28話 道を照らすものは
エルマーは、友人たちと共にヒルデブラント家の豪華な夕食を楽しんだ。
レベッカも一泊していく予定だったが、彼女はアヤナとパウラとの同室を希望した。アヤナたちも快く了承した為、女性陣は彼女たちの寝室へと向かった。
「僕たちも、寝る準備しようか」
ロルフに促され、エルマーとヨーンも用意された寝室へと向かった。
「エルマー、夕方、アヤナと何を話していたんだい?」
寮のものとは比べ物にならない、ふかふかした大きな寝台に腰掛け、ヨーンが言った。
「えっ……べ、別に大したことじゃないよ」
「大方、アヤナがヤキモチ妬いて拗ねてたのを宥めていたってところだと思うけど」
図星を刺され、エルマーは言うべき言葉を探した。
「三年も一緒に暮らしてるんだから、見てれば分かるよ。アヤナは、ずっとエルマーのことを見てたしさ」
狼狽するエルマーを前に、ヨーンが片方の口角を上げた。
「うん、アヤナがエルマーのことを好きだというのは分かる。エルマーもアヤナが好きだというのも分かる」
ロルフも、当然とばかりに頷いている。
――そうだな。本当は、アヤナの気持ちは何となく感じてはいたし、俺もアヤナのことが好きなんだ。でも、ずっと、目を逸らしていた……
「アヤナは一国の王族で、俺は只の一般市民……色々と考えてしまうんだ。立場が違い過ぎるから」
エルマーは、ぼそりと呟いた。
「このゼーゲン王国では、貴族の女性が、そうでない男性と結婚したり、王族の男性が一般人の女性と結婚した例もあるよ。その男性は、王家を離れたらしいけど」
「へぇ、全く希望がない訳でもないんだね。エルマーなら何とかなるんじゃないかな。魔法管理省とか、『ライヒマン商会』みたいな誰でも知っているようなところに就職して、出世しまくるとかさ」
ロルフの言葉に、ヨーンが大袈裟に頷いた。
二人が、自分に希望を持たせようとしているのだと、エルマーは胸の中が温かくなるような気がした。
「ありがとう。結婚とか、まだ、ずっと先の話だけど、少し元気が出てきたよ。最初から諦めるのは、よくないよね」
エルマーが言うと、ロルフとヨーンも少しだが安堵した表情を見せた。
一夜が明け、レベッカはエルマーたちに挨拶してから、ヒルデブラント家の馬車で帰路へ着いた。
「昨夜は、楽しかったね。レベッカさんって、思ったより面白い人だったものね」
エルマーたちがレベッカを見送る中、パウラが言った。
「そうですね。頭の回転が速いし茶目っ気もあって、私も見習いたいと思いました」
アヤナも、すっかり普段の調子を取り戻したようだ。
「女子たちは、どんな話をしてたの?」
ヨーンが尋ねると、アヤナとパウラは頬を染め、曖昧な笑みを浮かべた。
「そういうことは、深く聞かないものよ」
パウラの言葉に、アヤナが何度も頷いた。
楽しい夏季休暇は瞬く間に過ぎ、新学期が始まった。
最上級生である六年生たちは本格的な進路決定の時期に入る。
この時期は、幾つかの名の知られた企業や魔法管理省などの公的機関の代表者による「進路説明会」の開催が恒例となっている。
説明会は四年生以上であれば見学が可能ということで、当日、エルマーは、いつもの友人たちと共に、会場となっている大講堂へ向かった。
真剣な表情の六年生たちが醸し出す緊張した空気の中、壇上には様々な企業や機関の人事担当者が現れ、彼らの仕事や求められる人材についての説明をしていく。
ヴァールハイト魔法学院の卒業生は引く手数多であるとは言われていたものの、たしかに代表者たちの話は、どちらかと言えば勧誘に近いものだ。
「次は、『ライヒマン商会』会長、ゲラルト・ライヒマン様です」
司会の声に、たまゆら講堂内が小さな騒めきに満たされる。大企業の一つである「ライヒマン商会」の会長が、自ら説明会に参加するのは異例のことらしいと、エルマーも察した。
ゲラルトの、いつもと同じ堂々とした話しぶりに、生徒たちは真剣な顔で耳を傾けている。
「……我が商会では、職員として迎え入れた者は出身や年齢に関係なく、実力次第で昇進が決まります。我こそはと思う方は、是非『ライヒマン商会』で腕試しをしてみては如何でしょうか」
そう言って壇上から生徒たちを見回したゲラルトと、エルマーは目が合った。その一瞬、ゲラルトは僅かな微笑みを浮かべたように見えた。
――「ライヒマン商会」のような大企業で実績を上げれば、アヤナの相手として認めてもらえるのだろうか。
実力次第で昇進、という言葉に、エルマーは隣に座っているアヤナをちらりと見やった。
進路説明会が終了し、エルマーたちは大講堂を出た。
「僕たちにとっては、まだ先だけど、早めに話を聞いておくのはいいことだよね」
歩きながら、ヨーンが口を開いた。
「そうだね。僕は、やはり魔法兵団や魔法警察に興味が出てきたよ」
「ロルフは運動も得意だし、向いてるかもね」
ロルフの言葉に、エルマーは頷いた。
「エルマーは、出来ることが色々あり過ぎて迷うって感じかな?」
ヨーンが、いたずらっぽい顔をしてエルマーを見た。
「迷っているというのは、たしかだね」
エルマーは、曖昧な笑みを浮かべた。
