13話 階級と友情と
生徒たちは大講義室の階段状に設置されている席に着き、普段、授業を受けている教室とは異なる雰囲気に緊張していた。
エルマーも、また同様だ。
今日は、高名な研究者である魔術師が特別講師として講義を行うという。
書物の作者としてしか名前を目にする機会のない人物と直に会えるという、滅多にない機会である。
しかし、エルマーが緊張しているのは、そればかりが理由ではない。
今回の特別講義は、「星組」と共に受けることになっているのだ。
エルマーのいる「月組」は和気藹々としているが、「星組」は、何とはなしにぎすぎすした雰囲気が感じられる。
よく見ると、生徒たちは緩やかにではあるものの幾つかの集団に分かれているようだった。ぎすぎすした雰囲気は、その集団の間から生まれているように、エルマーには思えた。
「『星組』って、俺たちの組と雰囲気が違うね」
思わずエルマーが小声で言うと、隣の席に座っているヨーンは頷いた。
「ああ……たぶん、富裕派と学費減免派に分かれてるんじゃないかな。残りは無関心もしくは中立ってところだな」
「富裕派と学費減免派?」
ロルフが、不思議そうに首を傾げた。
「富裕派は貴族や資産家など実家が裕福な生徒、学費減免派は、実家に余裕がなくて僕やエルマーみたいに学費の減額や免除を受けてる生徒だ。昔から、この学院の中には、緩やかだけど、そういう区分みたいなのがあって、この二つは不仲という話だよ」
「さすがヨーン、情報が速いね」
「君たちが、のんびりしてるだけだと思うけど」
ヨーンは、エルマーの言葉に少し呆れた顔をした。
「僕たちの『月組』は、そんなことないじゃないか」
ますます首を傾げて、ロルフが言った。
「思うに、特待生で学費免除のエルマーが、貴族のロルフや王族のアヤナと親しくしているのが大きいんじゃないかな。それで、生まれや身分差を気にしなくていい雰囲気が生まれているんだ」
「なるほどね。もっとも僕は、みんながいい奴だから仲良くしたいと思っているだけだよ」
ヨーンの説明に、ロルフが納得したように頷きながら言った。
「本当に、ロルフは、のんびりしてるなぁ。多少は、自分の立場も考えたほうがいいと思うけど?」
肩を竦めるヨーンに、エルマーは言った。
「そこが、ロルフのいいところだよ。俺は、ヨーンの考え深いところにも、いつも感心してるけどね」
「い、いきなり、そんなこと言われると恥ずかしいじゃないか」
エルマーの言葉が思いがけないものだったのか、ヨーンは顔を赤らめた。
特別講師による講義は難解ではあったものの、エルマーは更なる魔法の奥深さに触れることができたような気がした。
生徒たちが頭を悩ませる中、講義の前半が終了し、休憩時間が挟まれることとなった。
エルマーは大講義室に残り、ロルフやヨーン、そしてアヤナたちと雑談をしていた。
「あの先生って、実在してたんだねぇ。話は難しかったけど」
「そりゃ、内容を書く人がいなければ、本が出せないじゃないか」
「そうじゃなくてさ……本を書くような人は天の上にいると思っていたのに、実際に見られるなんて、すごいじゃないか」
相変わらずなロルフとヨーンのやりとりを聞いて、エルマーはアヤナと共に、くすりと笑った。
その時、エルマーは誰かが自分たちへ近付いてくるのに気づいた。
「エルマー・ハイゼ、久しぶりだな」
声をかけてきたのは、イザーク・ディートリヒだった。皆と同じ制服姿だというのに、貴公子然とした煌きを感じさせる佇まいは相変わらずだ。
「ああ、そうだね、イザーク」
エルマーは、少し緊張しながら答えた。
「組も寮も別だし、なかなか話す機会がないからな。期末試験が近いと思うが、きみは何か対策をしているか?」
「そうだね、勉強は、いつも真剣にやっているつもりだよ」
「入学してから初めての試験だ。きみとは、いい勝負をしたいものだな」
「ああ、俺も楽しみにしてるよ」
イザークと話しているうちに、エルマーは緊張が解れていくのを感じた。相手に敵意や悪意はなく、その言動が、あくまでエルマーを好敵手と認めているゆえのものであると分かったのだ。
――そうだ、俺も、イザークと真剣に戦いたいと思っているんだ。小学校時代には、勉強で俺と対等に張り合える者はいなかった……
初めて感じる「負けたくない」という気持ちが、エルマーを高揚させた。
