15話 祭りへの道のり
「ええと……それでは、今から文化祭の出し物を決めたいと思います」
生徒たちの囁き声に満ちていた「月組」の教室は、教壇に立っているヨーンの一声で一瞬だが静まった。
今日は、あと一か月ほどで開催される「文化祭」についての話し合いが行われるのだ。
「僕たちにとっては初めての文化祭なので、過去に、どういった出し物があったのか、先輩たちに聞き取りをしてきました」
そこまで言うと、ヨーンは隣に立つエルマーに囁きかけた。
「やっぱり、委員長のきみが司会をやるべきじゃない?」
「ごめん、俺、こういうの経験なくて……きみがやってるのを見て勉強したら、次から頑張るよ」
入学試験の成績順で組の委員長を任されたエルマーだが、小学校時代は、そのような役職などから最も遠いところにいた為、副委員長であるヨーンに頼る場面が多かった。
「仕方ないなぁ。じゃあ、出し物の例を板書してくれないか」
ヨーンに言われ、エルマーは先輩であるカールや彼の知り合い数人から聞き取りした、文化祭の出し物の例を黒板に書いていく。
教室に、お化け屋敷や迷路を作るなど、様々な遊戯を用意して来場者に楽しんでもらうもの、大講堂の舞台で演劇や音楽、魔法の実演などを披露するもの、そして、軽食などを提供する模擬店、あらゆる分野の研究発表を展示――エルマーが杖で黒板へ出し物を書き出していくうち、教室に再び賑やかさが戻った。
「俺、兄さんの学校で、お化け屋敷に入ったことがある。面白かったよ」
「劇も楽しそうだけど、練習しなければいけないし、脚本や衣装の準備が大変そうだね」
「研究発表も学院らしいけど、ちょっと堅苦しいかなぁ」
「魔法の実演も、私たちは初歩しか習っていないから、上級生には敵わないわね」
「軽食の模擬店がいいと思います」
挙手したロルフが、見るからに、わくわくした顔で言った。
「ロルフらしいな。具体的に、提供するものの案はあるの? 毎年、腸詰を焼いたやつとか、冷却魔法で凍らせた果物なんかが多いらしいけど」
ヨーンに尋ねられたロルフは、少し考えたあとに、エルマーの顔を見た。
「エルマーは料理に詳しいみたいだし、彼なら何かいい案を出してくれるんじゃないかな」
「ええっ?!」
突然の指名に、エルマーは目を見開いた。
「肝心な部分は丸投げって、ひどい奴だな。でも一応、エルマーにも聞いてみようか」
無邪気に微笑んでいるロルフを見て肩を竦めながら、ヨーンが言った。
「そうだね……文化祭の開催日を考えると、少し肌寒くなってくる頃だと思うから、温かいものがいいと思う。火を通したものなら、衛生上も危険度が下がるし」
――父さんは、いつも来てくれるお客さんのことを考えながら品書きを決めていたっけ。
急な話ではあったが、エルマーは養父クルトのことを思い出しながら、模擬店に出せそうな料理について考えた。
「だとすれば、やっぱり腸詰とか肉の串焼き、あと材料を混ぜて焼くだけの焼き菓子とか……?」
「よくあるものだと、他の組と被る可能性があるよね」
「そもそも、僕は料理なんかできないけど……味見係ならできるな」
他の生徒たちも、模擬店の出し物に興味が湧いた様子だ。
「……スープとか、どうかな」
そう言ったエルマーに、生徒たちの視線が集中した。
「前の日に作っておけば、当日は温めるだけで出せるから、提供する作業は誰でもできると思う。具沢山のスープは身体が温まるし、いいと思ったんだけど……」
「俺たちの技術で作れそうな調理法なんて、あるの?」
一人の生徒が手を挙げ、疑問を呈した。
「幾つか候補があるよ。その中から、学校から出る予算に合わせて調整できるものを選べばいいと思う」
「エルマーのスープ案、僕は賛成だな。もちろん、食べるだけじゃなくて、ちゃんと手伝うよ」
エルマーの言葉を頷きながら聞いていたロルフが、再び手を挙げて言った。
「とりあえず、具沢山スープを出す模擬店という案が出たけど、他に案はあるかな?」
ヨーンは決を採ったが、反対する者はなかった。
「店の形態は、どうするの? 持ち帰りだけ? それとも、買ったものを食べられる場所を作るの?」
生徒の一人が、ヨーンに問いかけた。
「先輩たちの話では、持ち帰りのみ、あるいは普通の飲食店のような形態、どちらの例もあるそうだよ」
「教室を飾り付けて、飲食店みたいにするの、楽しそうじゃない?」
「私、小さい頃は飲食店で働きたいと思っていたの」
女生徒たちのはしゃぐ姿を見て、エルマーは、何とはなしに嬉しくなった。
話し合いの結果、「月組」は、エルマーの案である「具沢山スープ」の模擬店を出すことに決まった。
調理全般の管理者という役割を任されたエルマーは、責任の重さを感じはしたものの、やりがいを覚えていた。
