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18.どこが楽な任務なんだよ


──ケインの正直な発言によりテンションが急降下したオフィーリアは、しかし回復力も凄まじくものの数分で調子を取り戻した。


「諸君、これを見たまえ!」


 そう言ってオフィーリアは、大きな切り株に丸まっていた紙を広げた。


「これはバルガ鉱山の見取り図だ。今からこれを見ながら私が立てた作戦を説明するから、諸君しっかり聴いておくように!」


──バルガ鉱山は資源豊かな鉱山で、古くからホワイトシェルの人々の生活を支えてきた。それ故に採掘のために掘られた坑道は深く広大で、地下へ地下へと掘り進めた結果四層構造になっている。


 今回ルーク達に与えられた任務は、最深部の四層に眠る鉱石、サタナイト鉱石の捜索と運搬のルート確保だった。


 つまり、サー・リコリスが言ったとおり『ただの石探し』だった……わけではない。


 一番の問題となるのは石を探す事ではなくその過程、四層に至るまでの道のりに存在する魔物の掃討だった。


「冬王軍との戦争が始まって10年目、つまり今から10年前にバルガ鉱山が冬王軍の手の者に襲撃された。百聖剣の者が隊を組んで討伐に向かったが……倒し切ることが出来ずに最深部の四層に閉じ込めるにとどまったそうだ」

 

 オフィーリアは見取り図の下部を指さしてそう言った。三層までと比べると四層はまだ坑道が掘り進められておらず、面積は3分の1ほどだった。


「当時はまだサタナイト鉱石の蓄えが潤沢だったから、先王陛下は無理にバルガ鉱山の魔物を討伐しようとはお考えにならなかった。そうしてバルガ鉱山は廃坑となり、人の立ち入りが消えた10年の間で魔物の巣になってしまった。よって我々は実際に坑道に踏み入り、最深部四層までのルートを確保しなければならない」


「……くそ、サー・リコリスめ。どこが楽な任務なんだよ」


「サー・リコリスは楽な任務とは言ってなかったよぉ。わんこ君にぴったりな任務だって言ってた」


「ルークさんの軽薄な根性を叩き直すのにぴったりの任務……というわけですね」


 ルークはようやくバルガ鉱山攻略任務が、決して楽なものではないと思い知って項垂れた。


「正直な話、この任務は難易度で言うと百聖剣で隊を組んで挑むレベルだ。だが安心しろ、私達でも出来ないことはない!」


「安心出来るか! 聖剣も持ってねぇ俺らが役に立つわけねーだろ!」


「今回の任務で必要なのは圧倒的な力ではなく慎重さと器用さだ。そもそも10年も放置された脆い坑道で聖剣の力なんて奮ったら、あっという間に全員生き埋めになってしまうだろう」


「なるほどねぇ、つまり百聖剣ほどの力があってもここでは使えないってことかぁ〜」


「諸君らの事はサー・リコリスから聴いた。荒事のプロである執行官に、百聖剣を何人も輩出(はいしゅつ)してきた名門べリス家の末子、伝説的な元殺し屋一族、そして聖剣の力を借りずにサー・ライオネルを負かしたという者も居るそうじゃないか。坑道に巣食う魔物は数こそ多いが低級が殆どだから、この面子なら攻略は充分可能だと私は考える」


