23話 伝説と社会科見学
エルマーは、特別寮へ帰るイザークと別れたのち、標準寮の自室へと向かった。
「おかえり、エルマー」
「先生に、お説教されたの?」
先に部屋へ戻っていたロルフとヨーンが、エルマーを迎えた。
「授業で正式に習っていない戦術を、ぶっつけ本番でやるのは危険だから駄目って言われたよ」
エルマーは、苦笑いしながら言った。
「すごいよね。僕も驚いたよ。まぁ、エルマーとイザークだから、何とかなったんだろうね」
ヨーンは、未だ興奮冷めやらぬという様子だ。
「イザークって、もっと取り澄ました奴だと思っていたけど、意外に大胆というか、無茶するよね」
「俺も、そう思ってた。でも、話してみると、結構やんちゃな感じもしたかな」
ロルフの言葉に、教師から説教を食らったあとにイザークと笑い合った時のことを、エルマーは思い出した。
その時、部屋の扉を叩く音がした。
エルマーが、どうぞと返事をすると、同室の先輩、カールが入ってきた。
「やぁ、戻っていたのかい。なんだか、騒ぎに巻き込まれていたようだけど」
「それがですね……」
ニクラスたち四年生との諍いについて、ヨーンが自分のことのごとく誇らしげに、カールへ説明した。
「でも、一触即発というところで先生が来てくれたから、助かりましたよ。もう少し遅かったら、エルマーが殴られていたと思います」
「それは、よかった。なにしろ、先生に知らせたのは僕だからね」
カールの言葉に、エルマーたちは驚いた。
「ここのところ、二年生や三年生も、あのニクラスという四年生たちに練習場を奪われるという事例が起きていてね。生徒会でも、問題にすべきという話が出ていたんだ。その矢先、君たちと四年生たちが揉めているのを見かけて、先生に報告したという訳」
「余罪もあったんですね……」
ロルフが、呆れたように呟いた。
「でも、よりによって一年生相手に負けたんだから、しばらくは大人しくなるだろうね。そういえば、あのゲラルト・ライヒマン氏も、五年生の時に競技会の無差別部門で、最上級生の六年生に勝って優勝したそうだよ。これは、今でも伝説として語り継がれているんだ」
「すごいですね。俺はイザークと二人がかりだったけど、競技会で上級生と一対一で戦って勝つなんて」
エルマーは、カールの話を聞いて素直に感心した。学年が一つ違えば、学ぶ呪文の数や経験も段違いである。今回のように、相手が油断しているところへ不意打ちする形でもなければ、上級生と正面から戦って勝てる気はしなかった。
「ライヒマン氏といえば、来週の社会科見学の行き先って、『ライヒマン商会』の関連施設だったよね」
ヨーンが、思い出したように言った。
「ああ、たしか、いま建造中の大型魔導具を、ライヒマン氏のご厚意で見学させてくれるという話だね」
エルマーの言葉に、カールは心底羨ましそうな顔をした。
「それは、幸運だな。時間があれば、僕も行ってみたいところだ」
――カール先輩は、本当にゲラルトさんのことを尊敬してるんだな。実際、すごい人だから当然かもしれないけど。あんな人が、俺の伯父だなんて、嘘みたいだ。俺も、あんなふうになれるんだろうか……
ゲラルトの鷹揚な微笑みを思い出し、エルマーは自身の将来について考えた。
数日が過ぎ、一年生の社会科見学の日が訪れた。
目的地は、王都郊外でライヒマン商会が製作している大型魔導具――傍目には何かの工場のように見える建造物だ。
建物の前に整列した「魔法科」と「魔法理論学科」の生徒たちは、滅多にない行事にはしゃいでいる。
そこへ、ゲラルトが秘書のステファンを伴って現れた。わざわざ商会の最高責任者が姿を現したことに、エルマーだけではなく他の生徒たちも驚いた。
「ようこそ、ヴァールハイト魔法学院の皆さん。皆さんの前にあるのは、建造中の『気象調整装置』です」
筒状の拡声魔導具を手にしたゲラルトが挨拶をすると、生徒たちは静まり返った。卒業生として行事などの際にも時折出席する彼は、一年生たちの間でも顔が知られている。
「昨年は冷夏などの天候不順で、農作物の生産高が例年より下がったのは記憶に新しいでしょう。大昔のように大規模な飢饉が起きる可能性は低いとはいえ、未だ食糧生産は自然に左右されてしまうのが現状です。しかし、この『気象調整装置』で天候を安定させ、食料生産や人々の生活の安定を図るというのが、国を挙げての計画です。皆さんにも、最先端の魔法技術を見て、未来についても考えてもらえればと思います」
「天候を操る魔導具なんて、話が大きすぎて想像つかないや」
ゲラルトの挨拶に拍手を送りながら、ロルフがエルマーに囁きかけた。
「『気象調整装置』って、とても複雑な構造なんだろうね。局地的に天候を変化させる呪文はあるけど、それを魔導具で再現する訳だし」
エルマーは、事前に渡されていた冊子を広げた。
「重要な部分の設計は、ライヒマン氏が自ら行っている……だって。あの人、何でもできるんだなぁ」
冊子を覗き込んだヨーンが、ため息をついた。
「皆さん、一緒に見学して回りませんか」
連れ立ったアヤナとパウラに声をかけられ、エルマーたちは彼女らと共に「気象調整装置」の内部へと入った。
「今日は作業を止めているから、立ち入り禁止区域以外は自由に見ていいんだって。なんだか、太っ腹ね」
パウラは嬉しそうに周囲を眺めている。
