずだけど、さすがだね」


 ヨーンとロルフに言われ、エルマーは照れ臭くなって微笑んだ。


「ありがとう。実は、卒業までに白金等級免許取得に挑戦しようかと思ってるんだ」

「いいんじゃない? 別に落ちても恥ずかしくないし」

「エルマーなら行けそうだけどな」


「銀等級免許を取ったなら、この『飛行魔法練習場』でなくても、飛行魔法を使えるのでは?」


 アヤナが、練習場を見回しながら言った。

 対応する等級の魔法免許を所持していれば、学院の外でも呪文の使用が可能になるのだ。


「たしかに、銀等級以上の免許があれば、学院の中でなくとも飛行魔法は使えるけど……王都のような都市部は飛行禁止区域が多いから、ここで練習するほうがいいと思って」

「そうなんですね。考えてみれば、飛行魔法を使えるからといって、大勢の人が好き勝手に飛び回っていたら危ないですよね」


 エルマーの言葉に、アヤナが頷いた。


「とりあえず、せっかく練習場に来たことだし飛行魔法を使ってみようよ」


 そう言って、ロルフが飛行の呪文を詠唱した。すると、彼の身体が()()()と宙に浮いた。

 ロルフは、その場でトンボ返りしたり、身体をくるくる回転させたりと身軽に動き回っている。


「すごいな、上手いじゃないかロルフ」


 エルマーは思わず手を叩いた。


「ロルフは身体を動かすのが得意ですものね」


 アヤナも感心した様子で、飛び回るロルフを見上げている。


「よし、僕もやってみよう」


 続いてヨーンが呪文を詠唱した。

 やはり、ふわりと浮かんだ彼だったが、空中で姿勢を保つのに苦労している様子で、頭が下になってしまったりと上手くいかないようだ。


「えええ……なんで、こんな……手先を使うのは得意なんだけどな」


 四苦八苦しながら、なんとか空中で立つ姿勢をとったヨーンが、息を切らせながら呟いた。


「先生も、おっしゃっていましたね。ただ歩くことはできても、華麗に踊ったり速く走ったりするには訓練が必要で、飛行魔法も同じだと」


 そう言ってアヤナも呪文を唱えると、彼女の身体が()()()と浮かんだ。

 エルマーも、仲間たちに続いた。


「アヤナも、まるで地面に立っているみたいに安定してるね」

「エルマーもですよ。ルーク族のとある祭りで、祈りの舞踏を神に奉納する儀式があるのですが、私も子供の頃から踊り手を務めていました。それで鍛えられているのかもしれませんね」


 エルマーが褒めると、アヤナはそう言って頬を染めた。

 空中で姿勢を整えながら、エルマーは高度と速度を上げて練習場の中を飛び回った。


 ――魔法はすごいな。まるで鳥になったみたいだ。速度を上げると魔素を多く使うから、消耗に気をつけなければいけないけど。


「すごいですね、エルマー。つい先日、習ったばかりの呪文なのに」


 追いついてきたアヤナが、感心した様子で言った。


「みんな、飛ぶのが上手いなぁ」


 犬かきのような動きで、ヨーンは空中を進んでいる。


「方向転換する時は、こうして重心を移動させるんだ。全力で走っている時と同じさ」

 

 ヨーンの手を取って飛びながら、ロルフが言った。


「なるほど、曲がりたい方向へ身体を傾けて……」

「ヨーンは理屈っぽいなぁ。そのうち、身体が覚えるよ」


 朗らかに笑うロルフに釣られ、エルマーたちも笑った。

 その時、エルマーは向かい合ったアヤナの背後に高速で接近する一人の男子生徒の姿を認めた。


 ――あの速度では減速しきれずアヤナに衝突する……!


 エルマーは、咄嗟に風属性の呪文を詠唱した。

 逆巻く風が一瞬で厚い空気の層を構成する。接近してきた生徒は、アヤナに触れる寸前に出現した空気の層に跳ね返され、小さな悲鳴をあげて床に墜落した。

 秒単位の出来事ではあったが、エルマーにとっては数分間にも感じるものだった。


「えっ? なにがあったのです?」


 異変に気づいたアヤナが振り返り、床に倒れている生徒を見て目を丸くした。


「きみに、彼がぶつかりそうになっていたんだ。様子を見てくる」


 エルマーは短く答えると、墜落した男子生徒のもとへ飛んだ。

 墜落した男子生徒は既に身を起こし、額を押さえている。制服のネクタイの色から、エルマーたちの一つ上である五年生であると分かった。

 

「大丈夫ですか」


 エルマーが声をかけると、男子生徒は恥ずかしさを誤魔化すように笑った。


「参ったね、速度を出し過ぎて止まれなかったんだ。きみが、魔法で助けてくれたんだね?」

「咄嗟だったから、空気の層を作って衝撃を吸収させるつもりだったんですけど……弾き飛ばしてしまって、すみません。床には衝撃を吸収する魔法がかけられているとはいえ……」


 エルマーは恐縮しながら言った。


「いや、きみがいなければ、あの女生徒に激突して、俺と二人で大怪我してたところだ」


 そう言って、男子生徒は何事もなかったかのように立ち上がった。本人の言うとおり負傷はしていないことに、エルマーは安堵した。


「おいおい、大丈夫か」

「あれで無傷? すごいな」


 男子生徒の友人と思しき生徒たちも集まってきたが、やはり彼らも驚いている様子だ。


「エルマー、私を助けてくれたのですね? 私、全然気づかなくて」


 いつの間にか傍にいたアヤナが、エルマーを見上げた。


「うん……間に合ってよかったよ」


 アヤナに見つめられ、エルマーは思わず顔を赤らめた。


「僕も危ないと思ったけど、咄嗟に動けなかったよ」

「状況把握と行動選択の素早い判断、呪文詠唱の正確さと速さがなければ、こうはいかなかったね」


 ロルフとヨーンも、驚きと安堵の()い交ぜになった表情を見せている。

 と、不意にアヤナが強張った顔でエルマーの胸に寄りかかった。


「どうしたの?」

「ごめんなさい……今頃になって、急に怖くなってしまって」


 震えているアヤナの背中に、エルマーはそっと手を回して、小さな子供を寝かしつける時のように軽く叩いた。


「もう大丈夫だから、落ち着いて」

「はい……」


 数分ほど経つと、安心したのかアヤナの身体から力が抜けていった。

 触れ合っている部分から体温が溶け合っていくような感覚に、エルマーは少し動悸を感じた。


 「そうしてると、やっぱりお似合いだね」


 二人を眺めていたロルフに言われ、エルマーとアヤナは頬を染めた。


「ところで、さっきの呪文って、どうやったの? 風属性呪文の応用だと思うけど、僕もやってみたい」


 ヨーンが、興味津々という顔で口を挟んだ。


「ヨーン……もう、こういう時は空気読みなよ」


 ロルフに脇腹を肘で(つつ)かれ、ヨーンも、にやりと笑った。


「ええ……あぁ、なんか、ごめん」


「別に、そんなに気にしなくてもいいってば」


 友人たちの言葉に、エルマーは耳まで赤くしていたが、笑顔の戻ったアヤナを見て少し誇らしい気持ちになった。

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