19.言葉が通じるって最高だな
バルガ鉱山を形成する岩石には、青白い光を放つ鉱物が多分に含まれている。そのため、坑道に設置されていた古いランタンなどの光源が失われた今でもルーク達が視界の確保に困ることはなかった。
「ほへーけっこう明るいもんだな。この光る石も金になればなぁ」
「いついかなる時も意地汚いねぇわんこ君は~」
一層の坑道はかなり広く、高さも横幅もルークの背丈の倍以上あり、足元には鉱物の運搬に使われていたトロッコのレールが二両分道なりに伸びている。
ルークとミスティーは横並びになり、それぞれ隣合ったレールの上を辿るように前進した。
「──こらお前たち、勝手にずかずか進むんじゃない!」
そう言って背後から二人を静止したのはオフィーリアだった。腰に手をあてて、呆れた顔が青白い光にぼんやりと照らされている。
「鉱山の内部は危険だ。住み着いた魔物が仕掛けた罠なんかもそこらじゅうにあるんだぞ」
「魔物が罠を?」
「ゴブリンのような知能の高い魔物もいるんだから、それくらい当然だろう。何を驚いた顔をしているんだ」
追いついてきたオフィーリアの話を聞いて、ルークは魔物への認識を改めた。ルークが目覚めてから遭遇した魔物といえば、アルエを襲っていた獣のような怪物だけであり、知性的な生物とはかけ離れていたからだ。
「じゃ、魔物の仕掛けた罠も警戒しながら進まねぇとな。前衛は任せてくれ。こんな任務ちゃちゃっと終わらせて帰りてぇし」
「やれやれ、その自信はどこからくるんだ……」
「オフィーリア隊長。前衛なら私がやります」
オフィーリアの後ろに続いていたプリエラがそう言った。その目は話しかけているオフィーリアではなく、その先のルークを憎々しげに見据えている。
「その軽薄を絵に書いたような男に罠を回避できるとは思えません。罠にかかって魔物の群れに囲まれるなんて状況、ごめんこうむります」
「え~うちのわんこ君のこと信用してあげてよぉ」
「犬に命を預けられるか」
プリエラは敵意を剥き出しにしてそう言ったが、今回ばかりはアイビーもそれを諌めることはしなかった。態度には出さずとも、心中は似たようなものだったからだ。
「では前衛は4人、アイビーとプリエラが先頭でルークとミスティーはそのすぐ後ろを固めろ。後衛はミラノとケインだ。私は少し離れて追従するからな!」
オフィーリアはテキパキと指示を飛ばした。べそをかいていない彼女の態度は、ルーク一行に百聖剣は伊達ではないと思わせるような威厳が備わっていた。
「隊長さんが再後衛なのは、わたくし達の実力を見定めたいから……とかでしょうか?」
「その通りだミラノ。隊列は今日諸君の動きを実際に確かめてから私が決める。聖騎士にならんと志すなら剣でもって実力を示せ。現聖騎士王陛下が求める剣はただひたすらに鋭い剣だ。それ以外は瑣末なこと」
オフィーリアの言葉を受け、一行は素直に隊列を組み直した。
「野蛮人、隊長の言葉の意味が分かったか?」
ルークとミスティーの前に躍り出たプリエラが得意げな顔でそう言った。
「あぁ?」
「何においても強さが優先されるということだ。そしてマスターと私は隊の先頭を任された。つまりお前よりも実力を買われているのは明白だ」
露骨な挑発だったが、ルークは顔色も変えずに答えた。
「さっきのは多少嫌な奴でも強さで挽回するチャンスがあるって意味だろ? だからお前が先頭なんじゃねぇか」
「……ぷふ、わんこ君……」
ミスティーは笑いを堪えながら肩を震わせた。プリエラは顔を真っ赤にしたが、アイビーの咳払いを聞いて気を取り直した。
「やれやれ、前途多難の予感ですねぇケインさん」
「……無駄口を叩くな」
ルークとミスティーの後方でも、未だにチームワークという言葉とは無縁の2人組が不穏な空気を放っていた。そしてその更に後方からそれをみ守るオフィーリアは、小さなため息を漏らしている。
「アイビー、プリエラ、先頭は任せたぞ。くれぐれも油断はするな」