「これは、『気象調整装置』の動力を賄う『魔導炉』です。まだ『火入れ』はしていないので作動していませんが、これ一つで小さな町一つ分くらいの動力は賄えると言われています」
ひときわ大きな装置を前に、商会の職員と思しき男が生徒たちに説明をしている。
不思議な光沢を帯びた金属で構成されている半球状の本体には、更に細かな装置が取り付けられ、床や天井を這うように伸びた何本もの管のようなものが繋がれている。それだけで、エルマーの目には小さな要塞のように見えた。
「『火入れ』というのは、こういう『魔導炉』みたいな、他の魔導具に動力を供給する装置へ、最初に『魔素』を注入することよ。それだけは、人力でやる必要があるの。……ああ、これくらいは、みんなも知ってるよね」
パウラが得意げに言ってから、顔を赤らめた。
「そうだね。『火入れ』をしてしまえば、あとは『魔導炉』が自動で大気中の『魔素』を取り込んで動いてくれるんだよね」
「さすが、エルマーね」
エルマーの言葉に、パウラが感心したように頷いた。
「ぼ、僕だって、それくらい知ってたし」
ヨーンが慌てたように言って、軽く唇を尖らせた。
「あはは、ヨーンって、パウラの前だと格好つけるよね」
「べ、別に、そういうのじゃないし!」
ロルフが無邪気に言うと、ヨーンは赤くなって、そっぽを向いた。
そんな仲間たちのやりとりを、エルマーとアヤナは微笑みながら眺めていた。
エルマーは、立ち入り可能な区域の一つ一つで立ち止まり、「気象調整装置」の完成形を思い描いていたが、ふと自分が友人たちと逸れているのに気づいた。
――夢中になり過ぎたか……でも、自分が、こんなに魔法への興味を持つなんて、故郷にいた頃には考えたことなかったな……
施設内から出なければ、そのうち合流できるだろうと、周囲を見回していたエルマーは、視界にイザークの姿を捉えた。
彼もまた、「気象調整装置」の内部を興味深そうに眺めているが、一緒に行動している者は特にいない様子だ。
「やぁ、イザーク。きみも、興味津々というところだね」
「ああ、エルマー・ハイゼか」
エルマーの姿を見たイザークが、口元を緩ませた。
「天候を操作する、ということだが、人間の手で、そんなことをしていいものかと思ってな」
「たしかに、少し海水温が下がったり、風向きが変化しただけでも、世界中に天候の異常が起きたりするものね」
イザークの言葉に、エルマーも一理あると思った。
「もちろん、その辺りは、厳重に計算して調整しなければならないと思っているよ」
突然、背後から声をかけられ、驚きと共に二人は振り向いた。
そこに立っていたのは、ゲラルトだった。傍らには、秘書のステファンの姿もある。
「こ、こんにちは、ゲラルトさん」
「ほう、きみたち首席二人は親しいのかい? 優秀な者同士、話が合うというところか」
上ずった声で挨拶するエルマーに、慈愛に満ちた笑みを向けながら、ゲラルトが言った。
「お久しぶりです、ライヒマン様」
一方、イザークは落ち着いた様子でゲラルトに挨拶した。
「きみのお父上とは、先日とあるパーティーでお会いしたよ、イザークくん。相変わらずご多忙のようだね」
「そろそろ、貴族院の議長選挙がありますので……ライヒマン様は、民衆院議員の選挙には出馬されないのですか? 当選間違いなしだと思いますが」
「さすがに、そこまで手が回らないよ。少なくとも、今は商会を切り盛りするので精一杯さ」
――さすがはイザーク……ゲラルトさんとも、大人っぽい話ができるなんて。
まるで一人前の大人のようにゲラルトと会話するイザークの姿を見て、エルマーは感心した。
「それでは、見学を楽しんでいってくれたまえ」
そう言って、ゲラルトは待たせていたステファンと共に、どこかへ歩き去った。
「きみは、すごいな。ゲラルトさんみたいな人と難しい話ができるなんて」
エルマーは、素直にイザークを称賛した。
「なに、大体は父上の受け売りさ。ところで、きみはライヒマン氏に気に入られているようだな」
「え……ああ、そうだね。ゲラルトさんは、料理人だった父の料理を気に入ってくれていたから……」
「それだけか? まあいい、ただ、きみも彼を尊敬しているようだが、あまり取り込まれないように気を付けたほうがいい」
少し声を落として言うイザークに、エルマーは目を丸くした。
「取り込まれる……?」
「これも父上の受け売りだが、ライヒマン氏は他人を意のままに動かすのが得意だそうだ。大企業の経営者として必要な能力だとは思うが、自分を見失わないようにした方がいいぞ」
イザークの言葉を聞いたエルマーは、ゲラルトと向き合った時の気持ちを思い出した。
嫌悪とも疑念とも異なる、だが、心のどこかが騒めく感覚――無意識の警戒心とも言える、なにか。
――ゲラルトさんは俺の伯父でもあるし、俺を気にかけてくれている……疑ったりなんて、とんでもない。でも、自分が知らない間に髪の毛を採取され、血縁を確認していたということから、得体の知れなさを感じていたのも事実だ。
「いや、ライヒマン氏を悪く言うつもりはなかった。気分を害したなら、すまない」
無言で考えているエルマーの顔を、イザークが覗き込んだ。
「いや、そんなことないよ。俺のこと、心配してくれているんだね」
「そ、それは……せっかくの好敵手に何かあっては、面白くないからな」
エルマーの言葉に、イザークは僅かだが顔を赤らめた。




