8.行きます
「おーあったあった! これがスパイダーの金庫番だなー」屋台の娘に言われた通りにヴォルフストリートを進んだルークは、目当ての場所を指す立て看板にたどり着いた。
「……地下か、確かに防犯性はそっちのが高いもんな」『金庫番スパイダー』と書かれた立て看板……しかしその前に建物は無く、洞穴じみた下り階段が無造作に在るだけだった。
ルークが下り階段を躊躇なく降りて行くと、途中で折り返しがあった。その後も幾度かの折り返しを経てかなりの距離を下ったところで、ようやく入口が現れた。
「ったく、どんだけ下らせるんだよ。ちゃんとお年寄りのこと考えて作ってんのかぁ?」早々に不満を漏らしながら、ルークは扉を強く叩いた。ドン、ドン、ドン!
少しの間を置いて、扉がゆっくりと開いた。ルークはズカズカと薄暗い空間に踏み込んでゆく。
「どーもーお金両替して欲しいんですけどーあと預け入れもーって……なんじゃこりゃ」ルークはそう言って、視線を頭上に奪われたたまま立ち尽くした。ルークの目の前には巨大な地下空洞を利用して作られた部屋と、その部屋中に張り巡らされた一面の蜘蛛の糸が拡がっていた。
「──ようこそ我が金蔵へ。威勢のいい余所者よ」広大な部屋に何処からか低い声が響いた。ルークが辺りを見回すと、声の主は頭上からゆっくりと現れた。
「うげぇ、マジかよ……」ルークの視線の先では、糸で吊り下がった巨大なクモが、ちょうど部屋の中央へ降り立ったところだった。しかし、声の主はそのクモではなく、その背中に腰掛ける白い長髪の男である。
「お初にお目にかかる。私が金庫番のスパイダーだ。よろしく」スパイダーを名乗る死神のような男は、巨大蜘蛛の背中に取り付けられた玉座のごとき特殊な鞍に跨ってそう言った。
「俺ぁルークだ。好きなもんはモーマウの串焼き、嫌いなもんはクモだ。よろしく」ルークは部屋の隅に唯一設置されていた机に向かいながらそう言った。スパイダーも鞍から降りてその机へと向かう。
「さて、両替と預け入れだったかね。いくらだ?」
「20ゴールド預けるから、そこから適当に両替して……とりあえず10シルバーくらい手元に欲しいんだがよ」机を挟んで対面に腰掛けるルークとスパイダー。ルークは革袋から金貨を取り出してスパイダーに差し出した。
「……ふむ、では金貨2枚と銀貨10枚だな」
「…………何が?」
「手数料だ。こちらも商売なのでな」
「ふざけんな!! ぼったくりにも程があんだろ!! あのなぁ、知らねぇかもしんねぇけど10ゴールドあれば家買って遊んで暮らせるんだぞ!?」ルークは椅子から立ち上がってスパイダーに怒鳴りつけた。
「金を扱う商売をしているのだからそれくらいは承知している。そして私の金蔵は断じてぼったくりではない。預け入れは一割、両替は銀貨、金貨を崩す場合のみ一割の手数料が発生すると決まっている」
「だからその一割ってのが高すぎんだよ!! 預かるだけでなんでそんなに持ってくんだ!!」ルークの言葉に、スパイダーの片眉がつり上がった。
「預かるだけ……だと?」スパイダーが指をパチンと鳴らすと、背後に控えていた大グモがのそのそと動き出し、壁に張られた蜘蛛の糸の束を、爪の先で引っ張った。
途端に、薄暗い天井からものすごい勢いで降りてきた物が、ルークの真横、数メートル先ににぶら下がった。
「うぉ!? な、なんだこれ」ルークは椅子から立ち上がって、恐る恐るにじりよった。
「──それは今年に入ってから私の金蔵に盗みに入った者達だ」ルークの眼前に吊るされているものは、おびただしい数の屍を無造作に集め固めたものだった。どの死体も枯れ枝のように水分を失い、節々から骨が覗いていた。
「うげー気持ち悪ぃもんぶら下げてんじゃねぇよ! 気味悪い奴だな!!」
「ドロシーの趣味でな。なに、飲み終えたワインのコルクを集めるようなものだ」スパイダーはそう言って大グモに目をやった。
「……あらそう、そのクモドロシーって言うのね……てか、泥棒をクモのエサにしてんのかよ怖ぇな!」
「そう思うのも無理はない。しかし、それをわかった上でここへ盗みを働きに来るものが減らないのも事実だ。その中には腕に覚えのある聖剣使いや、裏で名の通った亜人族もいる」ルークは言われて糸でがんじがらめにされたミイラの塊を見てみたが、こうなってはどれが人間でどれが亜人なのか判断することは出来なかった。
「ここにはそれだけの金品が保管してあるのだ。そして私はこれまで1ヘル硬貨足たりとも盗人に触らせたことは無い。ここはそういう場所だ」理解してくれたかね? と、スパイダーの双眸がルークを見据えてそう言っていた。
「……まぁ、言いたいことは分かったけどよぉ、それにしても金貨2枚は高すぎるぜ。まけてくれない?」
「1ヘルたりとも」
スパイダーの即答にルークは眉を落とし、踵を返した。
「先にある程度使ってからまた来るぜ。冷やかして悪かったな」
「構わないとも。どんな選択も君の自由だ。ああ、それとウチは金貸しもやっているからお金に困ったら思い出すといい」
ルークは怪訝な顔をして、薄暗い地下室を後にした。
* * *
「……ったくあのぼったくりクモ野郎、金貨2枚だぁ? ふざけやがってよー」不満を垂れながら元来た方へと引き返していたルークは、いつの間にか脇道に逸れ知らず知らずのうちにヴォルフストリートの奥へと足を踏み入れていた。
「──そこの素敵な髪の剣士さん〜良かったらウチで遊んでいかない?」ルークに声をかけてきたのは赤褐色の肌に薄紫の髪、そして額に3つ目の瞳を持つ露出の多い女だった。
「……遊んでいきますぅ〜」ルークは女を見るや、否……女の豊満な胸元を見るやそう答えた。この間2秒である。
「あらぁ、なんて話が早いお兄さん! ふふ、好きなのねぇ」
「えへへ、まあ……で、なんのお店なんですか?」火に群がる蛾のように本能だけで返事をしたルークは、無論女に誘われた店がなんの店かなど知る由もない。
「え? やだ、なんの店って……本気で聞いてるの?」女は少し驚いたように3つの目を丸くした。
「いやぁ、それが俺まだこの街に来たばっかなもんで……あ、でもお金はちゃんと持ってるぜ」
「ふーん、変わった剣士さんね。まぁいいわ! この店がなんのお店かっていうとねぇ──」女はルークの耳元に顔を寄せて、囁くように言った。
──可愛い女の子とイイコト出来るお店よ。
「い、行きます!!」ルークは大はしゃぎで店の中へ駆け込んだ。