「ところで、さっきの講義で疑問に思ったところだが、きみは、どう思う?」
イザークは、先刻の特別講義で感じた疑問について話した。それは、エルマーも彼と同様に考えていたことだった。
故郷にいた頃、同級生たちから「お前の話は何を言っているか分からない」と罵られ、エルマーは、いつしか彼らの前では物を言わなくなった。
だが、ここには話の通じる相手がいる――何の遠慮もなく話せる喜びが、エルマーを饒舌にさせた。
「……ということだと思う」
「ふむ、私も、きみと似た見解だ。この解釈で概ね合っているのだろう」
エルマーの言葉に、イザークは満足げに頷いた。
「後半の講義で質問してみれば?」
「我々の言っていることが、他の者たちに分かればいいがな」
イザークが、小さく笑って言った。
「おい、一般市民のくせに、気安くイザーク様と話すんじゃない」
背後から突然浴びせられた言葉に、エルマーは、びくりと身を固くした。
振り向くと、見かけない顔の生徒たちの姿があった。「星組」の生徒だ。
よく見ると、彼らの後方には、あのグレゴールが隠れるように立っている。
男女共に、制服のローブの下には仕立ての良さそうな私服を身に着けている。
ヨーンの言っていた「富裕派」だろうと、エルマーは思った。
「お前、学費免除されるほど貧しいんだろう? イザーク様は入学試験で首席だったが、特待生の権利は返上されているんだ。身分が違うんだよ」
「そこにいらっしゃるのは、ヒルデブラント議員のご子息ロルフ様にルーク王国の王族、アヤナ様ではありませんか。お付き合いする相手は選んだほうがよろしくてよ」
「富裕派」の生徒たちの言葉に、グレゴールも、うんうんと頷いている。
エルマーは、思わず友人たちの顔を見た。
いつもは穏やかな笑みを浮かべているロルフの顔からは、表情が消えている。だが、その緑色の目には燃え立つような怒りが宿っていた。
アヤナは、エルマーが見たこともないような冷たい目で「富裕派」の生徒を凝視しており、ヨーンの顔からも血の気が失せている。
――ここで、俺が引き下がれば済むのか……いや、そんなことをすれば、ロルフやアヤナにヨーン、それにイザークに対して失礼ではないのか。
一触即発の状態の中、エルマーは何とかしなければと思ったが、思考が空回りするばかりだった。
「貴様らは、何の権利があって私の人間関係に口を出す?」
沈黙を破ったのは、イザークだった。
「私が話したいと思ったから、エルマー・ハイゼに話しかけたのだ。何の文句がある?」
イザークに睨めつけられ、「富裕派」の生徒たちは、たじろいだ。
「自分の友達は、自分で選ぶ。指図されたくないね」
ロルフが、押し殺した声で言った。
「どうぞ、おかまいなく」
穏やかではあるが冷たい口調で、アヤナも言った。
「富裕派」の生徒たちは顔を見合わせると、きまり悪そうにエルマーたちから離れていった。
「……ふん、興が冷めた」
言って、イザークが肩を竦めた。
「エルマー・ハイゼ、そのうち、また話をしていいか」
「もちろん、いつでもいいよ」
エルマーが快く答えると、イザークは自分の席へと歩いていった。
「『富裕派』って、思ってた以上にヤな連中だなぁ。ロルフやアヤナは、貴族や王族だって、そんなことないのにさ」
ヨーンが、小さく息をついた。
「でも、イザークって結構いい奴みたいだね。エルマーと話してる時は、何言ってるか分からなかったけど」
いつもの穏やかな表情に戻ったロルフが、笑って言った。
「この国も、まだまだ身分制度が強く残っているのですね」
そう言うアヤナからも、先刻までの険のある表情が消えている。
友人たちが落ち着いたのを見て、エルマーも胸を撫で下ろした。
「でも、みんなが俺を庇ってくれたの、嬉しかった」
「そりゃ、友達を悪く言われたら黙っていられないよ」
エルマーの言葉に、ロルフが頷いた。
「エルマーは、もうちょっと怒ってもいいと思うんだよね。グレゴールからアヤナを庇った時みたいにさ」
ヨーンが言うと、一同に笑いが起こった。
「そこが、エルマーのいいところでもあると思います」
アヤナが、なぜか少し誇らしげに言った。
――そうか、自分のことは我慢できても、俺は他の誰かが理不尽にひどいことを言われるのは許せないんだ……考えたこともなかったけど。
自身の意外な一面に気づいて、エルマーは不思議な気持ちになった。




