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21話 彼の戦術と理不尽への抵抗

 エルマーは試合用区域に立ち、対戦相手となる教師と向き合った。

 魔導具で防御壁を展開した二人は、互いに(ワンド)を構えて戦闘態勢に入る。

 見学している生徒たちは、固唾を呑んで試合開始を待っていた。


「ヨーン、私の代わりに開始の合図をお願いします」


 教師に声をかけられたヨーンが、緊張した顔で頷いた。


「では……始め!」


 やや甲高いヨーンの声と共に、エルマーと教師が短く呪文を詠唱した。

 教師の杖から放たれた火球が、エルマーの展開した防御壁に衝突して散った。しかし、防御壁もまた光の粒子と化して霧散する。


 ――先生の呪文の威力は思っていたより高い……防御を固めている余裕はない!


 瞬時に判断したエルマーは、()ぐに戦術を切り替えた。

 教師が次々に放つ火球や光の矢を相殺すべく、エルマーも様々な呪文を立て続けに詠唱した。

 炎や(いかずち)が舞い、光が閃く魔法の応酬に、生徒たちも我を忘れて見入っている。


 ――このまま相手の呪文を(さば)いているだけでは消耗戦になる……最終的に自分の防御壁が残っていればいいんだ。肉を切らせて骨を断つ!


 エルマーは水を生成し水流を生み出す呪文を詠唱した。しかし、彼が狙ったのは教師の足元だった。

 足元へ生まれた大きな水溜まりに、教師は一瞬驚いた表情を見せながらも、冷静に呪文を唱えて(いかずち)を発生させた。

 教師の放った(いかずち)を浴びながら、エルマーは怯むことなく、更に土属性の呪文を相手の足元に放った。

 エルマーの呪文が生み出した大量の水と土塊(つちくれ)は混ぜ合わされ、瞬く間に泥濘(ぬかるみ)と化した。

 教師が、突然生み出された泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、体勢を崩す。

 その隙に、エルマーは時間の許す限り攻撃呪文を唱えた。

 火球や光の矢が教師のまとう防御壁を削っていき、その色を赤――あと一撃で消滅する状態へ変えていく。

 最後の一撃を放つべくエルマーが呪文の詠唱を始めると同時に、体勢を立て直した教師も詠唱を開始した。

 二人の(ワンド)の先端から放たれたのは、巨大な火球だった。


「相殺か?!」


 生徒たちが小さく声をあげる。

 二つの火球が衝突し大きく揺らいだかと思うと、教師の放ったものがエルマーの()()を飲み込み、膨張した。

 次の瞬間、逆巻く炎に包まれたエルマーは、思わず目を閉じた。

 目を開けた時、彼は先刻まで黄色の状態で残っていたはずの防御壁が消滅しているのに気づいた。


「……俺の負けですね。やっぱり、先生は、すごいです。防御壁を一撃で剥がすなんて」


 エルマーは少しの悔しさと共に、全力で戦ったという満足感を覚え、微笑んだ。


「いや、私の負けです」


 申し訳なさそうな顔で、教師が口を開いた。


「さっきの私の呪文は、一年生では習わない、上級呪文でした。エルマーが思った以上に手強(てごわ)かったので、無意識に高度な呪文を使ってしまったのです。約束を(たが)えた私の反則負けですね」


 そう言うと、教師は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「相手の足場を崩して集中を乱すという戦術、見事でした。今の段階で柔軟な発想ができるのは大したものですよ。私も、在学中は対人魔法戦闘の競技会で優勝したこともあるのですが、当時を思い出しました」

「いや、みんなの戦闘を見て、色々と参考にさせてもらったお陰です」


 生徒たちの間から起きた拍手の中、教師に褒められ、エルマーは顔を赤らめた。

 

「先生、競技会とか、あるんですか?」


 ロルフが手を挙げながら言った。


「ええ、一年生は見学だけですが、二年生から参加できますよ。まず、学年ごとの大会では個人戦や団体戦があります。それに、学年に関係なく無差別に対戦できる部門もありますから、自信が付いたら参加してみるといいかもしれませんね」


 教師が説明すると、生徒たちの間に(ざわ)めきが生まれた。


「団体戦だと、みんなで力を合わせて戦うんだよね? 色々な戦術が考えられそうだね」


 ヨーンが、わくわくした様子で言った。


「ヨーンは参謀に()()()()だね。僕は、力仕事担当かな」


 ロルフの言葉に、エルマーは、くすりと笑った。

 

「エルマーのように、色々な種類の魔法が使えたなら、戦術の幅も広がりますね」


 そう言ってアヤナが微笑むのを見たエルマーは、少し誇らしい気持ちを覚えた。


「対人魔法戦闘の授業が始まったので、これからは君たちにも『魔法戦闘練習場』の使用が認められます。興味のある人は、空いた時間を使って練習するといいでしょう」


 教師の言葉に、生徒たちは小さな歓声をあげた。



 初めての対人魔法戦闘の授業から数日後、エルマーとロルフにヨーン、そしてアヤナたちは放課後を待って「魔法戦闘練習場」へと向かっていた。

 勉強の為にと付いてきた、「魔法理論学科」のパウラも一緒だ。


「予約してから二、三日待ちなんて、ずいぶんと混雑するんだね」

「もうすぐ『対人魔法戦闘競技会』が開催されるから、練習する人が増えてるんだって。普段は当日申し込みでも大丈夫だってさ」


 ロルフとヨーンが話しているのを聞きながら、エルマーは頭の中で、どの呪文をどういった順番で使おうかと様々に想定していた。


 ――作戦も大事だけど、先生のように、状況に合わせて反射的に呪文を詠唱できるようになる練習も必要だな……


「エルマーは、戦う時の作戦を考えているのですか?」


 アヤナに話しかけられ、エルマーは思考の世界から戻った。


「え、ああ、よく分かったね」

「あなたは、勉強に関する考えごとをする時、左上を見る癖があるから、すぐ分かります。でも、あまり夢中になると周囲への注意が疎かになるから、気を付けたほうがいいですよ」