オフィーリアの言葉に、アイビーとプリエラはこくりと頷き進行を開始した。腰からぶら下げたランタンの光が、坑道の壁や天井に不気味に伸びた影を揺らめかせる。
数分も進むと、ルーク達は呆気なく坑道で初めの戦闘に遭遇した。相手は3体のゴブリンだった。
人間の子供ほどの体躯に肌の色はくすんだ深緑色で、醜悪な顔つきの生物。グランフォース全土に生息するありふれた魔物である。
ゴツゴツとした坑道の僅かな岩陰に身を潜めていたゴブリン達は、侵入者であるルーク達に奇襲を掛けた。
しかし、飛び掛ってきたゴブリンはあっという間にプリエラとアイビーに切り捨てられてしまった。
「ふん、お粗末な奇襲だな。所詮はゴブリンか」
「プリエラ、油断は禁物です」
「もちろんですマスター」
剣に付いた血を振り払いながらアイビーとプリエラが言葉を交わした。
「ふーん、コイツらがゴブリンってヤツか。何か思ってたよりも小せぇな……って、なんか出てきたぞ?」
ゴブリンの死体をまじまじと見つめていたルークが何かに気づいた。
「それがアニマだよわんこ君」
ミスティーの言葉を受けてルークは「ああ、これが」と関心した。
死体の内側からふわりと浮き上がった青白い光の玉。拳大ほどの大きさのそれは、死体の傍に留まり静かに揺蕩っていた。
「邪魔だ野蛮人」
アニマを興味津々に見つめていたルークをプリエラが押し退けた。そして浮かんでいたアニマに腰のランタンを翳すと、アニマはランタンの光に吸い込まれていった。
「なるほど、そうやって回収すんのか。めんどくさ」
興味の対象が消えてしまったルークは、面白くなさそうにそう言った。
「面倒くさくてもアニマの回収は漏らさずに頼むぞ。大切な資源だからな」
「へーそうですかい。じゃ、皆テキトーに回収してくれよ。俺うっかり忘れちゃうかもだけど」
「あ〜わんこ君サボる気だぁ~」
「お前の言う通り誰かしらが回収すれば問題はないが……いいのか? 集めたアニマは任務終了後に換金するんだが」
「換金!?」
ルークが首の骨を折る勢いで振り返った。
「原則、見習いの1ヶ月間の活動に給金は出ない。が、集めたアニマを換金する事に関しては話は別だ」
「そそ、それってどんくらい金になるんですかオフィーリア先輩!?」
「……せ、先輩!? うぅ、ついに私の事を敬い始めたのか……ぐすん、まぁ、そうだな。回収したアニマの質にもよるが、ゴブリン程度のアニマで10ヘルほどだな!」
「……モーマウの串焼き2本分ッ!」
ルークは目を見開いて後ずさった。ゴブリンという生き物のアニマの価値、すなわち魂の価値が串焼き2本分……これを高いとするか安いとするかは人それぞれ思うところがあるだろう。
ただ、ルークがどう捉えたかは、たった今見せた情けないリアクションでその場の全員が察した。
「……おいミスティー、ルークはなぜ串焼きで計算を?」
オフィーリアは目に涙を浮かべたまま、呆れた様子でルークを見据えながらそう言った。
「さぁ〜? 串焼きが好きだからじゃないですか〜先輩〜」
ミスティーはオフィーリアの方に振り返ることなくそう返事をしつつ、利き手を腰のナイフへ伸ばした。
「ほらわんこ君、モーマウの串焼きがノコノコやって来たよ〜」
ミスティーに言われて、固まったまま取らぬアニマの皮算用をしていたルークがハッと我に返った。前方には、血の匂いと人間の匂いに惹き寄せられた新たなゴブリンがジリジリとにじり寄って来ていた。
「プリエラ、次が来ます」
「はいマスター」
先頭のアイビーとプリエラが剣を構え直した。すると、2人の殺気にまくし立てられるように4匹のゴブリンが醜い奇声を発しながら駆け出した。
ゴブリンはそれぞれ手に持った古びたツルハシや、手頃な大きさの石を武器に襲いかかったが、あっという間にアイビーとプリエラに切り伏せられた。
「ふん、なんということもない雑魚ですね。ね、マスター」
「プリエラ……どうやらまだまだ来るようです」
ほんの少し前までは静謐を保っていた洞窟内に、不気味な叫び声が反響していた。
人の手を離れ、モンスターの楽園と化して久しいバルガ鉱山……ルーク達人間族は、もはやこの鉱山に住まう怪物たちとっては排除すべき侵入者なのである。