 オフィーリアは見取り図をバンッと叩いてそう言った。


「サー・オフィーリア。あんたの見立てじゃバルガ鉱山攻略に何日かかるんだ?」


 ルークはオフィーリアの話を聞いてある程度納得したのか、真剣な態度で問いかけた。そんなルークの様子を見たアイビーやミラノは、少し面食らったような表情になった。


「まず最も広大な一層攻略に1週間。二層、三層の攻略にそれぞれ5日。四層に1週間の計24日だ。もちろん余裕を持っての日数だ」


「ってことは目一杯かけても3日余るな……四層攻略が1週間の理由は何だ?」


「四層は広さで言えば最も狭いが、それは見取り図の上での話だ。実際にはこの見取り図に載っていない隠し通路が複雑に入り組んでいるうえ罠もあるらしい」


「サー・リコリス、罠というのはどういう……」


「説明しようべリス君。四層にはかつて問題になった偽聖剣の密造現場があるのだ」


「……偽聖剣、ですか」


 アイビーがジロッとルークの腰の剣を見た。釣られて他のメンバーもルークの剣を見る。


「そう、偽聖剣だ。鉱山が襲撃されるよりも以前、ある者が勝手にバルガ鉱山を掘り進めて隠し通路を作り、巨大な工房を制作したのだ。その者はサタナイト鉱石を勝手に採掘して溜め込み、まとめて売り払おうとしていたらしい。その採掘の過程でとれたクズ鉄を使って偽聖剣を作っていたのだ」


「あらあら、そんな事をする不埒ものがいるなんて」


 ルークはそんな事をする不埒者に心当たりがあった。というか、その不埒者本人にこの話を聞かされたのだ。


「……ヴォルフのおっさんか」


「え〜なになに、ヴォルフのおじ様が一枚噛んでるのぉ?」


「一枚どころか10枚も20枚も噛みまくりだよ。つーかあいつが主犯だ」


 以前ルークに宿屋を紹介すると言って共に酒を呑み交わしたヴォルフは、ルークの剣が偽聖剣でそれを作って売っていたのは黒狼騎士団だと語った。そして、自身がその黒狼騎士団の元団長であるとも。


「まぁ、敢えて誰とは言及はしないが、その者が溜め込んでいたサタナイト鉱石はまだ四層の隠し通路の何処かにあるのだ。それを回収するのが我々の目的だ」


「つまり、このクソでけぇ鉱山に巣食った魔物を7人で相手しながら罠の張り巡らされた坑道で宝探しってわけかよ。無茶苦茶だな」


「無茶を通してこその聖騎士だ。さて、ルーク以外に文句や質問のある者はいるか? いなければ今日のところは宿に戻って、親睦を深めるために夕飯を皆で囲みたいんだが」


 ルーク一行はそれぞれ親睦を深める気は一切無かったが、オフィーリアの提案にケチを付ける者が一人もいなかったために求められていない親睦会の開催が決定した。


「よしよし、それでは諸君! 暮れの鐘が鳴ったら街の酒場に来い。あの店の魚のオイル煮は最高だぞ〜ミートパイは微妙だがな!」




* * *




【聖騎士認定任務4日目】


「──諸君、それではこれよりバルガ鉱山の攻略を開始するわけだが……その前に渡しておく物がある!」

 