 そう言って、アヤナは、くすりと笑った。


「たしかに、さっきもエルマーは段差に(つまづ)いて転びそうになってたよね。アヤナが引っ張ってくれたから大丈夫だったけど」


 ヨーンが、エルマーとアヤナに目を向け、片方の口角を上げた。


「ええ? そうだったの? アヤナ、気付かなかくて、ごめん」


 エルマーは、どれほど自身が思考の世界に浸かっていたのかと驚いた。


「アヤナって、エルマーのこと、よく見てるよね」


 パウラが言って、うふふと笑った。


「べ、別に、エルマーのことだけ見ている訳ではありませんよ……ちゃんと、皆さんのことも見てますから」


 なぜか顔を赤らめているアヤナを見て、エルマーも首を傾げつつ曖昧(あいまい)に笑った。


「あれ、練習場の前に人が集まってるけど、何かあったのかな」


 ヨーンが、目の前に見える練習場を指差した。

 彼の言うとおり、練習場の入り口の前には十人近い生徒が集まっている。

 その中にイザークの姿を認めたエルマーは、集まっている生徒たちが「星組」の者たちであるのに気づいた。よく見れば、以前、エルマーがイザークと話していることを咎めてきた者も交じっている。

 イザークは、入り口を塞ぐように立っている二人の生徒と何やら言い合っている。どうやら、相手は上級生らしい。


「俺たちは、『対人魔法戦闘競技会』へ向けての追い込みをしてるんだ。一年生は参加しないんだから、いいだろう」

「五、六年生は授業時間が長くて、あと一時間は練習場に出てこない、今が好機なんだよ。邪魔するな」


 入り口を塞いでいるのは四年生の生徒だということが、話を聞いていたエルマーも分かった。

 最近まで小学生だった一年生と比べれば、大人に近い四年生たちは、エルマーから見れば大きく感じられる。


「この時間で予約したのは我々です。あなた方の不当な占有が許される理由は、どこにもありません」


 自分よりも体の大きな上級生を相手に一歩も退かず、イザークが冷静な口調で言った。


「は? 威勢のいい、ひよっこだな」

「髪の色まで、(にわとり)のヒナみたいじゃないか。ひよっこは、おとなしく(にわとり)小屋で昼寝でもしてるんだな」


 四年生たちは、イザークの髪の色を当て(こす)り、笑い声をあげた。

 普段は落ち着いているイザークも、鼻に皺を寄せている。

 見ていただけのエルマーにも、四年生たちの態度は不快に思えるものだった。

 

「ここは引きましょう、上級生が相手では無理ですよ」


 「星組」の生徒の一人が、イザークのローブを引っ張りながら怯えた顔で言った。

 エルマーは見ていられなくなり、イザークに歩み寄った。


「イザーク、きみたちも、これから魔法戦闘の練習かい?」

「エルマー・ハイゼか。きみたちも、練習に来たのだな」


 エルマーの顔を見たイザークの表情が、僅かだが和らいだ。


「ああ、そうさ」

「だが、彼らが不当に居座っているから、退()くように交渉しているところだ」


 イザークが、忌々しそうに上級生たちを見やった。


「……という訳で、俺たちも、今から練習場を使用したいのですが、よろしいでしょうか」


 そう言って、エルマーは入り口に立ちはだかる四年生を見据えた。


 ――昔は、嫌なことがあっても自分さえ我慢すれば済むと思っていた。でも、友達が困っているなら、隠れてやり過ごすことなんてできない。


 エルマーの赤い目で見つめられた四年生は威圧感を覚えたのか、目を逸らした。

 その時、入り口の扉が開き、別の生徒が姿を現した。


「おいおい、ひよっこどもを追い出すだけなのに、いつまでかかってるんだよ」


 新たに現れたのは、どこか傲慢さの滲む大柄な生徒だった。エルマーと比べれば背丈が頭一つ分は大きく、見下ろされただけで萎縮してしまいそうだ。


「だってニクラス、こいつら、しつこくて……」


 ニクラスと呼ばれた大柄な生徒は、言い訳する仲間を一瞥したのち、エルマーとイザークに目を向けた。

 

「一年生は、これから幾らでも時間があるだろ? ちょっとくらい上級生に譲れよ、なあ?」


 一見、鷹揚に見せてはいるが、ニクラスの目は笑っていない。


「そういう問題ではありません。不当な理屈で正式な手続きを反故にする……こういうことがまかり通れば、いずれ秩序は崩壊します。譲れません」


 先に口を開いたのは、イザークだった。しかし、彼の言葉を聞いても尚、四年生たちは苛立った表情で睨み返してくるばかりだ。

 

 ――イザークは何一つ間違っていないけど……まともな理屈が通じる相手でなければ逆効果だ。なんとかしないと……


 はらはらしながらエルマーが考えを巡らせていると、ニクラスが、にやりと笑って言った。


「それじゃあ、俺たちと『対人魔法戦闘』で勝負して、お前らが勝ったら練習場を譲るぜ」


 思わぬ言葉に、エルマーたち一年生は互いに顔を見合わせた。

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