「よぉ、後ろは任せな。俺がバッチリアニマを回収してやるから、お前らはバンバン敵をぶっ殺しまくってくれ!」
ルークは今しがた倒されたゴブリンのアニマを手早くランタンに吸わせながらそう言った。それはそれはとてつもなく笑顔だった。
「貴様、それはマスターと私の獲物だろうが!」
「んだよ役割分担だろーお前らが1番優秀だから先頭だって、さっき自分で言ってたじゃねーか」
「くっ、マスターいいのですか!?」
「私たちは金を稼ぎに来たわけではありません。聖騎士になること……まずはそれだけに集中するべきでしょう」
「……はい、マスター」
露骨に肩を落としたプリエラを尻目に、アイビーは小さく咳払いをしてから指示を飛ばした。
「ルーク、ミスティー、2人は私たちが討ち漏らしたゴブリンを任せます。後衛のミラノとケインは地図を見て案内役と罠の警戒を。地図にない横道などがあれば報告して下さい。ゴブリンの巣穴や罠の可能性が高いです。まずは前進しながら戦闘し、トロッコの確保を優先しましょう」
ルーク一行はむちゃくちゃなチームだったが、アイビーの指示に反発する者はいなかった。善人でもなければ愛想が良いわけでもなく、協調性はないし奔放……そんなバラバラな面々だったが、決してバカではなかったからだ。
──そして最初の戦闘から2時間後。
「……はぁ、はぁ、ようやくトロッコを見つけました……」
「さ、さすがですマスター……ふぅ、実にたやすい、はぁ、任務でしたね……」
「くっそ……サー・リコリスめ〜めちゃくちゃ大変じゃねぇかよ……死ぬ……まじで……」
「……飽きてきた。もう帰りたいよわんこ君……」
「うぅ、服にあちこち血が付いてしまいました……ちゃんと落ちるんでしょうかこれ」
「……」
絶え間なく襲い来るゴブリンを相手に、一切の休息を取ることもできないまま2時間坑道を進み続けた一行は、息も絶え絶えになっていた。
「──ふむ。少々危ない場面もあったけど、皆強いじゃないか! ほんと、最初はどうなる事かと思ったけど……うぅ、ほんと、よっがっだよぉ〜」
「あらあらオフィーリア隊長、またお顔が大変なことになっていますよ」
殆どの面々がようやく途切れたゴブリンの襲撃にへたりこんでいたが、シナリスは甲斐甲斐しくオフィーリアの顔をハンカチで拭った。
想定以上の数と連戦で、結局は後衛のシナリスとケインも剣を振るう事にはなったのだが、終始出ずっぱりの前衛4人に比べると幾分か余裕があったのだ。
「ふぇぇ、ご苦労シナリス君……はい! ということで諸君、トロッコを見つけたしさっさと動作確認して、動かせそうならゴブリン共の死体を全部積み込みながら撤退するよ! 運び出して燃やさないと腐って大変な事になるからね!」
「「「……」」」
ちなみにオフィーリアは最後衛で6人を見守っていたため、戦闘には一切参加していない。べそはかいているが元気そのものである。
「ミスティー、ゴブリン何匹くらい殺したか覚えてるかぁ?」
「100超えたあたりから数えてないかなぁ……はぁ」
「……おいオフィーリアぁ……ずっと後ろで見てただけなんだから、ちったぁ手伝ったらどうなんだよ〜」
「そうだそうだ〜」
ルークがトロッコを背にもたれ掛かりながら死んだ目をくらくらさせてそう言って、となりのミスティーは気が抜けた煽りを飛ばした。
これまでなら隊長に対するこのようなルークの態度に、アイビーあたりから叱責が飛んだところだが、今回に限ってはアイビーも多少ルークに共感したのか、はたまた単純に気力が尽き果てたのか、口を開くことはなかった。
「だめだめ! 私が手伝ったら訓練にならないだろうに。思い出したくないかもしれないけど、これはただの任務じゃなくて聖騎士の認定試験でもあるんだからね! 無理とか限界とか、そういうのも乗り越えてこその聖騎士だよ!」
「……あーもう、分かったから、デケー声出すんじゃねぇよ。ようやくゴブリン共が襲って来なくなったんだから──」
──ドンッ!