 鉱山入口へ続く巨大な壁の前、オフィーリアは大きな木製の箱を手でポンと叩いた。


「ランタンと武器だ。バルガ鉱山の岩には発光石が沢山混じっているからそれなりに明るいが、このランタンは光源以外にも役割がある」


「アニマの収集ですね。サー・オフィーリア」


「その通りだアイビー・べリス君。倒した魔物はアニマを遺すが、聖剣を持っていない諸君らは回収しようがないからな。この聖なるランタンに集めて持ち帰る」


 オフィーリアは箱からランタンを取り出してルーク達によく見えるようにかざした。青白い炎が灯ったランタンがゆらゆらと風に揺れる。


「武器は気に入ったものがあれば持っていくといい。相当数の魔物を討伐する予定だから、予備を持っておいた方が良いだろう」


 ランタンを受け取ったルーク達は、木箱の中身を物色した。なかには様々な種類の武器がぎっしりと詰まっており、ルークは小柄なナイフを1本だけ取り出して腰に挿した。


「わんこくんそれだけでいいのぉ〜?」


「ああ、予備だからな」


「まぁ、私も使い慣れてない武器は使う気にならないけどねぇ」


 ルーク同様、ミスティーも木箱から持ち出したのは短剣1本だけだった。


「私に予備は必要ありません」


 アイビーは木箱にも近寄らずにそう言った。その場の視線がアイビーに集まり、それに気づいたのかアイビーは咳払いをした。


「……少々言葉足らずでした。私の持つこの剣は祖父の形見、聖剣です。それなりに使えるつもりですので、予備は必要ありません」


「んだよ、ずりぃな。つーかそれがアリなら俺らにも聖剣を差し入れしてくれりゃあいいのによ」


「聖剣は基本的に本人しか使えないんだよわんこくん。血の繋がりがあれば別だけどねぇ〜」


「ほへー……って、やっぱずるじゃねぇか」


「黙れ野蛮人、マスターを愚弄するな。ぶち殺……」


「プリエラやめなさい」


 ルークに突撃しようとするプリエラをアイビーが呆れた様子でなだめた。アイビーはこの数日ですでにこのようなやり取りを何度もしていたために、もうすっかり慣れてきていた。


「わたくしは手ぶらなので手頃な剣を二振りと、ナイフも何本か頂戴しますね。ええ、もう返しませんとも……あら、何ですかケインさん?」


 意気揚々と武器を漁っていたミラノだったが、ケインがミラノの腕を掴み止めた。


「必要最低限にしろ」


「……あの、困ります……わたくしが魅力的なのは重々承知ですが、人の目もありますから……」


「武器は剣一振りで充分だ」


「どうしても仰るなら、まずはきちんと交際を積んでからですね……そう、何度か一緒にお食事をしてからとか」


「妙な素振りを見せれば殺す。忘れるなよ」


 清々しい程に会話の噛み合わないミラノとケインだったが、普段から他人を寄せ付けないケインの剣呑な雰囲気が周囲からのツッコミを抑えていた。


「なあオフィーリア。この隊員の情報をサー・リコリスから聞いてるんだろ? あのケインって奴は何もんなんだ?」


 ルークがひそひそオフィーリアに問いかけた。そばに居たミスティーはもちろん、アイビーとプリエラもそれに気付いたようで耳に意識を集中させた。


「ミラノが罪人なのは知っているだろう。彼はミラノを監視する為に聖騎士に志願したらしい。なんでも代々法務官に仕える家系の三男だか四男だかで……ってうかオフィーリア隊長って呼べ! 皆すぐそうやって私の事バカにしてぇ……うぅ、ぐすん……」


 得意げにケインの素性を語り始めたオフィーリアだったが、転がり落ちるようにテンションが急降下した。


「法務官の家系出身なら腕はあるんだろうねぇ~執行官になってる人であの家の出身の人結構いるみたいだし~」


「罪人を監視するためとはいえ聖騎士にまで志願するとは、些か常軌を逸しているようにも思えますが……それほどまでに正義感のある方、という事なのでしょうか」

 アイビーが声を潜めてそう言った。


「……正義感ねぇ」


 ルークは呟くと、さっさと鉱山の入口へと歩き始めた。ミスティーもその後へと続く。


「……うぅ、ぐすん……あれ、ちょっと待って君たち! 勝手に鉱山に入っちゃダメだってばぁ!」


 べそをかいていたオフィーリアがルークに叫んだ。しかし、ルークとミスティーは手をひらひらと振るだけでそのまま鉱山の入口へと進入した。


「オフィーリア隊長、我々も中へ向かいましょう。あの二人を放っておくと何をしでかすやら……」


「マスターの仰るとおりですオフィーリア隊長。いつまでも泣いてないでさっさとあの二人を追いかけて折檻してください。なんなら後ろからグサッと……」


「……プリエラ」


「す、すみせんマスター……なんでもありません」


 プリエラがルークとミスティーへ向けた悪態、それを諌めるアイビー。2人のやり取りを見ながら涙を(ぬぐ)ったオフィーリアは、気を取り直したように姿勢を正した。


「では、これよりバルガ鉱山の攻略を開始する」



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