――思えば、昔は何か行事がある時でも、目立たないように息を潜めていたっけ。ここでは、みんなが俺の話を聞いてくれる……
その時、成り行きを見守っていたアヤナが手を挙げた。
「可能であれば、スープに組み合わせるパンも一緒に出すというのは、どうでしょうか。私の国の伝統的なパンが、スープにも合うと思ったのですが」
「伝統的なパンって、どんな感じ? 前の日に作っておいて、当日に温めて出すという形でも、味が落ちたりしない?」
「トウモロコシの粉を使ったパンで、作り方も分かります。味の点も、心配ありません」
エルマーの問いかけに、アヤナは頬を染めながら答えた。
「トウモロコシの粉なら、この国でも手に入るはずだ。ヨーン、アヤナの案も取り入れられないか」
エルマーの言葉を聞いた生徒たちの幾人かが、アヤナのパン作りを手伝いたいと申し出た。どうやら、人手の点は心配なさそうだと、エルマーは安堵した。
「それじゃあ、生徒会へ提出する書類に追記しておこうか。審査に通ったら、正式決定になるからね」
「皆さん、私の提案を受け入れていただき、ありがとうございます」
アヤナが、嬉しそうに言った。
生徒会へ模擬店の詳細について記した書類を提出した結果、「月組」は無事に審査を通過した。
「これからが本番です。それぞれ、割り振られた役割に沿って準備をお願いします。何か心配なこと、分からないことがあれば、遠慮せず俺かヨーンに言ってください」
級友たちに審査の結果を報告しながら、エルマーは、わくわくする気持ちが胸の中で膨らんでいくのを感じた。
「月組」の生徒たちは、授業の合間を縫って、文化祭の準備を始めた。
当日は店舗となる教室の飾りつけをどうするか、揃いの前掛けを作りたいなど、級友たちから相談を受ける度、エルマーはヨーンと共に生徒会と教室を往復した。それは、忙しくはあるが充実した時間に感じられるものだった。
宣伝の為の貼り紙の制作や店内の物品の配置といった、思わぬ分野で才能を見せる者も多い。
誰もが何かしらの仕事をしているという状況が、彼らの連帯感を強めた。
そのような中、エルマーは食堂に併設された厨房の隅を借りて、スープの試作を始めた。
本番とは異なり、大量に作る訳ではない為、作業量だけ見ればエルマーのみでも十分ではある。しかし、料理の経験のない者たちに、本番へ向けて作業を覚えてもらうという意味もあった。
「へぇ、ヨーンも料理の経験があるの? 僕がイモを一つ剥いてる間に二つ剥いてるじゃないか」
器用に根菜類の皮を剥いていくヨーンを見て、ロルフが言った。
「いや、今回が初めてだよ。僕の父さんは魔導具の部品を作る職人で、すごく器用なんだ。父さんに似たのかな」
少し顔を赤らめたヨーンが、照れ臭そうに答えた。
アヤナも、級友たちとトウモロコシ粉の生地を捏ねている。
「まぁ、エルマーは、本当に料理が上手なのですね」
手際よく野菜を刻むエルマーを見て、アヤナが感心した様子で言った。
「材料を切ったりとか、基礎的なことは父さんに習ったからね」
食べやすく切った野菜や塩漬け肉の燻製を鍋に入れ、煮込んでいるうちに、よい匂いが漂ってきた。
アヤナたちが作ったパン生地を入れたオーブンからも、香ばしい匂いが上がっている。
やがて、完成した料理を試食する時が来た。
「このスープ、美味しいね!」
「材料を切って煮込むだけなのに、不思議だな」
手伝ってくれた級友たちに褒められ、エルマーは嬉しくなった。
「本当は、野菜と肉を長時間煮込んで旨味の出たスープを土台にしたいところだけどね。そんなに時間が取れないから、旨味の出るトマトや燻製肉で補ったという感じかな。この、トウモロコシ粉のパンも美味しいね。スープによく合うよ」
エルマーは、ルーク族に伝わるというパンを噛み締めた。仄かに甘い生地からは、異国の香りが感じられる。
「そう言ってもらえて、ほっとしました」
少し緊張した様子を見せていたアヤナが、胸を撫で下ろした。
「このパン、思ったより簡単だったわね」
「家に帰ったら、お母さんと作ってみようかな」
皆が賑やかに試食している中、アヤナがエルマーの隣に近付いてきた。
「少し強引に割り込んだ感じだったけど、皆さんに受け入れてもらえて良かったです」
アヤナに囁きかけられ、エルマーはきょとんとした。
「そんなふうに思ってないよ。このパンとスープの組み合わせ、来場者にも喜んでもらえると思うよ」
「私、エルマーと一緒に何かしてみたかっただけなのです」
そう言って、アヤナは、くすりと笑った。
自分と一緒に何かしたいと言ってくれる相手がいる――嬉しくも、なぜか胸の奥がむず痒くなる気がして、エルマーは戸惑った。