突然猛烈な勢いで飛来した何かが、ルークの顔のすぐ横、トロッコの側面に鈍い音を立てて突き刺さった。
「……へ?」
ルークがゆっくりと顔を横に向けると、短い槍が深々とトロッコの側面に突き立って揺れていた。
次いで飛んできた方向に目をやると、そこには今まで戦っていたゴブリンよりもふたまわりは大きな、鎧を着込んだゴブリンが数匹で一行を睨みつけていた。
「……うわぁ、あれゴブリンナイトだよわんこ君。普通のやつよりずっと強いやつ……」
「げぇ、まじかよ……」
ルーク一行に緊張が走った。
「──ギギ……ニンゲン、ミツケタァ……」
既に息も絶え絶えな獲物を前に、醜悪な怪物が口角を歪に吊り上げながら不気味な声を発した。
ルークはゴブリンが人語を介したことに一瞬ギョッとしたが、直ぐに受け入れてゆっくりと腰を上げた。
「……オンナハコロスナ、オトコダケダ……ギギギ!」
先頭のゴブリンが、他のゴブリンに指示を飛ばした。汚い鎧を纏った数匹のゴブリンは、興奮しながらもその指示を承諾した様子だ。
「あー待て待て待て! 早まるんじゃねぇよ!」
オフィーリアを含めた一行は、全員が既に武器を構えて戦闘態勢を取っていたが、ルークだけは剣を抜かずに両手を上げてそう言った。
ルークの行動に一行はもちろん、ゴブリンまでもが不思議そうに眉をひそめた。
「落ち着けよお前ら、せっかく言葉が通じるんだから紳士的に解決できる道を探そうぜ?」
ルークは言いながら、トロッコに突き刺さった槍を引き抜いた。
「……ゴブリン相手に話し合いを?」
オフィーリアが信じられないものを見るような目でルークを見据えた。
「何でもかんでも殺しゃあいいってもんじゃねぇだろ? ま、ここは俺に任せてくれよ」
ルークは槍をくるりと回すと、矛先を自分の方へ、柄をゴブリン達の方へ向けて歩み寄った。
「なぁそこのゴブリンさん達よぉ、信じてもらえねぇかも知れねぇけど、俺達は殺し合いをしに来たわけじゃねぇんだ」
ゴブリンは剣や槍をルークの方に向け、呻き声を上げて飛び掛ろうとしたが、先頭のゴブリンがそれを静止した。
オフィーリア達はその様子に、ギョッとして顔を見合せた。子分のゴブリン達も同様である。
しかし、ルークと先頭のゴブリンはまるで心を通じあわせたようにお互い歩み寄った。
「へっ、一目見た時からおめぇは話が出来るやつだと思ってたぜ。紳士の匂いがぷんぷんしてたからなぁ」
お互いの距離が数メートルまで近付いた所で、ルークが足を止めてそう言った。
「……ギッギッギ、オレ……シンシ……」
ゴブリンは薄気味悪い笑みを浮かべながら、剣を下ろした。
「……油断して斬りかかる気だぞ」
プリエラがボソッと呟いたが、静まり返った洞窟にはよく声が響いた。先頭ゴブリンの長い耳がピクリと震えた。
「黙ってろプリエラ!……悪いな、あのバカはああいう奴なんだ。ほら、槍をかえすぜ」
ルークはプリエラに一喝すると、持っていた槍を軽く放り投げた。槍はふわりと緩やかな放物線を描きながら宙を舞った。
自然と全員の視線が空中の槍に吸われた。
──刹那、ルークは懐から取り出したナイフと腰の剣を回転しながら投擲した。
ナイフと剣は、後ろに控えていた3体のゴブリンの内2体の顔面に突き刺さった。
先頭のゴブリンは呆気に取られて固まっているが、ルークは投擲と同時に駆け出しており、既にゴブリンに肉薄していた。
自分で放り投げ、落下してきた槍を再びキャッチするとそのまま柄の方でゴブリンの頭を殴り飛ばした。
最後に、後方に残った最後の一体目掛けて槍を投げつけると、槍はゴブリンの右脚を貫いて地面に縫いとめた。
それは、ほんの数秒の出来事であった。
「ふう、やっぱ言葉が通じるって最高だな!」
ルークは振り返ってそう言ったが、返事をしたのはプリエラだけだった。
「……イカレ野郎め」




