6.20枚だけですか
ボリスに連れられたルークは、玉座の間でアルエと再会を果たした。
「──改めて、ホワイトシェルが第15代聖騎士王 アルエ・アイギス・クロッセルだ。約束通りこれより此度の報礼を与える」
厳格な空気に包まれた空間の中、玉座に腰掛けるアルエからは確固たる王の威厳が漂っていた……が、その姿を見てもルークは物怖じすることはなかった。
「いやーとんでもねー美人だとは思ってましたけど、そんなキレーな服着てるとなんかもう、スーパー美人って感じっすよね」ルークは照れた様に手をモジモジさせた。
「……ルーク殿、陛下に対してその様な物言いは些か無礼が過ぎまするぞ」ボリスが顔を引きつらせながらそう言った。依然としてルークの好感度は下がり続けている。
「よいのだボリス。ルークには記憶がないのだからそう厳しくしてやるな」アルエが和やかにそう言うと、ボリスは「御意!」と頭を下げた。
「……それにしても、容姿を褒められることには慣れているが、スーパー美人とは初めて言われたな。少々面映ゆいが有り難く受け取っておこう」アルエが言いながら右手を上げると、脇に控えていた官女が盆の様なものを持ってルークの前へ進み出た。
「──そこに金貨が20枚ある。受け取ってくれ」
「……おお、金貨!!……けど、20枚だけですかー? 王様助けた割には少ないんじゃないでしょうか? 知らんけど」ルークの言葉を聞いて官女がギョッとした顔をした。ボリスの額にも青筋が走っている。
「ふふ、この国の通貨についても知らないのだから無理はないな。この国の通貨はヘルと言ってな、1000ヘルが1銀貨と等価で、100銀貨が1金貨と等価だ。10金貨もあれば城下で家を買って当面遊んで暮らすこともできるだろう」
「こ、これ10枚で家を!?……それを、じゅ、20枚も!?……マジに貰っちゃっていいんですか……」などと言いつつも、ルークは既に金貨の入った皮袋を懐に押し込んでいた。
「ああ、一国の王を助けたにしては安いものだろうが、受け取ってくれ。今後どんな身の振り方を考えるにしても、先立つモノは必要だろう」アルエが言った。
「しゃおら! 大金持ちだー!! うひょー!!」ルークがその場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶと、その度に懐の金貨がご機嫌な音を奏でた。
「さて、これで借りは返した。ここからは私個人の提案だが、ルークよ、行く当てがないのなら私の元で働いてみる気はないか?」
唐突なアルエの問いに、ルークよりも先にボリスが答えた。「恐れながら陛下! いくらルーク殿が恩人といえども素性の知れぬ者を、ましてやこのような時世に招き入れるのはいかがなものかと!!」ボリスはバツの悪そうな顔でルークの方をチラリと見てそう言った。
「ふむ、もっともらしい意見だが私の意見はそうではない。こんな時だからこそ使える駒は多いに越したことはないし、素性が知れぬ者なら尚更管理下に置いた方が良いだろう。違うか?」アルエは頬杖を付きながらルークを見据えた。
「……は! 差し出がましいことを申しました!!」ボリスは過敏な動きで片膝を付いて首を垂れたかと思うと、すぐさま起き上がってビシリと姿勢を正した。
ルークはアルエとボリスのやりとりを小難しい表情で見守りながら、小さくため息を漏らした。ボリスはその事に気が付かなかったが、アルエはしっかりと目線の端で捉えていた。
「──ルークはまず失った記憶を補填しなければならないな。私が今からこの国……いや、グランフォースについて教えられる事を教えよう。その上で私の提案を受けるかどうか考えてみてほしい」アルエが言った。
「まぁ、何もわからない俺としては願ったり叶ったりの話ですね。ぜひお願いします」
「ではまずこの世界の事から説明しようか。私たちが今いるこの大陸の名はグランフォースという。4柱の神々によって作られた雄大な大陸だ」神々という言葉を聞いた時にルークの片眉が僅かに吊り上がったが、アルエは構わずに続けた。
「グランフォースには神域と呼ばれる地を中心として東西南北に分かれた四つの王国があり、それぞれの国がその土地を照らす神を信仰し、加護を受けている。
『東の国グリンフォレスト』は【春の神ペルクス】、『西の国ブルーレイク』は【夏の神サラビア】、『南の国レッドストーン』は【秋の神コルトラ】、そして我が『北の国ホワイトシェル』は【冬の神ウルガナ】……といったふうにな」アルエは淡々と続ける。
「長い歴史の中、4王国は多少の諍いはあれど互いに尊重し合い良好な関係を築いていた。しかし、20年前に起こった事件が原因で、今日では対立する事になってしまっている」アルエの表情が微かに陰った。
「事件ってのはいったい何があったんですか?」ルークが興味ありげにそう言うと、玉座の間に重苦しい雰囲気が流れた。淡々と話していたアルエは言葉を探すように言い淀み、ルークの隣のボリスは神妙な顔で地面を睨んだ。
「──冬の神ウルガナを除く3柱の神が死んのだ」アルエが絞り出すようにそう言った。ルークは言葉の意味を咀嚼しながら、なんとなくとんでもないことが起こったんだなと解釈した。
「突如神を失ったグランフォースは混乱に包まれたが、真の問題は消えた神よりも残った神だった。冬の神ウルガナは【冬の王】という自らの化身を生み出し、4王国に戦争を仕掛けたのだ。
4王国は結束し、三年間にわたる戦いの末に何とか冬の王率いる【冬王軍】を退けたが、完全に冬の王を打ち倒す事は出来なかった。
その後冬の王の呪いによってグランフォースはじわじわと冬に侵され続けている。聖域を中心に年々冬が広がっているのだ。
お前が私を匿っていた街、あそこも本来ならば花や緑が生い茂る美しい街だった」ルークは数刻前まで自分達がいた街を思い出した。一面雪に覆われた真っ白な無人の街を。
「冬が広がるにつれ4王国の間にも亀裂が生じ始めた。各国から冬王軍に寝返る者も現れ、その中には王族の者までいてな……疑心暗鬼が4つの王国を分断し、今や冬王軍と4王国、5竦みの睨み合いが続いている」アルエの指がトントン、と玉座の肘掛けを打った。
「……えーつまり、もしかしなくても今この世界ってめちゃくちゃヤバい状況じゃないですか?」ルークが言った。
「そうだな。正直なところこの状況が続けば我が国は間違いなく滅びるだろう。それも4王国の中でも真っ先に」肘掛けを打つアルエの指がピタリと泊まった。
「だからこそルーク、私は冬王軍の魔獣を斬り伏せたお前の力が欲しいのだ。私の下で剣を振り、共に闘ってくれ」アルエは玉座から立ち上がり、ルークへ向かって手を伸ばした──