「私は、魔導具の開発をするところで働きたいかな。家事を楽にする魔導具を作るの」
「それは、素敵ですね。私は、魔法学院を卒業したら、ゼーゲン王国の大学で政治や経済を学ぶことも考えています」
「だとしたら、まだまだアヤナもゼーゲンにいるってことよね」
「うふふ、まだ分かりませんけど」
パウラとアヤナが話しているのを聞いたエルマーは、胸の中が波立つのを感じた。
――アヤナが進学して引き続きゼーゲンに滞在するなら、少しは時間があるということか。
趣味の同好会や何かの集まりに参加するという友人たちと別れ、エルマーは、一人で寮へ戻った。
美術教師が余暇時間に絵を見てくれる日でもあったが、今日は集中できなさそうだと、彼は思った。
エルマーが寮の扉を開けると、出入り口に設置された郵便受けが目に入った。自分用の箱に、一通の封書が入っている。
「エルマー・ハイゼ様」とだけ書かれた封書には郵便局で処理した痕跡がなく、直接郵便受けに投函されたものらしい。
「ライヒマン商会」の紋章を象った封蝋を目にして、エルマーの心臓が跳ねた。
――もしかして、秘書のステファンさんあたりが来ていたのだろうか。
自室に戻ったエルマーは、封書を開けてみた。そこから出てきたのは、やや癖のあるゲラルトの筆跡で書かれた手紙だ。
久しぶりに会って食事でもしたい、迎えを寄越すので次の休日は空けておいてほしいという短い内容ではあるものの、エルマーにとっては、ずっしりと重たく感じられるものだった。
「進路説明会」から数日経った、ある休日、エルマーはゲラルトの寄越した迎えの馬車で、指定の場所へ向かった。
そこは、大きくはないが品のよい料理店だった。
受付で名前を告げたエルマーは、店員により個室の一つへと案内された。
「やぁ、来たね」
先にテーブルに着いていたゲラルトが、エルマーを迎えた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「そう堅苦しくしないでくれ。我々は、いわば家族なのだからね」
エルマーが挨拶して席に着くと、ゲラルトは、誰もが信頼を置いてしまうであろう鷹揚な微笑みを浮かべた。
「ここは、商会が出資している料理店でね。他国の要素も取り入れた料理も出すんだ。きみにも気に入ってもらえると思うよ」
やがて、料理が順番に運ばれてきた。ゲラルトの言うとおり、異国の香りのする料理もあったが、それらはゼーゲンの料理と溶け合い、エルマーにも新たな味わいを生み出しているように感じられた。
「そういえば、説明会に来てくれていたんだね。早くから将来のことを考えておくのは、いいことだ。どこか、気になる企業などはあったかい?」
「説明会に来ていたのは有名な企業や公的機関ばかりで、正直、あまり実感がありませんでした」
エルマーは、正直に答えた。
「分かるよ。私も、きみくらいの頃は、そんなものだった。個人的には、我が『ライヒマン商会』に来てほしいという気持ちは変わっていないがね」
ゲラルトの言葉が、エルマーの心臓を掴んだ。
「だが、他の分野の経験を積んでおくのもいいと思う。私も、最初は魔法管理省所属の研究所で働いていたからね。古代魔法文明の研究で遺跡を探索するなどは、非常に有意義だった。しかし、公的機関は年功序列の考え方が強くて、上司や先輩の意見が絶対……私は、自分の力を自由に使える場が欲しくて起業したという面もあるよ」
「そうなんですね」
――ゲラルトさんは、あまりに能力が高いから、他人の下で働くのは合わなかったのだろうな。
「その点、我が商会は実力主義だ。きみなら、遠からず同年代を遥かに追い越すだろうね。そして、きみが『ライヒマン商会』に来るなら、最終的に私の後継者候補になってもらうことになる」
「後継者……?!」
思わぬ言葉に、エルマーは食べていた肉を喉に詰まらせかけた。
「私も人間だからね。自分が築いたものは、やはり自分と繋がりのある者に継がせたいという気持ちが強くなった。皮肉だが、貴族たちの気持ちも分かる気がするよ。なに、きみなら心配ないだろう」
「……他の人は、厳しい採用試験を突破しなければいけないと聞いています。俺だけが、そんな……」
ゲラルトの言葉に嬉しさがなかったと言えば嘘になるが、エルマーは、あまりに容易く事が運んでしまいそうな雰囲気に恐れを感じていた。
――ゲラルトさんの後継者ともなれば、責任も重大だ。ただ出世すればいいとだけ考えるのとは、訳が違う……
「……ときに、きみはルーク王国の王族である女生徒と親しくしているそうだね」
「えっ……なぜ、それを」
エルマーは、思わず口走ってから、はっとした。
「学院の中には、私が援助している生徒が幾人もいるからね。色々な情報が入ってくるのさ」
驚きに目を丸くするエルマーを前に、ゲラルトが、いたずらっぽく微笑んだ。
「彼女との未来を考えるなら、我が商会の後継者候補という肩書は、あって損はないと思うよ。まぁ、急ぐ話ではないから、卒業まで、ゆっくり考えるといい」
もはや様々な思考が入り乱れ、エルマーは料理の味など分からなくなっていた。




