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2.綺麗だな


──白い怪物にはそれなりの知能があり、身を守るために咄嗟とっさに女を盾にしたのか、それともただ青年の声に驚いてたまたまそうなったのか、青年には知るよしもなかった。しかし、青年は助けなければいけない女を盾にされても攻撃に躊躇ためらいはなかった。


 青年は怪物の目の前で、かかとを返すように右足を大きく踏み込み、女の側面に回り込みながら跳躍した。そしてそのまま空中で身体をひるがえし、全体重をかけて怪物の腕に剣を振り下ろした。

「ギイイイィィィ!!!」と、耳をつんざくような金切り声と共に、真っ赤な鮮血が白い雪を染めた。青年の剣は狙ったとおりに怪物の手首を切り落とし、怪物は巨体をよじらせてのたうち回った。


 怪物から距離をとった青年は、左手で外套がいとうのボタンを外しながら、血と奇声を撒き散らす怪物を睨み付けた。のたうち回っていた怪物がゴロリと起き上がると、真っ赤な目をギラギラと光らせて青年に向き直った。怪物は全身の体毛が逆立ち、その姿は先程までよりも一回り大きくなっていた。


 青年と怪物の睨み合いは数秒間続いたが、怒りで痛みを打ち消した怪物が先に攻撃を仕掛けた。右手を失った怪物は三つ足で地面を駆り、青年へ突進した。しかし青年は逃げるそぶりも見せず、外套を怪物の顔目掛けて投げつけ、覆い被せた。咄嗟に視界を奪われた怪物は、思わず後ろ足で立ち上がり、外套を引き剥がそうともがいた。青年はその隙に、怪物の股の間を潜り抜けるようにして剣を振り抜いた。


「くそ、硬ぇ!?」青年の剣は怪物の腹を捉えていたが、予想以上に分厚い毛皮に阻まれ、たいしたダメージを与えることが出来ていなかった。


「ギイイイィィ!! ガルルルルァァ……!!」怪物は外套を引き剥がしながら青年に向き直ると、恐ろしい形相で大きく吠えた。

「うるせえよボケェェ!! 熊だか猿だか鳥だか分からん見た目しやがってオラァァ!!」青年も負けじと怪物に怒鳴り散らし、剣を構えて睨み付けた。再び訪れた睨み合い……動き出したのはまたしても怪物の方だった。


──怪物は巨体をひるがえし、地面に倒れ込んでいた黒い怪物の方へと走り出した。そして黒い怪物の元まで辿り着くと、何かを引ったくるように拾い上げた。怪物がその手に掴んでいたのは、ボロボロの甲冑を着た人間だった。怪物はそのまま青年に背を向け、振り返る事なく森の奥へと走り去っていった。

 

 青年は怪物の姿が見えなくなってからも、しばらくは怪物が消えた方を睨みつけていた。そしてようやく剣を下ろすと、その場にへたり込んだ。

「くっそ、死ぬかと思ったわー!! なんなんだよあの化け物はよー!! そんで結局ここはどこで、俺は誰なんだよー!! これからどうすりゃあいいんだよー!!」青年は子供のように喚き散らすと、やおら立ち上がって剣を鞘に納めた。


「……ていうか俺、すごくね?」青年は先程起きた事を思い出し、改めて自分の身体を見回した。

「……まあ、よく分かんねぇけどまだ生きてんだし、とりあえずできることするか」落ち着きを取り戻した青年は、地面に横たわる女に視線を向けた。改めて見ると、女は青年とさほど歳の変わらない娘だった。おまけにかなりの美女である。


 娘は意識を失ってはいるものの、呼吸に乱れはなく目立った外傷もなかった。青年は娘の側にしゃがみ込み、ジロジロと身体を見回した。

「……綺麗だな」と、青年は思わず呟いた。

「……にしても、なんちゅう格好だよ」娘はこの寒風の中、下着のような薄手の服しか身に付けておらず、露出する肌は雪のように白かった。青年が辺りを見回すと、あちらこちらに鎧の破片や布の切れ端が散乱している。おそらくこれらが娘の身につけていた物で、先程の怪物に引き剥がされたのだろうと青年は考えた。


 娘の格好があんまりだと思った青年は、先程怪物に投げつけた外套を拾い上げ、娘の身体をそれで包み込んだ。「隠しちまうのはもったいねえ気もするが、目のやり場に困るしな。つーか普通に凍死するし」


──娘の安否確認が終わると、嫌でも目に入ってくるのが黒い怪物だった……頭は鳥のようだが身体は四足獣で、おまけに背中から翼が生えていた。半開きになったクチバシの間からは黒い液体が漏れ出ており、生きている気配は感じられなかった。


「なんつー生き物だよこりゃあ……この黒いのは、血か? 気味がわりぃぜ」怪物が完全に事切れていることを確認した青年は、怪物のすぐそばまで寄って注意深く観察した。結局死んでいる事以外は特に分からなかったが、しかし翼の下から一振りの剣を見つけた。その剣は、記憶がない青年でも一目で高価な物だと分かるほど立派な装飾が施された美しい剣だった。


「このの剣か、それとも連れてかれちまった鎧の奴のか?」青年は剣と娘を担ぎ上げて、元来た道へと歩き始めた。



* * *



──青年が異変に気付いたのは、娘を担ぎながら森を抜け、再び名も知らぬゴーストタウンに到達した時だった。


「……ホワイトシェル領……エヴァンスガーデン?」巨大な街門に刻まれた文字を、青年は声に出して読み上げた。

「……いやいや、さっきまで読めなかったんですけど?」青年は困惑した。先刻目覚めた時からずっと読めなかった文字が、急に読めるようになっていたからである。


 街へ入った後も、やはり目につく看板は全て読むことが出来た。『ラダリーの雑貨屋』だとか、『リーチャーの仕立て屋』『宿屋』など、文字もその意味もすっかりと理解できた。


 青年は考えるのも程々に、とりあえず『宿屋ウィットリー』に入る事にした。青年の目論み通り、宿屋にはそれなりの家具が残っていた。青年は、ボロボロだが何とか使えそうなベッドに娘を寝かせ、街を物色した時に手に入れた火打ち金と、森で見繕ったよく燃えそうな木の皮や枝を使って暖炉に火を付けた。  


 青年は椅子に腰掛けながら、パチパチと音を立てて燃え上がる炎をぼんやりと眺めた。青年はこの街で意識が覚醒する前のことを必死に思い出そうとしたが、やはりなにも思い出せなかった。


「……そういえば──」青年は思い出したように椅子から立ち上がると、部屋の窓へと近づいた。そして、窓へ向かってハァーっと息を吹きかけた。窓は青年の吐息で真っ白に染まった。


「なんだよ、何の文字も浮かび上がってこねぇな……じゃあさっきのは一体なんだったんだ?」思惑が外れた青年は、がっくりと肩をすくめて窓に背を向けた。すると──

「……誰だ、お前は……」ベッドで横たわっていた娘が、上体を起こして青年を見つめていた──



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